四十五話 魔族の国の問題児
翌日、明るい太陽が空から照らし付ける森にてライ、レイ、フォンセ、リヤンがほぼ同じタイミングで目覚めた。
「おーっす……」
「ふわぁ~……」
「あ~……おは……」
「おはよう……」
「ふふ……何時も通りだな」
何時ものように目を擦りながら挨拶するライ、レイ、フォンセに、今回はリヤンも加わっていた。
エマは同じような動きをする四人にフッと笑う。
そして眠い目を覚まし、ライたちは早速地図の話に入る。
「よし……じゃあ、まずは街の地図を広げるか」
ライが地図を広げ、全員がその地図を見る。他の者たちが地図を見る中ライは地図に指を差し、言葉を発する。
「……まず、今俺たちがいるのは此処にある"レイル・マディーナ"近隣の森だ。この地図に幹部の名前は書かれていないが、幹部の住む街には印が付けてあるみたいだな」
ライが指差した場所にはペンか何かで書かれたような丸があり、そこに幹部がいることを表していた。
そして地図を見たところ、幹部の街同士はそれほど離れておらず、近くに固まっている感じだ。
それを確認したエマはライが指を差している場所を見ながら呟くように言う。
「……成る程……幹部を近くに集め、召集する時に直ぐ集まるような感じにしているのか……。全員が全員"空間移動"を使える訳では無いからな」
「ああ、そうだろうな。……それに、戦力を一括りする事によって、ある程度の幻獣・魔物にも抵抗できそうだし。それこそレヴィアタンや大人のフェンリルのような……世界を滅ぼせる力を持つ幻獣・魔物に……」
ライとエマが互い会話を交わし、それに着いていくレイとフォンセ。
リヤンはフェンリルの方を見て顎を撫でる。
因みにフェンリルとユニコーンの二匹は、昨晩遠方からリヤンたちを見守っていたのだ。
「まあ、他の街に幹部がいることを知ろうと、最初はこの街だ。……が、世界征服が目標だけど……やっぱなあ……ついノリで宣戦布告しちまったけど……無駄な争いは避けたいし……」
ライは改めて攻め込むかを悩んでいた。
ダーク達に宣戦布告をし、その街を攻めると何度も言っていたのだが昨晩行った、別の魔族達とのやり取りからこの街は今のままでも良いのでは? という考えになってきているのだ。
フォンセも同意するように頷く。レイとエマは"?"を浮かべているが、ライとフォンセの表情を見て概ね理解した。
「ならば別に良いのではないか? 仮に世界を支配したとして、反感を買ってしまえばかつての魔王のように封じられてしまう可能性もあるからな」
「確かにそうだよなあ……。その張本人もいる訳だし……」
エマの言葉に頷いて返すライ。ライは張本人──即ち魔王を宿している。なのでそれがバレてしまえば、ライ自身が封じ込められてしまう可能性もあるのだ。
そんな言葉を聞いたリヤンは、疑問に思ったことをライに聞く。
「ねえ……張本人がいるって……どう言うことなの……?」
「「「「…………あ」」」」
失言だった。
リヤンには魔王(元)の事を教えていなかったのだ。
ライ、レイ、エマ、フォンセの四人は、どうしたものかと悩む。リヤンに魔王(元)の事を教えたとして、正常を保っていられるかが心配だった。
数千年前とはいえ、世界を支配していた魔王の事を知らない者はいない筈だからである。
いくら世間に疎くとも、絵本のようなお話にまでなっている魔王は有名だろう。
特にこの森は魔族の国に近いことから、通りすがりの者が魔王について話したりしている筈だ。
いくらおっとりとしたリヤンとはいえ、それを聞き逃すほどではないだろう。
悩み続けるライ、レイ、 エマ、フォンセ。
「……?」
沈黙が広がる中、リヤンは訝しげな表情をする。奇妙な沈黙が周りを包み込んでいるのだ。状況がよく分からないリヤンは仕方無いだろう。
そしてライが口を開こうとした、次の刹那──
──一筋の"紅蓮の炎"がライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン目掛けて放出された。
「危ないッ!!」
「「「「…………!?」」」」
ライは直ぐに熱を感知して紅蓮の炎の前に飛び出し──
「オラァ!」
──『紅蓮の炎を拳で殴り付けて消し去った』。
ライの拳によって炎は払われ、少しの熱を残して消える。そしてそのまま炎が飛んできた方向を睨み付け、威圧と殺気を込めて言う。
