四百三十五話 地上戦
まだまだ続く戦い。それは空から地上へと移っても尚、変わる気配は無く依然として互いに鬩ぎ合いを織り成していた。
「オ──」
「や──」
「"魔王の"」
「"神の"」
『──カッ』
『来い、英雄の血族よ!』
そして今も尚、ライ、レイ、フォンセ、リヤン、ドレイクがアジ・ダハーカに向けて攻撃体勢に入っている。当のアジ・ダハーカもその体勢であり、ライたちを迎え撃つ準備は整えられていた。
「──ラァ!」
「──あッ!」
「"炎"!」
「"雷"!」
『──ハアッ!』
『ガァ──ッ!』
同時に各々が攻撃を放ち、周囲を大きく巻き込む大爆発を引き起こす。魔王を纏った拳と勇者の剣、天叢雲剣。魔王の炎に神の霆。そしてドレイクの炎がアジ・ダハーカを狙う。
対し、アジ・ダハーカはありとあらゆる魔法を駆使してそれを受けた。
それらの攻撃に対して放った魔法は四大エレメントと謎の黒い塊。黒塊に当たったフォンセとリヤンの技が消された事から、黒い塊には触れるだけで無効化する力を秘めているのだろう。
そんな凄まじい破壊エネルギー同士の衝突によって周囲は爆散し、視界が白く染まる程の光を放出して消し去った。
「やっぱ、かなりの強さだな。アジ・ダハーカ。俺たちの攻撃をたった一匹で受け止めるなんてな」
『フン、他愛もない。そも、お前達は全くの本気では無かろうからに。確かにかなりの破壊力だが、本気で私を仕留める為の技ならばこの程度の威力で済む筈が無いからな』
ライたちとアジ・ダハーカは、ちゃんと足場に立っていた。
最も、ライたちとアジ・ダハーカの立つ箇所以外、恒星数十個分程の距離は底の見えぬ奈落と化しているのだが。
それはあまり気にする事では無いだろう。本気には遠く及ばぬそれなりの力と言えど、これくらいならば容易く実行に移す事が出来る。その程度に過ぎないのだから。
『だが、地上戦に持ち込んだのだから足場が無くては意味も無い。元に戻すとしよう』
軽く魔力を込め、創造魔法を使用するアジ・ダハーカ。それによって恒星数十個分程の距離は元の大地に戻り、ザア、と一迅の風が吹き抜けた。
他の動物は居ないが、植物は存在しているこの世界。それに伴った風が吹き抜ければ空を雲が進む。動物が居ないという事以外、普通に生き物の住める空間だろう。
「じゃ、元に戻ったし……仕掛けるか」
『ああ、一向に構わぬ』
刹那、元に戻った大地を蹴り砕く勢いで加速し、アジ・ダハーカの元へと迫るライ。
光の領域を何段階も超越したその速度で踏み込んだ暁には恒星程の範囲が消滅し、再び無の空間と化す。
ライの動きを理解しているレイ、フォンセ、リヤン、ドレイクは即座にその場を離れ、衝撃を防げるレイの背後に回って事無きを得る。前にライの力を防いだ時はライも今より遥かに劣る力だったが、どうやら今のライが生み出す衝撃もレイの持つ勇者の剣ならば防ぐ事が可能らしい。
「オラ────」
『フッ……!』
同時にアジ・ダハーカの身体に拳を突き刺し、勢いよく殴り飛ばすライ。それを受けたアジ・ダハーカはこの空間を数光年程飛ばされた。しかしその顔はまだ余裕のあるもので、それならばとライは追撃する。
「まだだァ!」
『来てみよ!』
光の領域を超えて加速するアジ・ダハーカへ追い付き、頭上から拳を落として地に叩き付けるライ。それによって数億キロメートル程の砂柱が立ち、地に埋まったアジ・ダハーカは多数の星を貫通して数十光年飛ばされた。
飛ばされたところで翼を広げて停止するが、その隙を逃さずに回し蹴りを放つライ。それによって頭が消し飛び、ザッハークと爬虫類が生まれるが諸とも消滅させた。
そこから即座に再生し、アジ・ダハーカは大口を開いて炎、霆、暴風を放出した。それを全て受けたライは気にせず殴り付け、空を蹴って跳躍すると同時に身体へ踵落としを食らわせる。
しかし次は吹き飛ばされず、逆にライを尾で巻き付けて締め付けるアジ・ダハーカ。同時に多数の惑星・恒星へと投げつけ、超新星爆発を複数起こして視界が白く染まった。
