四百五十一話 逃走劇
──"九つの世界・世界樹・根元付近"。
ライたちの前に立ち塞がるニーズヘッグとその部下である兵士達。ニーズヘッグですら相手にするのが面倒だというのに、背後から支配者が来るかもしれないとなればこれ以上に無い程厄介なものとなるだろう。
それも兼ね、疲労を溜める事無く先に進める最善の方法を考えなくてはならない。ライたちが見出だした答えは──
「オラァ!」
「やあ!」
「ハッ!」
「"最後の炎"!」
「えい!」
「ハァッ!」
『──カッ!』
『伸びろ、如意棒!』
──正面からの強行突破だった。
魔王の力を五割。それに加えて自身の力を上乗せした拳を放つライと、勇者の剣を振るうレイ。周囲に暗雲を作り出して霆を落とすエマと、禁断の炎魔術を放つフォンセ。そして、バロールの魔術を模倣して使うリヤンに魔法を放つニュンフェ。最後にドレイクと孫悟空が周りの兵士達を吹き飛ばし、前方の道を開けた。
多数の兵士達を片付けたライたち。あと前方に残るは、魔物の国幹部であるニーズヘッグだけだ。不意を突いた攻撃のつもりだったが、それを退けるとは流石の幹部という事だろうか。
『いきなり仕掛けて来るじゃねェか。……いや、ある程度の会話を終えた後だし、いきなりって程いきなりじゃねェな』
「兵士達は払えたけど、やっぱ幹部クラスはそうならないか。アンタでも、一応は支配者に匹敵する力を持っている訳だからな」
『一応かよ。いや、まあ確かに俺が魔物の国幹部の中では結構力が下の方かも知れねェな。だが、一応幹部やってんだ。楽に行かせる訳にはいかねェだろうよ』
「その執念が嫌なんだよな、先を急ぐ場合は……」
『ハッハ。俺は意味が無くても"世界樹"の根を噛み続けていたんだぜ? それに比べりゃ、テメェらを足止めする労力。大した事は無い』
「そういや、アンタは九つの世界と"世界樹"出身だっけか」
現在のニーズヘッグは蛇の姿。そして、そんなニーズヘッグが棲んでいたのは"世界樹"にある泉地帯だ。
泉の数は三つ。"ミーミルの泉"・"ウルズの泉"・"フヴェルゲルミル"とあるが、その中の"フヴェルゲルミル"に多数の蛇と共に棲んでいた。
なので、ニーズヘッグにとっては熟知している舞台という事だろう。本来の世界や樹に比べれば多少の差違点はあるが、移動がメインでは無くライたちの足止めが目的なのでそれは大きな問題ではない。多少の違いがあれど、地の利があるニーズヘッグは戦況を有利に進められるのだから。
『逃がさねェぜ? 此処を通りたくば、俺を倒してから行ってみろ!』
「断る!」
踏み込み、ニーズヘッグに向けて拳を放つライ。ニーズヘッグは蛇の身体で絡み付くようにそれを受け止め、柔軟に動かして勢いを別方向に誘導した。よって、大したダメージを負わずにライへと向き直る。
「支配者も来ているかもしれぬ。ライ一人では無く私も力を貸そう!」
『……!』
「ああ。ありがとな、エマ! 助かる!」
そんなニーズヘッグの長い身体に飛び掛かり、爪を突き刺してしがみ付くエマ。身体には天候を操った際に生じた電流を纏っており、爪から体内へと電撃を流した。それを受けたニーズヘッグは一瞬怯み、その隙を突いたライが拳に力を込める。
「吹き飛べ!」
『……ッ!』
そのままニーズヘッグの長い脇腹に拳を突き刺し、吹き飛ばすライ。
殴られたニーズヘッグは吐血して吹き飛び、まだ残っている兵士達を数匹程巻き込んで壁に激突した。その衝撃で壁が崩れ、瓦礫が落下する。砂塵が舞い上がり、視界を埋め尽くす。まだ大したダメージは与えられていないのだろうが、時間は十分作る事が出来た。
「行くぞ!」
「うん!」
ライの言葉に返し、駆け出すレイたち。
何も倒す事は無いのだ。前述してあるように、これは悪魔でゲーム。敵から撤退し、クリアを優先しても良いのがゲームである。なので一瞬の怯み。数秒の怯み。数分の怯み。何がどつであっても、時間を稼げれば十分に移動する事が可能だった。
