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四百十四話 九尾の妖力

 満月が見下ろす草原にて、三つの影が飛び交う。夜の草原を照らす炎と、それに反射する銀色の刃。三つの影は高速でせめぎ合いを織り成し、肉迫して仕掛けた。


「"ファイア"!」

「やあ!」


『ホホ、良いぞ。前よりも格段に強くなっておる。わらわを満足させてみよ! "狐火(フー・ホォ)"!』


 フォンセの放った炎魔術とレイの振り下ろした勇者の剣。それに対し、九つの尾から九つの火球を作り出して放つ九尾の狐。

 炎魔術と炎妖術はぶつかりあって相殺し合い、レイが己の剣を使いて火球を切断する。切断した火球は背後に進み、周囲を焼け野原に変えた。


「"水の弾丸(ウォーター・バレット)"!」


 九尾の狐に向けて放った水弾は、焼け野原を消火しつつ真っ直ぐに九尾の狐の方へと進む。少し進み、爆発のように広がった水が九尾の狐を飲み込んだ。


『水は別に苦手じゃないの。しかし、濡れるのは少々気が進まぬ』


 迫り来る水に向かい、妖力を放出して風穴を空ける九尾の狐。水は周囲の草にこぼれ落ち、水で濡れた葉が満月に照らされて輝く。小さな光に囲まれた九尾の狐は妖しい美しさがあり、その姿に目が奪われた。

 しかし止まっている訳にも行かず、近接戦闘を行うレイが九尾の狐へ向かい勇者の剣を握って駆け出した。一歩踏み込むごとに速度を上げ、銀色の刃を九尾の狐に振り落とす。


「やあ!」


『剣か。鉄を使った武器で、刀ならば何度か相手にした事がある。対処法は幾らでもあるぞ』


「……っ」


 剣を振るうレイに対し、妖力の壁を創って防ぐ九尾の狐。剣は壁に当たったが壁を切断出来ず、金属音が響き渡り弾かれてしまった。

 九尾の狐が居た国は刀を扱う者が多数居た国。悪行が国中の噂となり、九尾の狐を狩る為に多くの刀使いが雇われた。それを何度も返り討ちにした九尾の狐だからこそ、刃物を扱う者の対処法が出来ているのだ。

 妖力で壁を創れば、少量でも防ぐ事が出来る。肉弾戦に慣れている者も居るだろうが、基本的には刃物に当たらなければ問題無いのだ。


「だったら……それを打ち破る……!!」


『……!』


 瞬間、もう一度斬り付けたレイによって妖力の壁に亀裂が入った。予想を上回る威力に九尾の狐は顔を顰める。

 まだ妖力の壁が完全に崩壊した訳では無いが、野生の勘でこのままではいずれ破られると理解している事だろう。


「隙間があれば、四大エレメントは通る……! "炎の槍(ファイア・ランス)"!」


『甘いわ戯け者!』


 レイの剣を防ぐ隙を突き、炎魔術の槍を放つフォンセ。それに対し、九つの尾を巧みに揺らして妖力を放出しつつ更に妖力の壁を展開して防ぐ九尾の狐。

 先程レイによって作られた亀裂も防がれ、近くに居たレイが弾き飛ばされる。数十メートル吹き飛び、草を散らして停止しつつ体勢を立て直した。


『ホホ……この壁を砕けなければ、其方そなたらの攻撃はわらわには届かぬぞ? それ程頑丈ではなく、山河を砕く程度の力でも打ち砕けるが……今の其方そなたらには無理そうじゃな。魔王、勇者としての力を使えれば別じゃが、魔王の力はかなりの負担が掛かり、勇者の力は使えないのじゃろう?』


「「…………」」


 薄く笑う九尾の狐の言葉に無言で返すレイとフォンセ。

 確かに今のままでは九尾の狐と力の差がある。フォンセが魔王の力を使い、レイが勇者の力の片鱗を見せられれば優位に戦えるだろう。純粋な力ならば酒呑童子しゅてんどうじよりも低く、妖術ならば大天狗よりも低い。

