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四百三十二話 魔物の国・六回目の戦闘

 ──灼熱の砂塵が周囲を飛び回り、砂嵐のような竜巻が遠方に映った。見渡す限りに黄色や橙色のような暖色系の色合いが視界に入り込む砂漠地帯。

 そんな砂漠の中心には斉天大聖・孫悟空が立っていた。孫悟空は砂漠の光景を見つつ、呟くように話す。


『砂漠か。なんか、俺って何時も砂漠に居ないか? 俺のイメージってそんな砂漠なのか? 確かに砂漠も旅したが……』


 それは、自分の呼び出された空間について。実際のところそれ程数が多いという訳では無いが、前回と言い今回と言い二回連続で砂漠地帯に呼び出されたのでその様な愚痴が漏れるのだろう。


『で、どう思う? 平天大聖へいてんたいせいの兄貴?』


『どう思うと言われてもお前がどんな戦闘をおこなっていたのか知らないから分からないな。しかし、久々の再開というのに素っ気ない態度だな、斉天大聖よ。まさか義兄弟だった時の名で呼ばれるとはな』


『なら、大力王たいりきおうって呼んだ方が良かったか?』


『また懐かしい名を。……ウム、そうだな……この国ではよく人間に呼ばれていた"牛魔王"という名を名乗っている』



 ──"牛魔王"とは、かつての斉天大聖と戦った牛の頭を持つ妖怪だ。


 かつて戦ったという言葉の意味には二つあり、斉天大聖と共に戦った事と敵対するという意味で戦った事がある。


 その容姿は前述したように牛の頭と発達した筋肉を持つ人間の身体だ。

 戦闘に置いては、その見た目相応の力も去る事ながら混鉄木こんてつぼくという武器を使用して戦闘を行う。純粋な力が凄まじくも武器を扱えるというのは驚異的他ならないだろう。


 かつては義兄弟である孫悟空と共に天界へ喧嘩を売り、平天大聖へいてんたいせいを名乗っていた。


 孫悟空が高貴なる僧侶と天竺へ向かっていた時、幾度と無く相対したライバル関係でもある。


 ライバルにして孫悟空の義兄弟である妖怪。それが牛魔王だ。



『牛魔王ねえ。つか、アンタも俺の事を斉天大聖って呼んでいるじゃねえか。昔の名だとしても、別に問題無いんじゃねえか?』


『一理ある。だが、やはり慣れ親しんだ名の方が良いというものだ。斉天大聖。お前も美猴王びこうおうよりかは孫悟空や斉天大聖の方が良いだろう?』


『ああ、一理あるな』


 義兄弟であり、味方であり、敵である孫悟空と牛魔王。斉天大聖と平天大聖。美猴王と大力王。

 似て非なる二人。進む道が違った故に、方や仏の使い。方や魔王。かつては両者共に"妖仙"と謂われたものだが、支配者が収めるこの地上世界に神仏の恩恵は要らないらしい。

 何はともあれ、義兄弟で戦闘を行うという事に躊躇いも何もない。既に何度も行った来た事だからだ。


『さて、数百、数千年。どれくらい経ったか分からないが久々に兄弟喧嘩とやらをしてみるか』


 混鉄木こんてつぼくを取り出し、クルクルと回して止め、石突の部分を砂漠に着けて砂塵を舞い上げる。それによって大きな振動が周囲に走り、砂漠が大きく割れた。


『いいぜ。その馬鹿力も健在みてえだが、神仏クラスにとっちゃ普通だ。何ら問題はねえな』


 対し、如意金箍棒にょいきんこぼうを取り出して回し、構えを取って牛魔王を見やる孫悟空。軽く小突くだけで大地を割る程度の所業など、力のある神仏ならば大抵の者は出来る。その気になれば軽く小突いて世界を割れる者が居る程だ。

 故に、ちょっとした力比べは仏の使いとなっても常日頃からおこなっていたので無問題という事である。


『伸びろ、如意棒!』

『ハッ!』


 刹那、亜光速で如意金箍棒にょいきんこぼうが伸び、牛魔王がそれを混鉄木こんてつぼくで受け止める。その衝撃で先程割れた砂漠が更に割れ、爆発のような轟音と共に砂を舞い上げた。

 孫悟空と牛魔王。かつて敵対し、戦闘を行った二人の戦いが開戦する。



*****



 ──凍てつく寒風が吹き抜け、足元に積もっている雪が舞い上がった。見ればこの場は森のようで、樹氷となった木々に囲まれていた。

 そんな寒い世界に存在する影が三つ。


『フフ、どうかしら? 凍てつく空気の冷たさは。これがアジ・ダハーカさんの用意した私の世界って訳。死者の国の寒さを再現したわ』


「かなり冷えますね……。エマさんはそんな薄着で大丈夫なのですか?」

「ん? ああ、私は元々死に体だからな。生まれついてから死んでいるからか、寒さには強いんだ」

「へえ……。ヴァンパイアって、弱点も色々ありますけど、基本的には便利な身体ですね」

「ふふ、そうかもな。しかしニュンフェ。お前には魔法があるじゃないか」

「あ、そうでした。はっ……!」


 レイピアを振るい、熱魔法を繰り出すニュンフェ。それによってニュンフェの周りは暖かくなり、ニュンフェが立つだけで足元の雪が溶けて水となる。エマとニュンフェの和やかなやり取りを見ていたヘルは一言。


