四百五十八話 デウス・エクス・マキナ
戦闘によって崩れた壁。周囲に散った大きな土塊。砕けて崩壊した木々のような植物類。見て直ぐに分かる程の惨状が周囲に広がっていた。
この明るい道中はそれなりの広さがあるが、一撃一撃が重い魔族たちの攻撃では数分も持たないだろう。手加減していたにも拘わらずにこれ程の崩壊が起こっているのがその証拠である。数十分間その形を保ち続けている理由は魔族たちが本気では無いからこそだった。
『楽しみの表情は理解したぜ。口角を吊り上げりゃそれっぽい表情になるんだな。なら、次は傷付く事で見れる苦痛の表情か、仲間を失う事によって生まれる悲しみや怒りの表情か。はたまた魔族に必要がない恐怖の表情を見せちまうのか……どうだろうな?』
「そうだな……テメェに勝利して生まれる、歓喜の表情なんてどうだ?」
『それは困る。俺が消えたら此処まで学習した全てが無駄になっちまうからな』
「無駄にさせなきゃ、今後の全宇宙が心配だ。一人でも殺されりゃ、シヴァさんが黙っちゃいねェからな。テメェの親玉も破壊されちまうぜ?」
次の刹那、二人の足元から大地が粉砕して消え去った。そして肉迫するズハルと完成品。震動を手に纏ったズハルに対し、同じく震動を纏った拳を放つ完成品。二つの震動は衝突して周囲を振動させ、それだけで砕けた壁を更に大きく粉砕した。
互いの顔が互いに近付き、睨み合うズハルと完成品は戦闘を行いながら会話を続ける。
『それはつまり、テメェらじゃ俺には勝てねェって事を認めているんだな? 俺を相手にした場合、テメェらの誰かが犠牲になるかも知れねェっ言ー懸念を抱いている証拠だ』
「ハッ、寝言は永眠してから言え。何をどう取ったらそう解釈するんだ? 学習しているとは言っても、所詮は知恵も感情も、力以外は何も持たねェ生物兵器って訳か。俺たちの誰かが死ぬかも知れねェんじゃなく、テメェをさっさと消し去らなきゃ魔族の国の主力を名乗る資格がねェっ言ーんだよ」
『そんな言葉、一度も聞いていないが?』
「今言ったからな。だが、テメェは"超能力"も使える。"未来予知"も出来んなら言う前に分かってんじゃねェか?」
『さあ、どうだろうな』
拳を弾き、距離を置く。同時に完成品目掛けて矢や銃弾の雨が降り注ぎ、それを空気の振動で防ぐ完成品。矢と銃弾の方向は振動によって逸れ、完成品には当たらなかった。
「はあ……。面倒だが……行くぞ……」
「ウーッス」
完成品の居る場所。そこへ掛かるのはダークと"ウェフダー・マカーン"にて幹部の側近を努めているジャバル。
肉体的な戦闘力と脚のみを使った技を得意とする二人が完成品へと攻め入ったのだ。
『肉体的な力か? ハッ! 大した事ねェんじゃねェの?』
「知るか……。面倒な奴だ……」
「フッ。大した事無いかどうかは勝手に決めやがれ」
それを見て油断しているような口調で話す完成品。顔は無表情だが、その言葉を選んで発したという事は多少の油断はあるのかもしれない。
二人が完成品の場所に拳と足を放ち、その場所が大きく崩れて粉砕する。完成品は飛び退いて避け、空中を飛行しながら魔力を込めて光の球体を創り出した。
『ならば勝手に決めるか。テメェらが俺にゃ、絶対に勝てないっ言ー事を証明すりゃ良いんだろ?』
覚えたての笑顔で言い、光の球体を複数漂わせる完成品。漂わせた瞬間にその球体を動かし、最も近くに居る下方のダークとジャバル目掛けて放出した。
二人は放たれた瞬間に光球を跳躍して躱し、先程まで二人の居た場所は目映い光に包まれて消滅する。そしてこれによって、完成品はラビアの使う光魔術も高い威力で使える事が分かった。