「いきなり不意討ちとは中々悪どい奴だな……それでもそれなりの威力が炎にはあった……お前が噂? の問題児さんとやらだな……?」
齢十四、五には見えないほど鋭い眼光は、一つの大木を映す。
パッと見は生き物の気配など無いが、ライは確信しているかのようにその大木を睨み続ける。
それから少し経ち、大木から笑い声と共に人影が降り立つ。
「ククク……噂に違わない力と観察力の持ち主だ……これは中々面白い」
その者は男性のようだった。そして背丈はそれほど高いという訳ではないが、逆に小柄という訳でもない。
口元には軽薄な笑みを浮かべており、ライたちを試しているかのような目付きをしている。
髪は黒く、セットなどもしていない無造作な感じで瞳の色は紫。そして魔族らしく、やはり戦闘意欲が高いようだ。
「アンタも噂に違わず、中々の自由奔放振りだな? アンタん所の幹部様が手を焼くってのも納得が出来るぜ」
ライは挑発するようにその男に告げるが、その男は相変わらず軽薄な笑みを浮かべている。
「ククク……。良いねえ良いねえ……。その度胸、態度、そして年に見合わない威圧感……! 中々どころじゃねえなこれは。普通に面白い奴だ……!」
手を広げ、ライの事を面白そうに眺める男。
挑発に乗るどころか、ライの態度を楽しんでいた。何ともまあおかしな者だろう。
「あー……でも待てよ? 俺は幹部の手下って気は全然無い。まあ、信頼も高く、周りからも尊敬されているが俺は尊厳していない」
「…………?」
いきなり聞いてもいない幹部の事を話り始めた男。それは独り言なのか定かでは無いが、中々に大きな声だった。
ライは肩を竦めて聞くように言う。
「……一体アンタは何を言っているんだ? 俺は別にアンタが幹部を尊敬していようと、尊敬していまいと、全く関係無いんだが?」
「ああ、俺も聞かれていない。ただ、本音を言っただけだ。俺は幹部を尊敬していないし、言うことも聞く気がない。要するに、いずれは俺が幹部になってやる……って事だ。そしてゆくゆくは支配者にな……?」
「…………?」
ライの言葉を聞き、その男は相変わらずの笑みを浮かべて返したその男の言葉を、ライは理解できなかった。
言っている事や、その言葉の意味は分かるが、理解できなかったのはいきなり夢を語り始めた行動に。である。
「オイオイ……どうも話が噛み合っていないぞ……? 俺が言った"俺には関係無い、そんな事は聞いていない"という返しに対して、アンタの返答が……"いずれは幹部や支配者になる"……だ? 俺はアンタの夢や野望には興味ないって言ってんだよ?」
「何だその事か、俺が全く適当な言葉でお前に返したのは、『お前の強さ以外には興味が無いから』だ。要するに、さっさと始めようぜ? ってこと何だよ……!」
つまり、適当にライの言葉を流したのは、その男がさっさと戦闘に移りたいから。という事である。幾ら戦闘好きとはいえ、評判通り中々の問題児だ。
その言葉を聞いたライは無理やり納得したように頷き、その男に返す。
「……成る程な。……良いぜ? じゃあ、さっさとやろうか? 実質、アンタを倒せばこの街の強者は全員倒したことになるからな」
「そうこなくちゃ面白くねえ……!」
口角をつり上げて笑みを浮かべながらライに返すその男。そんな男とライは互いに向き合って構える。
ライたちは既に幹部やその側近のような者達は一度倒している。なので、今現れたこの者を倒せばライたちは"レイル・マディーナ"の強者を全員倒した事になる。つまりライが言った通りだ。
「そうだ……。忘れてたぜ。俺の名は『ゾフル』……よろしくな?」
「ああ、そうかい……ゾフルさん……?」
次の瞬間、ライとゾフルは大地を踏み砕いて同時に駆け出した。
「「オ──……!!」」
「「──ラァッ!!」」
刹那、轟音と共に二つの拳がぶつかり、波紋のように衝撃が広がって周りの木々を天空へ巻き上げる。
レイ、エマ、フォンセ、リヤンは巻き込まれないように少し離れた位置へ移動し、ライのゾフルの戦いを見ていた。
「……ッ!」
そしてゾフルはライの拳に押し負け、一瞬動きが停止する。
「オラッ!」
ライがその隙を見のがす筈もなく、隙を突いてゾフルの腹部に蹴りを放った。
「グ……!?」
ゾフルは予想以上の重さを持った蹴りによって木々を砕きながら吹き飛ぶ。
