四百二十話 リヤン&孫悟空vsヴァイス&バロール・決着
魔眼を開く事で能力を上昇させたバロールは、砂漠の空間にて一歩踏み込んだ。同時に力を込めて魔力を纏い、周囲の砂を吹き飛ばす。
『ウオオオォォォォッ!!』
「……」
『『『…………』』』
猛々しく吠え、魔力の渦が周囲を巻き込む。一瞬にして海を火の海に変化させるというバロールの魔術。それを使おうとしているのだろう。
リヤンと孫悟空はバロールの魔眼を見ぬように注意しつつ、ヴァイスの方にも意識を向けている。ヴァイスが他に何を仕掛けて来るか分からない現状、一瞬足りとも相手から意識を逸らす事は出来なかった。
『ウオオォォォッ!!』
警戒する最中、バロールが砂漠地帯を炎で包み込む。それが灼熱の竜巻となり、リヤン、孫悟空の方へ向かう。勢いは更に増し、乾き切っている筈の砂漠の砂が消失して轟炎がリヤンと三人の孫悟空へ降り掛かった。
『魔眼を見なきゃ良いんだから、炎の竜巻は寧ろ好都合だな……』
燃え盛り直進する炎の竜巻を見、不敵に笑って呟く孫悟空。天界に住み、半永久的に生きる事の出来る孫悟空は魔眼を見ても死ななそうだが、何かしらの影響はあるようだ。
しかしだからこそ、バロールの姿が隠れる程に巨大な炎の竜巻は好都合だった。この戦闘では、バロールの魔眼を直接見なければ良いのだから。
『"妖術・大波の術"!』
轟炎の竜巻を前に、大海原を彷彿とさせる波を顕現させた孫悟空。炎は波に飲まれて消え去り、辺りは真っ白い大量の水蒸気に包み込まれた。
「これなら……!」
視界が悪くなる中、五感の優れているリヤンに関係はない。その鼻と耳で敵の居場所を特定し、そこを目掛けて駆け出す。感覚で何処に何があるかを推測し、最短でそちらに向かう。
「フム、やはり私の所に来たか。まあ、バロール程の巨体は相手にし難いだろうからね。分かるよ、その気持ち」
「気付かれた……!」
「ああ。常に警戒はしているからね。視覚を奪われたくらいじゃ負けないようね」
剣を薙ぎ、近付くリヤンへ牽制するヴァイス。直前で止まったリヤンは仰け反って避けた。しかし攻撃は止めず、同時に蹴りを放つがそれはヴァイスに当たらなかった。次に剣が振り下ろされるが、地を蹴ってそれを躱した。
「だけど今回は私だけじゃないんだ。バロールが居るからね。そろそろこの砂埃も晴れる筈だよ」
刹那、爆風のような衝撃と共にとてつもない破壊力と速度を秘めた暴風が巻き起こり、全ての砂塵がその場から消し飛んだ。
『ウオオオォォォォッ!!』
それと同時にバロールの雄叫びが響き渡り、大地が大きく振動する。天候を大嵐に変える事も可能なバロールなら、天空に舞った砂など容易く消し去る事も可能だろう。その姿が露となるが、幸い距離はそれなりに離れている。先ず魔眼を見る事はないだろう。
『『『ハッ! テメェなんぞ、目を閉じながらでも戦ってやるよ!』』』
バロールの魔眼を見ぬよう、目を閉じて近寄る三人の孫悟空たち。斉天大聖を謳われる孫悟空ならば気配と空気、音だけで相手の場所が分かる。ずば抜けて五感が発達しているという訳では無いが、ちょっとした達人以上の五感は持っている事だろう。
『ウオオオォォォォッ!!』
『『『っとォ……!』』』
飛び掛かる孫悟空たちに向け、巨腕を振るうバロール。孫悟空たちはその巨腕を避け、一瞬後に風圧による爆風が吹き抜けた。
魔眼・魔術関係無くとも、素の力で山河を砕く力は持ち合わせている。神として扱われる事もあるバロール。当然だろう。
『伸びろ、如意棒!!』
『『"妖術・巨人の術"!!』』
躱すと同時にオリジナルの孫悟空が如意金箍棒を伸ばして穿つ。他の分身二人は腕を巨大化させ、一気にバロールへ叩き付けた。
そして、亜光速で伸びた如意金箍棒とバロールの腕に引けを取らぬ巨腕が激突する。収まった砂塵が再び舞い上がり、その視界を悪くする。しかし目を閉じて戦闘を行っている孫悟空には関係ない。砂の感覚が全身を包むだけで、支障というものは無かった。
「向こうは盛り上がっているようだね。此処まで破壊音が響いている。強者である以上一挙一動でとてつもない破壊が生まれるのは分かるけど、もう少し静かに出来ないのかな」
