四十三話 早過ぎる再会
──"レイル・マディーナ、酒場"。
「…………よ、よお……!」
「…………ひ、久しぶりだな……」
「……………………」
思わぬ再会を果たし、苦々しく言うライとフォンセに、相変わらず気だるそうな表情で黙り込んでいるダーク。周りの者達はその光景を見、更に盛り上がっていた。
「お、何だ? 知り合いなのか?」
「へー? この街の領主と知り合いってことは……ま、取り敢えずスゲーじゃねえか!」」
「そうだな! この街に来たばかりの割にはスゲーじゃん!」
ライ・フォンセと、ダーク。この三人はは知り合いと言えば知り合いなのだが、周りの魔族達が思っているような知り合いとは少し意味合いが違う。
そんな事を知らない魔族達は、やんややんやとライ、フォンセ、ダークを持ち上げる。
「「「……………………」」」
ライ、フォンセ、ダークの間には暫し無言の空間が続いたが、幾らなんでもこのままでは埒が明かない。なのでライは周囲を気にせず、提案するようにダークへ言う。
「……ま、まあ、今はこんな感じだし……まだやらなくても良いよな……?」
ライが引きつった顔でダークに言い放った。
"やらなくて良いよな"という言葉の意味は"まだ戦わなくとも良いよな"という事で、ライはまだ侵略に来た訳では無いと遠回しに告げたのだ。
ダークはため息を吐き、少し落ち着いてからライの言葉に返した。
「……ああ、そうだな。面倒事は御免だ……そっちにその気が無いのなら俺も何もしないさ」
そしてライとダークは、取り敢えず此処では争わないとお互いに決める。
そんなやり取りを見ていた周囲の魔族は訝しげな表情でライとダークに尋ねる。
「……? アンタらは一体どんな関係なんだ? 考えられる節と言ったら……喧嘩仲間……?」
「いや、でも……領主と腕っぷしで張り合える奴といったら……他の街を治めていて、同じような地位に立っていて、同じような力を持つる他の領主くらいだぞ?」
ワイワイガヤガヤ、ザワザワギャーギャーと、更に騒がしくなる酒場。
ダークは気だるそう且つ、面倒臭そうな表情でライとフォンセに言う。
「あー……何だ。取り敢えず場所を変えようか……移動するのは面倒だが……此処にいる方が面倒だ……。まあ、お互いに利益のある情報交換でも如何かい……?」
「……ああ、そうだな。その案には賛成だ」
「ああ」
ダークの提案に肯定するライと、同調するように頷くフォンセ。
それから、周りの野次馬を無視して酒場の奥に向かうライ、フォンセ、ダークの三人だった。
*****
「へえ? ここの奥ってこんな風になってたのか……」
「……成る程……所謂VIPルーム……的なものか……」
カツカツと、歩く際に生じる靴の音が大理石の廊下に響き渡り、ライとフォンセは興味深そうに周りを見渡す。
酒場は木造だったが、VIPルームがある場所──もとい貴賓室へ向かう道は大理石で造られているらしい。
辺りは薄暗く、周りの壁に立て掛けられている、小さな蝋燭に灯った火の明かりのみが頼りの状態だ。
「まあ……そんなもんだ……。この街で此処に入れるのは俺か他の幹部……とまあ、地位がそれなりに高い奴くらい……まあ、オスクロ、ザラーム、キュリテとかも入れるな……まあ要するに、一般魔族は入れないってことだ」
「へえ? ……それにしても、一時休戦中とはいえ、随分と丁寧に応えてくれるんだな? 相変わらずまあを多く言っているけど」
淡々と説明するダークに向け、興味深そうに辺りを見渡しているライは悪戯な笑みを浮かべて聞く。
ダークはチラッと一瞬だけライの方を見て応える。
「いや、大した情報じゃねえだろ。VIPルームみたいなもんがあって、幹部やお偉いさんしか入れない……この情報だけだろ?」
そこまでか? 的な表情をしたダークは、ライに言った。つまり此処は一見さんが入れるような場所では無いとの事。
それを聞いていたライは自分の顎に指をやり、子供っぽくニヤリと笑ってダークに言う。
「いや、この街の事を何も知らない俺にとっては中々良い情報だ」
ライの言葉に、そうか。と呟くように返したダークは、大きな扉の前で立ち止まり、ライへ問うように言葉を続ける。
「まあ、何はともあれ到着だ……。情報を集めるならうってつけの場所だろうよ。……まあ、情報の代わりに俺からの色々な質問に答えて貰うけどな……。まあ、情報を得る代わりに情報を渡すか……回れ右して此処よりは効率悪く情報を得るか……二つに一つだ。後者の方が安全だがな?」
