四百六十話 "ウルズの泉"での戦い
──"九つの世界・世界樹・根元付近・ウルズの泉"。
泉に接する大地を踏み込み、クレーターを造り出して加速するライ。速度は光速。使っている魔王の力は三割。ライ自身の力が上乗せされた事で、実質六割程の力となってゾフル、ハリーフ、酒呑童子の元に向かう。
「ハッ! 前に会った時より格段に強くなっているじゃねェか!」
正面から光速で迫るライに対し、以前ライと戦った事のあるゾフルはその成長を実感していた。
以前よりも、確実に力が何千倍以上に上昇しているライ。それを目の当たりにするのがゾフル並みの実力者ならば、移動するだけでどれ程のレベルに達しているか分かる。なので称賛の声を上げたのだ。
「当たり前だ!」
「……ツ! 本当にな……ッ!」
光の速度で殴り付け、ゾフルを吹き飛ばすライ。"ウルズの泉"の水が舞い上がり、その飛沫が遅れて弾け飛ぶ。次いで木々に衝突して粉砕し、周囲を大きく抉った。
「"槍の雨"!」
「効くかァ!」
ゾフルを吹き飛ばしたライ目掛け、槍魔術の雨を降らせるハリーフ。それをライは回し蹴りで弾き、それによって生じた余風で残りの槍も全て消滅させた。
『フム。予想よりも遥かに強大な力のなっているな。面白い!』
「……!」
ゾフルとハリーフをいなしたライを見、刀を振るう酒呑童子。ライは拳でそれを受け止め、その勢いで刀を弾き飛ばした。
しかし酒呑童子の手から刀は抜けず、仰け反ったが即座に体勢を立て直してライの脇腹に刀を向ける。
「っと!」
それを足で受け止めてまた弾き、軽く跳躍して距離を置く。同時に踏み込み、酒呑童子目掛けて一気に肉迫した。
その衝撃でライの背後にあった壁は砕けて崩落し、一瞬にして酒呑童子の眼前に迫っていた。
『速いな……!』
「オラァ!」
咄嗟に刀を差し出してライの拳を受け止める酒呑童子。差し出した刀は根元から砕けて折れ、銀色の破片が周囲に散らばった。
『ぬぅ!』
「……!」
それならばと、腰に携えてある鞘を抜くと同時に薙いでライに叩き付け、そのまま弾き飛ばす。木の枯れた音が離れているレイたちにまで届き、辺りには砂塵が舞い上がった。
「ハッ! 久々の痛みだ! 感謝するぜ、元・魔王様!」
そこに一筋の雷光が瞬き、雷音と共にライの前にゾフルが姿を見せる。
その身体は雷魔術をかなり高位のレベルで使用する事によって変化させた霆そのものとなっており、辺りに閃光と電流が走っていた。
「そうかい。それは良かった」
空気を蹴り、ゾフルを払うライ。ゾフルの身体を足がすり抜け、ライの足に電流が伝ったが特に気にせず立ち竦む。
その気になれば雷だろうと自然現象だろうと破壊出来るライだが、今はそれをしない。くどいようだが、ライたちの目的は先ず上層を目指す事。なのであまり戦闘は行わず、先を進む事が優先なのだ。
「やれやれ。本当に戦闘を行うつもりは無い様子だ。"無数の槍"!」
そんなライを見、軽く笑いながら複数の槍を顕現させるハリーフ。ライのみならず、離れた場所に居るレイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェ、ドレイク、孫悟空にも狙いを定めたようだ。
次の瞬間、その無数の槍は一斉に放たれた。百、千、万。数え切れぬ程に投影された槍魔術。一つ一つがライとレイたちを狙う。
「そーらっ!」
そこに向けて拳を放ち、衝撃のみで数万の槍魔術を消滅させるライ。その爆風は"ウルズの泉"の周囲を巻き込み、この泉地帯を多数粉砕した。
「フフ、まだまだあるよ」
しかし止まらず、次々と顕現させられる槍魔術の槍。見れば上部と左右、ありとあらゆる箇所に槍魔術が創り出されていた。ハリーフの魔力が尽きるまで生み出される槍魔術。縦横無尽に飛び交う無数のそれらを幾ら消し去っても、これではキリがない。
「ハハ……面倒な事をしてくれるな……」
「ライ。私たちの事は気にせずとも良い。自分たちに向かってくる物は全て防ぐからな……"巨大な守護"!」
