四百十三話 二人のヴァンパイア
主力達が殆ど消え去った魔物の国の森にて、周囲には戦闘音だけが響き続けていた。
金属同士がぶつかる事で生じる金属音。翼の羽ばたきによる羽音。炎がパチパチと燃える音や、水が滴るような音。風の吹き抜ける音と土の砕ける音。
様々な音が奏でられているが、それは美しいものではなかった。戦闘によって響く音故に、者によれば恐怖対象になりうる音だろう。
「はあ!」
『『『…………』』』
レイピアを薙ぎ、剣を払って生物兵士を斬り付けるニュンフェ。同時に背後へ飛び退きつつ炎魔法をレイピアから放出して生物兵器を気化させる。
数人倒したくらいでは意味がない。まだまだ奥から近付く生物兵器、妖怪、魔物兵士達に向けてニュンフェは再び加速した。
『『『…………』』』
『『『ギャアアアァァァァッ!!!』』』
『掛かれェ!!』『囲めェ!!』『仕留めろォ!!』
無言の生物兵器。吠える魔物兵士。指示を出し合う妖怪達。者達は一斉に加速するニュンフェとの距離を詰め、武器や牙、爪を使って飛び掛かる。
「遅いです……!」
『『『…………ッ!!』』』
そして、一迅の旋風と共に通り過ぎたニュンフェによって斬り伏せられた。耐久力はあるが即座に再生しない魔物兵士と妖怪達は倒れ、再生して再び向かう生物兵器の兵士達は、
『ハッ!!』
上空を舞うドレイクよって放たれた紅蓮の炎によって、細胞一つ残らずに気化した。その炎を切り裂き、疾風の如く速度で瞬く間に兵士達を打ち倒して進むニュンフェ。
レイピアを振るい、突き刺し、遠方の者には弓矢を放つ。それに加え、魔法を生物兵器に放ち行く。数十、数百の兵士達は片付けた事だろう。しかしその数は更に増え、ニュンフェを圧迫していた。空を飛ぶドレイクには銃や矢が放たれ、それをいなすがこのままでは二人の疲労がピークに達してしまいそうである。
『他の者たちが何処かに消えたかと思った矢先、敵の兵士達が湧いて出てきたな……。俺は兵士達としか戦っていない気がするぞ』
「ええ。ドレイクさんの相手云々はよく分かりませんが、敵が多いのは厄介ですね……皆様は心配ないと思いますが、些か不安はあります」
ニュンフェの近くにドレイクが降り立ち、着地の衝撃で小さな砂埃を舞い上げる。
そんなドレイクを見たニュンフェが同意するように頷き、近寄って来る兵士達に構え直す。
此処からは見えないライたちの姿。ニュンフェとドレイクも信頼はしているが、何処に居るかは分からないので少々不安なのだろう。
しかし会話し続ける暇もなく、既に眼前へと迫り来ていた兵士達が武器を構える。一斉に剣が振り下ろされ、槍で突かれる。猛々しく吠える魔物の爪と牙が肉迫し、妖怪達が飛び掛かった。
「しかし、余計な事を考えていても意味がありませんか……!」
『うむ。今優先すべき相手はこの者達だからな』
ニュンフェがレイピアを薙いで剣と槍、爪と牙を弾き、ドレイクが身体を使って突進して敵を吹き飛ばす。
心配ではあるが問題無いと考えている。ならば気にせず、目の前の兵士達を打ち倒す事が良いだろう。
元の星にて、ニュンフェとドレイクは敵の兵士達を相手取っていた。
*****
月の光も届かぬ宵闇の空間にて、ヒュウ。と一迅の風が吹く。ザアザアと闇に染まった草花が揺れ、エマとブラッドの身体を撫でた。
此処は新月である夜の草原。微かに虚ろう星の光のみが視界に差し込む明かりだが、元々闇を生きるこの二人には関係無いだろう。こんな空間だとしても、確かに全ての位置を把握している筈だからだ。
「嗚呼、愛しき同士よ。ようやく二人っきりになれた。これを定めた天命と九尾の粋な計らいに感謝しよう。さあ、今直ぐにでも子を設けようではないか!」
「断る。やれやれ……何故こんな奴と二人だけなんだ。九尾の狐の奴、余計な事をしてくれたものだな。こんな自分の願望、欲望を隠すつもりも無い奴。非常に不愉快だ。今直ぐ日の下に出るか心臓に杭を打ち付けられれば良いものを」
エマと二人になれた事で歓喜の意を示すブラッド。対し、エマは痛そうな頭を抱えつつ深いため息を吐く。ヴァンパイアは頭痛程度で痛みを感じないのだが、それ程までに面倒と感じ、相手にしたくないと思っているのだろう。事実、ブラッドはエマに対して下心を隠していない。
「フッフッフ、そのキツイ言葉。愛情表現と見ておこう。嗚呼。その声、その表情、実に良い。素晴らしい美しさだ」
「気色悪い……さっさと来い。……いや、面倒だ。私から行くか……」
