四百十九話 リヤン&孫悟空vsヴァイス&バロール
燦々と輝く太陽の下。灼熱の砂を素足で踏みつけ、加速する巨体。
一歩進むごとに大量の砂が舞い上がり、周囲を砂塵で包み込んだ。その砂が払われ、バロールの巨体がリヤンと孫悟空を蹴散らさんとばかりに向かっていた。
『ウオオオォォォォッ!!』
『ハッ、喧しいぜバロール!』
迫るバロールを迎え撃つは、天に等しき大聖者──斉天大聖の異名を持つ孫悟空。如意金箍棒を振るい、自らの身体を使って押さえ込んだ。
『俺たちも居るぜ!』
『オリジナルだけが活躍してんじゃねえよ!』
『オオオッオオ━━ッ!!』
次いで向かう、二人の孫悟空。砂漠の上を跳躍し、砂塵を巻き上げながら加速する。オリジナルである本体だけが如意金箍棒を装備しているが、素の状態でも十分に戦闘を行える孫悟空は分身だとしても問題無いだろう。
『『『"妖術・巨人の術"!!』』』
同時に三人が妖力を込め、その腕を巨大化させる。巨大化した腕はバロールと同じ程あり、三人の孫悟空が同時にその腕を放った。
『…………!?』
殴られたバロールは勢い良く仰け反り、吹き飛ぶように背後へ倒れる。それによって砂漠の砂が舞い上がり、周囲を砂塵が漂う。
倒れたバロールは仰向けとなり、空を見上げていた。
『『『まだまだァ!!』』』
次いで畳み掛けるよう、三つの巨大な拳がバロールの全身を強く叩き付けられる。倒れたバロールを中心に振動が起こり、直径数百メートルのクレーターが砂漠のど真ん中に形成された。
「フム……やっぱり幾らバロールと言えど、三人の斉天大聖が相手じゃ手厳しいかな。それなりの戦いはするだろうけど、勝てるかは分からないね」
倒れるバロールを見、肩を竦めて呟くように話すヴァイス。
バロールは伝承通り、かなりの力を秘めている。しかし、相手が神に等しき大妖怪では少々分が悪そうだ。
それも、力が本物の半分以下だとしても分身の術で増えている。一人ですら手を焼く分身。幾らバロールと言えど、辛いものはある筈だ。
「私も居る……!」
「……ああ、知っている」
幻獣・魔物の力を纏うリヤンがヴァイスの側に来ており、それを見たヴァイスは砂漠の砂を再生させて大岩を形成しつつそれを防ぐ。激突した事によって大岩に亀裂が入って砕ける。
「これ程の力を宿しているんだ。無視なんか出来る訳無いだろう?」
「……!」
砕かれた岩の欠片から姿を消し、リヤンの背後に現れるヴァイス。同時に砂漠の砂を再生させてリヤンの周りに大岩を造り出した。
次の刹那にその岩をリヤンに寄せ、リヤンを押し潰す形を取る。瞬く間に岩同士の距離が縮まり、鈍い音と共に停止した。
「そう……!」
「ほらね?」
押し潰した筈の大岩。それを砕きながら姿を現すリヤン。岩の欠片が周囲に散り、リヤンとヴァイスが向き合う。
その瞬間にヴァイスが複数の武器を取り出してリヤンに構え、強化銃の銃口と剣の刃を向ける。対するリヤンはヴァイスの首元に爪を立て、互いに相手の急所を捉えていた。
「油断大敵……。油断はしていないけど、ついつい気を抜いてしまうな」
「そう。じゃあ、次にアナタが気を抜いたら首元に刺して上げる……!」
「フフ、そんな言葉を返せるようになったか。ライ達とは大分馴染んだからか、引っ込み思案だった性格も変化したようだね」
「……」
「ま、君と会ってからまだ数ヵ月。会話を交わしたのは極僅か……共に行動をしている訳じゃないから、元々どんな性格だったのか詳しく知らないけど」
余裕を崩さない不敵な笑みを浮かべながら、銃と剣を構えて話すヴァイス。リヤンは依然としてヴァイスの首元から手を離していないが、それでも余裕があるというのは即死以外ならば如何なる攻撃を受けても再生出来るからだろう。
例え喉が潰されようとも、精度が落ちるだけで再生が使えなくなるという訳では無い。故に、余裕を見せていた。
「取り敢えず、硬直状態を続けていても意味が無い。そろそろ行かせて貰おうかな」
「……!」
破裂音と共に放たれた銃弾。リヤンはそれを見切って躱し、体勢を低くした後で加速を付けてヴァイスを殴り付ける。
それをヴァイスは仰け反って避け、避けつつもテンポ良く銃を撃ち続けていた。その銃弾を紙一重で躱して行くリヤン。
「こんなに避けられてはストレスだ」
「剣が二つ……!」
銃を仕舞い、もう片手にも剣を握って二刀流となり、リヤンに近寄るヴァイス。
グラオやシュヴァルツに比べて肉弾戦は得意としていないようだが、様々な武器を扱う為にありとあらゆる武術を身に付けているヴァイス。剣技もかなり上手く扱えていた。