そこに超新星爆発と同程度の威力はあるであろう炎を吐き付け、超新星爆発に包まれたライを更に飲み込む。ライは数光年を包み込む超新星爆発の爆風を抜け出し、アジ・ダハーカの身体に拳を叩き込む。そこから更に力を込め、数百光年吹き飛ばして数兆は超えるであろう星々にぶつけた。
「読み通り"魔王の手"……!」
「"神の手"……!」
『……。ほう?』
かなりの距離を飛ばされたアジ・ダハーカだが、その進行は魔王の手と神の手によって受け止められる。数百光年は吹き飛んだが、何も直進しているという訳では無い。ライは星々の位置を把握し、その軌道を読んでフォンセとリヤンの居場所に運んだのだ。
ライの纏う魔王の六割。ライ自身の力が上乗せされ、実質九割。銀河系を破壊する程の力。今の状態で本気ならば宇宙を砕けるライだが、魔王の力と神の力を使用しているリヤンならば多少の痛みはあれど、ライとキャッチボールが可能だった。
「「"圧縮"!」」
その瞬間、魔王と神の手が握ったアジ・ダハーカを押し潰した。同時に二人は投げつけ、元居た場所へと叩き付けるように放つ。
「今回は悪魔で、地上戦だもんね……!」
『ああ、そう聞いている』
『成る程、連携か』
そこは先程ライたちが叩き落とされた場所。ライ、フォンセ、リヤンの手に掛かれば軌道を操り、元の場所に戻すなど容易い所業である。
そこではレイが勇者の剣と天叢雲剣を構え、ドレイクが口に灼熱の轟炎を溜めていた。
「やあ!」
『──カッ!』
『……!』
同時に振るい、同時に放つ。勇者の剣と天叢雲剣によって生まれた斬撃は吹き飛び、それを囲むようにドレイクの炎が包み込む。
純粋な威力ならば自然の超新星爆発よりかは圧倒的に低いが、レイたちの狙いはアジ・ダハーカにダメージを与える事では無い。元々英雄の力が無ければ死ぬ事の無い魔物だ。殺す為にダメージを与えるのは得策ではない。
ならばどうするかという事だが、
「アナタはとある英雄に殺される事が、生まれた瞬間に決まっている魔物。ダメージを与えるのも、神の力を込められた聖剣じゃなきゃ不可能って事も知っている。だから、他の戦いが終わるまでに封じ込める事にしたの……!」
『……』
見れば、アジ・ダハーカの創り出した空間に大穴が空いているでは無いか。無論、フォンセとリヤンが魔王と神の力を活用して創り出したのだが。
アジ・ダハーカはとある英雄に殺される事が決まっている魔物。逆に言えば、その英雄以外には殺される事が無い。あらゆる悪や邪念が詰まっているその身体は傷付く度に強化される。結果、攻撃するのは無意味。
要するに、定められた運命があるのならそれに従うまでだ。
ライたちは元より好き好んで殺生を行うつもりでは無い。しかし殺さない攻撃でもアジ・ダハーカは強化される。なので、魔物の国に置いて行われる六番目の戦闘が終了するまでに封じて置こうと考えた次第である。
『成る程な。傷付けられず、殺せぬのなら封じる他あるまい。魔王の力ならばその気になれば私を殺せそうだが、まだまだ未熟な少年少女の魔王では私を仕留められぬ。故にその様な手を思い付いたか』
「『…………』」
アジ・ダハーカの言葉に無言の肯定で返すレイとドレイク。
その確認を終えたアジ・ダハーカは三つの頭全てで不敵な笑みを浮かべた。
『面白い! 戦闘がメインである魔物の国の戦いに置いて敢えて戦わぬ手段を取るとはな! そうならば、この戦いを早くに終わらせるのは勿体無いという気が益々強まったぞ!』
翼を羽ばたき、穴の中で大きく上昇するアジ・ダハーカ。フォンセとリヤンの力で封じる為の術が掛かっている穴の中だが、それですらアジ・ダハーカを縛る事は出来ずに打ち破られる。
大地その物が縄となってアジ・ダハーカに絡み付くが、本人はそれも意に介さぬ。千の魔法のうちの一部を巧みに使い、封印の力が込められた穴から脱出した。
『中々効いたぞ、英雄の子孫達よ! だが、私を抑えるにはまだまだ未熟、未熟過ぎる!』
「そ、そんな……やっぱり駄目みたい……!」
「……ああ、思ったよりも力が強いみたいだ……」