『私を無視しないで下さる!?』


 怒っていた。

 当然だろう。ビシッと決めたつもりが無視されたのだから。ヘルも一応魔物の国の主力としてこの場におもむいている。この様にけなされては支配者の側近としての顔が立たなくなってしまう。


「おっと、すまないな。寒さで嗅覚が麻痺して貴様の腐った死臭が感じなかった」


つくづく腹立たしいわね……死者の国を支配するに当たって、この姿は仕方無いのだけれど。そもそも、貴女は寒さ関係無いとさっき言ってたじゃないかしら?』


 エマの言葉に対し、眉間をピクピクと痙攣させながら一目でも見て分かるように苛立つヘル。女神である自分が神よりも下位に位置している吸血鬼ヴァンパイアに馬鹿にされる事が許せないのだろう。


「私が居るのも御忘れ無く、女神様。私も貴女様を御国へ返す為に精進致しますので」


『あら、エルフ族は古来より争い事は好まないと聞きましてよ? 珍しいわね、挑発を行うエルフ族とは』


「ええ。敵と戦う時は相手の冷静さを消し去れば有利に戦闘を行えると理解しておりますので。無論、例外は居ますけどね。何はともあれ、貴女は挑発に乗りやすそうでしたので」


『そうね。正直、今(まさ)に挑発に乗ってるわ。こんなにイラついたの初めて……』


 刹那、周囲に鼻腔を突くような死臭が漂った。その悪臭は常人ならばその場に居るだけで意識を失ってしまう程の匂い。ニュンフェは思わず手で鼻を覆い、匂いから逃れようと行動に移る。それは半ば、反射的なものであった。


『けどそうね。この苛立ちをぶつけるべき相手が目の前に居るという事に感謝しましょう。鬱憤を晴らせるわ』


「ふふ。あら、女神様。そんなはしたない御言葉を使うのは淑女らしくありません事でしてよ?」


『貴女、さっきと口調変わってません?』


「いやいや女神殿。ニュンフェは先程からこの様な口調ではないか。物忘れも激しくなったようだな?」


『……いいわ。気にせず貴女達を私の国に招待して上げる。無論、最も苦痛な事を与えるけど』


 死臭と共に広がる瘴気しょうき。エマは無事だろうが、戦闘が長引けばニュンフェがそれに侵されてしまうしまう可能性がある。早くのうちに決着を付けた方が良さそうだ。

 孫悟空と牛魔王の戦闘が始まろうとしていた時、エマ、ニュンフェとヘルの戦闘も始まろうとしていた。



*****



 ──どれ程の広さのある空間かは分からないが、かなり広いという事は確か。そんな、目眩めまいがする程に広い空間にて惑星・恒星破壊レベルの威力を誇る様々な技が鮮やかな色を織り成していた。

 最も、周囲には美しさとは真逆の破壊が実行されているのだが。


「"魔王の炎(サタン・ファイア)"!」

「"神の火炎(ゴッド・フレイム)"!」


 魔王と神の炎が同時に放たれ、複数の惑星サイズの距離を焼き尽くす。炎が通った跡には底が見えぬ程の深い奈落が形成され、そこから蒸発によって生じる白い煙が舞い上がっていた。


『これが破壊者と創造者の炎か。気に入った、かなり高温で広範囲を巻き込むようだ』


「……っ。全然効いていない……!」


「千の魔法か……。ライや私のように、異能を無効化する魔法があってもおかしくないな……」


 フォンセとリヤンが放った魔王と神の炎。それはアジ・ダハーカに直撃したのだが、こたえた様子は全く無かった。

 千の魔法というものが如何程のものかは分からないが、宇宙に存在する自然エネルギーに干渉する事で発現する四大エレメントを基準とし、宇宙に存在する"暗黒物質ダークマター"に干渉する事で実行出来る魔法・魔術。その他諸々、全ての異能を打ち消す力くらいは使えそうだ。


『そして、お前達はいつまで虚無を見続けているのだ?』


「「…………ッ!?」」


 ──瞬間、アジ・ダハーカがフォンセとリヤンの視線から消え去った。それと同時に、空飛ぶ二人の背後から消え去った声の主から声が掛かる。


「やあ━━ッ!!」

『────カッ!!』


『ほう、次は勇者が龍の背に跨がって姿を現したな?』


 そのタイミングを見計らい、ドレイクの背に乗ったレイが勇者の剣と天叢雲剣あまのむらくものつるぎの斬撃を飛ばし、ドレイクが灼熱の轟炎を吐いてアジ・ダハーカを狙い撃つ。


