四十六話 魔族の国に現れた魔物
街に向かう前に、ライは思い付いたかのような表情でリヤンに聞く。
「あ、そうだ……。……どうだリヤン? リヤンも街に行かないか? 昨日言っていた話だと……ずっと森に居たらしいけど」
「え……?」
ライはリヤンを街に誘った。
元々リヤンの顔がバレている為、争い事などに巻き込まれる可能性があったから誘わなかったが、今回は話し合いの筈なのでリヤンが巻き込まれる事は無い可能性が高いからだ。
リヤンはライの言葉に困惑する。そんなライに続くようレイ、エマ、フォンセもリヤンに言う。
「あ、それいいかもしれない。リヤンも行こうよ!」
「ふむ。いいんじゃないか? たまには他の場所に行くというのも」
「ああ、そうだな。心配する必要は無いだろう。ライがいるからな」
畳み掛けるように言うレイ、エマ、フォンセの三人。三人もライの意見には賛成であり、リヤンを誘う事に反対しなかった。
リヤンはあたふたしていたが、少し落ち着き、頷いた。
「え……じゃあ……うん……」
こうして、リヤンもライたちと共に魔族の国にある街、"レイル・マディーナ"に行くことになった。
*****
──魔族の国"レイル・マディーナ"。
朝方という事もあり、殆ど夜行性のような魔族に昨晩のような活気はなくなっていた。
しかし静謐な感覚と朝の日差しに包まれた町並みは、賑やかさとはまた違った趣があり、中々乙な物である。
そこにはそんな街を歩く七つの影があった。
「へえ……確かに昨日より静かな感じがするな……。まあ当たり前か……けど、俺は夜行性って感じがしないんだよなあ……魔族の筈なんだけどさ」
「まあ、魔族は完全な夜行性って訳じゃ無ェからな……。夜が活発になるってだけで朝でも昼でも普通に行動してらあ……」
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンにダークとゾフルだ。
ライの言葉に返すダークは、一つの店? の前で立ち止まる。そこは何の店か分からないが、何か用がありそうな雰囲気だった。
「ほら、着いたぜ。まあ、中にはオスクロ、ザラーム、キュリテが待っている筈だ」
「ハハ、本格的な話し合いだな……」
どうやら目的の場所に到着したようだ。話し合いと言うことから恐らくカフェ的な店だろう。中には幹部の側近? 達も居るらしい。ただの話し合いでは無く、真面目なものという事がそこから窺え、本格的過ぎと苦笑を浮かべるライ。そんなライたち七人は、その店内に入って行く。
*****
ライ・レイ・エマ・フォンセ・リヤンとダーク・ゾフルが店に入ると、オスクロ・ザラーム・キュリテの姿が目に入る。
「来たか……」
「来たな……」
「あ、今日は森の女の子も一緒なのね♪」
「……!?」
そしてそれを確認し、その席に向かう七人。
リヤンがキュリテに見られ、ビクッと肩を竦ませてライの後ろに隠れた。まあそれは気にする事は無い。別にどうでも良い事だろう。
「……さて、早速始めるとすっかあ……ダリィけど……。……で、何でお前は覇気が無くなってんだ?」
席に着いて向かい合い、話し合いの体制に入るライたちとダーク達。
座るや否や、ダークは早速質問した。
「ああ、それはだな。正直言って、この街は平和だから攻め込む必要が無いんじゃないかって思ってな。俺は力を使って強制的に支配するやり方は嫌なんだ」
「……あ? 支配するって何をだ?」
ダークの言葉に返したライへ問うゾフル。
ゾフルはライの目標を知らないようだ。恐らくダーク達から話を聞いていないのだろう。
ライはそんなゾフルの方を見て言う。
「ああ、アンタには言い忘れていたけど……俺は世界征服を目標に旅をしているんだ。……まあ、何で俺が世界征服をしたいかって言う理由には興味ないだろ?」
「ああそうだな。理由には興味が無ェ……。……が、世界征服か……ククク……これは中々面白い目標じゃねえか……」
ライが淡々と綴った言葉に対し、不敵な笑みを浮かべて返すゾフル。
ライの話を聞いていたダークは少し考え、ライに言う。
「平和ねェ……ぶっちゃけ……俺が面倒事を嫌うからな……だから面倒事を起こさないんだろうぜ……この街の奴らはな……」
「へえ……」
ダークの性格がこれなので、街の者達も自然と幹部に近い性格になっているのだろう。それがダークの意見。というより感想。
ライはダークの言葉を聞いて納得したように頷く。
街を指揮する、魔族の国幹部の性格がこれ。なので街は必然的に平和なモノへとなるらしい。
「いや……待てよ……。必ずしも平和って訳じゃねェな……確か……」