「そら……!」
「……っ」
剣がリヤンの横を通り抜け、リヤンの死角からもう片方の剣が放たれる。優れた五感と身体能力を有しているリヤンはそれらを難なく躱すが、ヴァイスが他に何の武器を持っているか定かでは無い。故に、一撃一撃に集中しなくてはならなかった。
そしてまた左右から放たれる剣。それらを避けた瞬間に二つをヴァイスが正面に移動させ、剣尖を揃えて突きを放つ。当然それも難なく躱そうと動き出すリヤンだが、
「逃げ場は無いよ? "再生"」
「……!」
ヴァイスの再生によって後方と左右に現れた岩に阻まれてしまった。避けようとした勢いのまま岩に激突し、動きが止まるリヤン。正面から迫る剣尖。避けようにも避けられず、剣がリヤンへと突き刺さる。
「……痛っ……!」
一瞬で岩を数センチ程動かし、辛うじて直撃は避けたようだが、躱し切れず肩に深々と剣が突き刺さった。
「フム、そういえば力がかなり強化されているんだったね。ほんの数センチとは言え、直撃は避けられてしまった」
「……ッ! あぁッ……!」
それを見たヴァイスは剣を縦に動かし、肩の肉を抉るように削ぎ落とす。その激痛で思わず声が漏れたリヤンは膝を着き、無事な方の手で肉の削ぎ落とされた肩を押さえる。
キマイラの強靭な肉体とヴァンパイアの再生力のお陰で腕は取れなかったが、ダラダラと流れる鮮血の向こう側は骨だろう。それ程までに深い傷だった。
「フッ。ありとあらゆる幻獣・魔物の力を扱うか……。まるで君が合成生物みたいじゃないか」
「違う……!」
様々な幻獣・魔物の力を使ってヴァイスを相手取るリヤンに向け、嘲笑うように話すヴァイス。
傷の塞がったリヤンは即答で返し、再びヴァイスに攻め入る。
「ああ、違うだろうね。けど、他の生物の力を借りて己の力を強化する。私たちの創る合成生物と似ているさ」
「アナタの創る合成生物は自分の意思を持たない……! 幻獣・魔物を材料に混ぜてるだけ……!」
「ハハ、その通りだ。けど、操る側の立場からすれば兵士の意思なんて無駄じゃないかな? 無能に反発なんてされたら、思い描く通りに事が運ばないじゃないか」
フェンリルの速度で詰め寄り、キマイラの強靭な肉体とヴァンパイアの怪力で怒濤の攻めを見せるリヤン。
ヴァイスは涼しい顔でいなし、隙を見て二本の剣を切り伏せる。それを飛び退いて躱し、同時に踏み込んで殴り掛かるリヤン。ヴァイスはそれも避け、リヤンから距離を置きつつ銃を構える。
「だからこそ、思い通りに生きて死んでくれる兵士達が必要なんだ。私の思い描く目的は何一つ苦しい事のない、本当の理想郷さ」
「そんなの、ただの自己満足……! ただ単に、この世を思い通りにしたいだけ……!」
「ああ、その通りさ。誰しもこの世が自分の思うように進んで欲しいと願っているんじゃないかな? この世の生物は全て、都合の良い世の中を願っているからね」
確信しているような、そんな口振りで淡々と綴るヴァイス。この世に存在する全ての生き物がそうであると、決め付けていた。
確かに自分の思い通りになる世界ならば大抵の者は喜びそうだが、ヴァイスの言う世界は全生物がそうなる訳では無い。優秀な者だけを生かすというが、結局のところよく分からないものである。
他の者を労るという訳でもなく、何故その様な世界を望むのか分かり得ないというのがリヤンの心境だった。
「まあ、長々と説明しても理解しようとしない者には一生理解出来ないだろう。私は気にしない。後々私の望む世界になったとして、君達がどれ程噛み付いて来ようとも、君達に良い席を用意しているから気にせず戦闘を続けよう」
「……!」
銃口が火を噴き、音速を凌駕した速度で放たれる銃弾。銃口から飛び出した瞬間にその速度になってリヤンへ迫る。
リヤンはそれも見切って躱し、自分を囲う岩を踏み台に高く跳躍して空を舞う。
「じゃあ……気にせず倒すよ……! そんな世界にさせない為に……!」
「構わないよ。それも受け入れるさ。理想郷の為にも、優秀な者達は生かすだけの価値があるかね」
空中から雷魔術を放ち、ヴァイスを狙うリヤン。ヴァイスは何時の間にか片手に握っていた砂を天に投げ、再生させて雷避けの大岩を数万個再生させる。
一掬いならば数千万粒は下らない砂だが、今回は一摘まみ程度だったので数万個しか大岩が再生されなかったようだ。しかしながら、それでも天から降り注ぐ雷を防ぐには十分だった。