『良い連携だ。私でなければ数撃受けていただろう』


「……っ」

『駄目か……!』


 先程のフォンセ、リヤンと同様、レイとドレイクの背後から掛かる声。二人の反応を見、声の主であるアジ・ダハーカは言葉を続けるように話す。


『最も、その程度の攻撃では掠り傷一つ付かぬがな?』


「だったら俺が、付けてやるよ!!」


『良い申し出だが、断っておく』


 刹那、光の速度を何段階も遥かに超越した速度で拳を放つライがアジ・ダハーカの眼前に迫る。

 アジ・ダハーカはそれを目視し、ライの横に回り込みつつその巨腕を叩き付けた。


「……ッ!」


「「「ライ!!」」」

『ライ殿ッ!!』


 その巨腕に秘められた破壊力はとてつもなく巨大な恒星を砕く程。それを受けたライは力に伴って落下し、下方の大地を数光年程吹き飛ばして粉塵を巻き上げる。同時に声を上げるレイたち三人と一匹。


「大丈夫だ、大した事は無い!!」

『フッ、本当に強靭な肉体を持っているらしい。此方としても面倒だな』


 しかし、数光年程度の破壊範囲を起こす巨腕は、自身の力が上乗せされている事で実質数が魔王の九割程となっている六割の力を纏ったライにとっては大したダメージにならない。少し服が汚れたな、くらいで済むダメージだった。

 あれを受けてこの程度しか受けないライの身体。アジ・ダハーカは思わず苦笑が溢れてしまう。


『だがまあ、きたる日の"終末の日(ラグナロク)"にとってこの強靭な肉体は使える。ある程度の攻撃が通らないのだからな。そう考えればそれ程悪い収穫では無いな』


「らぁ!!」


『純粋な力の方も上々だ』


 話すアジ・ダハーカを無視し、三つのうち一つの顔に蹴りを叩き込むライ。三つのうち一つの頭が消え去り、そこから真っ赤な鮮血が溢れ出る。


「なっ!」

「まさか……!」

「成る程……」

「…………」

『道理で……』


 しかし、その頭は即座に再生した。そして、ライが驚いたのは魔王の力を纏った一撃を受けても再生した事では無い。

 他の者たちも同様、アジ・ダハーカの血液。そこから生まれるものに驚嘆の意味があった。


「フム、珍しいな。本体が傷を負うとは」

「傷は直ぐに癒えるが、実に興味深いな」

「やれやれ、結構出血しているようだな」

『『シャ━━━━ッ!』』

『『シャ━━━━ッ!』』

『『シャ━━━━ッ!』』


 ドレイクが倒した筈のザッハークが、アジ・ダハーカの傷口から現れたからだ。

 三人のザッハークに両肩の蛇も健在で、その数は計三人と六匹。傍から見れば同じ容姿の者が三人と中々シュールな光景だが、そうも思っていられない。


『知らなかったのか? まあ、本にも詳しく書かれていないのだから仕方あるまい。ザッハークは私の化身だ。そして私自身は傷付くたびにザッハークや、まだ出ていないが私の力を少しだけ継いだ爬虫類などが現れる』


 この数千年。数多の英雄や神々がアジ・ダハーカを倒せず封印するしか無かった理由。それはその増殖力にあった。

 本体のアジ・ダハーカ程強くは無いにせよ、傷付く度に仲間が増えるのだ。それに加え、ヴァンパイアに匹敵する。もしくは超える程の再生力。ジリ貧覚悟で攻撃を仕掛け続けたとしても、数百、数千年は掛かってもおかしくない。

 己の体質を話すアジ・ダハーカに対し、表情を戻したライは逆に問うた。


「それを俺たちに明かしても良いのか……? 俺たちにとっちゃ、それは中々有益な情報だぜ」


『構わん。知ったところでどうしようも無い技。自身の能力や力をみずから話すのは間抜けだが、対策のしようが無くては意味があるまい。蟻が人間に対する知識を得たところで無駄に終わるだろう? それと同じだ』


「成る程ね、自信故の余裕って事」


『そう思ってくれて構わない。嘘偽りの無い事実だからな。因みに砕かれた身体は学習し、少しだけ強靭になる。まあ、少しだけだからお前の力を防ぎ切る事は出来ぬがな』


 誇る事無く、己の力を滔々(とうとう)つづるアジ・ダハーカ。だが実際、不死身に等しい再生力と無効化を含めた千の魔法。そしてダメージを受ける度に仲間が増える体質と、ダメージを受ける度に強化される肉体。言わずもがな、最強の幹部に相応しい力を秘めていた。


「色々教えてくれてありがとよ。お陰でアンタを倒す事がかなり大変で面倒臭いって事を思い知らされたよ」


『そうか。それならば明かした甲斐があった。相手を不安にする事もまた戦闘に置いて有利に運べるからな』


「不安になった訳じゃないさ。ただ少し面倒臭いと思っただけだ」


『それは此方も同じ事。私の数が増えようと、お前達はみなが新たなる英雄になる資格のある者達だ。ただの数で押し切れる戦いではないと理解している』


 互いに交わし、改めて構えるライとアジ・ダハーカ。傷を負った事でザッハークが増え、傷の再生には魔王の無効化する力も無効化されると面倒な事が多々あるがその目は笑っていた。

 ライたち四人と一匹とアジ・ダハーカ達三人と七匹の戦闘は、始まってから数分が経とうとしていた。

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