四百三十九話 斉天大聖vs平天大聖・決着
孫悟空と牛魔王。そんな二人の姿が自分の相手に近付き、互いに拳を放って打ち付けた。拳と拳はぶつかり合って衝撃を散らし、砂漠地帯の砂を全て巻き上げる。
拳同士の衝突で二人の身体は離れ、次いで横に携えていた如意金箍棒と混鉄木を振るうった。それによって巻き上がった砂が爆散するように散り消える。
『フッ、軽いぞ、斉天大聖!』
『……ッ!』
混鉄木を薙ぎ、如意金箍棒を弾く牛魔王。弾いた瞬間に腕に力を込めて拳を握り、孫悟空の腹部を打ち付ける。それによって吐血した事から、孫悟空は内臓が傷付いようだ。
そのまま打ち付けた拳を振り抜き、何処までも続く砂漠地帯へと大きく吹き飛ばす牛魔王。殴り飛ばされた孫悟空は止まる事無く進み、直線の溝を造りながら何処かへと消える。その数秒後に牛魔王の耳にまで聞こえる轟音が遠方から響き、遠方にて大きな土煙の柱が立つ。そこにあった何かに衝突し、砂柱を上げたのだろう。
『伸びろ、如意棒!』
『またそれか』
飛ばされた孫悟空の声が響き、亜光速で如意金箍棒が牛魔王を狙う。それを牛魔王は掌を開いて受け止め、背後へ衝撃が伝わって砂漠の砂を舞い上げる。それは余波のみで粉塵が舞い上がる程の威力だったのだが、どうやら牛魔王は全くダメージを受けなかったらしい。
その証拠に、受け止めた掌を開いたまま微動だにしていない。痛みを感じている様子も無く、先程の"天災地変の術"で受けたダメージや繰り広げていた攻防によって付いたほんの僅か外傷しか見当たらない。
見ての通り、如意金箍棒によるダメージは骨どころか皮膚にすら到達していなかった。
『距離は数十キロ程か』
伸びた如意金箍棒の方向を見、孫悟空の位置を確認した後如意金箍棒を離す牛魔王。その次に足元を確認して軽く踏み込み、
『今度は確実に捉えたぞ……!』
『あらら、もう来たのか……?』
数十キロの距離を秒も掛からずに詰め寄った。孫悟空は先程のようにその隙に隠れ、不意を突こうとでも考えていたのか如意金箍棒から離れていたが、牛魔王が一瞬で追い付いたのでその考えが不発に終わり苦笑を浮かべていた。その反応を見、クッと小さく笑う牛魔王。
『ああ。本気になったからな。この時間で終わらせるつもりだ』
『……ッ! 重い拳だ……!』
発達し、膨張した筋肉から放たれる鋭く重い拳。それは孫悟空の腹部を打ち抜いて弾き、孫悟空を吹き飛ばす。
それによって孫悟空は遠方へと飛ばされたかと思われたが、牛魔王は自分で吹き飛ばした孫悟空に一瞬で追い付き、混鉄木を振り下ろして地面に叩き付ける。その場所には隕石でも落ちたのかと錯覚する爆発が起こり、周囲を土煙で包み込んだ。
『伸びろ如意棒!』
『ハッ、読めているぞ!』
土煙を切り裂き、貫いて放たれた如意金箍棒。牛魔王はそれを読んでおり、軽く反れて躱す。それと同時に加速して孫悟空へと迫った。
『ハッ!』
『っと!』
混鉄木では無く拳を振るい、それを紙一重で避ける孫悟空。次の瞬間に腕を薙ぐ牛魔王だが、それを見切った孫悟空は跳躍していなす。そのまま腕の上に乗り、如意金箍棒を牛魔王の眼前へと突き立てた。
『伸びろ如意棒!』
『……ッ!』
刹那、亜光速で数キロ伸びた如意金箍棒が牛魔王の顔を打ち抜く。貫通はしないが、その勢いに飲まれて頭から地面に倒れ込む。それによって仰向けになった牛魔王。その目の前には孫悟空がおり、神珍鉄からなる棒の先端が牛魔王に狙いを定めていた。
『伸びろ……如意棒!!』
力強く言い、牛魔王の顔へ放たれる如意金箍棒。それには的確に顔の中心である鼻を射抜き、砂の真ん中に穴を空ける程の威力が秘められていた。
常人ならば貫通したであろう棒だが、牛魔王は貫通する程柔な身体では無い。確かなダメージは受けただろうが、即座に起き上がった。
『良い攻撃だ。かなり効いた……!』
『……っ。まだか……!』
