四百二十三話 vs妖狐
──満月の草原では、満月とは別の白い球体が複数に渡って浮かんでいた。その球体はユラユラと不規則に揺れており、上下左右問わず動き回っていた。
『死に晒せ!!』
九つの尾を揺らす九尾の狐の怒号と共に白い球体は勢いよく放たれる。それを見たレイとフォンセはその場から飛び退くように移動して躱し、白い球体は地に着いた瞬間破裂して大爆発を起こした。
その爆風を切り裂き、九尾の狐の眼前に迫るレイ。勇者の剣が高く掲げられており、次の瞬間に振り下ろされた。
『甘いわッ!!』
「……ッ!」
刹那、九つの尾が一つに纏まりレイの腹部を打ち抜いた。それによってレイは吐血し、勢いよく吹き飛ばされてしまう。その先に球体が仕掛けられており、レイがぶつかると同時に数百メートル程の爆発が巻き起こる。
「"水の槍"!」
九尾の狐がレイを吹き飛ばした瞬間、上空からフォンセが水を放った。魔力の込められた両手から水の塊が現れ、それを槍のように穿ったのだ。
太い水の線は威力を増幅させ、九尾の狐に降り注ぐ。
『これも甘過ぎるッ!!』
「……っ。これも駄目か……!」
九尾の狐は九つの尾を振るい、全ての水を消し飛ばした。弾かれた水滴は草原に落ち、草を濡らして魔力の欠片に戻る。
それを見て悪態を吐くフォンセ。九尾の狐はそんなフォンセを狙い、妖力を集めて塔のように高い柱を創った。その柱はフォンセを中心に集まり、九尾の狐が不敵に笑う。
『貫くが良い!!』
「……ッ!!」
そしてフォンセの身体を貫いた。脇腹と脹ら脛、そして腕を貫き出血しつつ内臓損傷によるダメージで吐血して落下するフォンセ。そこに畳み掛けるよう妖力の塊である球体が放たれ、上空のフォンセを爆発で包み込んだ。
『『『…………!!!』』』
レイとフォンセを吹き飛ばした九尾の狐に向け、十体のゴーレムが同時に腕を振るって殴り掛かる。ゴーレムが空気を切り裂く轟音が周囲に響き、地殻変動に匹敵するゴーレムの拳が、
『木偶の坊! 貴様らのような泥人形に興味は無い!』
粉微塵に砕かれ、妖力の球体が複数放たれてゴーレムたちを粉砕する。何体かは残ったがそのゴーレムも砕き、妖力の爆発に巻き込んで消滅させた。
『この程度かのう? つまらぬのぅ……妾の美しき顔を傷付けた罪はこの程度では払えぬというのに。地獄よりも凄まじい苦痛を与えなければ気が済まん……! さっさと立ち上がり、妾の相手をしてみよ!!』
叫び、妖力の塊を放ち、九尾の狐の前方数キロを消し飛ばす。
爆発の中に更なる球体を放ち、次々と破裂させて行く九尾の狐。連鎖するように起こった爆発は更に広範囲を巻き込み、塵も残さず消し飛ばした。
「──やあ!」
『なぬっ!?』
──筈だった。
爆発によって消し飛んだのは九尾の狐から見た正面のみ。一人の少女──レイより背後の場所は全くの無傷で、そのレイが九尾の狐を斬り付ける。それを受けた九尾の狐は飛び退き、身体を治癒しつつ驚愕の表情でレイを見やる。
『まさか……あの爆発を全て防ぐとはのぅ……その剣、予想よりも良いものらしい。天叢雲剣では無く、シンプルな剣の方じゃ……』
「……」
斬られた怒りより、肉片も残さず消滅させた筈のレイがピンピンしている状態で現れた事に対して話す九尾の狐。
レイの剣は、旅立ったばかりの時とは言えライの生み出した衝撃を受けても無傷だった事がある。純粋な破壊力ならばその時のライによって放たれた一撃より九尾の狐の妖力の球体の方が高いだろうが、その時から数ヵ月。レイ自身の力が高まっているので九尾の狐の妖力を防ぐには十分だったようだ。
しかしそれを知る由が無く、レイの剣がかつての勇者が持っていた剣という事も知らない九尾の狐だが、何かありそうという事は理解していた。
『しかし、また妾の美しき肉体を傷付けおったな? 先程も述べたように、この償い貴様の命を持ってして行って貰うぞ』
「断る!」
再び青筋を浮かべ、レイに向けて妖力の塊を放つ九尾の狐。レイはそれらを全て切り裂き、それによって生じた爆風に煽られながらも即答で断った。
『其方が断ろうと、妾には関係なき事よ。死するまで呪い続けてしんぜよう……!!』
放たれる、複数の球体。数え切れない程の球体がレイ目掛けて進み、次の瞬間に切断して九尾の狐の元へと駆け出す。九尾の狐は攻撃を止めず、妖力の塊と伸ばした尾を次々と放つ。
レイはそれらを紙一重で避け、当たらなかった球体が別の場所で爆発を起こした。レイが躱した九つの尾は大地に突き刺さり、大きく抉って粉塵を巻き上げる。それら全てを掻い潜ったレイは二つの剣を構え、止まる事無く九尾の狐の眼前に迫った。
