四百五十四話 二チームの戦闘
──"九つの世界・最下層・世界樹の根元付近"。
支配者や幹部に追われているライたちは、シュヴァルツによって足止めを食らっていた。周囲の空間は砕かれ、残るはシュヴァルツ本人の居る正面のみ。
シュヴァルツもそれを狙っての事だろうが、まさしく現在、見事に相手の思惑通りという訳だ。
「"破壊"!」
同時にライたちに向けて破壊魔術を放ち、最下層のこの空間を大きく粉砕するシュヴァルツ。残った空間も硝子のように砕け散り、光が屈折して七色の光を周囲に散らす。空間が光を反射するというのはおかしな話だが、事実それが起こっている。刹那に視界が暗くなり、何もなくなった世界にライたちだけが残った。
「成る程な。空間を砕けるし、空間を移動する事も出来るって訳」
呟き、シュヴァルツの気配を追うライ。空間、つまり次元が違うので気配を追う事は出来なさそうだが、魔王を宿すライは別。如何なる次元、空間に居ようともライに探す気があれば見つけ出せる。なので問題無く探せるのだ。
無論、以前ならば探す事すら出来なかっただろう。それが出来ていれば、ヴァイス達が使っていた不可視の移動術も見抜けた筈だからだ。魔王では無く、ライ自身が成長する事で力以外の能力も上昇しているという事である。それに伴って、気配を感知する力も相応のものが身に付き始めているという事だ。
「……来る」
「ああ」
それが分かるのは、ライだけでは無くリヤンも同じ。ライたちの中で、誰よりも早くに不可視の移動術を目視して追う事が出来ていたからだ。力が魔王ならば、神は周囲の探知能力に長けているのかもしれない。最も、魔王の探知能力と神の力でも一部の者を除いて人知の及ばぬ領域に到達しているが。
「"破壊"!」
「っと!」「……!」
「きゃ!」「む?」
虚空から現れたシュヴァルツ。ライとリヤンはそれを見切り、レイたちを連れて跳躍した。先程までライたちの居た場所は砕け、割れた硝子のように弾け飛ぶ。破壊魔術が当たらなかったシュヴァルツは立ち上がり、自分の前に手を翳した。
「見切られたか。死角から狙うのは難しそうだな。──"飛ぶ空間"……!」
刹那、シュヴァルツの正面にある空間が弾丸のように飛び、空中に避難したライたちを狙って加速する。砕けただけの空間だが、その威力は弾丸に匹敵している事だろう。寧ろ、触れたらその時点で身体が砕けてしまうもの。弾丸などより遥かに破壊力と殺傷力が高いかもしれない。
「邪魔だ!」
対し、空中で軽く回し蹴りを放ち欠片を吹き飛ばすライ。その衝撃が最下層の世界を駆け巡り、大きく揺らして周囲を砕く。そのまま地に降り立ち、シュヴァルツを一瞥したレイたちが駆け出す。
「逃がすか!」
「俺が相手してやるよ!」
「ああ、そうかよ!」
移動を優先するレイたちに向け、破壊魔術を纏った腕を振るおうとしたシュヴァルツ。ライはその腕を掴んで受け止め、シュヴァルツの動きを止めた。同時にシュヴァルツは振り向き、裏拳のように掴まれていない方の腕を放つ。それをライは仰け反って躱し、片足でバランスを取りつつ蹴りを入れる。が、シュヴァルツには当たらず空気だけを蹴った。余風で多数の欠片が吹き飛ぶが、ダメージは無いらしい。
「"破壊"!」
「っと……そらっ!」
躱したシュヴァルツは拳に魔力を込め、破壊を生み出してライに迫る。ライはそれを紙一重で避け、手首を蹴り上げてシュヴァルツから隙を作り出す。次いで腹部を蹴り抜き、シュヴァルツを吹き飛ばした。飛ばされたシュヴァルツは幾重もの壁と空間を砕き、粉塵を巻き上げて視界から消え去る。
「悪いけど、俺たちは先を急いでいるんだ。アンタらのような刺客に構っている暇は無い」
告げるように言い、その場で踏み込んで加速するライ。後ろから支配者やニーズヘッグも来ているので、シュヴァルツに構っている暇は無いのが事実。軽くいなせば最後、そのまま逃走して上層を目指すのが目的だ。
「だーッ! クソッ! 逃げやがったか!」
瓦礫を砕いて退かし、ライたちを探すシュヴァルツ。しかしそこにライたちの姿は無く、あるのは自分の破壊魔術によって砕けた空間の欠片と周囲に漂う静寂だけだった。
つまり、確実にライたちを逃がしたという事だろう。
「やられっぱなしで堪るかァ! 待てやテメェら!!」
その静寂を自身の声で打ち消し、勢いよく立ち上がるシュヴァルツ。同時に駆け出し、空間から空間へと移動する。
ライたちの後を追うシュヴァルツの、その後ろからは支配者とニーズヘッグが近付いてきていた。
*****
──"九つの世界・世界樹・第一層"。