「さあ……でも……アナタはもう直ぐ静かになるけどね……!」
「ハハ、面白い。確かにこの中では私が最弱だ。そうならないように気を付けよう」
目が笑わず、口角も吊り上がらずに言葉だけで笑うヴァイスには何処か不気味さがあった。
ヴァイスは真顔で笑っているのだ。何ともシュールな光景だが、一周回ってそれが恐怖対象になりつつあった。
「……。笑顔、下手だね」
「……。ああ、よく言われる」
強化されたリヤンの腕と、欠片から再生させたヴァイスの剣がぶつかり合う。火花が散り、二人は弾かれるように飛び退いた。
刃を殴り付けたので手が多少が切れてしまっているリヤンだが、それは即座に再生して戦闘体勢に戻る。ヴァイスの持っていた剣は根本から砕け、その欠片を再生させて両手に抱えるヴァイス。
「フフ、私は自分の武器を砕けば砕く程それに伴って数を増やせる。君が幾ら砕こうと、私の手持ちが増えるだけの無駄骨となってしまっているよ」
「……欠片が繋がるんじゃなくて、何もない"無"から再生してる……。一体どういう原理なんだろ……」
「原理なんか関係ない。この世界に置いて、常にそう感じ取っている概念を過信し過ぎない方が良いよ。概念は常に入れ替わるんだから」
概念というものは、変わらないから概念の筈である。しかし、この世界では勝手が違う。概念の領域を超越した者が多数居るこの世界では概念などというもので全てを表すのは不可能なのだ。
ヴァイスもそう。ヴァイスの行う再生は"無"から"有"を生み出す再生らしい。仮に武器の一部が消滅しようと、この世から消え去ろうと欠片一つでも残っていれば再生させる事が可能なようだ。故に、ヴァイスには数多の戦闘方法があるのだろう。
「さて、御託は良いか。話すのは嫌いじゃないし、さっきまで無視される事もあったから今話せて退屈しないけど、話している最中にバロールが倒されちゃ意味が無いからね。さあ、続きを始めようか」
「……!」
複数に増えた剣を使い、正面に立つリヤンを狙って投剣する。本来の投剣は小刀やナイフなどを放るのだが、複数存在しているので通常サイズの剣を投げているのだ。
その剣はかなりの速度で進み、リヤンは紙一重でそれらを躱し行く。割りと近い距離だが、特に問題は無さそうである。
殆どの剣が通り抜け、先程ヴァイスが再生させた背後の岩々に突き刺さる。残り二本となった剣を構え、ヴァイスはリヤンに向けて駆け出した。
『うおっと……!』
「「……!」」
次の瞬間、一人の孫悟空が遠方から飛ばされ、リヤンとヴァイスの間に落下する。それによって大きな粉塵が巻き起こり、その孫悟空が消滅してただの髪の毛となる。その髪の毛は風に巻かれて消え去った。
飛んで来た方向を見やると、縦横無尽に暴れ回るバロールとそれをいなす孫悟空が目に入る。バロールの力が取り戻されつつある現在、流石の孫悟空も苦労してしまっているという事だろう。
「成る程。斉天大聖の分身なら倒せる程になったか。なら、私はそろそろ切り上げても良さそうだね。どうやら神の力は見る事が出来なさそうだし」
「逃がさない!」
「……!」
バロール一人で孫悟空を相手取る様子から自分は必要ないと判断したヴァイスが武器を納め、その場から離れようとした時、ヴァンパイアを始めとして多くの幻獣・魔物の力を纏ったリヤンの拳が突き刺さる。
殴られたヴァイスの顔が拉げ、陥没して勢いそのままに吹き飛ばされた。複数の岩々を砕き、何処かにぶつかったのか轟音と共に砂漠の砂が舞い上がる。
「言ったでしょ……神様の力を使わなくても……私はアナタに勝てるって……!」
「ああ、言ってたね。そしてその通りだ。私では君に勝てないだろう」
拳を突き出した状態で立ち竦み、ヴァイスを睨む頭から血を流しつつも不敵な笑みを消さないヴァイスは何を考えているのか分からなかった。
「だから撤退しようと考えているんだけどね。ほら、こんなに血も出ているし結構痛い。涙は流さない……流れないけど、やられ続けて喜ぶ訳が無いからね。怪我なんか直ぐに治るけど、一瞬でも痛みを感じるのは嫌だろう?」
