四十四話 長い一日の終わり
──"魔族の街・近隣の森"。
「あ! 帰って来たよ!」
すっかり日も落ち、月と星の光が森を照らす中、レイが"魔族の国──レイル・マディーナ"から帰ってくる二つの人影に手を振った。
その二つの影──ライとフォンセは、レイに手を挙げて返す。
「おう。レイ、エマ、リヤン」
「今戻った」
そしてライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンが合流する。
「良かった。無事だったんだね! ライ、フォンセ! もしも帰ってくるのが遅かったら探しにいっていたよ!」
まずレイは、ホッとしたようにライとフォンセに言う。その様子から本当に心配だったのだろう。魔族の国をよく知らないレイ。なのでライたちの身に何かあったらどうするか考えていたようだ。
ライとフォンセは、レイの反応に大袈裟だなと笑っていた。
「まあ、特に争い事も……うん、無かったし……。少しだけど情報も手に入れる事が出来た」
妙な間を開けて言うライに、レイとエマは一瞬反応する。だがしかし、そんなライの心情を察して突っ込む事をしなかった。
「で、収穫した情報とやらを聞かせて貰おうか? 割りとあったような顔付きだぞ?」
そしてそんなエマは早速ライに情報を聞いた。
ライはエマが気を使ってくれたと直ぐに理解し、手に入れた情報を話す。
「ああ、まずまずだ。思わぬ再会もあったが……それは別に良いだろ」
「思わぬ再会……? それも気になるが……まあ、あとで聞こう」
ライの言葉に訝しげな表情で返すエマ。しかし情報の事が先決なのでエマはその事を聞かなかった。
そんなエマを横にライは言葉を続ける。
「まあ、敵の戦力についての詳しい情報は無いんだが、オスクロ、ザラーム、キュリテ以外にもあの街にはそれなりの実力者が一人いるらしい」
「……ほう? あの三人に並ぶ実力者か……中々の腕の持ち主ということだな」
エマは、オスクロ、ザラーム、キュリテの強さをそれなりに理解していた。なのでライの言葉から彼ら三人と同等。もしくはそれ以上の力を持つ者がかもしれないと考えているような表情。
「まあ、ダークの奴が問題児って言うレベルには扱い辛い奴だってよ。我が儘らしいが、腕っ節はあるって言っていたし……俺たちが攻め込む時に鉢合わせる可能性が高いな」
「……ふむ、そうか……確かに攻めるにあたっては厄介な敵になりそうだ」
ライとエマが会話を進める。問題児と言う事しか情報がある訳では無いが、先程推測したようにかなりの実力者と考えているからだろう。
そんな二人の様子を見たリヤンは訝しげな表情でライとエマに聞く。
「本当に攻め込んだり……戦ったり……戦争をするんだ……」
リヤンの表情は曇り、ライ、エマ、フォンセに目をやる。どうやらリヤンは争い事が嫌いらしい。
それを言えばライも争い事が好きという訳では無いが、世界征服に当たって争い事は避けられないのが事実。難しいものなのだ。そんなライは苦笑を浮かべながらリヤンに告げる。
「まあ、そうなるな。けど……別に荒れている様子も無いからこの街はスルーしても良さそうなんだよなあ……」
ライは、元々平穏な街を攻めるのには少々気が引けていた。
ダーク相手にタンカを切ったは良いが、力に全てを任せて国民の反感を買うような支配はなるべくしたくないのだ。前述したように、ライは争い事が好きという訳では無いのだから。
ライは空を見上げて言葉を続ける。
「まあ、先に喧嘩を売ってきたのはあっちだし、それを買ったのは紛れもなく俺だ。俺は俺でケリをつけるさ」
ハッ、と吐き捨てるように笑いながら言ったライにリヤンは言葉を返せなかった。
気を取り直し、ライは懐に手を入れて一枚の紙を取り出した。
「──……で、流石にその情報だけじゃ情報って言えるのかも危ういところだ……だから他にも手に入れた」
そしてライは、懐から取り出した紙をレイ、エマ、フォンセ、リヤンに見せるように広げた。
それを見たエマは呟くように一言。
「……これは……地図?」
ライはエマの呟きに対して、頷きながら返す。
