四百三十話 違和感の正体
──戦闘体勢に入ったドレイクが羽ばたき、爆発的な風を巻き起こして空へと向かった。
旋風は森を包み、遥か上空から下に居るザッハークを狙うドレイク。
『──カッ!』
「ハッ!」
同時に灼熱の轟炎を吐き付け、下方を焼き尽くす勢いで燃え広がる。対し、ザッハークは両肩の蛇を正面から特攻させた。しかし当然その蛇は容易く焼き払われる。一瞬にして煤となり、風に巻かれて焼失した。
しかし、問題は此処からだつた。
「追撃だ……!」
『ほう?』
消え去った筈の蛇。その蛇が再び肩から生えてきたのだ。
蛇は縦横無尽にうねり、左右から高速で噛み掛かる。ドレイクはそれも焼き払い、翼を持って移動しつつ爪で切り裂き牙で食い千切る。食い千切った肉片はザッハークの方へ吐き付け、更に加速して肉迫する。
『成る程。本体を仕留めぬ限り肩の蛇は無限に生え続けるのか。面倒だな』
「残念。私が消えても意味が無い」
『そうか、面倒だな』
「さっきも聞いたぞ」
『そう言ったからな』
近付くと同時に近距離で炎を吐き付けて全身を燃やすドレイク。ザッハークは炎に飲み込まれ、その熱だけで直径数百メートルが蒸発した。
「そうか、それならば仕方無い」
『フム、これを受けて耐えたか』
「ああ、大分ダメージは負ったがな」
『……。幹部クラスが……?』
炎を受けても耐えたザッハーク。しかしそれなりのダメージを受けたという言葉が気に掛かるドレイク。
基本的に魔物の国の幹部クラスは惑星破壊クラスの攻撃に耐えられる。しかし精々数百メートルしか焼き払えなかったドレイクの炎を受けて、それなりのダメージを受けるというのはおかしな事なのだ。
「次は此方から向かう」
『今は気にする暇も無いか』
ドレイクが思考する中、二匹の蛇を揺らしながら剣を握って攻めるザッハーク。ドレイクはそれを見て思考を止め、警戒を高めて翼を広げた。
先程のように一度の羽ばたきで上昇し、力を込める。また炎を吐くという訳では無く、力を込めた瞬間に周囲へ暗雲が立ち込めた。
『龍の武器は爪や牙、炎だけでは無い。四大エレメントを始めとし、様々な自然現象を引き起こす事も可能だ』
「……!」
刹那、暗雲から複数の霆がザッハーク目掛けて降り注いだ。ゴロゴロという低く重い音と共に閃光が瞬き、その全てがザッハークを狙う。
その瞬間、霆に打たれたザッハークは感電してその場に倒れ込む。
『まだ終わらぬぞ……!』
「……ッ!」
倒れて伏せたザッハーク。次にドレイクが地震を引き起こし、その震動で地割れを造り出して巻き込んだ。ザッハークは硬い大地に押し潰され、変動していた地面が停止する。
『元より龍族は神として扱われる事が多々あった。それに伴った力を有していたからこそ神として崇められたのだ』
古来より龍は、神聖な生き物として扱われてきた。中には悪として描かれるものもあるが、それも他の生物では到達する事の出来ない力を秘めていたからだろう。
その為、神として人々に力を貸す者。悪魔として人々を苦しめる者と、多種多様の姿があるのだ。
時には善き友。時には悪しき敵。そして時には中立の立場。神話が広がれば相応の噂も広がる。龍という生き物はそれ程までに気高く恐ろしい生き物である。
何を述べたいのかと問われれば、ドレイクがザッハークに向けて龍の誇りを説いているという事だ。
『幾らお前が支配者に匹敵する力を有していたとしても、本物の支配者には及ばないという事だ! 支配者の息子である俺が述べたそれは、至極当然の事柄である!』
遥か上空から咆哮を上げるような声音で話すドレイク。ザッハークは硬い大地に押し潰されたまま動きを見せず、ただそこに居るだけだった。
「ハハ、ドレイク。ザッハークを追い詰めているみたいだな」
「うん。それも、かなり余裕のある振る舞い」
その声は兵士達を相手にしているライたちにも届き、ドレイクが勝利に近付いているという雰囲気が伝わる。
最強の幹部と謳われていた割りには大した力を秘めていないが、それを関係無くドレイクは言葉を続ける。
『今この時を持ってして、トドメを刺してしんぜよう!』
上空で一度羽ばたき、本来の落下速度を遥かに超越する速度で降り立つドレイク。空中にて炎を吐き、土に埋まるザッハークを追撃する。