『逃がすか……! 野郎共ォ! 奴らを追えェ──ッ!!』
『『『ウオオオォォォォォ!!』』』
逃げるライたちを前に、自身の任務を遂行する為に兵士達を放って自分も起き上がるニーズヘッグ。即座に地面を擦り、蛇にしては速過ぎる程の速度でライたちに肉迫した。
「ラァ!」
追われるライは踏み込み、大地を打ち砕いて粉砕する。それによって砂埃と土煙が生じ、ニーズヘッグと魔物兵士達の視界を埋め尽くした。それを見たニーズヘッグは鼻で笑い、更に加速する。
『ハッ! 下らねェ!! 今の俺は"龍"じゃなくて"蛇"だ! 温度だけでテメェらを見つける事なんざ容易い所業よッ!』
そう、今のニーズヘッグは蛇である。蛇の持つ"ピット器官"は温度だけで風景や生き物を見る事が出来る。例え目が潰れようとも、ライたちを捕まえる事が可能なのだ。
「知ってるよ! "炎"!」
『……っ。そう来たか……!』
なのでライは、炎魔術を使用して周囲の温度を爆発的に上昇させた。そうすればニーズヘッグの"ピット器官"も意味が無くなるだろう。
『だが、炎を消せば問題無い!』
身体をうねらせ、その衝撃で爆風を作り出して炎を消し去るニーズヘッグ。その開けた視界にライたちの姿は無く、あるのは静まり返った空気だけだった。
『チッ、逃げられたか……』
辺りを見渡し、気配を探るニーズヘッグ。蛇の直感と自身の実力も相まって気配を消したり、何処かに潜んでいたとしても探る事が出来る。しかしそれを用いても何も居ないという事は、逃げられたと見ても良いのだろう。
「……。逃がしたのか、ニーズヘッグよ」
ライたちが向かったであろう方向を見ているニーズヘッグに向け、話し掛ける一つの人影。その声には怒りが込められていた。ニーズヘッグがライたちを逃がした事に対しての怒りでは無く、別の対象に向けられた怒りという事はその声音から分かったニーズヘッグだが、その者が苛立っているという事は八つ当たりで死ぬ可能性がある事を知っていた。
『おや、これは支配者さん。すみません。見ての通り逃げられてしまいました。どうしますか? 失態の罰として俺を殺しますかね』
「……。いいや、止めておく。今回は"終末の日"だからの。今の余は機嫌が悪いが、下手に戦力を減らしてはゲームとしてつまらぬ」
『ハッ、有り難い御言葉で、支配者様?』
「馬鹿にしておるのか?」
『そんな滅相も無い』
魔物の国の支配者。まだ人化しているので苛立ってはいるがキレてはいない。なのでニーズヘッグも生き長らえる事が出来た。魔物の国に居る以上、何時死んでもおかしくないので死ぬ覚悟は常に出来ているが、許されたのならばそれに越した事は無いだろう。暫し苦笑を浮かべながら、"終末の日"に感謝するニーズヘッグだった。
*****
「どうだ、追って来ないか?」
「多分。けど、強い気配を感じるから支配者も近付いているのかも……!」
「ああ。もう追い付きそうな勢いだな。入り組んだ道が続くから逃れられているに過ぎん」
「やれやれ、大変なものだな。支配者と戦うというのは」
「うん……。大変……」
ニーズヘッグから距離を置いたライたちは、入り組んだ道のこの世界を駆け回っていた。というのも、元々複雑な道筋なので逃げるには不規則に動くのが適切なのだ。出入り口は分からないが、どの道を通ったかは頭に入れてある。なので迷う事も無いだろう。
「けれど、魔物の国の支配者は彼方此方に兵士や幹部、主力を配置したと言っていましたね。一時的に撒けているとは言え、楽な道中では無さそうです」
『確かにそうだな。地の利もない。追い付かれるのも時間の問題だ』
『仮に出口に行けても、そこに主力を配置していない訳が無いだろうからな』
駆けつつ、警戒を高めながら細心の注意を払って進むライたち。同じ道は行かぬようにしているが、それでも道が分からない事に変わりはない。目の前に立ちはだかる障害物は粉砕しながら進めている。道が無い所も多いので、何時追い付かれるかも分からない。なので時間短縮の為に無理矢理切り開いているのだ。