それらに対し、全てを一人で防ごうとしたライ。しかしフォンセが周囲に透明な壁を創り出し、全ての槍魔術を防ぐ体制が作られていた。
ライのみならず、レイたちは全員が実力者。たかが数が多いだけの槍など、各々で防ぐ術は持ち合わせている。
「そうか。分かった! アイツら三人は俺が倒す! だから、後方は皆に任せる!」
「……! ……。うん、任せて!」
「ああ……!」
それを見たライは頷き、ゾフル、ハリーフ、酒呑童子に構える。
レイたちの実力は認めている。なので否定する必要も無い。これからにも備えて体力を温存しておく必要もあるが、主力を打ち倒すのはライと決めたので槍魔術を防ぐくらいの労力など然程問題では無いだろう。
ライのみが倒すという言葉にレイたちは一瞬反応を示したが、そう決めたならばライはそうするのだろうと即座に諦めて後方からの援護にのみ集中する。
「ハッ。舐められたもんだぜ。テメェ一人で俺たちを倒すだと? 寝かせてやるからその後に寝言を言っとけ!」
「フム。確かに心外だな。彼にとって、私たちなど一人で十分という事か」
『我も思うところはある。だが、小僧の仲間から反論が上がらぬという事は相応の覚悟なのだろう。ならば、妖怪だが侍としてその心意気を買い、相手をしてやる必要がある』
ライの言葉を挑戦と受け取った三人。しかしライの覚悟は伝わったので、その事柄を否定せず正々堂々、三人でライの相手を努める事にした。
ライとゾフル、ハリーフ、酒呑童子。四人の戦闘は、始まりを告げた。
*****
「そらっ!」
始まった瞬間にライが光の速度に到達し、ゾフル、ハリーフ、酒呑童子へと迫った。そのまま力を込めた拳を放ち、真正面を殴り付ける。
「ハッ。いきなり仕掛けてくるか」
霆となり、周囲に散らばって躱すゾフル。正面から受けた場合はダメージを受けるのだろうが、意図的に散らばる事で直撃を避けたのだろう。
「"槍"!」
「邪魔だ!」
横から放たれた槍魔術。それに拳を使って正面から砕き、魔力の欠片が霧散する。そのまま踏み込み、光の領域に加速してハリーフの正面へと現れるライ。
『フム。手を貸そう、ハリーフ殿』
「フフ、すまないね。酒呑童子さん」
そのまま拳を放ったが、酒呑童子の刀。その鞘で受け止められる。鞘は鈍い音と共に砕け散るが、ハリーフは無傷だった。
「だから、邪魔だって言ってんだよ!」
『「…………ッ!」』
拳を引き、足を踏み込んで回し蹴りを放つライ。鞭のように撓る脚が酒呑童子を打ち抜き、ハリーフを巻き込んで吹き飛ばした。
一瞬で壁に到達して激突し、"ウルズの泉"付近を大きく揺らす。上から瓦礫が落下し、フォンセの創った透明な壁にぶつかる。しかしフォンセたちは問題無かった。
「残りは俺だけか?」
「さあ、どうだろうな?」
片手に雷撃を纏い、もう片方の手に炎を纏うゾフル。霆だけではなく炎にもなり、二つの自然現象と化してライを狙っていた。
しかしライは涼しい顔をしており、電流で身体に刺激が走り熱を全身に感じているが、それだけではダメージを受けるものではない。常人ならば側に居るだけで身体が感電し、大火傷を負っていてもおかしくないが常人とは掛け離れているライには無意味だろう。
「"炎と雷の踊り"!」
炎魔術と雷魔術を操り、ゼロ距離にてライを狙うゾフル。二つの魔術が混合し、熱と電撃が正面に迸る。次の刹那に周囲へ広がり、周りの壁を粉々に粉砕した。
「そこ!」
「……ッ! やっぱり回り込まれていたか……!」
その瞬間に背後へと回っていたライが蹴りを放ち、ゾフルの脇腹を蹴り抜いて吹き飛ばす。しかし本人も回り込まれていた事に気付いていたらしく、直前に身を翻して威力を殺した後に吹き飛ばされるゾフル。
弾丸のように壁へと激突し、辺りに衝撃を走らせる。次いで亀裂が入って砕け、先程ハリーフと酒呑童子が衝突した時よりも多大な被害が生まれて多数の瓦礫が降り注ぐ。
それによって土煙が周囲を包み、透明な壁で囲んでいるレイたちからライの姿が見えなくなった。