灼熱の轟炎は更に燃え広がり、周囲の木々を焼き払いながらザッハークを蒸し焼きにした。
「ドレイクさん! 植物を傷付けないで下さい!」
『む? すまないな、ニュンフェ殿』
ザッハークを焼く炎のみを残し、木々の炎を水魔法で消火して再生魔法で復活させるニュンフェ。ドレイクを始めとし、ライたち全員には軽く言葉を交わせる余裕が生まれていた。
予想よりも大した事の無い幹部と数が多いだけの兵士達。他の主力も姿を現さず、魔物の国に来て行われた主力の戦闘では一番楽なものとなっていた。
「……おかしいな」
「ああ、不自然だ」
「うん、簡単過ぎる」
「レイに同意。何だこの戦いは?」
「分からない……けど、変」
『ふむ、一体どうした事か……』
「あっさりとし過ぎていますね」
『何かあるな』
──だから全員、気になっていた。
あまりにも容易く、楽な戦い。これならば、まだ野生の魔物の方がやりにくい。殺意を剥き出しに飛び掛かる野生の魔物と違い、戦意を全く感じられないのだ。ライに至っては魔王の力を使っておらず、自身の力も一割程度。基礎の基礎で十分過ぎる程に戦えていた。
「余所見している暇はあるのか!」
『ああ、ある』
──一人を除いて。
焼かれながらも、ようやく土塊の中から姿を現して両肩の蛇を放つザッハーク。ドレイクはその蛇達を焼き払って消し去り、再生したものを切り裂いて地に落とす。まだまだ再生するのでザッハークごと蛇を焼き払った。
「フッ、まだだッ!」
炎を切り裂き、更に続けて蛇を放つ。ドレイクはその蛇を食い殺し、地に吐き捨てるように飛ばす。同時に羽ばたいて加速し、ザッハークの身体を押さえ込んだ。
『やはり、大した力を感じぬ』
「……!!」
そのまま近距離で口を開き、藻掻くザッハークを無視して炎を吐き付けた。その炎は炎柱のように立ち上ぼり、炎の竜巻として森に君臨する。同時に多数の霆を落とし、炎に包まれたザッハークを感電させた。
自分も感電してしまうかもしれない雷撃だが、ドレイクの強靭な肉体に電気は通じずその場は収まった。更に力を込め、巨腕を持ってしてザッハークを押し潰すドレイク。小さなクレーターがそこから形成され、周囲に小さな粉塵が舞い上がる。そしてその粉塵は、ドレイクの一羽ばたきで全てが消え去った。
「ハッ!」
『効かぬ』
それらの攻撃で身体がズダボロになるザッハークは隙を突き、片手に持った剣でドレイクを斬り付ける。しかしドレイクに刃は通らず、やがて手が力無く地に落ちた。
『終わりか? 何とも呆気ない最期であった。しかしその違和感は消えぬ……。はてさて、一体どういう事か……』
『『シャ━━━━ッ!』』
『本当に分からぬな』
『『…………ッ!?』』
ザッハークの身体から生える蛇はまだ健在。飛び出した瞬間にドレイクが流すように消し去ったが、未だに勝利の実感が湧かない。
『『シャ━━━━ッ!』』
『蛇とザッハークの身体は別物か。身体が動かずとも、蛇は動き続ける』
『『━━ッ!』』
消し去った瞬間、即座に再生する蛇達。それも消し去り、悩むドレイク。勝利の実感のみならず、戦闘を行う前から感じていた違和感。その正体が掴めぬまま、ただ蛇を消し去り続ける。
「フッ、何が起こっているか分からないか。強さは確かに支配者クラスだが、頭脳はそうでも無いらしい」
『起きていたか。確かに意識は無くなっていたが、身体もそれなりに丈夫らしい』
「当然だ」
蛇を放ち、ドレイクを狙うザッハーク。それを即座に消し去るドレイクだが、その隙を突いて抑えられた巨腕から抜け出した。
同時に二匹の蛇がドレイクへ向かい、ドレイクがそれも消し去る。その瞬間にザッハークが寄り、片手に剣を携えて仕掛ける。それを爪で受け止め、周囲に火花が散る。ザッハークは流れるようにステップを踏み、そのまま回転斬りを放った。
その剣尖は硬い鱗に命中し、斬り進むと同時に一閃の火花が舞う。だがその程度でドレイクの肉体は傷付かない。隙の大きい回転斬りを放った直後に尾をザッハークの腹部に打ち付け、ザッハークを大きく吹き飛ばした。
『──カッ!』
「……ッ!」
そのまま正面に炎を吐き、ザッハークを再び燃やすドレイク。周囲に木々が無い方向へ吹き飛ばしたので、被害が辺りに被る事は無いだろう。