 力の強さは大天狗、酒呑童子しゅてんどうじ、九尾の狐。

 妖術の強さは大天狗、九尾の狐、酒呑童子しゅてんどうじ

 と、百鬼夜行の中でも一、二を争う大天狗を打ち倒せた勇者の力と、かつて世界を思うがままにしていた魔王の魔術ならば簡単では無いにせよ勝てる筈である。

 しかし使えぬ力と負担の大き過ぎる力では部が悪い。常時攻撃を防ぐ妖力の壁も厄介な事の一つだ。


「考えても仕方ない。攻め続けるぞ、レイ!」


「うん、フォンセ!」


 先程の攻撃を見る限り、レイの剣ならば今のままでも九尾の狐の放出している壁を粉砕出来るかもしれない。ならばフォンセがそれをサポートし、レイの力で壁を打ち破るのが最優先だ。


「"ファイア"! "ウォーター"! "ウィンド"! "ランド"! "サンダー"!」


 四大エレメントの基礎となる単純な魔術を次々と放つフォンセ。

 一概に四大エレメントと言っても、それを一つ扱うだけで本来ならばかなりの労力を要するが、生まれつき四大エレメントを使えるフォンセには関係無い。普通の魔法使いや魔女が一生を掛けて身に付ける力だとしても、四大エレメントだけならば負担が少なく使えるのだから。


『乱暴じゃの。無闇矢鱈に攻撃しても山河を砕けなければこの壁は砕けぬぞよ?』


「フッ、しかしそこにずっと入っていては攻撃も出来まい……! 攻撃しようと動いた時、今放っている全ての魔術が貴様を襲うぞ……!」


 そう、九尾の狐を覆っている妖力の壁は範囲が限られている。精々直径二〇〇メートルと言ったところだろう。

 触れれば弾かれるが、反射しているという訳では無い。なので安全圏から攻め続ければ、フォンセの魔力が持つか壁を形成する妖力が持つかの持久戦となる訳だ。

 基礎のエレメントしか使っていないフォンセはこのまま魔術を使い続けたとしても、一日は持続出来る筈である。順当に行けば、壁を破れなくとも隙は生み出せそうだ。


『ホホホ、甘い。甘いのう、娘。これはわらわの妖力を使った壁。無論、攻撃に転じる事も可能よ……』


「……!」


 次の瞬間、九尾の狐を覆っていた壁の一部が球体となって離れ、加速を付けてフォンセの方へ放たれた。

 魔術を止め、その場から飛び退くフォンセ。飛び退いたと同時に爆発が起き、直径数十メートルのクレーターが造り出された。


「妖力の塊を放出したのか……!」


『うむ、そうじゃ。何も妖力は防ぐ為だけのものではないからの。大砲のように放てば、それなりの威力が出る。ちょっとした爆弾じゃな』


 それはつまり、九尾の狐が展開している妖力の壁は相手の攻撃は当たらず、向こうが一方的に攻撃が出来るという事。

 其々(それぞれ)の九つの尾から妖力を放出し、自分の周囲を囲む妖力の壁。妖術を巧みに扱えるという九尾の狐ならば、その妖力をもちいて妖力の塊を多数放出し、操る細かい操作から、常に大きな壁を放出し続ける大胆な操作まで自由自在という事だ。