出血によって身体が赤く染まるヴァイスは傷を再生させ、治療を終えてフッと笑った。しかし依然として目は笑っておらず、言葉だけで笑うという不可思議な笑い方だった。警戒を消さぬリヤンを見、ヴァイスは言葉を続ける。
「それと、意識を失っては再生させる事が出来ずに死んでしまうかもしれない。ここで引くのが一番的確なタイミングと判断したんだ。君達はバロールを相手にしていてくれ」
「逃がさないって言った……!」
「ああ。だからバロールが君達を足止めするんだ」
「……!」
不可視の移動術を使い、その場から離れようと試みるヴァイス。それを阻止するべく動き出そうとするリヤンだが、目の前に巨腕が現れ大地を叩いて大きな粉塵を舞い上げる。
その衝撃に思わず顔を覆うリヤンが次に視線を向けた時、ヴァイスの姿が無くなっていた。
「……っ。また逃げられた……!」
『ウオオオォォォォッ!!』
奥歯を噛み締め、悔しそうに呟くリヤン。同時に巨腕が振るわれ、リヤンを叩こうと振り落とされる。リヤンは跳躍してそれを避け、ヴァンパイアの翼を展開させて魔眼を見てしまわぬようにバロールから距離を置いた。
「バロール……! そう言えば……孫悟空さんは……?」
バロールは孫悟空と戦闘を行っていた筈である。しかし、そのバロールが目の前に現れた。となると孫悟空は何処へ行ったのか、それが気に掛かるリヤン。
『テメェの相手は俺だろ!』
『……ッ!!』
「孫悟空さん……!」
次の刹那に如意金箍棒を伸ばし、バロールを打ち抜く孫悟空。
目を閉じつつ觔斗雲で空を飛びながら移動するその身体には少々傷があり、もう一人の孫悟空は見えなかった。もう既に分身たちは全てがバロールに消されてしまったのだろう。
『悪ぃ。油断して吹き飛ばされちまった! いや、警戒は常にしていたんだが……コイツ、予想以上に力を上げていやがる……!』
「そうなんだ……。けど、私も手伝う。敵の主力は逃がしちゃったから……」
『そうか、頼んだ。多分それは俺がバロールを倒し損ねたからだろうからな。ケジメは付けるぜ!』
『ウオオオォォォォッッ!!!』
もう一度吠え、両手を使って空飛ぶリヤン、孫悟空を薙ぎ払うバロール。やはり強敵。力が戻りつつあるのならば相応のものになるという事だろう。
目を閉じる孫悟空は觔斗雲に乗って正面へ、目を開いているリヤンはバロールの背後に陣取った。
『そろそろ終わらせるぜ、バロール!!』
「うん、二人で掛かれば問題無い……!!」
『ウオオオッォォォォ━━━━ッ!!』
正面の孫悟空を視界に入れ、背後のリヤンの気配を感じ取るバロール。同時に莫大な魔力を全身に込め、周囲を薙ぎ払う暴風と焼き払う轟炎。洗い流す強水に砕く大岩を顕現させた。四大エレメントを大きな形で扱える魔人。その気になれば星を砕く事も可能だろう。
「バロールの力……分かった……!」
『……?』
強大な四大エレメントを顕現させるバロール。そしてリヤンは──『その力を理解した』。
身体を流れる魔力の動きを確かめ、全神経を集中力に回す。炎、水、風、土。バロールが顕現したものと順は違えど、その全てを放出する。
「これがバロールの……力……!!」
『……なにっ!?』
思わず声が漏れる孫悟空。それも当然だろう。リヤンはたった今、『バロールの魔術を再現した』のだから。
吹き荒れる暴風に自分の暴風をぶつけて相殺し、灼熱の轟炎に自分の轟炎をぶつけて消火する。次いで津波のような強水に自分の強水をぶつけて消し去り、山のような大岩には自分の大岩を落下させて砕く。
孫悟空には見えないが、魔力の流れる感覚で同レベルの魔術がぶつかり合ったと理解した。
そんな一連の流れの後でバロールの動きが止まり、困惑の表情をする。その隙を見、様子が見えない孫悟空に向けてリヤンは叫ぶように言葉を発した。
「……孫悟空さん……! 今……!! バロールは今……動きが止まっている!!」
「……! あ、ああ! 分かった!!」
目を閉じながらバロールの前を飛ぶ孫悟空はハッと反応を示し、己の妖力を片手に込める。まさかと巡った思考を消し去り、妖力を込めた片手をバロールに構え──
『"妖術・花鳥風月"……!』
