四百三十六話 様々な妖術・即死の手
──創り出された砂漠地帯。
『伸びろ、如意棒!』
依然として暑い砂漠地帯。そこに置いて赤い神珍鉄が亜光速で伸び、対象を狙う。その余波のみで砂漠の砂が一気に舞い、対象である牛魔王の頬を打ち抜いた。
殴られた牛魔王は顔が大きく陥没し、身体が捻られるように捻れて吹き飛んだ。常人ならばそのまま捻切れてもおかしくないが、身体が頑丈な牛魔王は吹き飛ぶだけで済んだようだ。
『"妖術・巨人の術"!』
次いで吹き飛んだ牛魔王との距離を詰め、勢いよく巨大化させた拳を振り落とす孫悟空。拳の下敷きとなり、牛魔王と足元の砂は大きく沈んで柔らかい砂の下にある粘土と岩石を巻き上げた。
『"妖術・火炎の術"!』
巻き上げた砂と粘土と岩石。それを焼き払うように炎妖術を放つ孫悟空。地に当たった炎は跳ね返るように上昇し、火柱となって周囲を焼き尽くす。
『"妖術・火龍の術"!』
周囲を焼き尽くす火柱。それに加えるよう、炎妖術を龍の形に変えて畳み掛ける。
咆哮でも聞こえてきそうな炎の龍は火柱に突っ込み、その範囲を更に広げて砂漠の砂すらを焼き払う爆発を起こした。
『フム、多少は成長をしたらしい。互いにな』
『相変わらずタフだな。あんなに妖術を使ったんだが、目立った外傷は最後に使った炎による火傷くらいだ』
様々な妖術によって大きく抉れた砂漠地帯。そこの中心から、火傷を除いて大した傷の負っていない牛魔王が姿を見せる。
牛魔王は敢えて孫悟空の攻撃を受けていたらしく、受ける事で力を見極めていたのだ。
互いに居場所が違う二人。戦闘を行うのも数年数十年程度では無く、数百年から数千年振りである。なので相手の現在の力量を見計らっているのだろう。
『火傷を負わせただけでも上々だろう。以前から鍛えていなければ、火傷すら負わずにお前を倒す事も可能だった』
『それはそれは、随分と自信満々な事で。てか、"火傷すら負わずにお前を倒す事も可能"って事は俺に勝つつもりなんだな』
『当然だ。幹部であるアジ・ダハーカや、側近仲間のヘルは勝つ気が無いらしい。俺もそのつもりだったが、お前が相手とあらば勝ちに行かなくてはなるまい』
『ああそうかい。此方からすれば面倒極まりないな』
砂漠の大地を踏み込み、互いの距離を詰める孫悟空と牛魔王。煙のように広がった砂が視界を埋め尽くし、次の刹那に晴れて孫悟空と牛魔王が姿を見せた。
如意金箍棒と混鉄木がぶつかり合い、先程浮き上がった岩石を吹き飛ばす。
『そらっ!』
『ふんっ!』
互いに短く息を吐き、畳み掛けるような連続攻撃を放ち合う。
如意金箍棒を突き刺す孫悟空と、それを紙一重で躱す牛魔王。避けると同時に混鉄木を横に薙ぐように振るい、それをしゃがんで躱す孫悟空はしゃがんだ瞬間に蹴り上げ、牛魔王の顎を打ち抜いた。
それによって牛魔王が仰け反り、その隙を突きつつ両手を着いて跳躍した孫悟空が仰け反った顔に蹴りを入れる。蹴りを受けた牛魔王が揺らぎ、孫悟空が大地を踏み込んで追撃するように腹部に蹴りを突き刺した。強い蹴りを受けた牛魔王はそのまま吹き飛び、砂漠の砂を直線に浮かせながら孫悟空から半ば強制的に距離を置かれる。
『"妖術・大槌の術"!』
距離を離した孫悟空は土妖術を用いて数十メートル程の大きさはあるであろう槌を造り出す。それを高々と掲げ、牛魔王の頭上から勢いよく叩き付けた。
その衝撃で牛魔王の足元には巨大な亀裂が入り、砂漠の大地が陥落すると同時に粉塵が舞い上がって大きく沈んだ。
『フッ、この程度か!』
『……ッ!』
刹那、沈んだ大地から岩石を削り取って投げ付ける牛魔王。その岩石は粉塵を突き破り、音速を超えて孫悟空の死角から飛び出す。
咄嗟にそれを避けた孫悟空。音速程度ならば容易く躱せるが、問題は岩石では無かった。岩石では無く、注意を引き付けられた所為で新たな死角が生まれてしまった事が問題なのだ。
『地に沈め、天に等しい大聖者……!』
『マズイな……!』