着地し、牛魔王から距離を置く孫悟空。ゆっくりと起き上がった牛魔王は不敵に笑う。それを見ていると、感じる不気味さが強かった。何度仕掛けても起き上がるので、面倒という事が不気味さに変わっているのだろう。
『まるで化け物だな……。何度も攻撃をまともに受けてるのによ。前よりも強靭になっていないか?』
『鍛えているからな。己の肉体は鍛えてこそだ。そうする事で相手を打ち倒す事が出来る。それよか、お前も中々に化け物だと思うがな』
『ハッ、その通りだな。確かに鍛えれば相応の力が身に付いて敵を打ち倒せるし、俺も常人からすれば化け物だ。だが、筋肉だけじゃなく様々な妖術を使ってみるのも悪くないぜ?』
様々な技を用いても尚、その肉体のみで打ち砕かれる現状。しかし孫悟空はそれでも攻める姿勢を止めない。当然だろう。勝つつもりで挑んでいるのだから。
そしてその姿勢は、今も尚続けている。
『こんな風にな! "妖術・拘束の術"!』
妖力を纏い、妖力の糸を作り出す孫悟空。作った瞬間に両手を振るって放たれたその糸は牛魔王の身体に絡まり、肉体のみで力を振るう牛魔王を拘束した。
『これがお前の言う妖術か? フン、大した事の無い術だ。妖力で作られているから多少は頑丈だが……ただそれだけ。俺の力ならば容易く打ち切れるぞ』
『ああ、そうだろうな。だが、誰も糸は一本とは言ってねえぞ?』
『……なに?』
刹那、孫悟空が腕を動かすと同時に多数の糸が牛魔王に絡み付いた。全身が拘束され、足が躓いて膝を着く牛魔王。もう一度孫悟空の方を見やり、孫悟空が何をしたのか理解した。
『成る程。そう言えば、お前は両手を振るったな、斉天大聖。確かにそうだ。妖力の糸ならば片手を振るうだけで放出する事も可能。しかし態々両手を振るったという事は、その手と指を全て利用していたという事か』
『ああ。それでも多分アンタにゃ簡単に破られる。だがな、破られる前にアンタに集中砲火すれば多少のダメージは与えられるって寸法だ』
孫悟空はこの糸を放つ時、両手を使った。その時既に両手に糸を纏い放てる体勢になっていたのだ。そして、一度拘束出来れば破られるにしても時間が掛かる。それならば、今までは砕かれていた攻撃も多少は通るようになるという事だ。
『"妖術・分身の術"!』
次の瞬間に数十本の髪の毛を抜き、自分の分身を作り出す孫悟空。数十人に増えた孫悟空は一斉に牛魔王へと飛び掛かり、妖力の糸によって拘束されている牛魔王に仕掛けた。
『『『行くぜェ!!』』』
『……ッ!』
数人の足が牛魔王の顔に突き刺さり、数人の拳が胴を打つ。背後に回り込んだ二人が左右から蹴りを入れ、最後にオリジナルの孫悟空が片手に妖力を溜めていた。
『一点に集中した力ならどうだ! "妖術・星砕き"!』
その手は巨大化する訳でも無ければ、その他の変化が生じている訳でも無い。ただ集中して妖力を込めた拳というだけ。
しかしその拳には、確かにその名の示す威力が秘められていた。
空中に居た孫悟空は一気に降下し、妖力の糸で縛られている牛魔王に肉迫する。落下途中で更に加速し、妖力が込められた拳振り翳した。
『見事だ、斉天大聖!』
『『『…………!!』』』
それを見た牛魔王は称賛の声を上げ、妖力で作られた糸を引きちぎる。そのまま腕を薙ぎ、身体を震わせて分身の孫悟空たちを消し去った。
『食らえ、牛魔王!』
『受けて立とう、真正面からな!』
次いで構え、牛魔王も妖力を拳に込める。妖力を込められた二つの拳。全身を使って放たれたそれが衝突し、周囲は粉微塵に消し飛んだ。
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『安心したぞ、斉天大聖。これは敵では無く兄としての称賛だ。よもや、この俺の身体にこれ程までの傷を付けるとはな』
『ああそうかい。この状況で褒められても、あんま嬉しくねえけど。まあ受け取ってやるよ』
