四百二十四話 vs妖狐・決着
『貴様ら……皆殺しじゃあッ!!!』
「来る……!」
「うん……!」
今まで放っていたよりも強大で巨大な妖力の塊。それが一つレイとフォンセに向けて放たれた。二人は即座にそれを躱し、フォンセの空間移動の魔術を用いて数十キロ離れる。
九尾の狐の姿が見えなくなる程までの距離に来た時、閃光弾が破裂するかの如く目映い光が視界を埋め尽くし、凄まじい熱と衝撃が千里を駆けた。
「……ッ!? レイ……!」
「……ッ!? フォンセ……!」
その衝撃は九尾の狐から数十キロ離れた距離に居る筈のレイとフォンセを巻き込み、二人の衣類と肉を剥ぎ取った。出血した瞬間に爆発の熱によって止血され、爆風に煽られて更なる距離を吹き飛ぶ。数百キロ進んだ所で二人は止まり、一瞬前とは比べ物にならない程の負傷に身を包んでいた。
「痛ッ! な、なんなの……あれ……?」
「ぐっ……! 恐らく……九尾の狐の妖力の塊……。だが……まさかこれ程までの威力とは……」
全身火傷の全身打撲。衣類と肉は大きく抉れ、裸体となった二人には赤黒い肌が露となっている。抉れた箇所からは謎の液体が流れており、それが膿という事は直ぐに分かった。
数十キロ離れた場所ですらこのダメージである。ふと下を見れば、レイの持っていた勇者の剣が落ちていた。恐らくレイの剣があったお陰でこの程度のダメージだったのだろう。それが無ければ、先程の爆発によって即死だったという考えに到達するのはとても早かった。
「……ッ! ヒ、"回復"……!」
「だ……大丈夫……フォンセ……? 無茶しない方が……」
「ああ……平気だ……。レイの剣があったお陰でこの傷で済んだ……次は私の番だ……」
一気に消失した魔力を込め、レイと自分の身体を癒すフォンセ。回復すれば魔力も自動的に戻る。今の段階では表面を皮で包み膿や火傷を少し抑える応急処置程度しか無いが、放って置けば二人が確実に死んでしまうので応急処置でもしなければならなかった。
応急処置を済ませ、身体に激痛を残したまま立ち上がるレイとフォンセ。少し動くだけでまだ完全に癒えていない場所が破れて出血するが、先程よりはかなりマシになった。多分少なくとも、今死ぬ事は無いだろう。
「……っ。意識が朦朧としていてよく見ていなかったが……改めて見るとかなりの破壊力だな……」
「うん……何も残っていないや……」
立ち上がる二人の視界には、自分が裸体である事や身体中に凄まじい激痛が走っている事など気にならない程の景色が広がっていた。
全方位が焦土と化しており、草一つ残らずに気化したような風景。空には雲一つ無く、何かが焼ける嫌な匂いと爆発によって生じた噴煙のみが漂う。そう、正しくこれが塵一つ残らない惨状であった。
『ほう、生きておったか。常に気を張っていて良かった。お陰で直ぐに貴様らを見つけ出せたわ……』
「もう見つかったみたい……」
「ああ。存外、早く見つかったな」
惨状を見るレイとフォンセの背後にて、九つの尾を揺らしながら佇む九尾の狐が居た。近くに居るだけでも凄まじい威圧感がレイとフォンセを襲い、自然と冷や汗が流れて激痛も忘れてしまう。
『あれだけの爆発を受け、衣類や表面の皮膚しか削れぬか。女の裸に興味は無い。やれやれ、何とも面倒な奴等よのう……』
「面倒な奴等との事だが、その言葉をそのまま返そう。数的には私たちの方が有利なんだがな。実力的にもお前と大差無いと思うが」
『フン……余裕で居られるのも今のうちよ。貴様らの死は妾を怒らせた時点で確定しているのじゃからのう?』
「すまないが、それは断ろう」
刹那、九尾の狐が放った妖力の塊とフォンセの放った魔術が衝突した。それによってとてつもない爆発が巻き起こり、辺りを粉塵が包む。
「はあ!」
『ぬぅっ!』
粉塵を切り裂き、レイが姿を現した。一瞬だけ妖力の壁を展開し、それを防ぐ九尾の狐。持続させなかった理由は持続出来なかったから。レイの振り下ろした剣が妖力の壁を突き破る程の威力を秘めていたのだ。
『なんじゃ……主、先程よりも力が……?』
