四百三十七話 砂漠と極寒の戦闘
様々な技や術で仕掛ける孫悟空に対し、牛魔王はその身一つと武器一つ。己の腕力のみで迎え撃つ。
如意金箍棒や様々な妖術を混鉄木と持ち前の力で打ち砕く牛魔王。消し飛ばし、弾き飛ばし、孫悟空との距離を詰める。
『伸びろ如意棒!』
『効かぬ!』
亜光速で伸びて進む如意金箍棒を片手で握り、次々とへし折る。最長で地獄の底まで伸びるという如意金箍棒。亜光速で伸び続けるとはいえ、全てを折るのは不可能だろう。だが、牛魔王の狙いは別にあった。
『折れた棒も変わらず伸びるんだったな』
『……!』
折れ、落ちた如意金箍棒を拾う牛魔王。指と指の間に複数挟み、それらを軽く上に投げた。それに気を取られた孫悟空。牛魔王は不敵な笑みを浮かべ、
『棒よ、伸びろ!』
『ッ!』
次の刹那、空中に放たれた如意金箍棒が一斉に解き放たれ、孫悟空目掛けて亜光速で伸びた。
その数は百を超え、凄まじい反応速度を誇る孫悟空ですら躱し切れずに身体中へと如意金箍棒が突き刺さる。
貫通こそはしなかったが、それによって長距離を吹き飛ばされ砂漠地帯に存在する幾つかの大岩に激突して辺りに岩塊を撒き散らす。次いで岩が完全に崩れ落ち、周囲を見えなくなる程の土煙が覆った。
『まだだろ、斉天大聖。お前の力はこの程度では無い筈だ!』
『当然だッ!』
そんな瓦礫と化した岩の中から飛び出す孫悟空。身体に多少の傷はあるが目立ったものは無い。
孫悟空は觔斗雲に乗り、長距離を一瞬にして詰め寄った。声が届かぬ程の距離に飛ばされたのに返事が出来るのはどういう事か定かでは無いが、恐らく孫悟空と牛魔王が神仏に近い妖怪だからこそ遠距離でも普通に会話を行えるのだろう。
それはさておき、觔斗雲に乗って光を超えた速度で詰め寄った孫悟空は複数の如意金箍棒を携え、牛魔王へと狙いを定めていた。
『次はアンタも受けてみな! 伸びろ、如意棒!!』
『ヌゥ……!』
そして放たれる、複数の如意金箍棒。
先程牛魔王が行ったように、仕返しと言わんばかりに同じような攻撃を仕掛けた。孫悟空、案外彼は中々根に持つタイプのようだ。
『フッ、効いたぞ。流石だな、斉天大聖。力が落ちるどころか成長している』
『嘘吐け。アンタはこの程度じゃ大したダメージがねえだろ』
『いいや、そうでもない。多少のダメージはあるつもりだがな』
『ハッ、結局は多少かよ』
『ああ、それは互いにな』
全ての如意金箍棒を孫悟空に向けて弾き飛ばし、踏み込むと同時に加速する牛魔王。孫悟空は弾かれた如意金箍棒を弾き返し、その細い部分を足場にして駆け出した。
弾かれたそれが空中に漂うのはほんの僅かな時間だけである。しかし、孫悟空にとっては新たな足場として活用するのは何ら苦になる事では無いのだ。
『ラァ!』
『力で俺に勝てる訳無いだろう』
そのまま如意金箍棒を踏み台に跳躍し、牛魔王の脳天からオリジナルの如意金箍棒を叩き付ける。
牛魔王は混鉄木を用いて正面から受け止め、横に薙いで未だ空中に立つ孫悟空をその場から吹き飛ばそうと試みた。が、孫悟空は空気を蹴り、その一撃から逃れた。
『伸びろ如意棒!』
『……! フン、芸の無いやつだ』
『……ッ!』
逃れた瞬間に棒を伸ばし、牛魔王の頬を打ち抜く。しかし牛魔王は怯まずに己の頬を打ち抜いた如意金箍棒を掴み、そのまま上から下へと勢いよく振るって棒ごと孫悟空を打ち付ける。
背部を強く打った孫悟空の肺からは空気が漏れ、強制的に吐き出された空気が口の外へと放出される。微かな鉄の味も広がり、その事から少しばかり吐血したと見ても良さそうだ。
『ハッ!』
『む?』
即座に起き上がり、落ちた如意金箍棒を拾って薙ぐ孫悟空。
牛魔王は思わず仰け反り、軽く跳躍して孫悟空から距離を置く。その隙を突き、一気に加速して牛魔王の腹部へと如意金箍棒を近付けた。
『伸びろ、如意棒!』
『……ッ!』
瞬間、ゼロ距離にて鉄の棒が亜光速で放たれ、牛魔王の腹部へと大きく突き刺さって吹き飛ばす。
貫通はしなかったが、この距離であの棒を受けたのだ。先程よりはダメージもある事だろう。
その棒は伸び続け、数十、数百の大岩を貫通しながら進み、砂漠の奥地にある崖に激突してようやく止まる。これは孫悟空が伸ばすのを止めたのでは無く、牛魔王が根性で受け止めたのだ。
『こんなもの……!』