そう、その紙に描かれている事は紛れもなく魔族の国その物や国の街の地図だった。
「ああ、しかもただの地図じゃない……『幹部が住む街の地図』だ」
ライが言った言葉、"幹部が住む街の地図"エマはその言葉にピクリと方眉を上げて反応し、口元を緩ませて言う。
「……ほう……? つまり闇雲に魔族の国を探索して虱潰しに探さなくとも良いということか」
「ああ」
ライはエマの言葉を肯定するように頷き、言葉を続けて言う。
「エマが言った通りだ。……当たり前だが、魔族の国にも多くの街がある。そしてその街を闇雲に探していたんじゃ、何年も掛かるだろうな。まあ、さっきの街は近くにあるから良いとしよう。その他の街が問題だ。……で、この地図はその街が記されていて、その街の全体図も纏められている。要するに、この地図通り行けば問題ないって事だ」
淡々と説明するライに対し、ウンウンと頷くレイとエマ。
フォンセはライと共に行動していた為、もう分かっていた。
そしてレイがライに聞く。
「でも、よく手に入れる事が出来たね。そんな地図……」
レイは重要そうな情報が記された地図をライが持っている事に驚いていた。それもその筈。幾ら情報を集める為に行ったとはいえ、重要そうな物を見付けて来たのが不思議だったからだ。
ライはレイの言葉に苦笑を浮かべて返す。
「ハハ、まあ……色々あってな……。……一応話しておくよ……」
そしてライは苦々しく口を開いた。
*****
──数時間前・"レイル・マディーナ"酒場の奥、貴賓室。
ライとフォンセは、早速情報を集めようとし、行動に移っていた。
情報を集める方法は的確で確実な方法──聞き込みだ。
人によっては嘘の情報を仕込んだりするが、聞き込みをする事によって同じような意見が多い情報の信憑性が高くなる。
まあそれでも集団で騙すということもし兼ねないが、ライとフォンセはこの街に来たのが初めてだ。
そしてダークに連れてこられたということから、お偉い方と思われている可能性が高い。
恐らくそれを騙すことはしないだろう。幹部やお偉い方の裏には支配者の影があることは確かだからだ。
流石に支配者の支配下に置かれている者達は支配者に喧嘩を売りかねない行為はしないだろう。
「さて……何処から聞こうか……」
ライは周りの派手で綺羅びやかな部屋を一瞥し、腕を組ながら考える。
フォンセも周りを見渡し、談笑している者達の顔を見る。
「ふむ……人数が多いグループでも、少ないグループでも、とにかく情報を持っていそうな者が居れば良いんだが……」
「まあ、それが理想? ……だよな。情報を持っていそうな奴と言えば…………。……駄目だ……見ただけじゃ分からん……」
ライとフォンセはどうしたものかと考える。
確実な情報を得たいのだが、無駄な話に付き合ったり無駄に時間を消費するのは避けたいのだ。
しかし現在考えている時間も無駄である。仕方なく適当に聞き込もうとしたとき、ライに話し掛けてくる者がいた。
「フフ……お困りの様子だな。何か聞こうか?」
「……あん?」
ライはそちらを見て反応し、フォンセもライに続いて声の方向を見る。見たところ男性のようだ。
声の主──もとい、その男性は言葉を続ける。
「盗み聞きのようで悪いが、話を聞いたところ……情報がどうとかこうとか言っていたな?」
それはライとフォンセが話していた事。少し怪しめの突然話し掛けてきた男性に向かい、ライは訝しげな表情で聞き返す。
「アンタ……誰だ? 情報の話に食い付いてきたって事は……情報屋か何かか?」
それは情報について。ライとフォンセが話していた情報に興味があるという事はつまり、その者が情報屋で何かしらの情報を持っている可能性が高いと言う事だ。
その男性はライの言葉にクスリと笑って返す。
「まあ、そんなところだな。情報が欲しいんだろ? 何に使うのか、何の為に集めているのか知らないが……何はともあれ俺にとっては良い商売相手……且つ暇潰しの相手だ」
「……へえ?」
淡々と続けるその男性は、どうやら本当に情報屋だったようである。