そんな、予想以上の力。九尾の狐は怪訝そうな表情をして狐目でレイを睨む。レイのみならずフォンセにも警戒している九尾の狐だが、力の変化に嫌でもレイの方に視線が向かっているようだ。九尾の狐は色々と知っている。レイが本来の力になれば、自分が確実に勝てない事もだ。故に、隙が生まれる。
その隙を見逃すフォンセでは無く、フォンセは再び魔力を込めて九尾の狐へ狙いを定める。
「隙は突かせて貰うぞ。"炎の矢"!!」
『主は馬鹿か? 攻撃前にその様な事を言えば相手に気付かれるじゃろうに』
隙を突いたフォンセの炎魔術の矢。それは数百本が九尾の狐目掛けて降り注ぎ、周囲を真っ赤な紅蓮の炎が包み込む。レイはフォンセの動きを理解していたのでその場から離れており、安全地帯へと立っていた。
対する九尾の狐は妖力の壁を展開してそれを防いだ。レイのように切り崩せるという事は無く、炎の矢は全て防がれてしまった。
『フム、魔王の子孫の魔術は容易く防げる。ならば、勇者の子孫の技だけが防ぐに防げぬのか……? 面倒臭いのう……』
防いだ瞬間、妖力の壁から塊を放出してレイとフォンセを狙う。面倒ならば纏めて吹き飛ばす。シンプルで最も楽な方法だろう。
レイには妖力の壁を破られてしまうと理解しているが、今のフォンセではそれが不可能とも理解している様子の九尾の狐。故に、さっさと倒すつもりなのだ。
「やあ!」
『やはり……!』
その全ての球体を切り落とし、小さな爆発を強制的に引き起こして防ぐレイ。防ぎながら近付き、一瞬にして二回切り裂く。
勇者の剣と天叢雲剣が満月に照らされて輝き、九尾の狐の鮮血が周囲に飛び散った。
『ダメージを負えば負う程に力が強くなるのか……? 負傷によって脳の制御が外れるのは有り得ない事では無いが……それにしても力が強過ぎるのぉ……』
戦闘に置いて致命的な負傷をした時、激痛のあまり痛みを感じない事もある。大抵の場合はそのまま身体も動かず死するが、回復したレイがこの瞬間に死ぬという事は無いだろう。
そんな回復はさておき、レイは回復せずとも常人なら死ぬ程のダメージを受けても動き、更に力を上昇させた状態で戦闘を続行する事がある。九尾の狐が疑問に思っているのはそれだろう。常人で言うところの脳の制御、即ちリミッター。それが外れているにしてもその力が強過ぎる事が問題だった。
「はっ!」
『ッ! やはり強過ぎる……! この娘……戦闘の中で力を上げている……!』
一瞬にして数回斬られる九尾の狐。レイの変化に驚くあまり身体が傷付けられている事に対して気にする暇が無く、妖力の塊を放ちつつ妖術で牽制するのが精一杯だった。
「レイだけじゃないぞ、お前の敵は! "雷"!」
『ぐぬぅ……!』
レイに気を取られている九尾の狐に向け、魔力で創った霆を降り注がせる。それを受けた九尾の狐は感電し、その電撃が周囲を目映く照らす。
『貴様らァァァ!!!』
その霆を消し去り、妖力の塊を多数放って爆発させる九尾の狐。レイの剣とフォンセの魔術を受け、己のダメージを改めて理解した事で怒りが増幅したのだろう。
だがレイはそれら全てを完璧に躱し、フォンセは空に退いていなす。涼しい顔で九尾の狐の放つ塊を避けた二人は躱し切ると同時に距離を詰め、九尾の狐へと己の力を放った。
「やあ!」
「"元素"!」
『ぬぅぅ……! ガアアァァァッ!!』
勇者の剣と天叢雲剣が同時に振り下ろされ、四大エレメントが畳み掛けるように九尾の狐を撃ち抜く。想像を絶する程のダメージを負った九尾の狐は喉の奥から歯切れの悪い悲鳴を上げ、砂埃を上げながらのたうち回る。
暫し苦しんだ後妖力によって傷は癒えるが、予想外のダメージに多くの妖力を消費したのか先程よりも弱っていた。
『妾に何をしたァ!!!』
「「…………!」」
暴走するかのように、レイとフォンセに向けて闇雲に妖力の塊を撃つ九尾の狐。連鎖するように巻き起こった爆発で周囲が包み込まれるが、レイがそれを防いでフォンセが遠距離から仕掛けるという動きで九尾の狐を相手取る。冷静さに欠けている九尾の狐は、それだけで翻弄されていた。
『腹立たしい……憎たらしい……怨めしい……貴様ら……貴様ら……貴様らァ!!!』
「その動き、ゆっくりに見える……」
『……ッ!』
妖力の塊のみらず尾を使って嗾ける九尾の狐だが、ゆっくりと歩くように進むレイがそれら全てをいなして距離を詰めた。
