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四百十話 魔物の国・五匹目の幹部

 ──その刹那、『月が消えた』。


「……!?」


 巨大な生き物が現れた瞬間、突如として消滅した月。ライたちは目を見開いて二度見し、その巨大な影に視線を向ける。

 見れば月は消えていなかった。夜空を"塞ぐ"何かが月の"障害"となり、消えたと錯覚したのだ。しかし美しかった月は闇に覆われ、結果として雲に飲み込まれて消え去る。雲の上で輝いているのだろうが、地上からすれば辺りには宵闇が包み込んでいた。

 今にも雨が降りそうな暗雲。しかし雨が降る事は無いだろう。何故ならこの巨大な生物は雨を、命を奪う者なのだから。


「……。見たところ、アンタが次の幹部か。幹部は残り僅かになったけど、成る程。かなりの強さを秘めていると理解出来る」


 空から視線を移したライたち。ヴァイスを始めとして数人数匹。空を塞いだ障害は口を開く。


『ああ。俺が魔物の国、五番目の幹部。"ヴリトラ"だ。遂に此処まで来たか、侵略者』



 ──"ヴリトラ"とは、生きとし生ける全ての生物を憎む蛇である。


 その名は"宇宙を塞ぐ者"や"障害"の意を持ち、その名の通りかつて全ての川を塞き止め太陽の障害となって地上に飢餓を起こし、雨を奪って干魃かんばつを起こしたと謂われている。


 そしてヴリトラは死ぬ事が無く、幾ら倒せど一年ごとに蘇るとも謂われている。


 宇宙を塞ぐ障害にして全ての生き物を憎む自然災害の具現化。それがヴリトラだ。



「ヴリトラ……。ハハ、本では見た事があるな。いや、この世界には神話を生きた者が多く居る。それが本になっているんだ。世界を破滅に陥れようとしたアンタが魔物の国五番目の幹部か」


『ああ。俺は幹部の中でも一、二を争う実力者だ。簡単には終わらないから気を付けな』


「余裕があるな。それ程自分の力に自信があるって事か」


『フッ。これでも卑下している方だ。全ての生き物を嫌っている俺がこの場に居る他の生き物を見下していないのだからな』


 全てを見下すような目付きで高圧的に笑い、細長い身体を揺らすヴリトラ。ただ笑ってるだけのように見えるそれは、息をすれば飲み込まれてしまいそうな威圧感があった。

 動くだけ、もしくは止まったままで威圧感があるというのは殆どの幹部にも当て嵌まる事であるが、ヴリトラの場合は威圧感のベクトルが違う。吸い込まれそうな圧力はあるが、その奥に深い闇を感じた。

 生きる全ての生物を憎むと謂われるヴリトラだからこそ、ライたちには計り知れない闇を抱えているのだろう。


「ハッ、随分と傲慢ごうまんな発言だな。しかしまあ、何でアンタが全ての生き物を憎んでいるのか分からねえ。なんでなんだ?」


『さあ、それは俺にも分からん。とある悪神に創られた俺だが、その悪神が何かしたんだろう。憎んでいるが、同じ幹部の奴らや同盟を組んでいる他の奴らとは普通に話せている。多分あれだ、お前達が生まれた瞬間に呼吸するのと同じように、全ての生物を憎み続けるのが俺の在り方なのだろう』


「へえ。恨みは無く、ただ単に憎いだけか。よく知らないのにこの世の全てが憎いんだな」


 ヴリトラは全ての生き物を憎んだ末に飢餓と干魃かんばつを引き起こして地上の生物を苦しめたと謂われている。

 それは確かに自分の意思で行った事なのだが、何故全ての生物を憎み続けるのがはヴリトラ自身が理解していないようだ。


「さて、自己紹介も終わったかな? 物事に置いて相手を知るというのは大切な事だからね。それがこれから敵対する者同士だとしてもだ。相手を知る事で何か得られる情報があるかもしれない。相手の性格を操る事で自分にとって都合の良い方向へ運べるかもしれない。何より、自己紹介というものは礼儀作法の一つだからね」


「『…………』」


 割って入るよう、ライとヴリトラに話すヴァイスは、挨拶や自己紹介などを礼儀作法と述べる。確かにその通りだが、それを今言う必要があるか疑問だった。

 恐らくただ、会話を中断するのが目的だったのだろう。敵の主力とライたちが出合ったのならば、やる事はただ一つ。なので先を促すのが目的なのだ。


「という事で、早速始めるとしよう。一応君達を倒すつもりだけど、勝てないのならそれでも良い。兎に角長話は終わりという訳だ」


「……。アンタの方が長話をしている気がするけどな、ヴァイス?」


「フフ、簡潔に纏めるのはどうも苦手でね。述べたい事が多過ぎるんだ。今度からは簡潔に纏める努力をしよう。努力は必ずしも成功には繋がらないから、結局長々と語ってしまいそうだ」


