四百二十六話 vsヴリトラ・決着
一瞬閃光のような光が瞬き、次の刹那に数万個の恒星が超新星爆発を起こし数万光年が熱に包まれて崩壊した。
そんな光を飲み込み、覆い尽くす障害が現れて衝撃が消え去り、次の刹那に再び多数の超新星爆発が引き起こされる。
一つの銀河系が消え去り、障害物が覆って再生し、再び消え去る。それが流転するように何回も繰り返しては宇宙空間を様々な色で包み込んだ。
「オラァ!」
「フンッ!」
正面から二人がぶつかり合い、波打つような衝撃が宇宙空間を飲み込んで銀河系を崩壊させる。
ライの力は七割。ライの力が上乗せされている事を踏まえれば、前の九割に匹敵する力を持っている。対するヴリトラは不明だが、"宇宙を塞ぐ者"や"障害"の異名通り相応の力は持ち合わせていた。
故に、幾つもの銀河系が消し去る力というものは至極当然の所業であった。
「やっぱりな。アンタが相手じゃ、他の幹部達を倒せた力でも互角に近い戦いとなっている」
「ふん。魔物の国No.2の俺と最強の幹部であるもう一匹は他の幹部を逸脱した力を秘めているからな。スルトが本気になれば相応の力を使うが、今の段階では俺達が頭一つ抜けていると自負している。それは驕りでも傲慢でも無い。事実だ」
「ハハ。傍から見れば本人にその気が無くても傲慢に見えるけど、実際本当に戦っている俺がそれを犇々と感じているさ。確かにアンタは世界的に見ても上位に入る強さを持っているみたいだ」
ヴリトラの言葉に笑って返すライ。実際問題、ヴリトラが実力者であるという事は無論理解している。ライの力が上乗せされた魔王の七割と互角なのだ、当然だろう。その事を誇る様子は無いヴリトラだが、確かな力を宿しているのだ。
「だが、こうも倒れぬ敵というのはストレスが溜まるな。一撃一撃がとてつもなく重いが、それ以上に幾ら仕掛けても涼しい顔で姿を見せるお前が厄介だ」
「ありがとよ。褒め言葉として受け取っておく。理不尽な攻撃力と理不尽な耐久力。それを併せ持ってこその魔王だからな」
「それに加え、理不尽な速度と理不尽な知能も欲しいが……速度はあるが知能は少し理解が早いくらいか」
「それも褒め言葉として受け取っておくよ!」
駆け出し、恒星数万個分の範囲を崩壊させながらヴリトラに迫るライ。九尾の狐によって創り出された空間ならば遠慮は要らない。例え空想宇宙が砕けようとも、生物やその他に影響は無いからだ。
同時に激突して数億キロを粉砕し、それによって生じた瓦礫を巻き上げる。その瓦礫を足場に立ち、ライとヴリトラは光の領域を何段階も超えた速度で鬩ぎ合いを織り成していた。
「憎む敵を褒めるか、馬鹿が」
「相手の実力に敬意は表せるだろうよ! 少なくとも、俺はアンタを認めてやってるぜ?」
「フッ、何とも傲慢な減らず口を……!」
ライが拳を放ち、ヴリトラがそれを受け止め、死角を狙って蹴りを入れる。ライはその蹴りを腕で止め、体勢を低くして蹴り上げる。それを仰け反って躱したヴリトラは地に手を着け、倒立のような形のまま両足を開き手のみで体重移動してライに蹴りを放った。
それを軽く跳躍して躱したライは勢いを付け、ヴリトラの場所に踵落としを叩き込む。手に少しだけ力を込めたヴリトラは飛び退き、その勢いのまま立ち上がってライを見やる。
それと同時にライが駆け出し、光の速度を超えた拳で打ち抜いた。しかし紙一重でそれをいなしたヴリトラには当たらず、脇腹へと蹴りが放たれる。その足を手で掴むライと、足と手がぶつかり合った事で消し飛ぶ宇宙空間の多数。ライはそのまま持ち上げてヴリトラを投げ飛ばし、多数の惑星、恒星に叩き付けた。
それによってそれらが超新星爆発を起こして砕け散り、数光年にまで届く爆発に巻き込まれたヴリトラの身体に重い衝撃が走る。次いで更に仕掛け、ヴリトラの頬に拳を叩き込むライ。殴られたヴリトラは宇宙空間を直進し、万を優に超える星々と惑星恒星を砕きながら太陽の一万倍はあるであろう恒星の半分を抉って停止した。