「おお……来るなら来い! 俺の胸に目掛けて、さあ! 全てを受け止めてやろう!」
「ああ、飛び込んでやるさ……貴様の顔面目掛けてな?」
不敵に笑い、大地を踏み砕いて加速するエマ。少し苛立ちの気配も見えるが、幾分冷静さは失っていないようだ。
瞬く間にブラッドとの距離を詰め、苛立ちを力に乗せた拳を放つ。
「ハァ!!」
かなりの力を込めた拳。それはブラッドの頬を直撃し、殴られたブラッドは草花を散らしながら吹き飛ぶ。
その衝撃は遅れて砂を巻き上げ、遠方の地に擦るように停止した。
「良いぞ、良い拳だ! その拳に秘められた力こそが俺への愛情!」
「そんな訳無いだろう!」
傷付いた頬を再生しつつ立ち上がるブラッドに向けて、腹部に蹴りを放つエマ。流石にブラッドがしつこ過ぎるあまり、かなり気が立っているようだ。
蹴られたブラッドは吐血してまた吹き飛び、エマによってエマから距離を取らされる。
「ハッハッハ! ……さて、俺は同士の拳や脚ならば幾ら受けても構わないと思っているが、それだと勝負にならないな。非常に遺憾だが、俺も戦闘をしなくてはならねえな」
「ふん、やっと真面目になったか。ふざけている暇があったらさっさと真面目になれば良かったものの」
「ハッハ、それも天命。エマ。お前と俺が結ばれるのは運命だが……」
「そんな訳無いと言っているだろ! 馬鹿な事を抜かすな!」
「……俺とお前が戦闘を行うのは天命だ。避けては通れない道。嗚呼、天命に従うのも辛いものだな」
ピシャリと言い放つエマの言葉に聞く耳持たず、残念そうに肩を落とすブラッドは次の瞬間、赤く鋭い目を見開く。同時に冷たい風が吹き抜け、ブラッドの髪と衣服を揺らした。
明らかに雰囲気が変わるブラッド。ヴァンパイア特有の威圧感を醸し出し、新月の下で構えを取る。
「ようやくまともな戦いになりそうだ」
「恋心は消えないが、容赦はしない。愛あるからこそ、全力で挑もう」
「私には微塵も無いが、純粋に嫌悪感がある。御託は良い。さっさと来い」
「なら、行かせて貰うか……!」
クイッと掌を返し、ブラッドを挑発するように誘うエマ。
それに反応を示すようブラッドは一歩踏み込み、闇夜に紛れて加速しながらエマに迫る。常人ならば目視出来ない程に姿が紛れているが、同じヴァンパイアのエマならば見切る事は容易い。肉迫するブラッドを前に、体勢を整えて構える。
「ラァ!!」
「ハッ!!」
互いに放ったのは掌。それが掌底打ちのようになってぶつかり、余波が広がり草花を大きく揺らす衝撃を起こす。幾つかの草花は衝撃に巻かれて消えた。
刹那に体勢を変え、互いに蹴りを放つ二人。撓やかな脚同士がぶつかり、エマとブラッドを弾くように離した。距離が置かれた状態で大地を蹴り、直進して迫り行く。そのまま取っ組み合うような形となって停止し、互いを押して距離を置く。
「……。……おお、何て柔らかく肌触りの良い手なんだ……一生触っていられる柔らかさだった」
「……。真面目になったと思ったんだが、検討違いだったか……。少し戦闘を行ったら元通りだ」
「フッフ。なに、真面目も真面目、大真面目だ。しかし矢張、好いている者に触れると興奮を覚えてしまう。嗚呼……なんて罪な女性だ、エマ・ルージュ」
「勝手に罪人にするな。人を殺した事もあるが、それは私が生きる為だ。生まれてこの方、悪意を持って罪を犯した事はない」
真面目な戦闘になった直ぐ後、相変わらずの性格で話すブラッドに対し呆れるエマ。
ようやく始まった戦闘も数撃で中断され、再び痛そうな頭を抱える。物理的に痛いのでは無く、ストレスが痛みを与えているのだろう。ヴァンパイアのエマですらそうなってしまうのは、流石ブラッドというべきか馬鹿な奴というべきか悩みどころである。
エマはもう一度ため息を吐き、哀れなものを見るような目付きでブラッドを見つつ尋ねる。
「……。貴様、今一度問うが……真面目に戦うつもりはあるのか? 身体が触れる度に一々反応を示されては、此方としても戦い難い。一噌の事反応を示しても無視して攻撃を続けた方が良さそうだ」
「ああ、それでも構わないさ同士よ。これは俺が勝手に反応を示しているだけ。天命でも何でもない。しかしそれを待ってくれるというのは、同士には優しさがあるからだ。優しく可憐な女性。見た目も素晴らしい。これ程までの女性が他に居るか? いや、居ないだろう!」
「勝手に話を進めて勝手に自己完結するな。しかし分かった、ならば次からは何の反応を示しても無視する」