「じゃあ、前者で」
ダークの言葉に即答で返したライ。
ライはより効率が良く、より確かな情報を得ることを選んだ。ライの近くにいるフォンセも頷いて返し、ダークはそんな二人を見て苦笑を浮かべる。
そして扉に向かってライとフォンセに聞こえないような程の小声で話していた。恐らく、合言葉みたいなものだろう。
ダークが話終えた次の瞬間、大きくて重そうな扉が開く。
「さあ……開いたぜ……面倒だが、お前達からも情報を提供して貰うか……」
「お互い様に……な?」
「…………」
そして、大きな扉の向こう側に歩みを進めるライ、フォンセ、ダーク。
*****
──"レイル・マディーナ・酒場の奥"。
薄暗かった渡り廊下とは打って変わり、入った瞬間に目映い光がライとフォンセの瞳に入る。
暗い場所から急に明るい場所に来た為に瞳に入る光の量が多く、思わずライとフォンセは目を細めた。
流石は貴賓室。といったところだろうか、酒場のような造りとは天と地の差がある。
目の前には豪華絢爛な品々が置いてあり、建物とは思えない高さの天井からはシャンデリアが吊るされている状態で貴賓室全体を照らしている。
金箔や小さな宝石などで彩られているショーウィンドウの中には、金貨が数千、数万枚は下らないであろう珍品・名品・宝石類が飾られていた。
「オイオイ……なんか落ち着かねえぞ……これ……」
「あ、ああ……何か……うん……」
ライはそれらを眺め、豪華過ぎるそれに対して目を細めて顔を引きつらせながら言う。その言葉を聞いていたフォンセも、珍しい物をマジマジと眺めていた。
「オイ……何してんだ……お前ら……? 一応敵地なんだからよ……少しは警戒したらどうだ……? いくら腕っ節に自信があるとはいってもよォ……?」
呆れるような顔でライとフォンセを見るダーク。
ダークにとってライとフォンセは敵だが、あまりにも無用心過ぎるのが気になっているのだろう。
ダークの言葉を聞いたライは、意識を戻してダークに言う。
「おっと……そうだったな……此処にいるのはそれなりの地位と力を持っている奴ばかりなんだっけ?」
「まあ……違う奴もいるが……大体そんなところだな……。あっちの席に行こう……立ち話は面倒だ……」
そして豪華な道を行き貴賓室の更に奥へ向かうライ、フォンセ、ダーク。
「これはダーク様。御三人方で?」
「ああ……よろしく……」
奥に辿り着くや否や、メイド? 的な人に案内され、より一際豪華な部屋に辿り着いたライ、フォンセ、ダークの三人。
「では……」
ペコリと、スカートをたくし上げ、ススッと後退りをして戻るメイド。その部屋にてダークは椅子に座り、ライとフォンセを促す。
「まあ、取り敢えず座れよ……まず俺が色々聞くから……答え終わってから情報集めをしてくれや……」
「「…………」」
言われるが儘腰掛けるライとフォンセ。
ダークに言われた為、ライとフォンセは一応警戒してソファーのようや椅子に座ったが、特に罠のような物も無かった。
ライとフォンセが座ったあと、頃合いを見てダークが話す。
「……まあ、情報を提供して貰うと言っても……何処から攻めるんだ? ……とか、弱点は何だ? ……とかじゃねえ……如何せん、お前達の素性を知らないんでな……本当にちょっとした質問だけだ」
「……そうかい」
どうやらダークは細かい事を聞くつもりは無く、ちょっとした事しか尋ねないらしい。それを聞いたライは小さく笑って呟き、ダークの話を聞く体勢に入る。
その様子を横に、ダークは頭を掻いて何を言おうかと呟く。
「あ、そうだ……」
「「…………」」
そしてダークは思い出したように声を上げ、ライの方向を見つつゆっくりと口を開いた。
「お前って……──『何か力みたいなもんを宿しているのか』……?」
「……へえ?」
内心、ライは驚いた。
ダークから、何かを宿しているのかと聞かれたライ。
ダークには魔王(元)の事を伝えていないのだが、恐らく漆黒の渦によって気付かれたのだろう。
その事を踏まえ、ライは一応ダークに聞いてみる。
「……何でそう思うんだ?」
「あ……? ……回りくどくて面倒だな……お前も自分で気付いているだろーがよ……。あの黒い渦は何なんだよ……?」