「まだだッ!」
「"槍"!」
『やはり刀が無いと戦い難いな……』
次の刹那、壁の瓦礫からゾフル、ハリーフ、酒呑童子が姿を見せる。吹き飛んでから数秒。それだけでライは逃げ兼ねないのでさっさと姿を見せたのだろう。
霆となったゾフルは雷速で進み、ハリーフは槍を飛ばさず己の手に握って近寄る。刀も鞘も砕けた酒呑童子は手頃な瓦礫を細長く加工し、その場凌ぎの得物を使っていた。
「ハハ。簡単には逃がしてくれないか」
「「『当たり前だッ!』」」
軽薄に言うライと、それに返す三人。雷速故に早くライの元に到達したゾフルが電流と炎を纏った拳でライを狙い、ライはそれを容易く躱す。次いでハリーフが上級者並みの槍捌きで突き、紙一重で避けて行くライ。最後に酒呑童子の得物が二人の間を抜けてライに突き刺さるが、身を横に捻ってそれを躱した。
しかし躱しても躱しても仕掛けてくる三人。雷撃、炎、槍、岩。その全てを見切って躱す。顔の横を通過し、脇腹の横を通過する。軽いステップと共に躱し続けるライ。相手にとっては中々ストレスだろう。その攻防によってライは徐々に後ろへと下がり、三人は下がるライを狙い続ける。数秒後には壁際へと到達し、ライの逃げ場が無くなった。その隙を突いて一斉に仕掛ける三人。ライは跳躍し、壁を蹴り崩して三人に瓦礫を注がせ難を逃れる。
あの三つの攻撃ならば全て直撃しても問題無いが、攻撃を食らい続けるのも考え様なので敢えて躱したのだろう。そして、相手にストレスを与え、冷静な判断を行えなくするのも一つの考えだった。
「チッ。全く当たらねェぞクソがッ!」
「苛立つなよ、ゾフル。けど、確かに結構ストレスが溜まる……」
『フッ。そうであるな』
苛立つ二人と、凛として構える酒呑童子。ゾフルとハリーフは概ねライの思惑に嵌まっているが、酒呑童子はそうでもなかった。
武器を砕かれ、代用品でライと戦闘を行いつつ使い慣れない武器が躱される。通常ならば、ゾフルとハリーフよりも苛立っていそうなものだが何とも無いのだ。
「へえ。意外だな。鬼は短気な種族って勝手に思っていたけど、アンタ……結構温厚じゃないか」
それを意外に思い、酒呑童子に訊ねるライ。距離を置いてはいるが、話せる場所ではあった。
本来、鬼という種族は力が強く酒が好き。そして気に食わぬ事があれば暴れ回る厄介者だ。しかしそんな鬼である酒呑童子が冷静なので気になったのだ。
その質問に対し、岩の剣を構える酒呑童子は返答する。
『当然よ。お主らの国の鬼……いや、鬼は分からぬが、我らが国では武士道という己が信念の元に立てた志がある。故に、流れる水のようにあらゆる事柄を躱し、燃える炎のよくに熱く、吹き抜ける風のように穏やかで、世界を支える土のように構えるのが我らが侍という存在だ!』
一歩踏み込み、瞬く間にライとの距離を詰めて岩の剣を突く酒呑童子。ライはその剣に拳を入れ、打ち砕く。その横から酒呑童子の脚が迫り、体勢を低くして躱した。
次いで上から来るのは酒呑童子が握る岩の欠片。それを頭に受け、ライの身体は大地へと沈む。そのまま手を着いて掌のみで跳躍し、酒呑童子に蹴りを入れる。背後のゾフルとハリーフを巻き込み、先程ライが砕いた壁に激突して更に砕く。
「成る程ね。それがアンタらの心構えって訳。普段は使い慣れない武器を使っているのに、よくまあそこまで戦えるな」
『フン、戯れ言を。我の在り方は我自身が決める。使い慣れぬ武器であるが、己の志が弱かった故に身を護る刀を砕かれ、この代わりを使わなくてはならないのだからな。己の弱さを認めず、武器の所為にして敗北を喫しては武士道に非ず。武士は、侍は、如何なる状況にも狼狽えてはならぬ!』
瓦礫を退かし、豪語する酒呑童子。それが侍や武士という戦士の在り方ならば、ライもそれに乗っ取るのが礼儀である。
「オーケー。じゃあ俺は、アンタらを正面から吹き飛ばして突破する!」
『やってみよ!』
「ハッ! 何か面白そうな事になってるじゃねェか! 俺も乗ったぜ!」