そのまま地に落下する大岩は砂漠の砂を舞い上げて鈍い音を響かせる。自分に向けて降り注ぐ岩だけを退かしたヴァイスは空に居るリヤンを見て笑い、銃口を向けた。
「私にとって少々不利な遠距離からの攻撃の対策もそれなりにしているよ。銃や弓矢。手投げ槍や爆弾。後は色々と放るくらいしか攻撃方法は無いけど、防ぐ術は沢山あるんだ」
武器は様々な種類が存在する。撃つ、斬る、叩く。その他にも多種多様だ。
それ程の種類があるという事はこれ即ち、それに伴った千差万別の戦闘方法が存在しているという事。
その全てを躱す事も不可能ではない程に高い身体能力を有しているリヤンだが、何処から何の武器が取り出されるか分からない程に不規則な変幻自在の攻撃。かなりの労力を要するという事はほぼ確定である。
「はあ……!」
「防がれたから遠距離攻撃は無駄と判断して距離を詰める、か。フフ、実に単調で面白味のないやり方だ」
空気を蹴り、ヴァンパイアの翼を用いてヴァイスに迫るリヤン。幻獣・魔物の力は依然として纏っており、かなりの力が込められた拳だった。
その拳をいなし、リヤンの懐へ剣を振るうヴァイス。身体を反らして紙一重でそれを躱したリヤンは地に降り立ち、片足に力を込めて踏み込むと同時にその足を軸として回し蹴りを放つ。
それを刃で防ぐヴァイスだが、キマイラの肉体を持つリヤンの脚が鞭のように撓るそれを受け止めた瞬間ヴァイスの剣が打ち砕けた。
「……へえ、鉄を砕く脚か。まあ、この世界では特に珍しくもないね」
「やあ!」
見ればリヤンの脚も少しばかり切れており、そこから出血していた。しかしヴァンパイアの再生力を宿すリヤンが気にする必要は無く、回転した流れを利用した勢いで裏拳を放つ。よって、ヴァイスの顔に手の甲をぶつける。それを受けたヴァイスは吹き飛び、砂漠の砂を擦りながら砂を巻き上げて停止した。
「今更だけど、神の力は使わないんだね。いや、使えない。が正しいのかな? 前は自由自在に操っていたけど、あれ程の力を負担無く使える筈がないからね」
「……。ただ単に……アナタが相手なら使う必要もないと思っただけ……! 実際……私は今のままで十分に相手出来ている……!」
「成る程。"使えない"じゃなくて、始めに言った"使わない"が正解だったか。それが嘘か本当か分からないけど、その気になれば使えなくもないんだね?」
「教える必要はない……!」
神の力を使わないリヤンへ残念そうなヴァイス。そんなヴァイスに言い切り、リヤンは一歩踏み込んで一瞬で近付く。足場が砂なので硬い大地よりは踏み込みが利き難いが、それでもかなりの速度が出ていた。
「そうか。残念」
即座に砂を再生させて大岩を造り、リヤンの攻め込みを防ぐ。その岩が次の刹那に音を立てて砕けながら崩れ落ち、二人が再び向き合った。
『『『そらァ━━━━ッ!!』』』
『ウオオオォォォォッ!!』
──その瞬間、三人の孫悟空と共に孫悟空と戦闘を行っていたバロールが吹き飛ばされてきた。
その身体には孫悟空の巨大化した拳が当たっており、砂漠の砂を大きく抉り撒き散らしながらリヤンとヴァイスの横を通り抜ける。
「フム、やはり全盛期に近付きつつあるけど、完全ではないバロールでは斉天大聖を相手取る事は困難だったかな。バロールが倒されてしまえば私に勝ち目はない。逃げるしかなくなるな」
孫悟空とバロールに視線を向け、全く焦りを見せずに淡々と言葉を続けるヴァイス。自分が不利な状況に陥っている事は理解しているのだろうが、本人の表情が変わらないので傍から見れば余裕を感じられる事だろう。
実際、余裕では無いにせよヴァイスにはまだまだ多数の考えがあった。最悪、逃げてしまえば良いとでも考えているのだろう。
「このままでは敗れてしまう。うん、そろそろ決めに掛かるか。バロール。魔眼を解放して良いよ。彼らには術を無効化する力は無かった筈だからね」
『……! ウ、ウオオオォォォォッ!!』
「……!」
『遂に開くか……!』
『ハッ、上等だ……!』
『正面から迎え撃ってやるよ……!』
ヴァイスの言葉に従い、見たら即死すると謂われている"魔眼"──額にある眼を開くバロール。
リヤンと三人の孫悟空はその驚異を知っている。特にリヤンは、正面からバロールと戦った事があるのだ。その点で言えば孫悟空よりも詳しいだろう。戦った事のない孫悟空も、バロールについては知っているので警戒を高める。
リヤン、孫悟空とヴァイス、バロールの織り成す戦闘は、バロールが即死の魔眼を開く事によって終わりへと近付いていた。