「言った筈ですよ。数倍程度の威力しかない技など、上質な私たちが揃って迎え撃てば容易く抑えられると……!」
光の爆発が周囲を包む。その閃光が視界を白く染めるが関係無い。この場に居る自分たちをコピーしたのならば相手がどの様なやり方で攻めて来るのかは推測出来るからだ。
「今です! 皆様!」
「「「おう!」」」
「「「はい!」」」
『ほう?』
──刹那、シュタラの合図と共に完成品の足元と両脇の壁から勢いよく岩石が伸びた。それが細長く変化して高速で絡み付き、四肢と胴、首に巻き付いて完成品の身動きを封じる。
そう、ズハル、ダーク、ジャバルの最初に切り込んだ三人は囮だったのだ。
肉体的な戦闘を主要とする三人が攻めているうちに土魔法に土魔術や錬金術、超能力で岩や土を操って完成品を捕らえる為の形が形成されていたのである。
三人に気を取られていた完成品はまんまと罠に掛かり、動きを封じ込められたという事。
完成品ならば簡単に脱出できるかもしれない拘束だが、一瞬でも身動きを封じられるのならば十分。各々がこの一瞬で強力な技を掛けられれば、消滅させる事も出来るかもしれない。
しかし、それを実行すればこの空間は確実に消滅してしまうだろう。此処が崩れてしまえば、自動的に他の層も連鎖するように崩落するという事。なのでそれはしない方が良さそうである。
という事で魔族の国の主力たちはそれを実行せず、この世界を壊さぬ程度の力のみを使う事にした。考えている間にも脱出され兼ねないので、さっさと嗾けるのが吉なのだ。
「ハッ! 俺の最大の技なら、此処を崩壊させずとも済みそうだけどな! "巨大竜巻"!」
「俺もだ。つか、精々山を切り崩すしか出来ねェ。──ダラァ!!」
「アハハ♪ 私の技は……これかな?」
「はぁ……。面倒臭ェ……」
始めに仕掛けた者たちは"レイル・マディーナ"のオスクロ、ザラーム、キュリテ、ダークの四人。
風魔術を使うオスクロはこの空間を消し去る程の威力は無いので自身の最大級の風魔術を。
刀を扱うザラームは斬撃を飛ばし、山を切り崩す威力を秘めた力を。
超能力者のキュリテは"サイコキネシス"を一点に集中させた念力の塊を。
そして幹部にして肉体的な力で戦闘を行うダークは拳を放ち、その衝撃で空気を圧縮して飛ぶ拳を放った。
「私の全力は此処じゃ出せないけど、造る事は出来るかしら? "隕石"!」
「んじゃ、俺はコイツを使うか。半径数キロは吹き飛ぶが、まあ大丈夫だろ」
「俺は何も出来ねェな。適当に拾ったコイツを使うか……」
「ハッ! 魔族全員が協力するなんて事があるなんてな! 面白ェ……"霊魂の大渦"!」
「クク、そうだな。"魔王の魔術"……は、止めといて……この世界を壊さねェ力はこれか……"四大元素"!」
続いて仕掛けた者たちは"イルム・アスリー"のチエーニ、スキアー、ジュヌード、シャバハ、ゼッルの五人。
土魔術のチエーニは魔力によって生み出した隕石を。
スキアーは通常のロケットランチャーよりも遥かに巨大な、数キロを吹き飛ばすというロケットランチャーを。
遠距離からの攻撃が出来ないジュヌードは先程バハルが創り出したフェンリルとブラックドッグを操り。
"死霊人卿"であるシャバハは霊魂からなる全てを飲み込む大渦を。
そして幹部であるゼッルは四大エレメントからなる魔力の塊を放ったのだ。
「俺はこれで良いか……"土の砲弾"!」
「なら、私はこれかしらね。"水の刃"!」
「俺はこれで行こうかなー。"風の天災"!」
「テメェらなァ。そんな軽いノリで攻めるもんじゃねェだろ。"地獄炎"!」
「アハハ。早く決着が付くと良いですね……"四大元素"!」