まあそうだよな。と呟き、引き続きライはダークの質問に応える。
「ハハ、そうだな。……あれはちょっとした……何て言おうか……守護神……? 背後霊……? とまあ、そんな感じだ……ソイツが直接手を下すって訳じゃねえが……(顕現させる事も出来るけど)……俺に力を与えてくれる。それによって能力が向上するんだ」
ライは魔王(元)の事を伏せつつ、どんな作用を起こすかダークに告げる。
魔王(元)の事を話してしまったら更に面倒な事になってしまうだろう。なので仄めかすように答えたのである。
ダークは相変わらず気だるそうな表情でライに聞き返す。
「へー……? ……成る程な……。要するに……強化魔法・魔術を身体に纏わせ、より効率的に戦闘へ生かせる……とまあこんな感じか……」
「まあ、そんなところだな」
ダークの推測は殆ど的を得ており、ライはますます驚く。無論その事を表情には出していないが、ダークに感心している様子のライ。ダークの推理力はかなりのものだろう。
「……で、他に何かあるのか?」
魔王(元)の事を何とか誤魔化したライは、他に質問がないかダークに聞く。
ダークは少し考え、言葉を発する。
「そうだなぁ……。あと気になる事って言えば……小僧は大体把握したし……。……そこの女は魔法・魔術の才があるから色々使えるってのも分かる……。……ヴァンパイアはまあ、有名……だしな……」
ブツブツと思考するように言葉を発するダーク。ライとフォンセは黙ってその様子を眺めている。
どうやらダークはライたちの仲間を見、気になる者を引き出そうとしているようだ。そして、ダークは思い付いた事を話す。
「よし……。じゃあ……確か、女剣士が居たな……? あの女剣士……──『剣に何か秘密あるだろ』……?」
(本当に鋭いな……コイツ……俺の力だけじゃなく、レイの剣も観察していたか……)
ライは再び驚き、目を丸くする。
確かに仲間からレイ、エマ、フォンセの情報を聞いている筈だ。しかしダークは、人物ではなく使用する武器に注目したのだ。
つまりダークは、レイの身体能力はそれほど高く無く、剣その物が持つ力に秘密があると理解したと言う事。
「一応理由を聞かせてくれないか?」
ライは苦笑を浮かべながらダークに尋ねる。その様子から何か分かりそうなモノだが、ダークは特に突っ込まず頭を掻いて面倒臭そうに言った。
「またかよ……面倒だな……。まあ話さなけりゃ話が長引いて更に面倒だから答えるが……。まあ……ザラームから聞いた話だが……普通の人間が扱う力の強さとは大分違うってよ……。……まあ、人間の支配者や『かつての勇者』なら話は別だがな……。何かあんのか?」
「……成る程な」
ダークの言葉を聞き、ライは一瞬肩を竦ませて反応する。
確かに人間で強い者という話題ならば勇者の言葉が出るのだろう。しかしダークは鋭い。
偶然なのだろうが、偶然とは思えない程の直感力を持っていると考えるライ。
ライは気を取り直し、ダークの言葉に返す。
「ああ、レイが持っている剣は先祖代々伝わるっていう代物でな……まあ要するに、祖先の力が宿っているって事だ」
「へー……? ……まあ、それが分かれば良いか……面倒だし……。……と、俺が聞きたい事は他に無いな……。じゃ、あとはお前達の番だが……何かあるか……?」
ダークは一通り話終えたのか、ライとフォンセに聞きたい事は無いかと尋ねる。
尋ねられたライはうーん。と考え、直ぐに思い付いて応えた。
「じゃあ、アンタの下にいる111人の部下で、見所のあるような強敵を教えてくれ」
「部下で強いやつか……」
ライの質問に考えるダーク。
ライが気になったのはダークの従える部下達111人について。レイたちから話を聞く限り、オスクロ、ザラーム、キュリテの三人はかなり手強かったらしい。そのような者が他に居ないのか気になったのだ。
そして少し経過し、ダークはライの質問に応えた。
「まあ……111人といっても、精々普通の魔族より強いって感じだが……強いて上げるなら四人だな」
「……へえ? 四人……ねえ?」
ライはダークの言葉に返す。しかしそのうち三人は心当たりがある気がした。つい先程まで、思考していた者だからだ。
「まあ……お前が思っている通りだ……オスクロ、ザラーム、キュリテがそのうちの三人だな。……で、あと一人がちょっと面倒でな……自分勝手で我が儘、腕っ節は確かなんだがなァ……」