そして、新たに出てきた行き止まりを打ち砕いて道を造り出す。
「次に主力が現れてくるとして、戦闘をするべきか否かって感じだな。支配者を倒して魔物の国を落とすつもりだけど、果たしてこの世界で倒しても相手が認めてくれるかどうか……魔物の国は力が全てだからその点に関しては大丈夫そうだけどな」
「となると残る問題は……」
「多過ぎて、逆に分からないな」
うん。と頷くライたち。此処から脱出する事。支配者を倒す事。他の主力達の居場所。それのみならず、まだまだ至るべき問題が多数存在する。なので闇雲に進んでいる。
「"空間破壊"!」
「……!」
──刹那、空間に大きなヒビが入り、硝子が砕けるように割れた。
同時に空間の欠片が道を駆けていたライたちに降り注ぎ、刃物が刺さるように地面に立つ。その欠片を吹き飛ばし、ライはその者に視線を向ける。その者は不敵な笑いと共に名乗り出た。
「ハッハッハ! 避けたか! ライ・セイブルとその仲間達! いやはや久々の再開──」
「先を急ごう!」
「「うん」」「「ああ」」
「え? 良いのですか?」
──無視した。
そのまま欠片を避け、出口を目指す為に真っ直ぐに道を進んで行く。ニュンフェは何か言いた気だが、ドレイクと孫悟空は何も言わずにライたちへ続く。
「ハッハッハ! 良いだろう! 無視するなら相応の対処をしてやる!」
「アンタ、そんな性格だったっけ? シュヴァルツ。……いや、確かに元々冷静な性格って感じじゃなかったけどな」
その者、シュヴァルツ。ヴァイス達の仲間にしてそれなりの古参であり、好戦的な性格をしている。
魔物の国でもエマが戦ったが、考えてみればライたちと戦闘を行う事は割りとあるみたいだ。
「逃げるなら逃げても良いぜ! 俺は空間を破壊し続け、テメェらを狙うだけだからな!」
空間に多数のヒビを入れるシュヴァルツ。縦に割れるもの、横に割れるもの、放射状に割れて範囲が拡大するもの。多種多様のヒビ。それが砕け、ライたちの逃げ場を奪う。破壊の余波もライたちに仕掛けているが、まだ戦場を整えている段階なのか簡単に躱せている。
逃げても良い。しかし逃がすつもりはない。悪魔でシュヴァルツはライたち全員を相手取ろうとしているらしい。
「……。無謀だな」
「ハッ、実力者揃いとはいえ、その人数で魔物の国に攻めていたテメェが言うか?」
「ハハ、ごもっとも。ま、今も攻めてる途中だけどな?」
左右の壁に大きな亀裂を入れ、ライたちの前に立つシュヴァルツ。左右と背後。そして上方。シュヴァルツの立つ正面以外を全て砕き、強制的に戦闘を行わせる体勢となる。砕かれた空間はどうなっているのか分からないが、簡単に推測するなら何も無い空間が延々と。いや、永遠に続いているのだろう。
「一難去ってまた一難。そして後ろからも新たな一難が来ているし、面倒臭いな、"終末の日"ってのは」
「ハッ、まだ戦争が始まったように見えねェけどな。結構静かなもんだろ、この世界はよ。本来の戦争ってのは多数の軍勢が死に物狂いで相手を討つ面白い奴だが、出だしは大抵こんなもんって訳だ」
「興味ないな。俺たちはなるべく戦闘を行わずにゴールを目指しているんだ。ゴールに出口とかが無かったら支配者達と戦わなくちゃならないけどな」
「その方が良いだろ。刺激のない世界なんかこの空間の欠片みたいな塵に等しいぜ」
シュヴァルツは空間の欠片を軽く踏み、意図も簡単に砕く。硝子を彷彿とさせる空間の欠片はシュヴァルツが触れれば本当に硝子のような性質になるらしい。
そんな、戦闘を行いたくてウズウズしているシュヴァルツとさっさと出口を探したいライたち。正反対の者たちが出会った。
後ろから支配者やニーズヘッグが追い掛けて来る中、シュヴァルツとの時間稼ぎが始まった。