「クソッ……がァ!!」
何とか地に足を着け、勢いを殺したゾフルは再び大地を蹴ってライの方へ向かい、正面に脚を突き出してライに蹴りを放つ。
「ほら……よっと!!」
ライはその脚を仰け反りながら掴んで受け止め、そのまま後ろに倒れ込むように投げ飛ばした。
「ガハッ……!」
蹴りを放った勢いのまま投げ飛ばされたゾフルは、大木に激突して頭から鮮血が流れる。他にも小さな切り傷などが作られていた。
ライによって成す統べなく吹き飛ばされたゾフルは。
「ククク……ハハハ……ハッハッハッハッハァ!! 良いね良いねえ!! クソ面白いぜ!!」
頭の血を拭って身体の汚れを払いながら立ち上がり、心の底から楽しそうに笑っていた。
そんなゾフルを見たライは呆れながら言う。
「オイオイ……殆ど何も出来なかったのに何でそんな笑っていられるんだよ?」
ゾフルは今、ライによって容易くいなされた。しかしゾフルは快感するように笑っているのだ。なのでライが違和感を覚えたのである。
「ハッハッハッ! これが笑わずにいられっかよ! 幹部の側近ってだけで国や街の奴等は勝負を挑んでこない! 久々に戦った魔族同士の相手がこんな強ェお前とあっちゃ笑いが止まらねえよ!!」
「へえ……ああ、そう……」
ライは若干引きつつ、ゾフルの言葉に小さく相槌を打って返す。
魔族というのは戦闘好きらしいが、やはり幹部や支配者には手を出さないのだろかと疑問に思うところだ。ゾフルにとってはそんな環境が退屈だったのだろう。
一頻り笑ったゾフルは、ライの方を向いて言葉を続ける。
「まあ、戦いはまだまだこれからだ……。行くぜ?」
瞬間、大地を踏み砕いて木々を蹴散らしながらライの方へ突進するゾフル。
「何度やっても同じだろ……」
ライは頭を掻きながらゾフルに言う。確かにその通り。先程はゾフルが正面から攻めてきたのだが、ライは軽くいなせた。なので直進するのは無駄でしか無いのだから。
ゾフルはライに迫り、ライの数メートル前まで来て一言。
「それは……どうだろうな?」
「…………!」
──刹那、紅蓮の炎がゾフルの掌から放出され、ライの目の前に燃え広がる。
その熱気は凄まじく、空気と大地を焦がしながら真っ赤な炎が一直線に突き進む。
それをライは──
「熱ィ……よッ!」
──脚を横に薙ぎ、それによって生じた爆風で炎を掻き消した。
そして炎が消えた瞬間、大量の煙がライとゾフルの視界を消し去る。
そしてゾフルはそれを予測していたかのような動きで煙を掻い潜り、ライの死角から脚を付き出した。
「……っと……!」
そんな動きを読んでいたライはゾフルの脚を腕で受け止め、もう片方の手でゾフルを掴み、
「ほ──らよッ!」
自分の片足を軸に回転し、ゾフルを投げ飛ばした。
「クソッ……!」
ゾフルは体勢を崩さないよう手を地面に突き刺して勢いを止める。
「野郎ッ!!」
そして片手から火炎を放出し、ライへ放つ。
「この程度!」
ライは腕を横に振り、それだけで炎を打ち消す。
ゾフルはそれを確認したあと、片手から炎を放出して加速を付けライとの距離を詰める。
「ゴラァッ!!」
そしてゾフルは加速しながら脚を突き出し、蹴りを放つ。
「おっと……!」
ライは横に身を反ってそれを躱し、カウンターのように攻撃しようとするが、
「させるかァ!!」
ゾフルは脚を突き出した状態で、『足の先から横に炎を放出して』炎の威力で回転する。それが回し蹴りのようになり、ライの顔に近付いた。
「うお……!」
ヒュッ! と風を切る音が鳴る。
ライは咄嗟にそれをしゃがんでかわした。が、ゾフルは追撃するように今度は上に炎を放出して縦回転する。
「食らいやがれ!」
「やだね!」
それによって響く、大地が砕ける音。土塊が浮く中にてライは直ぐ様立ち上がり、背後に飛んで避ける。
「ハハ、まるで曲芸か何かだな……。そんな風に炎の……魔術? ……を扱うなんてよ……。魔術は身体の一部か?」
挑発するような笑みを浮かべて言葉を綴るライ。炎魔術を巧みに操るゾフル。そんなゾフルが一周回って可笑しかったのだ。
「クハハ……それは褒め言葉として受け取っても良いのか? ……馬鹿みたいに魔法・魔術を当てることだけを考える奴も居るみたいだが……俺はそれを正当法とは思わねェ。魔法・魔術は身体に纏ってこそ本来以上の力が出せるって訳だ……」