確かに情報を欲している者は魔族だろうと人間だろうと情報屋にとって素晴らしい商売相手だろう。
怪しみ警戒しつつ、ライは言葉を続けて話す。
「良いね。どんな情報をくれるんだ? 勿論タダで聞くほど烏滸がましい真似はしない。それなりに持っているからな?」
サクサクと話を進めるため、早速本題の情報について追求するライ。長居は無用。簡潔に済ませる事が重要だった。
「……いや、俺が欲しいのは金貨や銀貨のような貨幣じゃない。もっと別のものだ」
「別の『物』……?」
情報屋が話したら事について、ライの隣に居るフォンセは"別の『もの』"という言葉に反応する。
男性は聞き返したフォンセに応えるよう、言葉を続ける。
「そう、別のもの。……それは"物"ではなく、"もの"だ。……まあ、俺は魔族でアンタらも魔族……。……これが意味する事は分かるだろ?」
男性が綴る言葉に、ライはニヤリと笑って返した。
この男性は魔族。魔族は他の種族とは違い、好きな事が一つだけある。つまり、その一つが条件と言う事だ。
「……成る程な。……情報を『奪い取れば良い』……ってことか……!」
ライの言葉に男性は笑みを浮かべ、両手を広げて一言。
「……その通りだ!」
──刹那、空間が歪んだ。
「「…………!?」」
フォンセは平衡感覚を失い、目眩を起こしたようにライへ手を掛ける。
揺れる感覚の中、ライはフラフラしているフォンセを肩に貸しながら、男性に言う。
「……ルールは何だ?」
その挑戦を受けないかどうかではなく、受ける事前提で話すライ。そんな質問に対して男性は笑いながら言葉を発した。
「ルールは簡単、俺とお前が戦い、先に降参した方が負けだ! シンプル且つ、単純明快! 古来から続くルールだ!」
ライが気付くと、足元がステージのようになっており、周りには観客のような魔族が集まっていた。
完全に目立っている。しかし気にすることは無いだろう。
何故ならライは──魔王の力を使わずとも、この者には余裕で圧勝出来るからだ。魔王(元)を使わなければこの者達が魔王(元)の存在に気付く事は無いだろう。
そして、体調が悪そうなフォンセを椅子に座らせ、その男と向かい合うライ。
「さあ……始めようぜ?」
「……お前一人で大丈夫なのか?」
よほど自信があるのか、勝負を促すライに向かって男性は言う。
ライは軽薄な笑みを浮かべて男性の言葉に返した。
「ああ、問題ない」
「……そうかよ」
それだけ交わし、互いに構えるライと情報屋。
その刹那、情報屋の男性は加速しライに向かって一気に駆け出した。
「ハハハ! 俺は空間を歪ませる事が出来る! 平衡感覚を狂わせ、死角から的確な一撃を放つのだ!!」
自信の力を説明し、ライとの距離を一気に詰める情報屋。
それを聞いたライは情報屋が近付いてくるまでの時間が『長過ぎる』ので、考える時間があった。
「……へえ? 感覚操作みたいなものか……これを食らったら確かにクラクラするな……まあ──」
そして、
「──関係無いけどな」
──近付いてくる情報屋に踵落としを食らわせ、ステージのような床に沈めた。
「ガッ……!?」
貴賓室には岩が砕けるような音が響き、情報屋が沈められた所に小さなクレーターが出来上がる。
脚を上げ、小さなクレーターの中心に頭がある情報屋に向かい、ライは聞く。
「……で、どうする? このまま更に沈める事も出来るが……」
「あ、ああ……こ、降参だ……じ、情報をやる……」
そしてライvs情報屋の戦いは、情報屋が瞬殺され、ライが勝利したのだった。
*****
「──で、周りは歓声が上がっていたけど……まあ、時間も時間だし、軽く手を振ってこの地図を貰ってきたって訳だ」
「「へー」」
ライの話を聞き、まあこれなら無茶をしたという訳じゃないな。と納得するレイとエマ。
「……けど、今日はもう暗いし、明日改めてこれを読もうか」
そしてライは、今日の疲労と現在夜も更けてきた事から休む事を提案する。
ライたちは今日だけでかなりの強者と戦った。なので身体の疲労は溜まっている事だろう。なので休む為、ライはそう提案したのだ。