ライたちと幻獣の国の者たちがゴールを目指す中、魔族の国の者たちだけは戦闘から目を背けず正面から相手をしていた。というのも、元々戦闘という事自体を好いているので例え誰が相手でも嬉々として挑む筈だ。
「"爆炎"!」
刹那、魔力の込めた掌から爆発的な炎が放たれた。その炎は放たれると同時に勢いよく燃え上がり、直線に進んでヴァイスとアジ・ダハーカを狙う。
「かなりの炎だ。"再生"」
『ウム。凄まじい破壊力よ』
その炎に対し、再生を使って周囲の岩を本来の大きさに再生させて防ぐヴァイス。一方でアジ・ダハーカは魔力の壁を創り出す。ヴァイスの岩とアジ・ダハーカの壁。計二つの防御壁。それらがシヴァの創り出した爆炎を防いだ。
シヴァが本気ならばその二つなど容易く破れたのだろうが、この世界を壊さぬ為に手を抜かざるを得ないので防げたのだろう。先程の爆炎は精々数千度しかなく、シヴァの放てる炎にしてはかなりの低温。宇宙を焼き尽くす力を持つシヴァからすれば呼吸よりも容易い作業である。
「"氷の矢"!」
間髪入れず、シヴァが放つのは氷の矢。その矢は加速し、空気を凍らせながらヴァイスとアジ・ダハーカを狙う。
『私が防ごう』
「ああ、任せたよ」
対し、今回出たのはアジ・ダハーカのみ。本気を出せない事は理解している。なのでアジ・ダハーカ一匹でも十分と考えたのだろう。
魔力を込め、炎魔法で氷を溶かす。同時に踏み込み、シヴァとの距離を一気に縮めた。
『ハッ!』
「だら!」
瞬間、巨躯を用いてシヴァを押す潰す。シヴァは片手を翳して数十、数百トンは軽く超越しているアジ・ダハーカの踏み付けを防いだ。シヴァの足元には巨大な亀裂が生まれ、放射状に割れて大地の欠片が浮き上がる。片手に軽く力を入れ、そのままアジ・ダハーカを自分から離す。
「"炎"!」
『……ッ!』
その一瞬にして炎魔術を放ち、アジ・ダハーカを焼き払う。数千度程度の軽い炎だが、近距離からそれを放てばそれなりにダメージを与えられるかもしれない。
『フン、ぬるいな』
「ハッ、そうかよ」
しかしアジ・ダハーカには意味が無かったらしい。当然だろう。元より特定の者以外には殺されぬ事が確立された存在。仮に宇宙を崩壊させる炎を放ったとしても、殺し切る事は出来ないだろう。
「なら、凍らせるか……"凍結"!」
『……!』
なので、行動不能にする事にした。
魔力をマイナス百数度の温度に変換させ、アジ・ダハーカに触れてその身体を凍結させる。
その身体は徐々に白く染まり、熱が奪われる。物の数秒でアジ・ダハーカの氷像が完成した。
「成る程。殺せないなら、殺さなくても良いって事か。確か、かつて挑んだ特定者以外の英雄はアジ・ダハーカを山に封印したんだっけな」
「ああ。俺も神話程度の伝承でしか知らねェがな。後はテメェだが、テメェは戦闘に置いてはそれ程長けている訳じゃねェみてェだな。テメェがその気なら、見逃してやらねェ事もねェが」
「フフ。冗談を。どうせ、あの程度の冷凍保存じゃアジ・ダハーカが直ぐに脱出できる事は分かっているんだろう?」
「無論だ。だが、脱出までは数秒ある。それまでにテメェを倒す事なんざ、楽な所業だ」
「それは恐ろしいな」
──刹那、シヴァに向けて一つの声が掛かった。
「シヴァさん! 敵が一体貴方の方へ!」
「あ?」
『……!』
幹部と側近たちが戦闘を行っていた生物兵器の完成品がシヴァの方目掛けて襲い掛かったからだ。
完成品は"テレポート"を使って瞬間移動し、シヴァの背後から手刀を翳す。シュタラが慌てて声を掛ける横にて、シヴァはクッと笑った。
「ハッ、下らねェ」
『……!』
背後に回し蹴りを入れ、完成品の横顔を打ち抜く。そのまま顔を割り、吹き飛ばして周囲に聳える壁を崩壊させた。瓦礫が上から落ち、粉塵を舞い上げる。
「その一瞬が命取りさ……」
粉塵を一握り掴み、シヴァへ放るヴァイス。刹那に投げ付け、再生させて本来の壁を複数顕現させる。
ヴァイスの再生は他の物と融合させ、一つの物質に戻る再生ではない。同じ所から造られた欠片だとしても、別々の物質を生み出す再生なのだ。簡単に言えば、一つの岩から三つの欠片を造り出して再生した場合、それは本来の岩に戻らず三つの岩が造り出されるという事である。
つまり、壁の欠片からなる再生させた物は、第一層の道中に広がる壁が多数顕現されるという事だ。
「ほざいてろ、俺にゃ効かねェって事ぐらい理解してんだろ?」
そして、シヴァはその複数の壁を焼き払う。岩が燃え、熔解して気化する。その爆発が周囲を巻き込み、氷漬けであるアジ・ダハーカの氷像が砕け散った。