『さて、難度が上がったようじゃの。苦労させてすまぬのう……。何とか攻略するが良い』


「……っ」


 不敵に笑い、再び妖力の塊を壁から放出する九尾の狐。九つの塊は上下左右とあらゆる方向からフォンセを狙い、着弾すると同時に周囲を巻き込む爆発が起こる。

 数十メートル程度の爆発といっても、それが九つとなれば連鎖するような爆発で大きな被害となるだろう。


「"風の空間(ウィンド・スペース)"!」


 次々と放たれる妖力の塊を、風魔術で覆うフォンセ。風魔術に包まれた妖力の塊は内部で爆発し、風の壁と相殺した。

 爆風となった魔力と妖力は草原の草を吹き飛ばし、数百メートルのクレーターが造られた。


『ほら、まだまだ向かわせるぞ』

「ああ、幾らでも来い……!」

『ほう? 何かを企んでいるな……?』

「……さあ、どうだろうな? "サンダー"!」


 九尾の狐の対処法を考えず、正面から全ての攻撃を受け止めるつもりのフォンセを見、フォンセが何かを企んでいると推測する。

 対し、一瞬の間を置いた後で答えるフォンセ。九尾の狐ならばそこから何かあると分かってしまうかもしれない。なのでフォンセは答えつつ雷を放って牽制した。

 そう、今のままで九尾の狐の壁を砕くにはレイの剣が必要。つまり九尾の狐には隙が必要なのだ。

 フォンセが放った怒濤の魔術。それによって九尾の狐の注意はレイから逸れていた。このまま続ければ必ず九尾の狐に隙が生まれる。故に、隙が生まれるまで注意を引き続ける必要があった。


『まあさしずめ……先程から姿の見えぬもう一人の娘が何かをするんじゃろ? 今のままでこの妖力を打ち破るのはあの娘だけじゃからな』


「……」


 そして無論、九尾の狐にその事がバレていない筈がなかった。その事が分からぬ程に知能が低いのならば、島国で一度封印されるまでに幾つもの大国を滅ぼせる筈がないからだ。

 九つの尾を揺らし、フォンセの方向とは別の方へ妖力の塊を放つ九尾の狐。操作された複数の塊は駆ける一人の方へと向かった。


「ふふ、バレる事は分かっていたさ。貴様の注意が私から引く事が狙いだったんだ」


『……なに?』


 そして、裏の裏は当然考慮している。注意を引くという事は、何もレイから向けるだけではないのだから。

 レイとフォンセ。二人のどちらからだとしても注意を逸らせたのなら、チャンスはやって来る。それが今という事だ。


「つまり、こういう事だ。"落とし穴(ピット・フォール)"」


『む?』


 瞬間、フォンセが自分の足元に穴を造り出しそこから落下して九尾の狐の前から消えた。九尾の狐に隙が生まれた事で死角を突き姿を消したのだ。

 突然の行動に小首を傾げる九尾の狐だが何も分からず、一先ずはレイの方へ向けて放った妖力の塊に視線を向ける。妖力の精密な操作が必要なのか、細かい事は気にしている暇が無さそうである。