次いで仕掛けるのは"タウィーザ・バラド"のラムル、マイ、ハワー、ナール、アスワドの五人。
ラムルが放ったのは土魔法によって造り出した砲弾を。
マイが放ったのは水魔法によって生まれた切断力のある水を。
ハワーが放ったのはあらゆるものを飲み込む風の天災を。
ナールが放ったのは地獄を彷彿とさせる程に強大な炎魔法を。
そしてアスワドが放ったのはゼッルとはまた違う四大エレメントの塊。ゼッルが魔術ならばアスワドは魔法である。
「俺が遠距離から仕掛けるにゃ、これしか無ェか……。オラァ!」
「私は忍法かな……"忍法・火遁の術"!」
「俺は銃を変化させて……これだね」
「ハッ。剣士のやり方はこれくらいしか無さそうだな……ハッ!」
「クク、そうだな。俺たちゃ剣士は、遠距離から攻めるにゃこれしかねェンだよ!」
次に仕掛けるのは"シャハル・カラズ"のロムフ、サリーア、ラサース、ファーレス、モバーレズの五人。
ロムフが放ったのは槍。槍を突き、それによって生じた塊を。
サリーアが放ったのは忍術。魔力を忍法に反映させ、炎に変化したものを。
ラサースは己の持つ銃を変化させ、威力を上げた銃弾を。
ファーレスも他の者のように斬撃を飛ばし、完成品を狙う。
モバーレズは二刀流を使い、山河を切り崩す二つの斬撃を放った。
「"製造""建造""放出"!」
「行けっ、お前たち!」
『キュルオオオォォォッ!』
『グルオオオオォォォッ!』
「足でやるのは、少しばかり大変だな。そらよッ!」
「使ってみるかな……フォンセから教えて貰った技。私には使えるらしい──"最後の炎"」
「俺の技なら、世界は砕けねェかもな! "影の大嵐"!」
その次に仕掛けたのは"ウェフダー・マカーン"のアルフ、バハル、ジャバル、ルミエ、シャドウの五人。
アルフは周囲の壁を変化させて造り出した鉄槌を。
バハルは召喚したレヴィアタンとベヒモスを。
ジャバルは空気を蹴り、砲弾のように圧縮した空気を。
フォンセの従姉妹であるルミエ・アステリはフォンセから教わったという禁断の魔術を。
シャドウは惑星破壊級の攻撃よりも威力は高いが余計な破壊は生じぬ影魔術を放った。
「"巨大な矢"!」
「"光の球"!」
「"盾の突き"!」
「"巨大な剣"!」
その次。"マレカ・アースィマ"のサイフ、ラビア、シター、ブラックの四人。
サイフは強大な魔力を放出し、巨大な矢を。
ラビアは光球を周囲に顕現させ、それらを。
シターは盾を造り出し、その盾を。
ブラックは巨大な剣を創り出して縦に振り下ろした。
「"重力の塊"!」
「"洪水災害"」
「"空気の震動"!」
「"一斉攻撃"!」
最後に、"ラマーディ・アルド"のウラヌス、オターレド、ズハル、シュタラの四人。
ウラヌスが重力を纏めた塊を。
オターレドが大量の水を。
ズハルが空気を大きく揺らした震動を。
そしてシュタラが兵士たちの武器を一斉に発射した。
計三十二人の織り成す攻撃。それが全て同時に、拘束された完成品に向けて放たれる。
全員が放ったその瞬間に到達し、周囲を大きく吹き飛ばす程の大爆発が巻き起こった。
傍から見ればそのままこの世界が砕けてしまいそうだが、砕くつもりは無く完成品のみを一斉に狙ったのだ。
そしてそのまま、完成品は覚えた笑顔でクッと笑った。
『ハッ、見事だ……! だが、俺はまだ抗ってやらァ! "魔族の集い"!』
最後に全てを使って抗い、飲み込まれる。そしてそのまま消え去る、生物兵器の完成品。そのまま三〇の攻撃によって第一層の大部分は崩落した。
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「チッ、まだ生きてんのか。とんだ化け物だな、この完成品とやらは」