「おっと、再生させる時間を短縮させちまった」
『ああ、お陰で助かった』
「ハッ。感謝し尽くせ」
『そもそもお前の所為だろうに』
砕けた氷像から再生し、姿を現すアジ・ダハーカ。
完全に凍り付いており、溶けるまで数秒は必要だったが、氷が砕けた事によって溶ける時間が短縮され、そのまま氷の欠片から再生したのだ。
その様に、即座に再生したアジ・ダハーカ。再生してから間もないが、何の不調も無く身体を動かせるようだ。
「さて、これでまた振り出しに戻ったね。このままではこの戦いに決着なんか付かなそうだけど、君達が全員倒れるまで粘るつもりなのかな?」
「さあ、どうだろうな。確かにアジ・ダハーカは特定の者以外には殺されない。しかし特定の者と出会えば即座に殺されるって制約があるが……俺たちにもやり方は色々とあるからな。白髪のテメェは簡単に倒せる。生物兵器もだ。アジ・ダハーカもさっきみてェに行動不能にすれば良いからな」
『つまり、まだまだ続けるって事だな?』
「ああ、そう思ってくれて構わねえぜ」
「じゃあ、私は少し距離を置こう」
──一閃、シヴァとアジ・ダハーカが正面から衝突した。先程は様々な魔法・魔術同士のぶつかり合いが多かったが、埒が明かないので物理的な力で攻め立てようという魂胆なのだろう。
「さて、そろそろ来てくれ」
『……!』
それと同時に、シヴァが先程吹き飛ばした生物兵器を呼び戻すヴァイス。
その生物兵器は蹴りを入れられただけであり、細胞が一つ残らず消滅した訳では無い。なので身体が再生すれば直ぐ様戦闘を続行させる事が出来るのだ。
「確かに、前の生物兵器よりはかなり厄介だね……!」
「ああ。生物兵器との戦闘経験者は数チームだが、そのうちの俺たちは確実に前よりも強くなっていると分からァ」
シヴァとヴァイス、アジ・ダハーカの戦闘。その横では魔族の国の幹部たちと側近たちが生物兵器の完成品を相手にしていた。
幹部と側近たちはキュリテを始めとし、幻獣の国で起こった戦闘に参加していたブラック率いる"マレカ・アースィマ"の者たちとアスワド率いる"タウィーザ・バラド"の者たちは生物兵器と戦った事がある。
なので生物兵器の対処法も知っているのだが、流石は完成品と述べるべきか未完成の生物兵器とは比較にならぬ程の力を秘めている。戦闘経験が豊富である魔族の国の者たちもそれなりの苦労をしていた。
「ハァッ!」
『……!』
キュリテが"サイコキネシス"を放ち、完成品も"サイコキネシス"で迎え撃つ。二つの念力は激突し、周囲の岩々を浮かび上がらせながら粉砕した。
「"建造"!」
『……!』
もう一方では、魔族の国幹部シャドウの街"ウェフダー・マカーン"のアルフが己の錬金術を用いて完成品を狙い、完成品も錬金術でそれに対処する。
錬金術は他の物質から新たな物質を再構成する術。近くの壁を砕き、再構成して鎚のように叩き付け合ったのだ。ぶつかった二つの鎚は砕け、その瓦礫の中からシヴァの側近である災害魔術を扱うズハルが飛び出した。
「"震動"!」
『……!』
そして身体を震動で振動させ、内側から粉微塵に砕く。生物兵器なので即座に再生するのだろうが、一時的な時間を稼ぐ事は出来るだろう。
「ならばキュリテさんが相手している生物兵器は私たちが……!」
「おう!」「ああ!」「はい!」「ええ!」
「"拘束"!」
一体の生物兵器が砕けた横で、アスワドを筆頭として拘束の魔法・魔術を使える者たちがキュリテの相手をしている生物兵器を一斉に拘束した。
「今!」
『『…………!?』』
砕けた隙と拘束された隙を突き、"サイコキネシス"で畳み掛けるように完成品を押し潰すキュリテ。地表を支える岩盤が勢いよく沈み、重い音と共に岩石を巻き上げる。
よって、生物兵器の完成品達三体のうちの二体は身動きを取れなくなる。次いで数名が気化させる程の熱量を含んだ炎を放ち、生物兵器の完成品二体を消滅させた。
「完成品はあと一つか。しっかりと覚えるが良いさ。彼らの強さをね……」
『……。…………』
その様子を見ていたヴァイス。どういう訳か残り一体の完成品は嗾けず、その戦いを見学させているだけだった。しかしその言葉から、学習させているのだという事は明らかだろう。
何はともあれ、二体の完成品を仕留めた事に変わりは無い。残る敵はヴァイスとアジ・ダハーカ、そして残り一体の完成品だけである。
支配者に追われつつもシュヴァルツとの戦闘から離脱したライたちと、生物兵器の完成品を二体消し去った魔族の国の者たち。彼らの"終末の日"は、まだ始まったばかりである。