「「「「「…………?」」」」」
しかしダークは唐突に、考えるように言葉を組み合わせ始めていた。平和では無いと言う事は、何かしらの問題が生じる事もあるという事だろうか。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンは、"?"を浮かべてそんなダークの方に注目する。
「……ああ、そうだ。この街はお前達も知っているように森が近いだろ?」
「……! ……成る程な。そういうことか」
ダークの言葉を聞いて、即座にその意味を理解するライ。ライが思った事は、森が近いからこそ起こりうる問題。
そんなライの反応に対してダークは適当に相槌を打ち、言葉を続けるように返す。
「まあ、お前が思っているのと同じだ。その森には幻獣・魔物が数多く棲む。……まあ、近くの街にそいつらがやって来るのは当然だろうな。まあ要するに、この街は幻獣・魔物の被害が多いって事だ」
「……!」
ダークの言葉を聞いたリヤンは眉をピクリと動かして驚く。
表情に大きな変化は無いが、森に棲む幻獣・魔物といえばリヤンが知っている種族も多い為、反応したのだろう。
そんなリヤンの反応を見たキュリテは、フォローするようにリヤンへ言う。
「別に気にしなくても良いのよー? その幻獣・魔物達は元々その森に棲んでいるのじゃなくて、何らかの要因によってこの街に迷い込んじゃった子達だから。そもそも、魔族の国にある街に攻め込むのは勘が鋭い野生動物じゃ滅多に無いだろうからねー」
明るい声で告げるキュリテ。
どうやら"レイル・マディーナ"に攻め込んでくる幻獣・魔物は、元々近隣の森に棲んでいる幻獣・魔物ではないらしい。
それを聞いたリヤンはホッとしているかの表情だ。
「まあ、その攻め込んでくる幻獣・魔物ってのは……魔族の国に来るだけあって……まあまあ面倒なんだよなあ……」
気だるそうに話すダーク。
"まあまあ面倒"と言うことは、"まあまあ厄介"という事だろう。つまり中々強い動物が来る事もあるらしい。
「へえ……。この街も中々に大変なんだな。ま、幻獣・魔物の被害は人間の街にも共通している事だけどな」
ライはダークの言葉を聞き、軽い笑みを浮かべながら呟いていた。そして気を取り直し、ダークは話を戻す。
「……で、どうすんだ……? 攻めるのか、攻め無ェのか……どっちだ……?」
「……そうだなあ……」
ダークの質問に考えるライ。
世界征服をする為には自身の存在を世界に知らしめる必要がある。
しかし、その方法を少し間違えるだけでかつて世界を支配していた魔王のような、絶対的"悪"の存在に堕ちてしまう。
そこが重要だった。如何にして反感を買わずに世界を征服出来るか、がだ。
世界を支配するのに反感を買わないというのは矛盾。というよりほぼ不可能な事である。
どんなに優れた指導者だとしても、支持率が一〇〇パーセントの者は居ないだろう。
「まあ昨日宣戦布告をしたのは俺だからな。戦わずに逃げるって事はしないさ」
「……じゃあ、戦闘を仕掛けるのかあ……?」
相変わらず気だるそうに話すダークは、ライに聞く。そしてライは口を開いた。
「ああ、俺は──」
──ライが話そうとしたその刹那、道が砕けるような音と共に街の方から騒ぎが聞こえてくる。
「ウワアアアァァァァァ!!!」
「こ、こいつは……!!」
「か、幹部殿ォ!!」
今は朝方で、人は少ない筈。
しかし、そんな中で助けを求める声が聞こえた事が示す理由はただ一つだろう。
その声を聞いたダークは面倒臭そうに立ち上がり、ライの方を見て言う。
「……あー……。……何か面倒事が起こったみてェだ……面倒だが……ちょっと行ってくる……答えは帰ってきたら聞いてやるよ……」
それを聞いたダークは面倒臭そうに頭を掻き、幹部としての役目を果たす為その場所へ向かおうとする。
その問題を解決する事。それが一つの街を収め、住人の命を預かる幹部の勤めだからだ。
「そうだな。ここからは俺らの仕事だ」
「だな。ま、直ぐに終わる……か?」
「知らないわよ。そんな事」
「良いねえ……まだ戦い足りねえと思っていたんだ……。久々に出陣すっかァ……!」
そんなダークを見たオスクロ、ザラーム、キュリテ、ゾフルの四人もそれに続く。何もこの街は幹部だけの物では無い。側近として、幹部の手助けをする必要もあるのだ。
そのように店から出ようとする五人。それを見たライは、不敵な笑みを浮かべてダークに言う。
「オイオイ……水くせえじゃねえか? 俺たちも手伝ってやるよ。さっさと終わらせて話を続けようぜ?」
