四百四十八話 ラグナロクへの招待
──"ラマーディ・アルド"。
此処は魔族の国、支配者の街。"ラマーディ・アルド"。魔物の国とは季節が変わり、未だに寒い時期が続いている国。支配者であるシヴァが収めるこの街は相も変わらない賑やかさがあった。
「いやはや、ドラゴン殿との談話は有意義な時間だった。ドラゴン殿の支配者としての在り方は尊敬出来るものがある」
「ふふ、そうですか。それは良い時間を御過ごしになられた事でしょう」
「つー事で、ライたちの手助けを兼ねて魔物の国へ」
「なりません」
「…………」
即答だった。
それはさておき、そんな街にある城。そこの執務室のような部屋にてシヴァとその側近、アルモ・シュタラ、ズハル、ウラヌス、オターレドが集まっていた。と言っても、元々側近たちの職場が此処なので執務室だろうとそこへ集まるのは何ら不思議では無い。
シヴァたちが幻獣の国から魔族の国に戻って数週間は経過している。あれからドラゴンと少し歓談した後この国に戻ったのだ。シヴァ的には中々良い話し合いを行えたらしい。
「しかしだなぁ。確かに支配者同士が争うのは国際的な問題だ。けど、俺たちは一応ライたちに侵略されたって立場だ。だからこそ手助けにだな」
「その前に、この書類を片付けて下さい」
と、シュタラが指差すのは執務室の奥へ置かれているシヴァの机へ山積みとなった紙の数々。もとい、何処かへと提出しなくてはならないという書類。
当のシヴァは執務机では無くその前に置かれているソファに凭れ掛かっている。この様に、仕事など全くするつもりは無さそうだ。それを見、シュタラは呆れながら言葉を続ける。
「ドラゴン様との談話は良いとして、今日中に魔族の国の幹部達へ報告書を纏め、今日中に提出。その後、他の幹部達に渡された資料に目を通して下さい。その街で得た今月の利益や諸々の事が書かれている筈です。戦闘だけが魔族ではありませんからね。一つの街とその周囲の地域を管理する幹部の意見を取り入れ、それに伴った魔族の国への意見を纏め、最善の策を見出だして下さい。尚、現状維持する場合も何故そのような方が良いと考えたのかという意見を──」
「あー、分かった分かった。最早何言ってっか分からねェよ。ちゃんと順に片付けて行くから心配すんなって。俺だって伊達に長年支配者をやってる訳じゃ……」
「それが、午前中の職務です。午後からは更に課題が増え、三倍程に。明日の朝方まで仕事があり、それが終われば休めますが一時間程だけで──」
──ガクッ。と苦笑混じりに肩を落とすシヴァ。支配者という役割を担っている以上、一日の激務は避けては通れない道である。
常人とは比べ物にならない程強靭な肉体を持つシヴァですら冷や汗が出る程だった。シヴァならば何年徹夜しても問題無いが、やはり精神的に来るものがあるのだろう。
「あーあ、ライの奴……。この国を征服したならこの仕事全て請け負ってくれねェのかよ……」
「駄目です。元々ライ様はまだ子供。私たちからすれば生まれたての赤子に等しいものですからね。力は強くとも、この様な仕事は本格的に務めるとして数十年後──」
「数十年後はこれをさせるのか……」
「ええ。幼いとは言え、世界征服の暁にはしかと管理を行えなければ意味がありませんから。管理等を全て他人に任せるのは人として駄目な事です」
自分で言ったシヴァだが、シュタラの徹底振りには流石に引くようだ。冗談半分のつもりだった言葉だが数十年後のライを思い、苦笑を浮かべる。
「ハッハ。大変だな、シヴァさんも」
「ああ、本当に。苦労してらっしゃる」
「やっぱり側近って立ち位置が一番楽かもねー」
「アナタたちにもまだまだ仕事はありますよ。無論、私にも。シヴァ様が支配者という業に就くのなら、側近の私たちも相応の仕事をしなくてはありません」