「ふむ、確かにそうだな。今日一日で魔族の街に住む幹部とその側近? を倒したんだ。怪我を治したとはいえ、相当疲弊している事だろう」
エマも同調するように言い、レイとフォンセも頷く。全員が疲労していると同意し、確信していたのだ。
するとレイが思い付いた事を呟くように言った。
「そう言えば……ここ二、三日お風呂に入れていないなあ……」
その言葉を聞き、ハッとするエマとフォンセ。昨日はライが殆ど戦っていた為、汗などをあまり掻いていなかったが今日は幹部の側近的な者と戦った。
それに加え、エマが呼んだ雨やそれによって作られた泥に汚れたのである。
レイ、エマ、フォンセは流石に汚れを落としたい気分だ。
そんな様子を眺めていたリヤンがレイたちに告げるように言う。
「あ……そう言えば……確か向こうに温泉があ……「本当!?」る……え?」
リヤンが言い切る前に反応を示したレイに対し、リヤンは驚きながら言う。
「う……うん……ここの森は火山地帯が近くにあるから……温泉が湧いているの……」
それを聞いたレイの顔色がパアッと、一気に良くなり、エマとフォンセもフッと笑う。
温泉というものがあるのなら、それは疲労した身体には持って来いの物だっただからだ。
*****
「ハア~……! 二日ぶり……? くらいのお風呂だあ……」
「ふふ……そうだな。今日は少々汚れてしまった。まあ、雨や泥は自分で呼んだのだがな……」
「まあ良いだろう……。それのお陰でレイも無事だったし、今日はその汚れを落とせるのだからな……」
「………………」
それからライたちは男性と女性に別れて入浴していた。
温泉に浸かり、腕を伸ばして背伸びをしながらリラックスして言うレイ。そして同じくリラックスしながら返すエマとフォンセ。
リヤンは無言だが、湯船に浸かってのんびりとしているのは明らかだ。そんなリヤンに向けてレイが言う。
「そうだ……。リヤンって森に住んでいる割には肌が綺麗だよね……日焼けの跡とかも無いし……羨ましいなあ……」
星空を眺めながら話すレイの言葉を聞き、リラックスしていたリヤンがレイの方を向く。
そしてそんなリヤンはレイに向かって言った。
「そうかな……? レイだって剣士って割には傷も無いし……綺麗だよ……?」
「アハハ、そうかなあ? まあ、私はまだ旅してからそれほど経っていないし、戦うこともあまり無いから……かな?」
レイは褒められた事を素直に喜びつつ、全く戦闘をこなしていない事に一瞬だけ表情が曇る。
その様子を見たリヤンは"?"を浮かべたが、リヤンが返す暇も無く、レイは言葉を続ける。
「まあでも……こんなに気持ちいいなら森も良いねえ……」
レイの言葉に笑みを浮かべながら相槌を打つエマとフォンセ。天然の露天風呂であり、先程レイが見上げていた星空のみならず月がレイたちを見下ろす。
チャプン……と、肩にお湯を掛け、そんな穏やかな空間が続いていた。
*****
「ふう……色々あった一日だったな……」
湯に浸かり、今日一日の出来事を一人で振り返るライ。
まあ、細かく言えば一人ではないが……何はともあれ色々あった一日なのは確かである。
【まあ良いじゃねえかよ。つーか、俺は今日幹部くらいしか戦えなかったし、三割ほどだったけどな。まあ力を使えただけで良しとすっかあ】
(自己解決してるな……)
魔王(元)がライの中で話す。
まあ内容は自分が満足したいとの事だが、自己解決したらしく、ライがツッコミを入れた。
因みに女性組とは大岩を隔て、割りと近くの場所にライは居た。
(まあ、もうすぐ他の幹部や支配者と戦えるだろうよ。支配者の時は流石に全力を出さなきゃ駄目だろうな)
ライはダークが言った、"ライの力が全力の三割ほどだとしても支配者には勝てない"という言葉が気に掛かっていた。
それが嘘だとしても本当だとしても、今よりも更なる力が無ければ支配者と戦えないのは事実だろう。
【まあ、最悪は俺自身が飛び出しゃ良いだろ?】
(ハハ、期待してるよ。魔王)
ライは自身に降り注ぐ月と星の光を眺め、魔王(元)の頼もしさに感謝しつつ、温かな湯船に深く浸かる。
こうして、長かった一日は終わりを告げるのだった。