「成る程。非常に遺憾だが、憎むお前の力を認めねばならないようだ。まあ敬意を表す事は無いが、その力は元々認めていた。それが更に深まったに過ぎん」
「ハッ、ありがとよ。幹部のNo.2様。さっき認めていない的な事を言っていたけど、実は認めてくれていたんだな」
「まあ、そうでなければ俺たち幹部を四人も倒せる訳が無いからな。俗に言う逆張りという奴だ」
「何か違う気もするけど、まあ良いか。認めてくれた事実に変わりはないからな」
細かい事は気にせず、ヴリトラの前に立つライ。半分が抉れた事で太陽の五千倍程の大きさに縮んだ恒星で睨み会う二人。本来ならば広過ぎる程の大きさなのだが、ライとヴリトラにとっては狭過ぎる程である。
「さて、認めてくれたのはさて置いてだ。まだ戦いは終わっていない。寧ろこれからが本番だ。互いに倒れないよう気を付けようか」
「そうだな。しかし先程述べたように既に単調なやり取りには飽きている。さっさと終わらせて頂こう」
仕舞った剣を抜き、軽く振るってライに向けるヴリトラ。その余波で惑星一つ分の範囲が斬れ、恒星から離れて宇宙空間へとゆっくり流れて行く。
その刹那、恒星に立つ二人が加速して進み、余波で全ての欠片を吹き飛ばしながら肉迫した。
「オラァ!」
「フッ!」
二つの拳がぶつかり合い、一瞬動きが止まった所にヴリトラが剣を薙ぐ。それを仰け反って避け、同時に脚を突き出すライ。それを刀身でいなし、その場で回転するように剣を振るう。振るわれた回転斬りを見たライは屈んで躱し、ヴリトラの顔を蹴り上げた。その足がヴリトラの顎を捉えて天に浮かせ、刹那に跳躍してヴリトラの上へ身体を移動させたライは浮き上がったヴリトラを叩き付け、逆に下方へ吹き飛ばす。
元々宇宙空間なので上も下も右も左も関係無いが、ライから見た下方に打ち付けたのだ。それを受けた恒星は全てが砕け散り、新たに超新星爆発が起こって数光年が光に包まれた。光の中心でライがヴリトラの腹部を蹴り、数光年の範囲である光から飛び出すヴリトラ。幾重もの星々を貫き砕くヴリトラは宇宙空間にある大地に足を着けて止まり、多少のダメージを負いながらもライを見る。
「フム、やはりその力となるとこの状態の俺でもそれなりのダメージを負うか。対し、頑丈になったお前は益々ダメージを負わなくなっている」
「そう見えるか? まあ、確かに超新星爆発くらいじゃダメージを受けないけど、超新星爆発よりも重く強いアンタの攻撃もそれなりに受けているからな。そこそこのダメージはある」
「そこそこか」
「ああ、そこそこだ」
瞬間、大地を踏み砕く勢いで加速したライはヴリトラに迫り、ヴリトラは正面に障害物を造り出してそれを防ぐ。当然そんな障害物はライにとって何ら苦もなく打ち砕けるが、ライから一瞬でも姿を隠す事が目的だったのだ。
「捕らえたぞ」
「……!」
次の刹那、ライの背後に回り込んだヴリトラはその周囲に黒い壁を造り出し、ライの前後左右と上下を囲んだ。箱の中は漆黒の闇に包まれており、常人ならば平衡感覚が狂いそうな程に何も見えないが確かな足場に立っているライは視覚だけで惑わされる事は無い。
「壁を造り出すのか。まあ別に珍しい事じゃないな。強度はそれなりにありそうだけどな」
「まあ、俺の異名からすれば壁を造り出すのは至極当然の事だ。中と外から会話も出来るしな。その強度はかなりあると思う。大体恒星を砕けなきゃ脱出不可能だな。が、お前の攻撃ならば一撃で砕けるだろう」
「へえ? それを明かしても良いのか?」
「ああ、問題無い。目的は閉じ込める事では無いからな」
「ふーん?」
黒い壁を造り出した理由はライを閉じ込める為では無い。その言葉に小首を傾げるライ。しかしヴリトラからはライの姿が見えないので、向こうからすれば相槌を打っているようにしか思わないだろう。
だがその声音からライが疑問に思っているのと気付いたのか、壁に手を翳して言葉を続ける。