「「「…………」」」
余裕の態度を見せていたズハル、ウラヌス、オターレドの三人。しかしシュタラの言葉によってそんな余裕の表情が一瞬で掻き消された。
「……てか、何でこんなに仕事が残ってんだ……。一応支配者って立場は理解しているから、ある程度は終わらせたんだがな……」
「前の戦争の所為ですね。幻獣の国とヴァイスというリーダーを連れた者達の戦争。その始末は直接的な関わりの少ない私たちにも振り掛かるものです」
「……。俺が様子を見てみるかって言った所為か……」
「御心配無く。シヴァ様が魔族の国から出なくとも火の粉は振り掛かっていましたよ」
「ああ、そうか……」
肩を更に深く落とし、覚悟を決めたようにソファから立ち上がるシヴァ。適当に見えてちゃんと仕事は塾している。なので本来は終わらぬ仕事が溜まるという事自体稀なのだ。
なのに何故今回この様な事態になったのかというと、幻獣の国で起こった大規模な戦争が原因である。それに伴った被害報告やもしも他の国が狙われた場合などを想定した対策など、大規模戦争によって引き起こされた仕事という事だ。ブラックやアスワド以外の、直接参加していない他の幹部たちの仕事も増えているのでシヴァたちが向かって無くとも結局仕事や課題は増えていた事だろう。
顔を上げ、軽く伸びをするシヴァはシュタラたちに向けて口を開く。
「ま、終わらないなら終わらさなけりゃならねェ。だが、それは少し後でも良いか?」
「ええ。そうですね。仕事を増やした元凶を叩きますか」
「ハハ、怖い顔で見ないでくれよ。支配者さんに側近さん?」
──軽薄な笑みを浮かべながら窓の縁へ寄り掛かるグラオに向けて。
シヴァ、シュタラ、ズハル、ウラヌス、オターレドの五人は警戒を高めてグラオを睨み付ける。依然として軽薄な笑みを消さないグラオは縁から降り、数歩進んでシヴァたちに視線を向ける。
「忙しそうだし、単刀直入に聞くよ。君達、今から"終末の日"に参加してみない?」
「"終末の日"? 確か、どっかの宇宙で起こった大規模は戦争だったか。何でテメェがんな事聞いてんだ? 参加するかしないかは、テメェの対応次第だな」
グラオが聞いたのは、シヴァたちへの"終末の日"招集について。
"終末の日"の概要は創造神であるシヴァも無論知っている。しかし、何故混沌の神であるグラオがそれを訊ねたのか気になった。その反応を確認したグラオは更に続ける。
「それは君達全員、これから始まる"終末の日"の参加者候補に入っているからさ」
「……!」
──瞬間、辺りの空気が一変した。まるでそう、空間その物が変化したような。そんな感覚。それを感じたシヴァはクッと笑い、グラオの言葉に返答する。
「面白そうだ。仕事が増えて丁度イラついていた。増やした根源であるテメェらを叩いてみるか。つか、元々拒否権はねェんだろ?」
「ハハ、バレた?」
その日、魔族の国から支配者であるシヴァを始めとし、主力たちの姿が消えたというニュースが魔族の国全体に広がった。治安等は他の兵士達が居るので維持されるだろう。しかし、それによって如何なる影響が出てくるか分からない。かなり面倒臭そうな事になるのは先ず間違いなかった。
*****
──"トゥース・ロア"。
『いきなりな挨拶だな、アジ・ダハーカとやら。魔物の国で幹部を務めているというお前が何故この国に来た?』
『フフ、ドラゴン殿。私がこの国に来ては行けないのか? それは差別だろう』
暖かな空気と共に感じる春の気配。しかし、幻獣の国支配者の街である"トゥース・ロア"ではそれとは真逆である不穏な気配が漂っていた。
魔物の国、最強の幹部──アジ・ダハーカによって。