先程よりもダメージを負った様子があり、軽く吐血した牛魔王は如意金箍棒をへし折って脱出する。
依然として伸び続けている如意金箍棒は崖を貫き、目に見えぬ位置まで伸びて行った。
『此処から奴の姿は見えないが……棒の先に居るな……』
誰に言う訳でも無く、伸び続けている如意金箍棒を見て呟くように話す牛魔王。何百キロ離されたかは分からない様子だが、孫悟空の位置は把握しているようだ。
その方向へと身体を向け、一瞬止まった次の瞬間に加速する。亜光速で離されたが、牛魔王は元よりそれ以上の速度を出せる。それなりの労力は使うが、不可能では無いのだ。
つまり要するに、亜光速で離されようと居場所さえ掴んでいれば瞬く間にそこへ行けるという事である。加速して数分。遅れて踏み込んだ砂漠の大地が吹き飛び、その場には遠方から見える程の砂柱が立ち上っていた。
『……。居ないな』
僅か数秒で到達した如意金箍棒の先端。しかしそこに、孫悟空の姿は無かった。あるのは持ち手の居なくなった如意金箍棒のみ。それが無造作に地に置いてあり、先程まで孫悟空が居たであろう足跡が残っていた。
『伸びろ、如意棒!』
『……!』
──刹那、何処からともなく響いた孫悟空の声と共に下の地面から如意金箍棒が飛び出した。
一本が牛魔王を突き上げ、そこから連続して伸びる棒。複数のそれらが浮かされた牛魔王の顔、肩、腹部、腕、脚を打ち付ける。それは留まる事無く放たれ続け、最後の一本が更に天高く舞い上げる。
そしてそこには、不敵に笑いながら觔斗雲に乗る孫悟空の姿があった。
『ハッ、ちったァ効いたか?』
『ヌゥ、斉天大聖……!』
次の瞬間、浮かび上がった牛魔王の頭に如意金箍棒を強く叩き付ける孫悟空。落下の直前、牛魔王が空を飛ぶ孫悟空を睨み付け混鉄木を構えたが間に合わず、力に押されて下方へと叩き付けられた。
それによって凄まじい爆音と共に砂が舞い、地面が周囲を飲み込んで陥没した。
『どうやら、少し斉天大聖を侮っていたようだ。成る程、今度こそそれなりのダメージを負った』
『そうかい。それは良かった。あれだけやって渾身の一撃でようやくそこそこってのは少し思うところもあるが、それでも上々だ』
下方に叩き付けられた牛魔王が立ち上がり、カラカラと砂の欠片が落ちる。その表情は先程までのように余裕のあるものではなく、真剣なものとなっていた。
油断はしていないながらも、多少の侮りがあったと悔い改めて構え直す。
対し、孫悟空はようやく相手もその気になったと小さく笑い、如意金箍棒を振り回して構える。
孫悟空と牛魔王。灼熱の砂漠地帯で行われる二人の戦いは、次のステージに踏み込んでいた。
*****
触れれば即死である二つの黒い手がエマとニュンフェに迫り来る。二人はそれを見切って躱し、樹氷を足場に跳躍して距離を置く。着地と同時に雪が舞い、その白い粉塵を破るように黒い手が迫る。
エマは蝙蝠のような翼を広げて空へ逃れ、ニュンフェは疾風のような速度で駆け抜けて黒い手を翻弄する。
『フフ、逃げるが良いわ。逃げる事しか出来ないのだからね。まだまだ追うわよ!』
先程まで自分を揶揄っていた者たちが自分の技から逃れる為に逃げる。その光景を見てヘルは笑っていた。
ヘルも根に持つタイプらしく、やり返せている事で気分が良くなっているのだろう。
「フッ、逃げてなどいないさ」
『……。ハッタリ、では無いみたいね!』
刹那、上空から霆が降り注ぐ。それに気付いたヘルは余裕の態度を消さずに構え、黒い何かを自分の周りに展開してそれを防ぐ。どうやら黒い何かは、霆などのようなものでも防げるらしい。形も自由に変えられるので、正しく変幻自在の武器という訳だ。そんな武器が触れるだけで即死する力を秘めているのだから恐ろしいものである。
『けど、それらも効かないわ! 完全な防御にも、最強の攻撃にもなるのですからね!』
「……!」
霆を防いだヘルは片手を動かし、黒い何かを手の形に変化させてエマを狙う。少しばかり反応が遅れたエマは片腕を飲み込まれ、脱出はしたがその腕が腐って落ちて行く。
腐りは次第に肩や脇腹にまで広がり、悪臭を放つものとなる。
『フフ、ヴァンパイア。貴女は不死身だけど、この黒い手は不死身も殺すわ。それに加え、掠っただけでも身体中を侵食するからね! 苦しみなさい、ヴァンパイア!』