「つまり、だ。俺はお前へ攻撃を仕掛ける為にこの壁を造り出したって事だ」
「成る程、理解した」
──刹那、壁の内側が鋭利な槍のようになってライを狙い、光を超えた速度で貫いた。
攻撃されているとヴリトラの説明で理解したライは拳を放って槍を砕く。箱の中で何が起こっているのか外からは分からないが、例えばレイたちがこの場に居合わせたとしても、その轟音から何が起こっているのか理解出来るだろう。
「砕いたか。一応槍も恒星を砕く一撃じゃなきゃ粉砕出来ないんだけどな」
「ハッ、既に幾つもの銀河系を砕いているんだ。そんな事分り切っているだろ」
「ああ、理解している」
箱の中のライ目掛け、無数の槍が直進する。上下左右のみならず、前後や斜め方向など全方位から放たれる槍。その槍を全て粉砕し、壁の中で縦横無尽に暴れ回るライ。同時に壁へ亀裂が入り、遂には粉砕してライが姿を現した。
「随分と脆い壁だったな。槍以外何にも触れていないぞ?」
「今のお前ならば余波だけで恒星を砕けるだろう。特に驚く事では無い」
姿を現したライは、壁の残骸を見て軽く笑いながら話す。対してヴリトラは、さも当然のように返した。ライが壁を打ち砕く事と、光を超えて突き刺さる槍を受けても無傷な事は知っていたからだ。
「今測っていたのはお前の力と反応速度。常軌を逸脱した力を秘めているという事は分かっていたが、俺自身が赴くのとは別に客観的に見てみようと思った次第だ」
「ふぅん。それで、つまり何が言いたいんだ? 回りくどい言い方も悪くないと思うが、今はさっさと終わらせたいらしいし単刀直入に言ってくれ」
「お前にトドメを刺す」
「成る程、分かりやすい」
──周囲が障害物に包まれた。それは辺りに広がる宇宙空間を彷彿とさせる闇を醸し出し、上空には燦々と照り付ける太陽が顕現していた。
恐らくこの太陽が干魃を司る神であるという、人の形をしたヴリトラの象徴なのだろう。
「けどまあ、アンタの言うトドメってのがどんなもんか知りたいな。既に別空間に来ていると言うのに、態々こんな世界を顕現させたんだ。この世界の方が本領を発揮出来るって事か?」
「フン。そんな事は言わずとも分かるだろう。干魃を司るからこそこの世界を顕現させた。既にお前も言っている。この世界の方が本領を発揮出来るという事だ」
手を振るい、太陽の輝きが強くなる。この世界に置いてはヴリトラがルール。全能になったという訳では無いが、先程の状態よりも能力が上昇しているであろうとは直感で理解出来た。
「しかしまあ……今はそれなりに本気だが、全力を見せているという訳では無い。この空間に移動したからといって、少し力を上昇させたに過ぎん。それも、たった一撃の為にな」
「つまり、一撃で決着を付けるって事か」
「ああ。今までお前が戦った全ての幹部がそうして来たように、一撃で決める。そして決めなければ敗北となっても構わん」
「随分と傲慢な御発言で。けどまあ、シンプルで一番分かりやすい方法だな。魔族の国からこの国まで、全ての幹部クラスが相手の時は基本的にこうして終わらせた。一部の例外は除いてだ。取り敢えず、七割の全力をぶつければ良い訳か」
今までも。そしてこれからも。ライは、ライが戦うのならば最後に全力の一撃を叩き込んで戦闘を終わらせるつもりでいる。そしてそれを有言実行してきた。
その方が手っ取り早く、簡単に決着が付くからだ。単純明快でシンプルな方法。力と力のぶつかり合い。幼子でも分かる方法である。
「これで終わりだ」
──刹那、白い太陽が燦々と照り付ける乾き切った空間に巨大な障害物が姿を現した。
それは例えるのならば巨大な箱。細長く、前も後ろも分からないような長方形の黒い塊がライの方を狙っているかのように佇んでいた。
「障害物を集めて四角い何かを造ったって事ね。それを槌でも打ち付けるかのように俺へ叩き込むって訳。剣は使わないのか?」
「ああ。剣は使わないで置く。本番の為に取って置きたいからな。全力は使わないが、これでも銀河系の半分は消し去る力を秘めているぞ」