『差別? フン、戯れ言を。魔物の国は基本的に外と関わる事は無いと聞く。幹部の存在すら漏らさない程にな。そんな幹部のお主が此処に来たという事は、ロクな話を持って来ないと容易く推測出来るわ』
『フッ。鋭いな、ドラゴン殿。野生の勘か、支配者としての直感か。どちらにせよ、確かにドラゴン殿らにとっては良い話じゃないと思われる』
今この場に居る幻獣の国の主力はドラゴン、ジルニトラだけ。沙悟浄と猪八戒は"トゥース・ロア"の街の見回りをしていてこの場には居ないのだ。
仮にアジ・ダハーカの持ち込んだ話が良い話では無いのなら、最悪戦闘を行う事態に持ち込まれるかもしれない。そうなれば厄介なものだろう。しかしその気配に気付いたならばもうこの大樹に向かっている可能性もある。淡々と綴るアジ・ダハーカに対し、ジルニトラが眉を顰めて訊ねた。
『ならさっさと意見を言えば? 意見次第でアナタが敵かどうかを見極めるから』
『手厳しい。しかし、警戒するのは仕方無い事だ。御託を並べる必要は無い。ならば言おう、お前達幻獣の国の主力には"終末の日"参戦の資格がある』
『"終末の日"だと……?』
『ああ。聞いた事くらいはあるだろう、ドラゴン殿らも』
意見を促され、率直に答えたアジ・ダハーカ。それを聞いたドラゴンはピクリと反応を示し、今一度アジ・ダハーカを睨み付ける。その眼光は支配者らしく、かなりの威圧感を込めていたがあまり効果は無さそうだ。次いで、アジ・ダハーカは言葉を続ける。
『そして、お前達に拒否権は無い』
『……!』
──刹那、ドラゴンとジルニトラが本来の住む世界から消えた。気付いた時居た世界は"トゥース・ロア"でも、幻獣の国でも無い。全く別の世界。
『……。随分と堂々たる強制移動だな。礼儀を知らぬのか、アジ・ダハーカよ』
『貴方は争いを好まない。ならば、強制的に移動させる他あるまい。案ぜずとも、魔族の国・幻獣の国・魔物の国の者達は全員強制参加だ』
『貴様……!』
白い牙を剥き出しにし、威圧するようにアジ・ダハーカを睨み付けるドラゴン。その睨みだけで周囲の空気が消え去り、天変地異を彷彿とさせる空模様に変化した。だが、それを気にするアジ・ダハーカではない。
その日、魔族の国、幻獣の国、魔物の国から全ての主力が消えたと、何処までもニュースが広がった。それによって暴動などが起きる事は無いだろうが、その国の住民達は不安に駆られる事だろう。
*****
──"メラース・ゲー"。
ライが駆け出し、光の速度で拳を放つ。対し、支配者がそれを受け止め、カウンターを食らわせるように蹴りを入れた。それを受けたライは肺から空気が漏れ、一瞬怯む。しかし間を置かずにもう片方の拳を入れ、二人の姿が吹き飛んだ。
「……ッ!」
「……ッ!」
支配者の部屋の壁に衝突し、その壁を吹き飛ばす勢いで外に投げ出される。ライと支配者はその場で堪え、床を大きく抉ったが停止した。あれ程の勢いならば床を抉る程度で済む筈が無いのだが、両者共に全くの本気では無かったのだろうか。
「フム。腕は落ちていないようだな、侵略者よ。それでこそ倒し甲斐のある相手だ」
「ハッ、アンタに褒められても嬉しくないな。俺はまだフォンセを傷付けた事忘れてねえぜ? 仲間の事だ。数週間程度じゃ忘れる事は出来ないからな」
「どうでも良い。余と出会った不幸が災いした結果だからな。恨むならば天界にて運命を操作している神を恨むが良い。……む?」
ライと支配者の邂逅から数分。互いに交わした攻防は数撃のみ。まだ両者共に本気では無い戦闘だが、それによって多少の崩壊は起こっていた。
その崩壊で室内に風が入り込む。二人の髪を撫でるように揺らす風が通り過ぎ、支配者は構えを解いた。
「どうした? 降参でもするのか?」