全てが消し飛び、砂すら残らなくなった砂漠地帯にて孫悟空と牛魔王が向かい合っていた。
互いに放ったのは一発だけ。一発だけの拳である。しかし、その一発によって両者は大怪我を負いながら疲弊し切っていた。
惑星破壊級の技がぶつかり合ったのだ。当然と言えば当然の事だろう。
純粋な惑星破壊のダメージならば容易くには無いとしても耐えられる二人だが、この場合は少々勝手が違う。惑星破壊級のエネルギーが集中して生まれた破壊エネルギー。それを一点に受けるのならば、全身に散らばめられた惑星破壊の一撃を受けるよりもダメージは大きいのだ。
『だが、平天大聖。アンタはまだ戦えそうだな。どうする? このまま決着が付くまで戦り合うか?』
『フム……』
腕を組み、思案する牛魔王。
この二人はそれなりのダメージを負った。しかしまだ戦闘を続行出来ない事は無い。
ダメージと疲弊はあるが、悪魔でそれだけだ。まだ生きており、自由という訳では無くなっているが身体も動く。本人たちの気力次第で戦闘の続行云々は決まる。なので孫悟空は牛魔王に訊ねたのだろう。幾度と無く戦闘を織り成してきた二人だからこそ、決着という事柄に対して思うところがあるのだ。
その質問に対し、腕を組みながら数分間黙り込む牛魔王。その返答次第で戦うかどうかが決まる。正直、孫悟空にとっては疲労が多いので出来る事なら戦いたくない気持ちが高いだろう。そんな気も知らず、牛魔王は二、三分黙り込んでいた。そして顔を上げ、孫悟空の質問へ返す。
『いや、止めておこう。本気で倒すつもりだったが、この数分で決着が付かなかったんだ。鍛えていたと思っていたが、どうやら俺は自分の力を過信し過ぎていたらしい。それが今はっきりと分かった』
その答えは、戦闘を中断するとの事。
曰く、勝つつもりで挑んだ戦闘らしいが、牛魔王の予想以上に孫悟空に苦戦してしまっていたらしく自身の力不足を感じて戦闘を続行する気持ちは無くなったようだ。
それを聞いた孫悟空は小首を傾げ、意外そうに返す。
『意外だったな。アンタが本気で倒すつもりだったなら、白黒付けるまで終わらないと思っていた』
『始めはそうするつもりだったがな。前述したように思っていたりよりも決着付くのに時間が掛かった。そして、今も決着が付かない。今回は本気の戦いでは無いという口実だったからな。時間が掛かっては元も子もない』
『成る程ね。ま、確かにアンタらは悪魔で情報収集が目的らしいな。本気で潰そうと考えていたとしても、それなら別のやり方もある筈だ』
一応牛魔王も、今は魔物の国の主力となっている。なので、私事で戦闘を行うとしても必要最低限の事だけは保守しなくてはならない。
その為まだ戦いたい気持ちが強くとも、引き下がる時は引き下がる必要があるのだ。本人からすれば不本意のようだが、今回は一先ず切り上げるとの事。牛魔王の言葉から、恐らく自分の中で戦闘時間を決めていたのだろう。それが過ぎたので今回は止めておくという事だ。
『取り敢えず今回は引き分けだ。このまま続けたいが、他の箇所で行われている戦闘が何処まで進んだか分からないからな。早めに切り上げ、魔物の国の者達が実行しようとしている"終末の日"に備える必要がある』
『そうか。俺的にもその方がありがたい。このまま続ければ勝てるかもしれないし負けるかもしれない。つまり、どっちにどう転ぶかは分からないって事だからな。けど、どちらにしても今以上に疲労が溜まるのは確実だ。だったら万全の時に挑んだ方が良い』
利害が一致した。訳では無いが、互いに今戦うつもりは無くなったらしい。
その理由は、どちらとも魔物の国の目的を知っているので来る日の"終末の日"に備える為だ。孫悟空的にもこのまま進めて勝てるか分からなかったので丁度良いという事で終わる。
孫悟空と牛魔王。斉天大聖と平天大聖。美猴王と大力王。それらの異名を持つ義兄弟の二人が行っていた戦闘は、決着が付かずに終了した。