剣を仕舞い、障害物に障害物を合わせて長方形の何かを更に巨大化させるヴリトラ。その大きさは既に太陽の数万倍となっているだろう。
「成る程ね。じゃあ俺は、銀河系を消し去る力をぶつけようかな?」
「好きにしろ」
魔王の七割に自身の力を上乗せして魔王の力を向上させ、ヴリトラの創り出した空間を漆黒の闇で包み込んだ。ライから放出される黒い渦は創られた太陽をも覆い、闇の中から一つの明かりが見えるだけとなった。
「……」
「……」
互いに本気では無いが、相応の力は放つつもりなので集中力を高める為に無言で佇む。今にも放たれそうな長方形の何かと、力を込めて握り締められたライの拳。
一筋の光以外、風も何も存在しない空間。その空間にて、ライは七割の渾身の力を放ち、ヴリトラは長方形の何かを光の領域を超越した速度で放出した。
太陽の数万倍の大きさと言えど、見るだけならば銀河系を半分も消し去る事は出来なさそうな長方形の何か。もとい、障害物。しかしヴリトラそう豪語する以上、確かにその力は秘めているのだろう。
それからすれば微生物よりも小さなライの拳が、長方形の障害物に放たれて周囲は消滅した。
*****
──その刹那、銀河系が崩壊した。
創られた銀河系と言えど、それが崩壊したのだ。
先程から崩壊しているが、今回は銀河系程の広さが複数消滅したのである。今までは消滅する度に新しい障害物によって銀河系が形成されていたが、今はもう起こらない。
「理解した。確かにお前は銀河系を消し去る力を秘めているらしい。いや、複数の銀河系を、だ」
「……。ああ、そうみたいだな。俺も驚いた。また成長したらしい」
何も、光も何も無い空間にて、聞こえる筈の無い音が聞こえる。その二つは光も空気も何も無いにも拘わらず会話をしていた。
本来ならば有り得ない事だが、この世界にそんなものは存在しない。定められた概念の中でだけ生きている小さき者は分からないが、少なくとも概念を超える二人に概念は意味が無いようだ。
「ほう? 魔王では無く、お前自身が成長したのか」
「ああ。本来なら、俺の力を上乗せしても七割じゃ精々銀河系一つとその周囲数万光年しか消せないからな」
長方形の障害物は跡形も無く砕かれ、銀河系の半分を破壊する程のそれを砕いたライの腕は負傷していた。
惑星破壊の攻撃でも掠り傷程度だが、流石に銀河系を半分消し去る一撃はそうならないらしい。骨は折れていないようだが、内側の肉が見るも無惨な事になっている事だろう。
そんな片腕を負傷したライの言葉。それを聞いたヴリトラは何も無い空間でため息を吐いて呆れるようにフッと笑った。
「成る程。一役買ってしまったという訳か。憎たらしい」
「ハハ、まあそれはそれとして。取り敢えず、アンタの攻撃を防いだからこの勝負は俺の勝ちって事で良いんだな?」
「ああ。このまま続けても良いが、俺たちの目的はお前を倒す事じゃないからな。価値が無いと判断すれば殺しても構わなかったが、俺に殺される程度の強さでは無いようだ」
「程度って。アンタ、魔物の国幹部のNo.2じゃなかったのかよ?」
ヴリトラの言葉に、次はライが苦笑を浮かべて話す。
ヴリトラは自分の力を"程度"と卑下していたが、本当に魔物の国No.2ならばヴリトラがその程度ならば他の幹部の立場が無いからである。
「それもそうだな。取り敢えずお前には価値があると判断した。率直に言うならこうだ」
「そうかい」
それだけ告げ、ヴリトラはこの空間から消え去った。
対し、ライの周囲が光を放出して景色が巡るように視界が変化する。戦闘が終わったので、九尾の狐の術が消えたという事だろう。
「あーあ、久々に片腕が重症だ……」
最後に腕を見てフッと笑い、光に包まれるライ。次に映る景色が仲間たちのやられた姿では無いと信じ、転移を待つ。
これにてライとヴリトラの勝負はライが勝利した。その結果、本人は知らないがライたちは魔物の国、五番目の戦闘を制したのだった。