「何より、攻撃を躱され無くなったというのならストレスも溜まらないね」
魔王の力を三割から四割に引き上げ、ゾフル、ハリーフ、酒呑童子に構えるライ。あまり戦闘を行いたくは無いが、この場合は戦闘に応じるのが礼儀。それを踏まえて打ち倒す為に構えたのだ。
それに三人は乗り、各々でライに構えた。
「じゃ、お構いなく……!」
『来い!』
「"炎と雷の一撃"!」
「"破壊の槍"!」
踏み込み、光の速度を超えて拳を放つライ。対し、新たな岩の剣を腰に携え振り抜く酒呑童子と、炎と雷を合わせた魔術を放つゾフル。そして星の表面を削るという槍魔術を顕現させるハリーフ。
それらの攻撃は一瞬後に激突し、"ウルズの泉"付近の割れた壁々と砕けた木々。"ウルズの泉"その物を吹き飛ばしてレイたちの視界から消え去った。
*****
「んじゃ、通らせて貰うぜ。酒呑童子。ついでにゾフルとハリーフ」
『……。好きにしろ……男に二言は無い』
「ハッ、俺たちはついでかよ……」
「やれやれ……心外だな……」
そして現れたのは、佇むライと、膝を着く酒呑童子。そして仰向けで寝転がるゾフルにうつ伏せで倒れるハリーフ。ハリーフ意外は本気ではない一撃だったので、重傷ではあるが意識もある。酒呑童子に至ってはまだ戦えそうだ。
しかし約束は約束。ライによって三人は吹き飛ばされたので、これ以上何も言わずに先へ行かせるのだ。
「レイ! エマ! フォンセ! リヤン! ニュンフェ! ドレイク! 斉天大聖! 終わったから先を進もう!」
「うん。分かった!」
「ああ、その様だな」
「ふふ、結局私たちは何もしなかったな」
「うん。不完全燃焼……」
「まあ良いでしょう。力を温存しておくに越した事はありませんからね」
『そうだな。"ミーミルの泉"から大分遠くまで来たが、支配者達も俺たちを追っているんだ』
『この鬼はかなりの手練れみたいだな。完全じゃねえのにこの力とは。恐れ入ったぜ』
ライが仲間たちを呼び、それに続くレイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェ、ドレイク、孫悟空の六人と一匹。魔物の国の支配者も来ているかもしれないので、さっさと進む事に異論は無かった。
重傷のゾフル達を横に進むライは最後に一言。
「次は本気で来たらどうだ、酒呑童子」
『……。フッ、気付いていたか』
それは、酒呑童子の実力について。本来の酒呑童子ならばライももっと苦戦していた筈。それが分かったのでそう告げたのだ。
「アンタが使い込んだ刀ならあんな簡単に砕けないだろうし、それを納める鞘も砕け難い筈。何はともあれ、レイと戦った時よりも明らかに手加減していたって訳だ」
『……。あの娘との戦闘を見ていた訳では無いのに、よくもまあそこまで言えるな』
「ただの推測だよ。あの時のレイの負傷もそうだけど、レイの剣と張り合える時点でただの刀って事は無いだろ」
『そうか』
ライが酒呑童子は本気ではないと見抜いた理由。それは刀の強度から。レイが持つ物はかつて世界を救った勇者の持っていたという、謎多き剣。それと張り合えただけで、酒呑童子の刀も普通のものでは無いと推測出来たのだ。
「ケッ。俺たちに労りの言葉は無しか?」
「まあ、私は全力だったけどね……」
「ん? ああ……。ええと、病み上がりにお疲れさん」
仰向けのゾフルとうつ伏せのハリーフ。酒呑童子の次にその横を通った時、話し掛けてくる。なのでライは適当にあしらった。
それを聞いたゾフルはため息を吐き、ハリーフは力の無いように笑う。文句を言いた気だったが、敗者と自覚している二人は余計な事を話さない。
何はともあれ、これにて三つの泉のうち、"ウルズの泉"を抜け出したライたち。まだ支配者は来るかもしれないが、先に進む事は出来た。
九つの世界と"世界樹"。気付けば日も傾いており、夜に迫ろうとしている。連戦続きのライたちは先に急ぐ為、暗くなりつつあるこの世界をまだまだ進むのだった。