「何をどう思ってその結論に至ったかは知らぬが、違うと述べよう。だが、"メラース・ゲー"での戦闘は終わりみたいだ。我らの目的は順調に進んでいるからの」
「……!」
──そして、此方の世界も変化した。目紛るしく回る視界に映った世界。見た事の無い景色が視覚と感覚を刺激し、様々な世界が映り込む。ライのみならず、レイたちを含めた仲間全員もその世界を見ているようだ。気付いた時、ライたちは思わず見とれる程に美しい泉の前に居た。
「ようこそ"世界樹"へ。此処は"世界樹"最下層……知恵と知識の世界"ミーミルの泉"。この樹を支える根元に広がる泉の一つだ」
「"世界樹"だと……!? つまり……此処は……!」
「ウム。"終末の日"の舞台となる九つの世界が広がる宇宙。と、言わずとも分かっておるか」
ライたちが移動した世界──"世界樹"。宇宙を支える樹にして、九つの世界に根を張る神樹である。
流転を繰り返し数々の世界情報が視界に入ったその終着点、そこが"世界樹"だった。つまり、ライたちの視界に映ったものは此処に存在する九つの世界の断片という事だろう。
「やっぱり……もう既に"終末の日"の下準備は終えていたって事か……」
「無論」
改めて支配者に構えるライ。レイたちは呆気に取られ、言葉を忘れていた。しかし、隙だらけでは死ぬ恐れがある。なのでレイたちも構える。
ライたちは魔物の国から移動し、"世界樹"へと来てしまったのだ。
*****
──"???・???"。
此処は人間の国、支配者の街。
世界全ての国の中で最も発展しており、最も強大な力を持つ人間の国。その全てを管理する者の居る街、"???・???"。
快晴の空。穏やかな気候と暖かな空気。季節は初夏だった。まだ春の香りが漂い、夏特有のジメジメした暑さはない様子である。
そんな街にて、その国を収める支配者が自身の居る建物から街の様子を眺めていた。
「魔族の国・幻獣の国・魔物の国。その三つが戦争を行うらしいな」
「……? その様な情報、何処からも入ってきませんが……」
「フフ、気にするでない。まだ人間の国の者達は誰も知らぬからな。後三時間もすれば伝達係がその報告に来る筈だ。丁度今、先程述べた三つの国の報告者がその情報を得たところだろう」
誰も知らぬ筈の情報。何故かそれを知っている支配者。側近か幹部か、はたまた別の役割の者か定かでは無いが、支配者の近くに居る者が納得して立ち上がる。
「となると、その国の主力達は皆が居なくなるという事。つまり、」
「我々が攻め落とすのも簡単……か。確かにそうだな。しかしそれをする必要も無いだろう」
「……。左様で」
その者が言おうとした事を言い、実行する気は無いと述べる支配者。その者も支配者の力は知っているので、言い当てられた事に対しては特に何も思っておらず簡単に了承した。
「我は退屈だ。その退屈凌ぎの為に他の国三つを残しているというのに、支配者や主力達が居らぬ国を落とす等つまらんだろう。その気になれば何時でも世界を落とせる。魔物の国が行う"終末の日"を暇潰しに見物している方が良かろうに」
「はっ、分かりました。ではこれで」
その者が立ち去り、この部屋には支配者のみが残る。閑散とした空気が立ち込めり、辺りはシンと静まり返る。そんな静かな空間にて、依然として街の様子を眺めている支配者が一言。
「良い退屈凌ぎだ」
窓が開き、突風が吹き抜けた。その風に髪を煽られた支配者は片手を動かす動作で風を消し去る。常に退屈している支配者は、街の様子を眺めながら"終末の日"の様子を見ている。何故見えているのか定かでは無いが、支配者の成せる技という事だろう。
ライたちと人間の国を除いた三つの国が"終末の日"で争う。誰も居ない部屋にて、人間の国の支配者は傍観を続けるのだった。