「やあ!」
『ぬう!』
振り下ろさせる二つの剣。九尾の狐は妖力の壁を少しだけ展開して防ぐが、全ての衝撃は防ぎ切れずレイが妖力の壁を打ち破る。
そのまま地を踏み、更に加速を付けて九尾の狐を斬り付けた。一瞬後にレイは九尾の狐の背後に回り込んでおり、九尾の狐の身体が切り裂かれた。無論、一瞬のうちにレイが切り裂いたのだ。
『貴様ァ!!』
切り裂かれた九尾の狐は怒り、無数の妖力の塊を自分達の頭上に顕現させた。次の刹那にそれらを降り注がせ、数キロを大爆発で包み込んだ。そして九尾の狐は、自分に影響が無いように身体を囲うように妖力の壁を展開して防いでいた。
「もう終わり?」
『……!? 何なのじゃ……この小娘はッ……!?』
少し汚れた身体で姿を現し、九尾の狐が展開させていた壁を斬り砕くレイ。その姿に再び驚愕し、レイに尾を打ち付ける九尾の狐。
レイの左右から一撃ずつ加わり、上下で更に一撃ずつ食らう。次いで左に二回、右に二回、高速で尾を放つ。最後に尾を纏め、腹部に一撃を入れて吹き飛ばした。
計九回の攻撃。"九尾"の名の通り、尾の数だけ連続した攻撃をレイにぶつけたのだ。
「"落石"!!」
『……! 次は主か!!』
九尾の狐がレイを吹き飛ばした瞬間、上空から複数の岩が降り注ぐ。爆風から抜け出したフォンセが土魔術を用いて大岩を落としたのだ。
それに気付いた九尾の狐は、即座に妖力の壁を展開しつつ妖力の塊を放つ。塊が大岩に衝突して弾け、上空を大爆発が包み込んだ。それによって雲が晴れ、戦場には似付かない程に美しい満月と星々が周囲を照らす。
『次から次と……腹立たしいのう……。 何ともしぶとい娘達じゃ……爆風によるダメージは無いのかと思ってしまう……』
「生憎、身体は結構頑丈なんだ。一応魔王の子孫だからな。生まれつき素質は高いと自負している」
爆風を吹き飛ばし、衣服と髪を揺らしながら九尾の狐の頭上に浮かんで立つフォンセ。
魔族の中でも異質な存在である魔王。その子孫である以上、フォンセ自身も特異と呼べる力を秘めているのは明らか。故に、多少の攻撃ならば問題無いのだ。
しかしダメージが少なくともライのように殆どの攻撃を無効化出来るという訳では無い。ダメージを受け過ぎればそれに伴った悪影響も生じてしまう。なので避けられる攻撃は避けているのだ。
『フン、減らず口を……。持久戦ならば妾に分があるぞ……!』
「ああ、知っている。妖怪は純粋な耐久性ならば魔族よりも高いからな。だからその耐久を打ち砕くつもりなのさ」
『やってみよ……!』
九つの尾から妖力の塊を放出し、それを頭上のフォンセへ放つ九尾の狐。不規則な動きで進む塊はありとあらゆる方向からフォンセを狙い、着弾すると同時に大爆発を起こす。
九尾の狐の毛並みはそれに揺れ、辺り一帯へ余熱と余波を撒き散らした。そして轟音と共に草原の大部分が粉砕する。
「やってやるさ"炎の槍"!!」
爆風の隙間を抜け、フォンセによって放たれた炎魔術の槍が九尾の狐へと直進した。
炎の槍は周囲に漂う空気を焦がしながら進み、咄嗟に展開させている妖力の壁に衝突する。精度の低い壁は貫き、九尾の狐を掠った。
『ぬう……またもや傷を……! 許さんッ!!』
「さっきから許すつもりなんてないだろ! "炎の竜巻"!!」
『当然じゃ……!』
炎魔術が渦を巻き、周囲を大きく焼きながら九尾の狐へと向かう。九尾の狐は妖力の塊を複数放ち、竜巻を爆発で消し飛ばした。
フォンセと九尾の狐は爆風に煽られながらも相手の姿を確認する。両者共に大したダメージは無く、無傷に等しい状態で互いを見合っていた。
「はあ!」
『ぬう、まだ生きておったか!!』
駆け、日本の剣を振るうレイの姿が九尾の狐の視界に映る。九尾の狐は妖力の壁を展開してレイの動きを一時的に止め、妖力の塊を放って爆発を起こす。その爆風にフォンセが風魔術をぶつけて相殺し、九尾の狐の正面にはレイ。頭上には空を飛ぶフォンセが立つという形になった。
『本当に腹立たしい者達じゃ……純粋な力では妾が圧倒的じゃと言うのに、諦めが悪く噛み付いてくる……。この傷は其方らの死を持って償って貰うつもりじゃが、本当は殺すつもりは無かった。しかし、流石に殺すつもりで行かなくては妾が敗北を喫してしまう可能性も出て来てしもうたわ……』
怒りの表情を見せ、淡々と話す九尾の狐。確かに傷付けられた時から凄まじい殺気を放っていた。しかし、どうやら本当に殺すつもりは無かったようだ。