「成る程な。しかし、自分の能力をペラペラと話すのは少々無用心では無いか? 本来、自分の力を黙っていた方が確実に仕留めるチャンスが増えるだろうに」
『関係無いわ。絶対的な自信がある技なら、相手に話そうと相手を打ち破れるもの!』
本来、自分の能力を積極的に話すのは自分を不利にする行為でしかない。
しかし、その力に絶対の自信があるのなら不利では無くなるのかもしれない。逆に、相手にバレるかもしれないという事を懸念して自分の力を引き出せなかったら終わりだろう。
最も、それならば絶対的な自信を持ちつつ己の力を全力で放出すれば良いのだが。それはまあ、この状況ではどうでも良い事かもしれない。
ヘルの持論を静聴していたエマは頷き、ヘルの前に降り立って言葉を続ける。
「しかし、身体を腐らせ、機能を停止させる技など大した問題にはならない。一瞬で全身を覆われなければ、侵食部分を切り取れば良いのだからな」
『……!』
それだけ告げ、腐り侵食されていた自分の半身を切り離した。半身と言っても身体半分では無く侵食された手と脇腹付近の部分である。それを見、ピクリと小さな反応を示すヘル。自分の身体を切断するなど、死者の国を支配するヘルからすれば見慣れている光景なのでおかしくないが、何の躊躇いも無くそれを実行したエマの精神力に反応を示したのだ。
「ほらこの通り、元通りだ」
切り離した事で大量の鮮血が噴出して白銀の大地を赤く濡らす。輝く白に赤が混ざる光景は中々に美しい。さながら、赤い宝石を彷彿とさせる。それが血液で無ければもう少し良いのだが。
しかしそれはお構い無く、身体が一瞬にして再生するエマ。フッと笑い、再生したての身体をヘルに見せる。
『全く、不気味な種族ね。ヴァンパイアは。もし死んでも私の国に来て欲しくないわ』
「安心しろ。当分その予定は無い」
『そっ』
身体を傷付けようと、即死の技が掠ろうと微動だにしないヴァンパイア。流石のヘルも、その姿を見て若干引いていた。
死者の国でなら何度も御目に掛かれる光景だが、アジ・ダハーカの創った世界とはいえ現実世界でそれを目の当たりにするとまた違った感想が生まれるのだろう。
「ハァッ!」
『……!?』
刹那、黒い壁を貫き、一本の矢がヘルの肩に突き刺さった。何処からか聞こえた声。しかし姿は見えず、生きている方の肩を貫かれた事でヘルに激痛が走り真っ赤な鮮血が散って白銀の世界に散らばったエマの血液を上乗せするように赤く彩る。
『……ッ。エルフ……!』
その矢は黒い何かに一瞬触れた事で腐って消え去る。しかし確実にヘルへとダメージを与えた。その傷を一瞥し、エマから注意を逃さずエルフのニュンフェを探すヘル。
その様子を見、フッと揶揄うような笑みを浮かべるエマが言葉を発する。
「ふふ、どうやら完全では無かったようだ。その壁、物質では無いからな。霆などのような自然現象は防げても、矢のような人工物は防げないらしい」
『ふん。ちょっと油断しただけよ。貴女に注意を引かれていなければ、掴む事だって可能だわ。例えこの矢が光に近い速度でもね』
「そうか。油断は禁物だな」
『馬鹿にしてるわね……!』
エマの態度から、揶揄われていると理解するヘル。確かに一瞬も気を置けぬ戦闘で油断していたというのは滑稽な事だが、面と向かって馬鹿にされるのが許せないのだろう。
『良いわ。もう油断しない! 報いられた一矢。それは私から死角を奪ったと思ってくれて構わないわ!』
黒い手を顕現させ、周囲に黒い壁を展開する。これならばエマの得意な速さ勝負に持ち込まれても逃げられる事は無いと見たのだろう。
ニュンフェの居場所はまだ掴めていない様子のヘルだが、死者の国を支配する女神。本気を出せばかなり厄介な敵になるだろう。無論、周囲を彷徨うゾンビも依然として健在なので仮に壁の外に逃げられたとしても対処出来る様子だ。
「ふふ、私は始めから油断などしていないぞ。油断していたのは貴様だけだったようだな、女神様?」
『その余裕の態度でいられるのも今のうちよ……! 必ず苦しめてあげるわ』
本気になったヘル。余裕のある態度を取っているが、常に警戒しているエマ。そして遠方からヘルとゾンビ達を狙うニュンフェ。
一人と複数対二人の戦闘は、此方も次の段階へと進んだ。