左右から来る尾を紙一重で躱し、正面から来る尾を刀身で流すように防ぐ。上下から来るものは一瞬止まって動き出し、同時に数歩駆けて九尾の狐の眼前に迫る。
『なんじゃ……なんなんじゃ……! 先程までの貴様は全て受けていたではないか……! 何故当たらぬのじゃ!?』
「さあ。多分、覚醒かな?」
『……!?』
九尾の狐を通り過ぎ、二つの剣を腰に着けている鞘に納めるレイ。その瞬間に九尾の狐が切り刻まれ、辺りを夥しい程の血液で濡らした。
赤い鮮血が満月に反射してキラキラ光、それはさながら真紅の宝石のようだった。しかし血液である事に変わりは無い。血液が薬になったり高値で引き取られる幻獣・魔物も居るが、今散った九尾の狐の血液は月に照らされているので美しく見えるだけだろう。
『覚醒じゃと……? フンッ。偶々今力が使えているだけじゃろう……主はまだ、自身の力を理解しておらぬのじゃろう?』
「うん。何も分からない」
錯乱しつつ、幾分の冷静を取り戻して話す九尾の狐。レイはその言葉に即答で返す。変に隠しても意味が無いからだ。ダメージを負う事で能力が上がる事以外、何も分からない力。今がそれならば、その力を用いて九尾の狐を相手取るだけだ。
『まともな力も扱えぬ貴様に、妾が敗北するなどあってはならぬ所業じゃ……! 今、妾の全力を用いて貴様らを葬ってしんぜよう!!』
「……良いよ、やってみな!」
「ああ。私たちも今の段階での全力を見せてやる……!」
このままでは一方的に押されるだけ。それならばと九尾の狐は、まだ力を扱え切れていないレイと力を使うに使えないフォンセに全力をぶつけるらしい。
確かに九尾の狐が全力を出せば今の二人に抑え切れるか分からない。しかしレイとフォンセは一歩も退かず、正面から九尾の狐へと構えた。
『後悔し、後悔を晴らせぬまま死に逝くが良い……!!』
「断る。今この場で貴様を仕留める……!」
「当然、貴女を倒すよ……!」
九つの尾に多大なる妖力が込められ、周囲が大きく振動する。レイは腰に携えた、鞘に収まったままの勇者の剣に手を掛けて構え、フォンセは魔力を込めて相手に構える。
一瞬一秒が永劫にも感じられる程の緊張感。二人と一匹の集中力は最大限に高められ、満月の下からなる草原へ風を吹かせた。──その風が吹き抜けた瞬間、九尾の狐は己に込めた力を解放する。
『天狗──"天狐"!』
「「…………!!」」
──刹那。空から、目映い光を醸し出す巨大な星が落ちて来た。
その星は一直線に下方を狙い、凄まじい熱と衝撃を纏いながら加速する。その破壊力は先程放った数十キロに届く妖力の塊とは比較にならない程の力を込めている事だろう。
九尾の狐が放った"天狗天狐"。天狗は"テング"では無く、流星の意味も持つ。そして天狐とは、数千年生き、天へと通じる狐の事。
かつて世界に降り注いだであろう流星。数千年生きた九尾の狐が天に願いを込めてそれを顕現させ、レイとフォンセを狙ったのだ。
一瞬気を取られる二人だが気圧されず、最大限に高めた集中力を解放する。
「"最後の元素"!」
「…………!」
フォンセは今の状態でも使用出来る最大の魔術──禁断の魔術を。レイは無言で力を込めて放つ、居合い斬りを。
レイとフォンセがバラバラに放ったのならばそれは意味が無いだろう。九尾の狐が引き起こした流星を止められる筈が無い。
しかし、半覚醒状態のレイと禁断の魔術を使用したフォンセならばまた話は変わってくる。九尾の狐と流星に放たれた二つの技。それは九尾の狐と流星に衝突した、目映い光を醸し出しながら周囲は白く包み込まれた。
*****
『ホホ、ホホホ……やったぞよ。遂に憎たらしい娘共を仕留めたわ!』
光が晴れた瞬間、その光の中から現れた九尾の狐が勝利を確信するような高笑いを浮かべていた。九つの尾を揺らし、歓喜に震えた様子で高らかに笑う。現在、九尾の狐の眼前には、流星によって影も形も残っていない草原跡地が広がっていた。
『フム、出来るならばもう少し痛め付けたかったが……致し方あるまい。惜しいとは思うが、あのまま粘られる方がストレスじゃった』
九つの尾をパタパタと動かし、砂埃を舞い上げながら不敵な笑みを浮かべる。もう既に戦闘が終了した気となり、それが態度に表れているのだろう。