「うん……。かなり大変そう……」
『ふむ、確かに厄介な魔物だな』
強調する様に言う、"未熟"という単語。確かにレイたちはまだまだ未熟だが、それでも戦闘経験は豊富である。
ライと出会い、世界征服の為に踏み越えて来た戦歴。たった数ヵ月の戦闘だが、場を踏んだ達人以上に戦闘のセンスや力を宿している筈だ。
「「「…………っ」」」
だからこそ分かってしまった、ライとアジ・ダハーカに差の有り過ぎる壁の存在が。如何に勇者、神、魔王の血を受け継いで居ようと、レイたちはまだ二〇にも行かぬ少女なのだから。
『だが、逆に言えばこの厄介な魔物を倒せば俺たちは更なる進化を遂げられるという事だ。まだまだ行くぞ、レイ殿! フォンセ殿! リヤン殿!』
「「「…………!」」」
だが、その思考はドレイクによって掻き消された。ライとアジ・ダハーカ。この一人と一匹の差がありながらも、諦めぬドレイクの姿。
力が強いだけでは無い、国民と同じ位置に立てる器。ドレイクは正しく支配者になれる器を持っていた。
「レイ、フォンセ、リヤン、ドレイク! まだまだ攻めるぞ!」
「「「ライ……!」」」
そして現れた、頼もしい仲間。世界征服という馬鹿でも思い付かなそうな事柄を実行しようとする、自分たちよりも幼い少年。その少年は、力の差など無いように立ち振る舞う。ならばそれに応えない訳には行かない。特にフォンセは、力に飲まれ掛けた時、少年──ライが救い出してくれたのだから。
ライとドレイク。一人と一匹によってレイたちの懸念は完全に消え去り、脅威的な力を秘めるアジ・ダハーカへと構えた。
『そうだ、それで良い! 戦闘に不必要な思考は捨て去れ! 英傑となりうる可能性を秘めた原石達よ! 私は対等の地に降り、心して相手をしてやろう! まだ終わらぬ祭典を楽しもうでは無いか!』
「ハッ、楽しんでられっかよ! 知っていた事だが、アンタを相手にするのがこんなに大変とはな! 恐れ入ったぜ!」
『御世辞は要らぬ、要るのは戦う意思だけだ!』
出会った当初と比べ、まるで別人のような性格となっているアジ・ダハーカ。
戦闘になると感情が高まる性格なのか分からないが、魔物の本能として、悪神の生み出した悪の根源として、戦闘という事柄の快感に身を委ねてしまうのだろう。
世界中で争いは起きているが、その争いに魔物の国の者達が参加したら大抵の戦争は簡単に終わってしまう。いや、他の国の幹部達でも同じだろう。故に、大人しく退屈な日々を送っていたであろうアジ・ダハーカ。
そんなアジ・ダハーカの久々の強敵が英雄達の血を受け継ぐ、もしくはそのうちの一人を宿す者たち。
アジ・ダハーカにとってこの戦いは、かなり久々の楽しみという訳である。
『さあ行くぞ、久方振りの戦闘。心行くまで満喫しよう……!』
巨躯の身体を動かし、大地を踏み込むアジ・ダハーカ。その衝撃で大地が砕けて浮かび上がり、アジ・ダハーカが加速する。加速の衝撃で浮かび上がった大地は消し飛び、一気にライたちとの距離を詰め寄った。
「楽しむ余裕は無いって言ってんだろ!」
『……!』
その瞬間に足を振り下ろし、アジ・ダハーカの頭の一つへと叩き付けるライ。一撃でアジ・ダハーカの頭を地面に叩き付け、地面を陥没させる。同時に跳躍して回し蹴りを放ち、アジ・ダハーカの頭を浮かせた瞬間に更に踏み込み、懐に潜り込んで拳を叩き込む。それによってアジ・ダハーカの身体は吹き飛び、大地がその余波のみで大きく抉れた。
「はてさて、一体何時になったら終わるんだろうな」
『フッ、心配せずともお前達に"終末の日"を生き残る力があれば後々終わる』
「そうかい、期待せずに待つよ」
飛ばされたアジ・ダハーカが目の前に姿を現し、肩を竦めて返すライ。一撃一撃はかなり重いつもりだが、それはアジ・ダハーカも同じ事。互いに譲らぬ鬩ぎ合い。此方の方が数的にも有利なのだが、どうやらアジ・ダハーカ相手では数の有利などあって無いようなものなのだろう。
ライたちとアジ・ダハーカの長い戦闘。まだそれに終わりは見えなかった。