「ハッ!」
『フッ!』
そんな炎の中からザッハークは姿を現す。その両手には剣が握られており、両肩の蛇を含めて四つの攻撃が放たれた。
だがその程度で押されるドレイクでは無い。二つの剣と蛇。それらを両前足の爪だけで防ぎ、蛇は切り裂いて剣にはぶつけて火花を散らす。それによって二人は弾かれ、数メートル程の距離を置く。
「まだまだだッ!」
置いた瞬間に蛇がうねり、不規則な動きでドレイクの方へと進む。それを切り裂き焼き払い、大地を踏み込んだドレイクは大口を開いて炎を形成する。そして炎を吐き付けた。ザッハークはその炎を切り裂き、火炎の中から飛び出して炎に包まれた蛇が噛み付く。
『……ッ! ギャアアアァァァァッ!!』
「……ッ!」
それを受けたドレイクは一瞬怯むがその蛇達を全て薙ぎ払い、猛々しく吠えて巨腕をザッハークの胴体に叩き付けた。叩き付けられたザッハークは吐血して吹き飛び、木々を砕いて爆風のような粉塵を舞い上げる。
「ぐっ……!」
『『シャ……シャ━━……』』
『今度こそ終わりだ。またニュンフェ殿に叱られてしまうが……まあ良いだろう。気付かなかった。そう言えば元々、蛇を殺さなければ蛇は復活しないんだったな』
衝撃を受けて全身を強く打ったザッハークは倒れ、意識が消え去る。両肩の蛇も脳震盪を起こして意識が無くなった。
殺しても殺しても復活する蛇ならば、別に殺さずとも良い。意識を奪うだけで良いのだ。
ドレイクはそれに気付いたので強い衝撃を与え、一人と二匹の意識を奪う事に力を入れたのだろう。
何はともあれ、ドレイクとザッハークの戦闘は、あまりダメージも無くドレイクが勝利を収めたという事である。
*****
「オラァ!」
『……ッ!』
『『『…………!』』』
ライが一つ声を上げると共に力の込められた拳が放たれ、兵士達を吹き飛ばす。一匹の兵士が殴られ、連鎖するように他の兵士が吹き飛ばされる。それは周囲を巻き込み、数百匹が一気に意識を失った。
次いで体勢を整え、生物兵器には魔王の異能を無効化する力のみを纏って吹き飛ばす。生物兵器の不死身性は消え去り、少し力の強い人間と同じになって消滅した。
『ライ殿。ザッハークは仕留めた。手助けしよう』
「ドレイク! ああ、助かる!」
「勝ったんだね、ドレイクさん!」
ライのみならず、無論の事レイたちも戦闘は行っていた。敵の兵士は数こそは多いがそれだけであり、何ら苦もなく倒せている。
ライとレイの反応を確認し、ドレイクは口に咥えていた何かを地に落として言葉を続ける。
『ああ、勝利を収めた。これがそのザッハークだ。コイツを見せれば敵も怯むだろう』
口に咥えていたもの、それは意識を失ったザッハーク。敵のリーダー格である筈の主力を使う事で敵の行動を抑えようという魂胆だ。
しかしドレイクは、決してこの戦いが執着するとは言わなかった。悪魔で相手が怯む事のみを考えている。それは、敵の主力の筈のザッハークが大した事無かったので本当の主力とは少し差違点があると推測しての事だ。
『成る程。ザッハークを倒したか。流石は支配者の息子。相応の力を身に付けているらしい』
『……!』
──そしてその推測は、見事に的中した。
『相手の素性を調べたいたが、どうにもドレイクの情報は少なかった。だが、今回のザッハークによって多少の情報を収集出来たと感謝しよう』
「「「…………っ」」」
一匹の魔物の登場によって。
朝の冷たい空気を更に冷たくするような威圧感。遠目からでも分かる程に巨躯の身体と、確実に押されている戦況にも微動だにしない精神力。
「成る程ね。アンタがそうか。その感覚、それだけで分かったよ。アンタがそうであるとな……! ──魔物の国、最強の幹部さんよ……!」
ライたちは理解した。先程から感じていた違和感の正体と、この者こそが魔物の国に置いて最強の幹部であると同時に挑むべき巨大な壁であるという事が。
次いで、全ての事を理解した。ザッハークは幹部でも主力でもないただの当て馬でしかない事。そして、これから行われるであろう事が本当の戦いの始まりだったという事を。
魔物の国、六番目の最強を謳われる幹部との本当の戦闘は、これから始まろうとしていたのだった。




