四百二十九話 魔物の国の刺客
夜が明け、朝の寒い空気と共に目映い日差しが差し込んで来た。秋の朝は冷え込み、目覚めと共に寒さを感じた。
土魔術で造られている壁には風除けと魔物除け。そして寒さ対策をしているが、そこから一歩外に出れば白い吐息が漏れ、風と共に天に舞い上がって吸い込まれるように消え去った。
「おはよう、ライ。いつも早いな」
「おはよう、エマ。いつも見張りありがとな」
一歩踏み出して外に出たライを迎えたのは一晩中外で見張りをしてくれていたエマ。そして一迅の風が吹き抜け、人化したままの姿であるドレイクが舞い降りた。
「ライ殿。お目覚めか。良き朝を迎えられて何よりだ」
「ああ。おはよう、ドレイク。エマと同様、毎晩毎晩お疲れ様」
「なに、気にする事は無い。魔物の国の主力と戦っていない分、別の所で役に立たなければならないからな」
「ハハ、頼もしいや」
フッと笑うドレイクと、此方も笑みを浮かべて答えるライ。時刻は朝方。レイたちはまだ目覚めていないが、何れ目覚める事だろう。
心地好い寒風を肌に感じながら、ライ、エマ、ドレイクは暫し歓談を続ける。
「あ、ライ、エマ、ドレイクさん。外に居たんだね。おはよー」
「おはよう、レイ」
「おはよう」
「良き眠りを取れたか?」
三人はどれくらいの時間話していたのか、特に眠そうな雰囲気の無いレイがライたちに話し掛けてきた。何時もは眠そうに話し掛けて来るにも拘わらず今回はこのように話す。ライが起きてから二時間は経過しているのだろう。
「何を話していたの?」
「特に何も。まあ、軽い談笑みたいなもんだな」
外のメンバーにレイも加わり、ライたちが何を話していたのかを尋ねる。しかし真剣な話をしていたという訳でも無いので、軽く笑いながらライは答えた。
「やあ、おはようライ、エマ、ドレイク」
「「「ああ、おはよう」」」
次いでフォンセが合流する。レイには既に挨拶を終えていたらしく、外に居るライたち三人へ交わした。フォンセもレイと同様、既に目覚め切っている様子だった。
「あ、皆もう集まってる……。えーと……おはよう」
「おはよう、リヤン。レイたちも今来た所だから慌てる必要は無いよ」
「そう? うん、分かった」
次に現れたのはリヤン。レイたちの中では最後であり、辿々しく挨拶を交わしてライたちに並ぶ。これにてこの場にライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンが揃う。残りのメンバーは二人。
「皆さん、御早う御座います。良い秋晴れですね」
「おはようニュンフェ。向こうから来たけど、毎朝早いんだな」
「はい。朝露に濡れる植物を見るのは楽しいです。栄養の偏りなど無いかも調べていますし、毎朝の会話が日課みたいなものですね♪」
そして、エルフ族のニュンフェ。
ニュンフェは自然を愛する種族故に、まだ日の昇り始めたという時間帯から植物の様子を見ているのでずっと起きているエマやドレイクを除いて一番の早起きだろう。
『お、もう全員起きたんだな。となると、此処に集まるのは俺が最後か』
「そうみたいだな。取り敢えずおはよう、斉天大聖」
『ああおはようさん。つか、お前って俺の事斉天大聖呼びだっけか?』
「ハハ、細かい事は気にしなくても良いだろ?」
『まあそうだが……やっぱ自分の名は気になるんだよ』
最後に姿を見せたのが斉天大聖・孫悟空。普段とは少し違う呼び方をしたライが気に掛かっていたが、それも一瞬だけ。特に気にしている様子は無かった。
何はともあれ、これにてライたち七人は全員が焚き火の跡のある場所へ集合した。
これから朝食を含め、その他諸々の準備に取り掛かるのでライたちは各々で下準備をする。準備といっても大層な事では無く単純に終わる作業だ。基本的に魔法・魔術を用いてさっさと調理を終わらせるのがライたちのやり方だった。