死角から姿を現した牛魔王は、孫悟空の頭上に居た。孫悟空がそれに気付き、迎え撃つべく振り向いた瞬間に混鉄木を脳天に叩き付けられる。
完全に不意を突かれたが為に反応が遅れて躱す事も出来ず、衝撃と共に砂漠の地に落下した。
『"妖術・竜巻の術"!』
『ほぼ無傷か。当然だな』
孫悟空を叩き落とし、着地した牛魔王。そんな牛魔王に目掛け、孫悟空は妖力を使って竜巻を顕現させて解き放った。
渦を巻く暴風は砂漠の砂を飲み込み、砂嵐を彷彿とさせる風の柱が牛魔王に迫る。
だが、それを見た牛魔王は顔色を変えずにズンと佇む。そして混鉄木を軽く回し、
『だが、妖術の方はそれ程の威力ではないな』
──竜巻を、消し去った。
さながら、小さな虫を払うかの如く一振り。たったそれだけの素振りで竜巻を消滅させたのだ。
それによって生じた爆風は砂漠地帯を包み込み、殆どの砂を消し去って剥き出しの岩石が姿を見せる。その一瞬後、消え去った砂が降り注ぎ元の砂漠へと戻った。
『そういう平天大聖殿は妖術すら使っていないな。俺相手には使わずとも勝てるって事か?』
『半分正解だな、斉天大聖。数百、数千年振りの決闘。己が力のみで打ち倒したかったのさ』
『成る程な。けど、その気持ちは半分だけか』
『ああ。いや、寧ろ使わずとも勝てる方が七割程だな』
『舐められたもんだ。一応仏の使いとしてそれなりの功績を上げているんだけどな』
『知るか。事実を述べたに過ぎない』
『成る程、話しても意味が無いと』
『その通り』
滔々と会話を交わし、互いに構える二人。そう、牛魔王は今まで一度も妖術を使用していない。使用せずに孫悟空を相手取っていたのだ。
しかしそれは戦闘に置いて関係の無い事。妖術を使おうと使わなかろうと、勝つか負けるかは関係無いのだから。
孫悟空と牛魔王の戦闘は、まだ続いていた。
*****
アジ・ダハーカが創り出した極寒の地にて、エマとニュンフェ目掛けて迫り来るヘルの生み出した無数のゾンビ達。その動きは決して速くないが、数が居る。そして頭以外が弱点では無い不死身の魔物である。
常人ならば、この魔物が一匹出るだけで連鎖するようにゾンビが増え続け、壊滅的な状況へと追い込まれる事だろう。
「消え去りなさい!」
『『『…………!?』』』
ただしそれは、常人にとってはの事である。
ニュンフェがゾンビに向けてレイピアを振るい、炎魔法を放つ。それによって弱点である頭どころか、腐っている全ての身体が消え去った。
それもその筈。ゾンビなどよりも不死性が高く力も強い生物兵器達を多数消滅させた事のあるニュンフェ。そんなニュンフェの手に掛かれば、ゾンビなど恐るるに足らない存在である。
「狙い易い位置に明確な弱点があるだけ、生物兵器の兵士達よりも楽に仕留められるな」
『『『…………ア』』』
断末魔すら残させず、ゾンビの頭を貫くエマ。指を突き刺したゾンビの頭は、柔らかいスポンジケーキのように容易く貫けた。次いで他のゾンビ達に向け、自分が貫殺したゾンビを投げ付けてその頭を押し潰す。
元々脳が露になっている者も居たが、それは関係無い。逆に、弱点が目の前にあるので楽に押し潰せた。潰されたゾンビはそれから一歩も動く事無く絶命する。
エマとニュンフェ。この二人にとってただの死体であるゾンビなど、簡単に殺す事が可能だった。
「そろそろ出てきたらどうだ、死者の女神? とは言っても、ゾンビを生み出してから数分も経っていないがな」
「ええ。楽な戦い、手応えがありません。他の皆様が大変な戦闘を行っているのに、私はこの様なゾンビ達を片付けている暇はありません」
ゾンビ達をある程度片付けたエマとニュンフェ。たった数分で半数以上を仕留め、二人はヘルを指名する。
ライたちが一瞬の油断も許さない熾烈な戦闘を行っていると考え、自分たちも早いところ敵の主力との戦闘を終わらせたいのだろう。
『フフ、仲間思いなのね。けどそうね。確かにゾンビでは貴女達の相手は勤まらなかったみたい。私自身が出なきゃならないのかしら』
「そういう事だな。高みの見物はまた後日って訳だ。しかし、本当に姿を見せてくれるとは。中々素直じゃないか」