「ええ。あれ程の攻撃……全力じゃないにしても細胞一つ残らず消滅してもおかしくはありません……。けど、最後の技が生き長らえさせたのでしょうか」
粉塵が晴れ、まだ形の残っている完成品を前に魔族の主力たちは驚愕していた。
当然だろう。一点に集中したあれ程の破壊。それを受けても尚、完成品は形が残っていたのだから。しかし魔族の主力たちはほぼ無傷。例え戦闘を続行する事になっても、それは可能かもしれない。
『クハハ……。なんつー力だ……。それら全てを数倍に操れる俺がこの様とはな……』
「だが、かなり弱っているな。再生力が著しく低下していやがる」
『たりめーよ。俺は不死身だが、再生力を上回る攻撃をされたんじゃロクに動く事も出来ねェ……。此処は、退くか……』
「オイ! 待ちやがれ!」
ズダボロの身体で立ち上がり、"テレポート"を使って逃げようとする完成品。
対し、ズハルを筆頭に数人の魔族がその後を追う為に近寄る。意識が朦朧としているので、"テレポート"さえ抑えられるのならば捕まえる事も可能だろう。
『あばよ』
しかし一歩遅い。弱りきったその身体が、次の瞬間に──
「おっと、逃がさねェぞ。生物兵器。テメェには俺たちの情報が詰まっている。この場で消し去らなきゃ、今後が厄介だ」
『……! 支配者!』
「「「シヴァさん!」」」
「「「支配者さん!」」」
──何処からともなく姿を見せたシヴァが完成品を捕らえ、頭を消滅させた。
脳の指示によって繰り出される"テレポート"。ならば、頭を消滅させればそれが使えなくなるという事。
名を呼ばれたシヴァは笑い、魔族の主力たちの方へ視線を向ける。
「悪い。遅くなっちまった。デウス・エクス・マキナの降臨だ」
機械仕掛けの神。物語を強制的に終わらせる存在。
魔族たちはそれなりの苦労をして完成品を追い詰めたが、支配者であるシヴァの登場によって全てが終わりを迎える──筈だった。
「"魔法道具・封印の壺"」
「……なにっ?」
──刹那、何処からか聞こえたヴァイスの声と共に、頭の無くなった完成品が吸い込まれた。
終着に近付いていた戦闘に投じられた一石。それに大きな反応を示すシヴァと魔族たち。同時に一枚の葉が上空から放たれ、シヴァがそれを握り潰す。その葉に録音されていた言葉が周囲に響き渡る。
《予想以上だ、魔族の諸君。しかし私にはこの魔族のデータを回収した生物兵器には生き延びて貰わなくては困る。さして苦労もしていないようだし、あのままだと逃げれていた筈。君達がシヴァという機械仕掛けの神を使うなら、私も私という名のデウス・エクス・マキナを使わせて貰ったよ。お疲れ様。"終末の日"は続くから安心はしないでくれ》
その声が終わると共に、辺りはシーンと静まり返る。魔族と完成品の織り成す戦闘は、思わぬ形で終わりを告げた。
声を聞き終え、シヴァが一言。
「デウス・エクス・マキナっ言って格好付けた登場をしたが……それを奪われるって今の俺……かなり恥ずいじゃねェか……」
「……。なん言ーか……ドンマイです。シヴァさん」
「わ、私は好きですよ。あの登場の仕方!」
「ああ、サンキューな、俺の部下たち……」
登場の割りにヴァイスから掻っ攫われてしまったシヴァは紅潮して肩を落とす。それを励ますズハル、シュタラを始めとする魔族の主力たち。
何はともあれ、魔族をコピーした生物兵器が奪われた事はあまり気にしていないようである。
勝利して終わりを迎えた戦闘だが、一杯食わされてしまった魔族たち。その雪辱を晴らす為、第一層を更に上へと登り行く魔族の主力たち一同だった。