──だから、気付かれなかった。
「──やあ!」
『……何ッ!? 貴様……生き……!?』
虚空から姿を現す、勇者の剣を握り締めたレイの存在に。
飛び出したレイは完全に油断した九尾の狐へ剣を振り抜き、着地と同時に斬り付ける。斬られた九尾の狐は頭が地に落ち、次いで紐の切れた人形のように動かなくなる。頭が落ちる前、レイを睨み付けた形相は凄まじかったが、それももう意味が無いだろう。
「や、やった……の?」
「ああ、多分な。妖怪は半分不死身のようなものだが、死ぬ時は死ぬ。まだ確信は出来ないが……仮に生きていたとしても回復まで時間が掛かる筈だ……」
九尾の狐を倒し、肩で息をしつつ衣類という護る物が無くなっている事で全身が爆ぜる程に大きなダメージを負った二人は九尾の狐から落ちた頭を見る。鮮血が切り口から流れ、小さな水溜まりを作り出していた。首は血液を多く通す所。その光景は何ら不思議では無いだろう。
「けど、何とか流星を破壊出来て良かったね……」
「ああ。私一人では無理だった。ありがとう、レイ」
「そんな……私も同じだよ。私一人じゃ出来なかったもん。ありがとね、フォンセ」
「ふふ、面と向かって言われると少し照れるな……」
「うん、同感」
苦笑を浮かべ、頭を掻くフォンセ。レイもその言葉に同意し、辺りには涼しい風が吹いた。
流星の余波は消し切れずにレイとフォンセや周囲に甚大な被害が被ってしまったが、何とか消し去る事は出来たらしい。
倒したと確信し、九尾の狐の頭と身体から離れて距離を置くレイとフォンセ。フォンセの魔術ならば衣服を作る事も可能なので、先ずは服を着る事にした。
レイ、フォンセの戦闘はこれにて終わりを迎えたのだった。
*****
━━怨めしい。憎たらしい。腹立たしい。怨めしい。怨めしい。怨めしい……! あの娘共に、この怨みを晴らさずして置くべきか……。否、晴らさねばなるまい。あの娘共に……!!
何処からともなく声が木霊した。此処にあるのは九尾の狐の切り離された頭と身体のみ。そんな事はある筈が無いのだが、確かに声が響く。しかもその声は、とてつもない怨念を秘めている声だった。
━━まだ娘らは近くに居る。ならば、"我"の力を持ってして、討ち滅ぼす他あるまい……! 怨霊となり、全ての怨みを晴らしてしんぜよう……!
──刹那、切り離された筈の頭が生気の無い状態で浮き上がった。ゆっくりと空を舞い、恐ろしい程の怨念を纏いながら加速する。その怨念は、触れるだけで呪われてしまいそうなそんな怨念だった。
妖狐の頭は止まる事を知らず、気配を追ってレイたちの方へ、
「待て、玉藻の前。その力を使うにはまだ早い。怨念に身を委ねて怨みを晴らせば、ほぼ確実に元の姿に戻れなくなるぞ」
━━…………!!
怨念に身を包んだ妖狐の頭は、気配無く姿を現した老人に止められた。その眼前には鋭く銀色に光る刃が向けられており、その老人の目付きは老人というには恐ろし過ぎる目付きだった。
「今回は主の負けじゃ。貴重な戦力を削る訳にも行かなかろう。帰るぞ、玉藻の前よ」
━━…………』
その言葉に冷静さを取り戻し、身体の方へ戻る妖狐の頭。もとい、九尾の狐。身体に頭が乗った瞬間、残った妖力が首と身体を繋げ、九尾の狐は元の姿に戻った。
『フム、すまぬな。ぬらりひょんよ。少々我を忘れていた』
「気にするな。しかし、奴らは予想よりも力を付けているらしい。改めて作戦を練らねばなるまい」
不敵に笑う百鬼夜行の総大将、ぬらりひょん。頭のくっ付いた九尾の狐は姿を人に戻し、玉藻の前となる。長い髪を揺らし、ぬらりひょんに向き直った。
「さあ、支配者の街へ戻ろう。まだまだ課題はありそうじゃ」
『うむ。仕方あるまい。しかしレイ、フォンセ……。ふふ、狐の怨みは何れ必ず晴らす……!』
レイとフォンセに復讐を誓い、扇子を開いて口元に当てる玉藻の前。その口元に浮かんでいるのは笑みか歯を食い縛っているのか分からないが、レイとフォンセは厄介な者に目を付けられてしまった事に変わり無い。
満月の草原にて行われた戦闘。それは新たな怨みを生み出しながら決着がついた。魔物の国、五番目の戦闘も残り一組みを待つのみとなった。