「ハッハ。そう、それで良い。それでこそ、」
刹那、エマがブラッドとの距離を詰め、拳をブラッドの顔面目掛けて放った。ブラッドはそれを躱し、躱した方向にエマが蹴りを放つ。軽く跳躍して背後に飛び退き、フッと笑うブラッド。
「有言実行か。もう俺の相手はしてくれないのだな、エマ?」
「ハァ!!」
闇が覆う新月の星空が雲に隠れ、ブラッド目掛けて霆が降り注ぐ。ブラッドの身体は感電し、霆が消えた瞬間には所々が焦げ、赤黒い肉が見える傷が作られる。
肉の焼けるような匂いが鼻腔に刺さり、血によって生まれる鉄の匂いが辺りに漂う。
「答えは行動で示したか。ハッハ、それでこそ冷徹なヴァンパイアだ。相手が命乞いしようと、子供だろうと容赦はしない。それこそ、ヴァンパイアの在り方だ!」
「……!」
再生しつつ話すブラッド。その言葉に、エマの脳内にはかつての記憶が蘇る。それはエマが他人と関わらず過ごして居た時、多くの人間を襲った記憶。
「フッ、やはり再生力は高いか。何とも厄介だな……」
「……? なんか、さっきまでと様子が違うな。まあ良いか。反応を示してくれた、それだけで満足だ」
記憶を押し込み、ブラッドに向けて話し掛ける事で気を紛らすエマ。生きる為に仕方のない事だが、同じような言葉を交わし知能を持つ生き物を殺す事には少々躊躇いも生じる。それを噛み殺して相手を物理的に噛み殺す。それがヴァンパイアの在り方。余計な事は考えず、ブラッドに向けて駆け出した。
「ハァッ!!」
「……!」
右の拳を叩き込み、ブラッドの頬を打つ。次いで顎に左のアッパーカット。そして相手を引っ掻けるような右のフックを頭に叩き、足を軸に回転して回し蹴りを放つ。
吹き飛ばす程の威力は無いが、恐らくそれは手数を増やす為だろう。吹き飛ばしたとしても即座に再生してしまうヴァンパイア。なので手数を増やし、再生の速度を落としているのだ。
「くたばれ……ヴァンパイア!!」
「……っと、それは同士、お前もだろ!」
腹部に蹴りを突き刺し、そのまま腹部を足場に跳躍して踵落とし。前のめりになったブラッドの顎を蹴り上げて強制的に姿勢を戻させる。そこで力を込め、大地を踏み砕く勢いで加速して全体重を速度と拳に乗せてストレートを放った。
力強いそれを受けたブラッドは吹き飛び、先程の霆が吹き飛ぶブラッドを狙い打つ。爆音と共に轟いた霆によって大地は砕け、黒く煤に汚れたブラッドが立ち竦んでいた。
「ハッハ、良いぞ同士。痛みは無いが、自由を奪われた気持ちになった。相手に全ての攻撃を許すという事はあまりいい気分ではないな」
「不死身の吸血鬼。自分では思わなかったが、成る程。敵に回すとかなり厄介だ。常人ならば致命傷になりうる攻撃を仕掛けても即座に再生する。それに加え、この場は新月。私たちの力が最高潮に達する夜。面倒極まりないな」
攻撃を受けた箇所から再生するブラッドを見たエマは、我ながら面倒なものだと自嘲するような笑みを浮かべる。
不死身の生物兵器達は同士討ちをさせたので分からなかったが、不死身を相手にするというのはこれ程までの労力を要するのだと初めて分かったようだ。
「一つ、学習した。今度からは私を相手にする敵へ同情を与えるとしよう。こんな生物を打ち倒さなければならないとはな」
「こんな生物って、それは自分もだろ?」
「ああ、何なら……多くの生き物に憎まれる私たちなど、生まれて来なければ良かったのかもしれないな」
スッと目を細め、微笑を浮かべて話すエマは先程蘇った記憶から、何故か自虐的になっているようだった。
先程の連打といい、エマらしからぬ冷静さに欠けた攻撃だった。
「……。ハッ! さっきから様子がおかしいぜ同士? そんな同士も好きだが、何か苦い記憶でも思い出したか!?」
流石のブラッドもそれに気付き、小首を傾げて尋ねる。エマはブラッドを一瞥し、フッと小さく笑った。
「さあ、知らないな。そして一つ言おう。私は貴様が生理的に無理だと」
「それでこそ同士だ。簡単に堕ちるのは尻軽くらいだからな。俺はお前を落とすぜ?」
「なら、私も貴様を落とそう。二度と這い上がれぬ奈落の底へとな」
力を込め直し、ブラッドに構えるエマ。今も何か妙な違和感はある様子だが、余計な事を考えていては先に進まない。先程と同様思考を切り替え、美麗な金髪を靡かせる。
元の星で兵士達を相手取るニュンフェとドレイクの過ごす時と同時刻、エマとブラッド。二人のヴァンパイアによる新月の戦闘は始まりを迎えた。