調理ならば時間を掛けてより良いものを作るのも良いが、何時敵が攻め来るか分からないので手間暇を掛けている暇が無いのである。
手慣れた手法で保存用の肉や野菜を切り、パンなどを準備する。保存食を使用するとはいえ、旨い方が良いのでその味には拘っている。適切な調味料も使用しているという事だ。味はそれなりの店で出される物並みはある事だろう。
その様に準備を始めて数十分。土魔術を利用して造った卓上の上にはパンやベーコン。スクランブルエッグやサラダ。そして果実を絞って作った飲み物など平均的な朝食が用意される。準備を終えたライたちは土魔術を利用して造ったり、切り株を代用させた椅子に座って食事前に挨拶をした後それらを食べ始めた。
会食という訳では無いが他愛ない会話などを挟んで行う食事は楽しいものがあり、警戒しなくてはならない敵地でも気の休まる一時であった。
「「「ご馳走さまでした」」」
それらを食べ終え、食後の挨拶を終えるライたち。少し休憩を挟んだら直ぐに出発である。
残り僅かの一時を過ごし、歯を磨いた後で身嗜みを整える。起きた時点で顔などは洗っているが、改めて身を引き締める為に今一度身嗜みを整えたのだ。休息の状態から危険な旅の思考に切り替える必要があった。
これにて、それら諸々を済ませたライたち七人。朝起きてから数時間。もう既に旅の準備は終えた。よって、支配者の街に向かう為にその道中を進む──
「待たせたな。私が貴様ら全員を相手取る」
──その刹那、上空から雨のような矢がいざ歩み出そうとしていたライたちに向かって降り注いできた。
その数は優に千を超える程。それら全てを躱すなど、殆ど不可能な所業だろう。
「ついに来たか……」
なのでライは拳を振るい、その矢を全て風圧のみで吹き飛ばした。千を超える矢は一つ残らず消え去り、その場には妙な静寂が流れる。そしてライたちは、声のした方向。他の場所よりも少し高い方へと視線を向けた。
「今回は始めから人形で来たのか。いや、それとも元々人の形をした魔物なのか?」
「フッ、さあどうだろうな? 言える事と言えば、間違い無く私が最後の幹部だ」
最後の幹部という者を見た率直な感想。それは今までと違って大きさも見た目も普通の人間・魔族と同じという事。
スルトのように特別巨大な身体をしている巨人でも無く、ヴリトラのように漆黒の肌や牙が生えているという訳でも無い。何処からどう見ても、正真正銘。普通の人間だったのだ。
疑問に思うライ。幹部とやらは思い出したように補足を加える。
「そして……王だ」
『『『…………』』』
『『『…………』』』
『『『…………』』』
剣を振るい、ライたちの方に剣尖を向ける。それが合図となったのか、何処からともなく鋼の鎧に身を包んだ魔物兵士と生物兵器の兵士。そして動きやすさを重視したような鎧を纏った妖怪兵士達が姿を現した。
五千を超える程の兵士達の数。先程の矢はこの兵士達が放った物だろう。
「……他の主力は居ないのか?」
「さあ、どうだろうな。居ても居なくとも、態々敵に素性を明かす訳が無いだろう?」
「そりゃごもっともだ」
他に気になったのは他の主力の存在。しかし幹部はその存在を明かさず、ライも情報は与えてくれない物だと割り切る。割り切った上で、言葉を続けて別の事を尋ねた。
「アンタ、自分の事を王って言っていたけど、前線では戦闘を行わないのか? あらゆる技を使うって聞いたけど、見たところ指揮に専念するようだな……?」
「いや、私も普通に戦うぞ? 危険な戦闘に赴いてくれる兵士達には悪いが、貴様達が相手では少々力不足だからな。私が主力を相手取る他あるまい」
「成る程。一人で相手取るつもりか?」
「さて、それはどうかな?」
刹那、剣を握る幹部は高台を蹴り砕く勢いで加速した。瞬く間にライたちとの距離を詰め、着地した瞬間その剣で払うように薙ぐ。