だが、キリが無く戦闘が更に長引いてしまうかもしれない現状、九尾の狐がその気になろうとしていた。
そんな堪忍袋の緒は、
「だったら負かしてあげる!!」
「ああ。端からそのつもりだ! "鎌鼬"」
『……ッ!』
二つの斬撃により、たった今大きく切断された。同時に九尾の狐の身体に傷が付き、鮮血が散るように飛ぶ。九つの尾が揺れ、鬼よりも恐ろしい形相となって周囲に数百を超える妖力の塊を漂わせた。
『命が……要らぬようじゃのう……。其方らはたった今、最後に生き残る機会を失ったという訳じゃ』
「「…………!!」」
刹那、全ての塊がレイとフォンセに向けて放たれる。無数に存在する妖力の塊が着弾と同時に周囲へ大爆発を引き起こし、辺りを白い光で包み込む。その衝撃が晴れ、レイとフォンセが九尾の狐を狙っていた。
「命は要る……!」
「そして、貴様に倒される訳にも行かないな……! "土人形"!!」
『猪口才なッ!!』
レイが剣を振るい、フォンセが土魔術からゴーレムを創造する。
造り出されたゴーレムは九尾の狐へ巨腕を振り下ろし、九尾の狐は妖力の壁を展開してそれを防いだ。しかし質量はそのまま、妖力の壁を中心に周囲の大地が陥落して粉塵を巻き上げる。同じタイミングでレイの剣が壁に触れ、その壁を切断した。
『ふっ、そんなものか!!』
「「……ッ!」」
『『……!!』』
そして現れる九尾の狐。同時に妖力の塊を放って爆裂させた。
そんな九尾の狐に多少の汚れはあれど傷は負っていない。仮に負っていたとしても、妖力が流れ続ける九尾の狐は自己治癒力が高いので既に完治している事だろう。
傷を負わせればその分、自己修復に向かう妖力が多くなるので打ち抜くには攻撃し続けるのが良いかもしれない。だが、元々妖力がかなり高い九尾の狐。攻撃をし続けたとして、レイとフォンセが何処まで持つかという新たな問題が生じてしまう。
常に放出し続ける球体も相まり、かなり厳しい戦況となっていた。
「このままじゃ一向に状況が良くならないな……どうする?」
「どうしよう……。今はフォンセの造ったゴーレムたちが相手しているから少しは休めるけど、それも時間の問題だもんね」
「ああ。さっきの爆風に紛れてレイを連れて上空に来たは良いけど、状況が好転しないな」
現れると同時に放たれた妖力の塊。レイとフォンセはそれを避けて空に来ていたが、下の様子を見る事しか出来ずにいた。
元々攻めきれない事が続いていたが、妖力の壁を展開せずともこの厄介さを誇る九尾の狐。考えれば考える程に気が滅入ってしまうものだ。
『『…………!』』
『何処へ行った! 小娘共!?』
ゴーレムたちを粉砕し終え、その場から居なくなっているレイとフォンセを探す九尾の狐。戦闘の途中で居なくなったので気付かず、遥か上空に移動している事が分からないのだろう。
『妾を無視して逃亡とは良い度胸じゃのう!! 今探ってやるわ!』
「その必要は無い!」
「ああ、私たちはここだ!」
しかし探そうと思えば容易く見つける事も出来る。此処が九尾の狐の創った空間なのだから当然だ。レイとフォンセはそれを理解しているので下手に隠れず、体勢を少し整えたので自ら名乗りを上げてレイは剣を構え、フォンセは魔力を込める。
『フッ、それで良い。さあ、来てみよ!』
複数の塊が再び放たれ、レイがそれを切り裂いていなす。切り裂いても爆発する事に変わりは無いが、妖力が溜まり切っていない状態なので範囲は狭まる事だろう。
「そこ! "爆発"!!」
『……!』
爆風の隙間から姿を見せるフォンセが放つ、爆発魔術。九尾の狐が妖力の塊を放出するのならば、フォンセは四大エレメントを組み合わせた魔力の爆弾で対抗するという訳だ。
九尾の狐はその爆発に巻き込まれ、レイとフォンセが空間移動の魔術でその場から離れる。
その黒煙が晴れた時に見えたものは、身体中が煤で汚れており、所々に火傷のような痕と肉の抉れた痕の見える九尾の狐だった。
『わ、妾の……妾の美しき身体が……!! アアァ……ァアア……。貴様らァァァ!!!』
「「…………!!」」
大きなダメージを負った身体を見、先程よりも更なる憤怒の表情を見せる九尾の狐。レイとフォンセへ恐ろしい程の憎悪を向け、絶叫するような声を上げて睨み付ける。その様子から九尾の狐は本気となって自分たちに挑んで来ると本能で理解する二人。
レイ、フォンセと九尾の狐の戦闘は、九尾の狐が今まで見せた中で最も深い怒りを纏って終盤へと向かう事となった。