──美しき自然の風景を顕現させた。
バロールが生み出したものは自然災害などの危害を加えるもの。対し、孫悟空は砂漠地帯を埋め尽くす程に咲き誇る花。美しい声で鳴きながら飛行する鳥、優しく吹き抜ける風。そして昼間だった砂漠の景観をガラリと変えるは白く巨大な十六夜の月。花鳥風月。その名の通り、それらを顕現させたのだ。
『……?』
一見すれば、ただ美しいだけの景色でしかないそれらを前に、バロールは更なる困惑の色を見せる。
闇夜に紛れても月に照らされ、鮮やかな色合いが見える花。それを揺らす風と、月下を舞う鳥。
月の下で揺れる花はザァ、と吹き抜ける風に煽られ、花弁を散らす。散りゆく花弁の中を気持ち良さそうに飛ぶ鳥は自由そのものだった。
「……。……綺麗……」
バロールの魔術を全て打ち消したリヤンは空を飛びながらそれを見、思わず感想が溢れる。
ただただ美しいだけ。破壊を行うバロールはハッとし、依然として妖術を放ち続ける孫悟空へ巨腕を振るった。
「……! 孫悟空さん……!」
『ウオオオッォォォォ!!』
大岩を彷彿とさせるバロールの拳。それは真っ直ぐ孫悟空の元へと向かう。リヤンが気付いて声を上げるが孫悟空は動かない。
隕石の如き速度で放たれる巨腕。それが当たれば山河は吹き飛び直径数百キロのクレーターが大きく残るだろう。まだまだ完全では無いが、確かな威力が秘められていた。
そしてその巨腕が、
『俺の勝ちだ』
『…………ッ!?』
──散った花弁に切り落とされた。
速度は緩めていない。孫悟空も花鳥風月を使ってから何もしていない。にも拘わらず、バロールの巨腕が切り落とされ大きな音と共に粉塵を巻き上げていた。
『……!!』
次いで、空を飛び交う鳥達が弾丸の如くバロールを貫き、爆発的な暴風がバロールの身体を押して倒す。
その衝撃で辺りには振動が響き、花弁と共に砂が舞った。困惑したままのバロールが上半身のみを起こして孫悟空を睨む。
『ウ……ウオオオォォォォ━━ッ!!』
困惑した状態。しかしバロールは怒りが勝り、立ち上がって膝を着いたままもう片方の巨腕を放つ。次の瞬間──
『……! ……!? …………。………………』
──空を漂っていた月が落下し、バロールを押し潰した。
とてつもなく巨大な月。その大きさはちょっとした大陸以上は下らないだろう。
その月がバロールの頭上に降り注ぎ、バロールを押し潰したのだ。その余波は凄まじく、空を飛んでいたリヤンが吹き飛ばされ孫悟空も觔斗雲ごと吹き飛ばされる。よくある隕石よりも巨大な月が落ちてきたのだ、此処が九尾の狐が創り出した空間でなければ消滅していた事だろう。
「……月を……落とした……?」
爆風に煽られ、驚愕の表情で遠方を見やるリヤン。余波によって数キロは飛ばされただろうが、リヤンは無傷だった。
そもそも、あれ程の衝撃でたったそれ程しか飛ばされないとは如何なものだろう。募る疑問は多々あるが、今最も気になる疑問は月が落ちてきた事について。
『あれは俺の妖力で創り出した月だ。任意で消せるし、味方には危害を加えねえように調整も出来る』
「……。孫悟空さん……」
『ま、かなりの妖力を消費するから、最後に放つ決め技みたいなものだな。創造が得意って訳でも無いし、月一つを顕現させるだけで一苦労だ』
そんな疑問に答えるは先程吹き飛ばされた觔斗雲に乗る孫悟空。どうやら妖力によって創り出された景色だったらしく、それはかなりの力を消費するようだ。無論力の調整も出来るので、破壊範囲と仲間への被害を配慮する事も出来ていた。
『恐らくバロールは倒した。だが、潰れた形跡が無かった。多分ヴァイスとやらに回収されたっぽいな』
「うん。数キロくらいなら気配で分かるけど、その気配も感じない……本当に帰ったっぽいね」
身体の砂を落としつつ立ち上がるリヤン。孫悟空は觔斗雲に座りながら遠方の様子を眺めていた。相手が本気では無かった事も踏まえ、二人の傷は浅く敵の逃亡にて戦闘は終了した。
元々ヴァイス達は戦いが目的では無さそうだが、何が目的かは分からない。
リヤン、孫悟空とヴァイス、バロールの戦闘は結果的にリヤンたちの勝利で幕を下ろしたのだった。