「……ふうん?」
ゾフルの言うことにも一理あるな。とでも思っているかのような表情のライ。
確かに炎で加速する事もできる。他のエレメントや術でも使い方によってはあらゆる応用が利くだろう。
ゾフルは言葉を続けて言う。
「こんな風にな……!」
次の瞬間、周りの気温がグッと高くなった。
陽炎が立ち上がっている事から、熱の元手はゾフルの両手からだろう。
ゾフルの両手から発せられた熱によって、周りの気温が変化したのだ。
「……へえ?」
ライは警戒し、魔王の力を使うか考えていた。
今から来るであろう攻撃には魔王の力を使って防いだ方が良さそうだからだ。
そう、ライはまだ魔王の力を使っていなかった。
何故なら、自身の生み出した衝撃だけで十分ゾフルの攻撃を防げていたからである。
(流石に使うか……)
【お、出番か! 今日始めの相手はアイツだな!】
魔王(元)に向けて告げるように言ったライ。
言い終えた次の刹那、ライの身体を漆黒の渦が纏わり付く──
「オイ……そこまでだ……。眠ぃしダリィけど……まだ戦う時じゃねーだろ……」
──事は無かった。
「……チッ……! もう来ちまったのかよ……。折角まだ全員が行動していない朝方を狙ったってのによ……」
「何だ……終わりか……?」
【マジかよ……つまらねー】
"レイル・マディーナ"の幹部──ダークが移動の際に起こったであろう旋風と共に、ライとゾフルの眼前に降り立ったからだ。
ダークはゾフルの腕を掴んでを止め、相変わらずダルそうな表情と態度だった。
「悪いな……面倒だが……うちのトラブルメーカーが迷惑掛けたよ」
「ハッ、そうかい。俺は別に良かったけどな? 謎だった問題児とやらの姿を拝めただけでも十分な収穫だからな」
ダークが言葉を続け、ライがそれに返す。
昨日の今日だが、ダークの傷は殆ど塞がっていた。
そんなやり取りの中、不貞腐れたようなゾフルはダークに向かって言う。
「オイオイオイオイ……何で止めるんだよ……。アンタらも昨日やり合ったって聞いたぜ? 何でアンタらは良くて俺は駄目なんだよ?」
「はあ……。本当に面倒だな……お前は……。お前は昨日誘っても来なかっただけだろ……?」
ゾフルの言葉にダークは呆れながら言葉を発した。
ダークに核心を突かれたゾフルは、つまらなそうにケッと吐き捨てて黙り込む。
戦いが終わったことを確認したレイ、エマ、フォンセ、リヤン、フェンリルにユニコーンは、ライに近付く。
「何だ。戦闘は中断か?」
「ああ、彼方のリーダーがお見えだからな。多分中断だろ」
エマが聞き、ライは頷いて返す。ダークがゾフルを止めたと言う事は、そういう事なのだろう。
そんなダークがライたちに向き直り、言葉を発する。
「まあ、そんなとこだ。あー……」
が、言葉を途中で切らし、何かを考えている様子だ。
そして考え終えたのか、ダークは言葉を続ける。
「まあ、今はまだ朝方だしよ……どうだ? 人も少ねえ筈だし、俺の街で少し話さねえか?」
「「「……!」」」
「……へえ?」
レイ、エマ、フォンセが反応し、ライが方眉をピクリと動かして反応する。朝方という口実で誤魔化したつもりかもしれないが、幾らなんでも侵略者を己の街に誘うのはおかしいだろう。
ダークはライたちを一瞥したあと、話を続ける。
「何だかな……お前の様子から覇気をあまり感じねェんだわ。何つーか、攻める事に躊躇してるかのようにな?」
「ふうん……?」
ダークが綴る言葉に相槌を打ちつつ、やっぱ鋭いなと思っている様子のライ。
確かにライたちは躊躇していた。街の様子から、征服しなくても良いのでは無いかと思っていたからだ。
「だから話してみようぜ……? 俺の街は魔族の国の中でもそれなりに治安が良い方でな……まあ、それでも殴り合いや喧嘩は起こるけどよ……。まあ、人間やヴァンパイアが来ても特に面倒事は起こらねえぞ?」
「……そうだな……」
ライは腕を組み、レイ、エマ、フォンセを一瞥する。
それを見たレイ、エマ、フォンセは了承するように頷いた。それを確認したライは、フッと笑ってダークに告げる。
「よし、良いぜ。アンタの街にまたお邪魔させて貰おうか」
「……ああ」
「ククク……」
ライの言葉に相槌だけを打つダークに、楽しそうに笑っているゾフル。
そしてライたちはダークに着いていき、全員で敵地に乗り込むのだった。