『また揶揄ってくれるわね……もう乗らないから』
「そうか、残念だ」
エマとニュンフェの声に反応するよう、その姿を見せるヘル。ゾンビに倒せるとは思っていなかったようだが、予想よりもあっさりとやられてしまったので仕方無く姿を現したのだろう。
『まあ、ゾンビはまだまだ沢山居るし、その気になれば更に増やせるわ。けど、それだけじゃ貴女達にダメージを与える事は出来ない。私が直々に相手をして差し上げましょう』
「それは有り難い申し出ですね、女神様」
『急な敬語はやめてくださる? 本っ当にイラつく吸血鬼ね……!』
刹那、周囲に再び死臭が漂った。
その死臭はニュンフェの鼻に確かなダメージを与え、ヘルは本命であるエマへと構える。
ニュンフェも何度か挑発しているが、怒りの矛先は最も挑発しているエマなのだ。
「匂いは……風で消えます……!」
『へえ? やるじゃない、エルフ?』
レイピアを振るい、風魔法を周囲に放出するニュンフェ。匂いが空気に乗ってくるのならば、それを吹き飛ばせば良いだけの事。臭い匂いは純粋に不快なので風魔法を使用したのだ。
風魔法を使ったニュンフェに向け、小さく笑いながら褒めるヘル。ニュンフェはそちらを見て言葉を続ける。
「ただ風を放っただけで褒められても嬉しくありませんね」
『フフ、女神の祝福よ。心して受け入れなさい』
「断ります」
『そう、残念』
ヘルは生きた腕と死んだ腕を動かし、ニュンフェに向けて生物の害になる瘴気を放つ。
それは吸っただけで身体に様々な不調を齎す毒。死者の国を支配するヘルは、主に毒などを使って戦闘を行うようだ。
「風なら私にも生み出せる。貴様の相手はニュンフェだけではないぞ、ヘルよ」
『……。邪魔が入ったわね』
そんなヘルの横から嵐の暴風が割って入り、瘴気を消し飛ばした。
天候を操る事の出来るエマが風で対処したのだ。ヘルの相手はニュンフェだけでは無く、エマだけでも無い。エマとニュンフェの二人。ヴァンパイアとエルフを相手取る必要があるのだ。
『良いわ。なら、二人纏めて掛かって来なさい。今まで散々揶揄ってくれた借り、今此処で返してあげるわ』
「悪いが返品は不可能だ。別のところに売ると良い」
『生意気ね……!』
黒い瘴気がヘルを囲むように漂い、それが手のような形を形成する。それはさながら、巨大は黒い手。手のような形を形成したのみならず、本当の手のように動いていた。
『本当は殺すつもりなんか無かったけど、やり過ぎても文句を言わないで下さる?』
「ああ、約束しよう。どの道貴様は私たちに敗北するのだからな。もしくは、負けじとも逃走するだろうからな」
『ムカつくわね、本当に』
「その言葉、何度も聞いた」
『それ程にイラついているからかしらね』
返し、巨大な黒い手をエマとニュンフェに放つヘル。二人を握り潰そうと手が進み、エマとニュンフェはそれを跳躍して躱した。
その手はまだ残っていたゾンビを巻き込み、そのゾンビの機能を停止させる。
「ゾンビが……死んだ? ふむ、中々に危険な手らしい。触れたら即死するのか」
『ええ、そうよ。触れれば即死の手。死者の世界から死を呼び寄せる手よ』
「死体ですけど、半分は不死身のゾンビが死んでしまうとは……末恐ろしい手です」
ゾンビは既に死んでいる。しかし、身体の機能が動き続けているので動いているのだ。
故に、全体への命令を実行する脳を壊せばそのまま死に至るという事。
だが、ヘルの創り出した巨大な手。それは死して尚動き続けるゾンビの脳を破壊する代物だった。命を奪うのみならず、動くもの全てを停止させる即死の手という訳だろう。
『私を怒らせた事、後悔しながら死んでしまいなさい』
両手を広げ、黒い手がそれに反応を示すように鼓動する。何が元となって作られているのか分からない手だが、危険なものという事は見るだけで明らかだ。
エマとニュンフェが織り成す、ヘルとの戦い。それは、ヘルが対等の地に降り立つ事でようやく始まった。