『まずは一人……』


 大きな爆音と共に熱と衝撃が伝わり、駆けていた影が消え去った。

 少し遅れて周囲に風が流れ込み、ザアザアと草原の草を揺らす。辺りには何とも言えない匂いが漂っていた。


『…………。……待てよ……風じゃと……? ……っ!? ま、まさか……!!』


 ──そして、少しの間を置き、何かに気付く九尾の狐。

 九尾の狐は今、妖力の壁を常に展開している。しかし何故か爆風による風が入り込んで来た。それはつまり、


「やあ!」

『くっ……小娘が……!?』


 展開していた壁に隙間が生まれ、壁の外に広がる世界と接触してしまったという事。

 掛け声と共に満月に照らされて銀色に輝く剣が振り下ろされ、九尾の狐の肉を抉った。それによって出血し、怯んだ事で一瞬囲んでいた壁が消え去る。


「"炎の光線(ファイア・レーザー)"!」


『ぐっ……!!』


 その瞬間、畳み掛けるよう放たれる炎の光線。一寸の乱れも無く直線上に放たれた炎は近くに居たレイを巻き込まず、九尾の狐のみを的確に貫いた。

 貫かれた九尾の狐は短く鳴き、しなるように飛び退いてレイ、フォンセから距離を取る。


『小娘共ォ……!! わらわの美しき身体を斬り付け、焼き貫くとは……!! 死ぬ覚悟は出来ておるんじゃろうなァ……!?』


「そんなもの、必要無い……!」

「ああ、ただ単に貴様を倒す事だけに集中しよう」


 牙を剥き出しにし、優雅で雅な事柄とは遠く掛け離れた形相で睨む九尾の狐。

 何故、どのようにしてレイが自分の側に来れたのかなど気にする事は無く、身体が傷付いた事のみを憤っていた。


 因みにフォンセとレイがどうやって九尾の狐の近くに来たのかという事だが、フォンセが土魔術で穴を造った後、レイの側に近寄り人形の土人形を作って土人形の影を九尾の狐に狙わせた。

 その後、フォンセが多数の魔術をぶつけた事で分かった妖力の配給が薄い場所をレイが斬り付けて隙間を生み出し、そのままそこを広げて侵入したという訳だ。


 それを説明させてくれる暇も無く、九尾の狐は九つの尾を一つに纏め、レイとフォンセに向けて多大なる妖力を放出した。

 妖力は瞬く間に集まり、九つの尾を一つに纏めた先端に集中される。其々(それぞれ)の尾から放つ妖力を一つにする事で大きな力を得るという事だ。


『骨一つも残さぬ……!! 散れ……!!』


 次の瞬間、巨大な妖力の塊が九尾の狐から放たれた。

 速度はそれ程では無く、音よりも遅い。しかし時速数百キロは出ている事だろう。地に当たれば数十キロは更地になり兼ねない妖力の塊。逃げてる暇は無く、レイとフォンセはそれに向けて構えた。


「フォンセ……行くよ……!!」

「ああ、構わん……!!」


 構えた瞬間に駆け出し、妖力の塊との距離を詰めるレイとフォンセ。レイは勇者の剣を握り締め、フォンセは魔力を身体中に込める。


「やあ!」

「"元素エレメント"!」


 数十メートルの所で止まり、四大エレメントを纏めた魔術を放出するフォンセ。レイは更に距離を詰め、森を切り裂く勇者の剣と一振りで草原の草を刈り尽くす天叢雲剣あまのむらくものつるぎを振るうった。

 周囲には爆音が響き、レイとフォンセ、九尾の狐は飲み込まれた。



*****



 空中にて爆散した妖力の塊。それに煽られつつ、多少の怪我は負ったものの無事であるレイ、フォンセと二人に受けた傷しか負っていない九尾の狐が互いを睨み合っていた。


「防いだよ……貴女の攻撃……!」

「次はお前だ、九尾の狐……!」


『煩わしい……煩わしい……! 腹立たしい!! 山も砕けぬあの程度の技を防いだ程度で良い気になるでない小娘がッ!! わらわはまだまだ多数の手を残しておる……!!』


「うん」「ああ」


「「知ってる」」


『…………ッッ!!』


 息ピッタリで返答するレイとフォンセ。九尾の狐の怒りは最高潮に到達し、九つの尾を荒々しく薙ぎ周囲の草を全て吹き飛ばした。

 そしてゆっくりと四肢を動かし、牙を剥き出しにして低く唸る、


『良かろう……ならば大国を滅ぼした九尾の狐の力……其方そなたらに特と披露してしんぜよう……!! その命、わらわの糧にしてくれる!!』


「さて、どうする? レイ?」

「うん……かなり大変そう……」

「同意だ」


 身体を傷付けられて憤怒を見せる九尾の狐を前に、レイとフォンセはため息を吐く。

 攻撃しなくては勝てないとはいえ、相手が本気になったらなったで危険度が何百倍にも膨れ上がるからだ。

 本気になった九尾の狐と警戒しながら構えるレイ、フォンセの戦闘がこの瞬間に開戦する。そして、魔物の国五番目の戦闘を行う主力である者たちが全員戦闘を実行したのだった。

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