「ならば俺も手を貸そう」
「サンキュー、ドレイク」
横に払われたその剣がライの首に届く前、人化したままのドレイクによって受け止められる。その風圧で背後の木々が大きく揺れたが、破壊される事は無かった。
「だが、ライ殿は剣を受けてもダメージは無いか。余計な事をしてしまったな?」
「いいや、そうでもないさ。ありがとな、ドレイク」
ドレイクは不敵に笑い、ライも笑って返す。剣を受け止められた幹部は二人から離れ、数メートルの距離で向かい合った。
そのやり取りのうちに兵士達が数百メートルにまで来ており、レイたちも各々の構えで体勢を整えている。
「ドレイク。ドラゴンの息子か。ドラゴンの奴は己の国でしか行動せず、力も衰えて支配者とは名ばかりのものになってしまったが、その息子はどの程度の力を有しているのか気になるところだ」
「そうか。まあ親父を知っているのは当然だとして、俺の力が知りたいか。なら、見せてやろうか?』
次の刹那、人化していたドレイクが身体を巨大化させ、皮膚に赤い鱗が張り付く。爪が鋭くなり、牙が伸びる。発達した全身を包む筋肉は、大抵の武器を弾くものとなるだろう。
「ああ、是非とも見てみたいな。私も相応の対応を見せてやろう」
『ほう? その姿は仮の物だったか』
「いや、この姿も本物には変わりない」
龍の姿となったドレイク。対し、幹部はその両肩から黒い蛇を二匹出現させた。鋭い牙と長い舌。その長さは見えている部分だけで数十メートルはあるだろう。
「そう言えば名乗り忘れていた。私の名は"ザッハーク"。元・人間の王だ」
──"ザッハーク"とは、両肩から蛇を生やした蛇の王である。
かつて王国に居た頃、とある呪いによって王の肩から蛇が生えた事で生まれたと謂われている。
人間の脳を餌さとして生き、数千年は生き続けるという。
両肩から蛇が生えている王、それがザッハークだ。
『ザッハークか。お前が最後の幹部という事に何故か違和感があるが……気にしても仕方無い。その蛇諸とも爪で切り裂き、火炎で焼き払ってくれよう』
「戯け。そう簡単にやられては幹部の名が廃る。魔物の国の幹部として、相応の力を見せなくてはあるまい」
幹部の言葉に答えるよう、巨躯の身体を持つ二匹の蛇が低く唸り声を上げて威嚇する。この蛇は巨大なだけで普通の蛇と変わらないので大きな声は出せないが、だからこそ感じる威圧というものがあった。
「一人で大丈夫か?」
『ああ、問題無い。それより、まともに主力と戦えていなかったからな。逆に好都合だ』
「そうか。けど、何か違和感がある。気を付けろよ。俺たちは部下兵士達を片付けておく」
『ああ、違和感は俺も感じている。だからこそライ殿たちでは無く俺が切り込む方が得策と考えたまでだ』
幹部というザッハーク。しかし最強と言われる幹部にしては何かがおかしい。故に、本命であるライではなくドレイクが向かおうと名乗り出たのだ。
「レイ! エマ! フォンセ! リヤン! ニュンフェ! 孫悟空! 此処はドレイクに任せて俺たちはやって来た部下兵士達を相手取るぞ!」
「「うん!」」
「「ああ」」
「分かりました!」
『オーケー』
誰が戦うかを決めたライたち。一先ず此処はドレイクに任せ、ライたちは兵士達を足止めする事にした。数ならば圧倒的に相手の方が有利だが、幹部と名乗る者以外に主力らしき姿は無いので苦にならないだろう。
「健闘を祈る。ドレイク!」
『うむ。任された。敵が何を仕掛けてくるかは分からない。ライ殿たちも気を付けてくれ』
「ああ!」
互いに託し、自分のやるべき事を実行に移すライたちとドレイク。聞いた話では様々な技を使うという幹部。油断ならない敵である事に変わりない。両肩から姿を見せている蛇も厄介なものだろう。
ライたちと魔物の国、幹部と名乗る者の戦闘。それが今、始まった。