そんなライの考えを察し、ダークは言葉を続ける。つまり要するに、魔族のダークが抱える問題児的な者だろう。
ダークは話すだけで頭を押さえ、やれやれという表情をする。
その横で話を聞いてたフォンセはフッと笑い、ライに続くようダークへと尋ねる。
「その様子から察するに……よほどの厄介者と見た。やはり一国を治めるのは大変なんだな?」
「あ? ……ああ、そうだよ……何でこんな面倒なのになっちまったんだろうなァ……まあ、支配者の言うことだから仕方が無ェんだけどな……」
ため息を吐き、フォンセの言葉に返すダーク。フォンセが気になった事は纏める者の辛さについて。やはりダークも中々に苦労はしているのだろう。そんなダークを見てライは言葉を続ける。
「まあ、要するに強いけど扱い辛い……ってことか……。俺は他に聞きたい事が無いな……フォンセはどうだ?」
質問を終えたライは、フォンセの方を向きフォンセに尋ねる。ライからダークに対する質問は終えたつもりだ。なので残りは、フォンセに尋ねたのである。
「……いや、私も特に無い。……というか、どのみち力で攻め落とすのだから小細工など必要ない気もするな……」
「そうか」
どうやら質問は無かったらしい。ライとフォンセ、そしてダークが相手から聞き出したい事ら無くなった。そのように話が纏まり掛け、ダークが締めるように言葉を発した。
「よし……特に無いようだし、これで終わりだな……。俺は飲みに来ただけなんだが、思わぬ再会と収穫があったし……面倒な思いをした甲斐も……少しはあったかもな……うん」
席を立ち、貴賓室から出ようとするダーク。それを見るに、余程帰りたかった。というより、面倒な事に巻き込まれたくなかったのだろう。
そんなダークは立ち上がったまま、言葉を続けて言う。
「じゃ、俺は飲みに戻るが……暫く此処に残っていても良いぜ? 俺と一緒に居たって事は、注目を浴びてる筈だし……まあ怪しまれる心配は無ェだろ。何か頼んでも俺にツケが来る筈だ……金貨の使い道も思い浮かば無ェし……寛いでくれや……どうせ近々、寛げない戦いが始まる予定だしな?」
「そうだな。じゃ、お言葉に甘えさせて貰おうか……。魔族の国の情報が知れるかも知れないからな?」
「右に同じく」
それだけ言葉を交わし、出口へ向かうダーク。ライたちにはもう少し休息を取るように言い放つ。
そんなダークは、去り際に振り向いて一言だけ言った。
「まあ……今日はこの街の領主として、お前達を街に訪れた客として扱ったが……領主の俺は此処までだ。──敵として来たとき俺は容赦しねえぞ……? 幹部としての借りを返さなくちゃならないからな?」
威圧を込め、魔族の国を治める幹部の一角としてダークはライとフォンセに言う。
借りと言うものは昼間の戦闘について。借りを返すと言う事は、次は負けないと言う事だ。
「ハッ、それはお互い様だ。俺も今日は客だが、次はこの街を攻め込む侵略者……お互いに……死なないよう気を付けようぜ?」
「そうだな、次は仲間と共に来るだろう。一つだけ言っておく、今回はたまたま魔族の国から攻め落とす形となったが、いずれは世界を手に入れるのが私たちの目的だ……支配者にちゃんと報告して貰おうか……?」
挑発するような口振りでダークへ言うライとフォンセ。
今のライ一行でフォンセは、一番あとに加わった仲間だがライと目的が変わらないのは確かだった。
ダークはフッと笑って貴賓室の外にある酒場に戻る。
ダークが立ち去ったあと、ライは笑いながらフォンセに言う。
「ハハ、言いたい事をフォンセに言われちまったな! 世界を変えてみたいからって理由だけで仲間になった筈だが、ちゃんとした目的になっているんだな?」
ライは、フォンセが仲間になった理由を掘り返す。その理由はライと似たような事。そんな理由がしっかりとしたフォンセの目標となっており、ライは中々嬉しかったようだ。
そんなライの言葉に、フォンセは小さく笑ってライに言った。
「ふふ……それはどうだろうな。世界を変えるのが面白そうだから。……という理由だけで仲間になったとは思うなよ?」
「…………?」
フォンセが意味深長な言葉を残して立ち上がる。
ライは"?"を浮かべつつ、それにつられて立ち上がった。
そしてライとフォンセは、新たな情報を得るために、改めて貴賓室の人々に話し掛けようとするのだった。