ライが立ち上がり、それに続くようレイ、エマ、フォンセも立ち上がる。
リヤンは一瞬迷ったが、周りに合わせて立ち上がった。
それを見たダークは頭を掻きながらライたちに言う。
「……まあ、お前達が強いってのは分かるが……一応俺はお前達の敵に値するんだぞ?」
敵である自分に手を貸すとはどういう了見か。と問うダーク。確かにライは侵略者。この街を征服するに当たって、手助けせず街がダメージを負うという事を待った方が侵略もしやすいだろう。
「だから、『敵として手伝ってやる』んじゃねえか。敵を倒すためにその邪魔をする敵を倒す……。何もおかしくねえだろ?」
ライの言葉に、"一本取られたな"的な表情をするダーク。
つまりライは、街の崩壊を見守るのでは無く自分が征服するに当たって厄介な障害となりそうな魔物を仕留めると言う事。
街がダメージを受けるのを待ったとして、街が無くなってしまったら元も子も無い。なのでそれを阻止する為に手助けすると言う事なのだ。
「はあ……よくもまあ、そんな面倒臭い事が出来るな……俺ならやらないね」
そしてダークに言い聞かせ、ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン? も一時的に手を貸す事となる。
こうしてライ・レイ・エマ・フォンセ・リヤンのチームと、ダーク・オスクロ・ザラーム・キュリテ・ゾフルのチームが手を組む事になった。
*****
「オイオイ……これは予想以上の被害だな……」
「……まあ、大体こんなもんだろ……。……幻獣・魔物が攻めてきた時はよ……」
活気が溢れ、美しかった街──"レイル・マディーナ"は一瞬大きな災害が起こったのではないか? と錯覚するほど荒廃していた。
大きな建物から小さな建物までほぼ全てが砕け、魔族の死体が道に転がっている。その死体はまるで、食い千切られたかのようにズダズダに引き裂かれ千切られていた。
そして血溜まりがあるにも拘わらず、その血痕の持ち主だった者の死体が無いのは恐らく、本当に食われたのだろう。
だとすれば、もう既に胃の中だ。中には昨晩ライと会話を交わした者も居る可能性がある。
逃げ惑う人々は阿鼻叫喚を上げ、文字通り必死だった。
ライたちが"レイル・マディーナ"に寄ってからはたったの数時間。叫び声が聞こえてからは数分間。その僅かな時間で街が荒れ果てていたのだ。
そして、その中心に佇む生き物は幻獣というより魔物のようだ。
人々や他の生物に害を成すものが魔物と呼ばれる。
弱肉強食の自然界だが、意味もなく殺戮を繰り返すのが魔物なのだ。
──そう、この魔物。その姿を見たライは言う。
「……コイツの見た目……"マンティコア"か……!」
『ギャアアアァァァァァッッッ!!!』
──マンティコアとは、森林などに生息する怪物である。
その体色は赤く、蠍のような尾と蝙蝠のような羽を持っており、一本の毒針と二十四本の棘を駆使して敵を刺し殺すのだ。
一本の毒針は敵を直接刺し、二十四本の棘は敵へ飛ばして戦うと謂われている。
その顔には三列に並ぶ鋭い牙を持っており、ライオンほどのサイズがあるが、顔と耳は人間のようだという。
驚異的な速度で走り、次々と人間などを食らう。
恐らく魔族が襲われたのは容姿が人間に似ている為、餌だと思われたのだろう。
その強さは、一つの軍隊を軽く壊滅させる程だと謂われている。
「マンティコアか……。確かにこやつならば
この惨状も頷ける……」
マンティコアを見て、納得したように頷きながら話すエマ。そんなエマの隣でライも頷き、言葉を発する。
「ああ、どうやら……本当に中々面倒臭い魔物だ……!」
「だろ……? 面倒臭いから嫌なんだよ……幹部ってのは……よお……」
ライの言葉にダークも続き、ライ・レイ・エマ・フォンセ・リヤンの五人と、ダーク・オスクロ・ザラーム・キュリテ・ゾフルの五人はマンティコアに構える。
構える中、ライは申し訳なさそうにダークへ告げる。
「悪いな……ダーク。俺が早く決めていれば、この惨状は避けられたかもしれない……」
「……あ? 関係無ェだろ……俺はそもそも幹部の仕事が嫌いなんだ……。つーか……幻獣・魔物が攻めてくる時は大抵この程度の被害は巻き起こってるよ……。寧ろ今が少ねェくらいだ……」
ダークはライの言葉に対し、相変わらず気だるそうな態度で返す。
幻獣・魔物が訪れる時は大体これ程の惨状が起こると言うダーク。魔族の国も本当に大変なのだろう。
何はともあれ、ライ一行&魔族幹部軍の一時的な協力による……vsマンティコアの戦闘が、今開始される。