「それが今だな。長々と語るのはいい。俺たちは既に体勢は整えているぞ?」


 引っ込めた魔王の力を内側に引き出し、魔王(元)には意識を貸さず力を上げるライ。ヴリトラに覆われた事で生じた闇よりも暗く黒い渦がライの身体から放出し、血がたぎって力が溢れる。

 その後ろではレイが剣を構え、エマが構えを取る。フォンセが魔力を纏い、リヤンが幻獣・魔物の力を纏った。

 そしてニュンフェはレイピアを取り出して構え、孫悟空が如意金箍棒にょいきんこぼうを振り回す。ドレイクが翼を広げて天を舞い、ライたちは全員が迎え撃つ体勢に入っていた。


「よし、ならば私たちも相応の力を使うとしよう。兵士達も含め、数は私たちの方が遥かに多いからね」


『さて、全ての憎しみを奴らにぶつけるとするか』


「出会って直ぐに戦闘。嗚呼、愛しき同士エマ・ルージュ。貴女への思いが伝わらず敵対せざるを得ないのはこれも天命か……」


『ホホホ、恋多き吸血鬼とな。恋とは懐かしいのう。わらわもかつてはこの美貌と誰もが求める肉体を使い、数多の男を手玉に取ったわ……』


 如意金箍棒にょいきんこぼうを取り出し、クルクルと回転させて構えるヴァイス。続き、月を覆ったヴリトラがうねり、雲で空を塞ぎながらライたちに構える。

 ブラッドは目の前の敵よりもエマの事ばかりを考えており、九尾の狐こと玉藻たまもまえはコロコロと優雅に笑いながら本来の姿を顕現させる。


「さて、さっさと倒すのは無理だとしても、取り敢えず倒して支配者への道をまた一つ進めるか……」


 一歩踏み込み、光の速度を超えるライ。同時に森が大きく揺れ、上空の雲が全て晴れて消え去った。下方に衝撃を逃がすのでは無く、上方へと向ける事で衝撃を消し去ったのだ。

 ライの踏み込みにより、ライたちと魔物の国五番目の主力の戦闘が今始まりを告げた。



*****



 ──"魔物の国・支配者の街"。


「なんやかんや、魔物の国と僕たちの主力は残り僅かになっちゃったけど、今回向かったヴァイスたちがやられたらどうするの?」


 魔物の国支配者の街にある建物にて、壁にもたれつつ人化した状態の幹部のリーダーを見やるグラオが尋ねる。

 今回の魔物の国の主力達がまだ完全な本気では無く、ライたちの力を見極めるのが目的という事は理解しているグラオだが、何故か小首を傾げながら答えが確定している疑問をぶつけのだ。

 人化したままで宵闇の景色を眺めていた幹部のリーダーは訝しげな表情をし、此方も小首を傾げて聞き返した。


「何をも何も、当然我らが向かうだろう。そう簡単にやられる器では無いが、敗れる可能性は高い。他の者たちが言うに、奴らのリーダーは全力を出していないらしいからな。自身の力が常に成長しており、魔王の力は最大でも七割までしか使っていないと聞く。幾らヴリトラと言えど、負ける可能性の方が高いだろう」


 何でもないように、自分たちの仲間が敗北すると告げるリーダー。グラオはフッと笑い、もたれた背を壁から離してリーダーの元に近付き、覗き込むように顔を近付けて言葉をつづった。


「そう、それだよそれ。それが気になったんだ。何故味方が敗北する事を前提とし、勝つつもりなんか無いように振る舞っているのか。それが気になったんだ。君たちが起こそうと目論んでいる"終末の日(ラグナロク)"の為に力を温存しつつ、参加させる予定のライを観察するのは分かる。けど、だからといって負けるのを前提というのは僕の意思に反する」


「……。つまり、どういう事だ? イマイチ話の内容が分からぬ。グラオ殿が敗北前提の戦闘が気に食わぬ事は理解した。となると、どういう事であるか?」


 淡々と綴るグラオに対し、小首を傾げながら尋ねる幹部のリーダー。

 グラオは今の作戦が気に入らない。そこは理解した。しかし、グラオの考えが読めない。

 フッと笑い、顔を離すグラオは一度下がり、ステップを踏むように振り返って笑う。


「だから次の戦い、僕は降ろさせて貰う。君たちが何をするつもりなのか、しっかりとこの目で見極めたいからね」


「……ほう?」


 次の戦いを降りると告げたグラオ。グラオの性格から、それは珍しき事であると数週間しか共にしていないリーダーですら分かった。

 何より、今回ヴァイス達の中でリーダーを勤めるヴァイス本人が向かったという事は少なくともヴァイスはグラオを最後の刺客として残していた事が窺える。

 当の本人もそのつもりでいた筈だ。しかし断った。自分は参加しないと、ハッキリその口で告げた。


「……。私は別に構わぬ。敗北が前提の戦いにて、無理強いする必要も無いからな。しかし、良いのか? ヴァイス殿たちに告げなくとも」


「うん。彼らなら分かってくれるだろうからね。まあ最も、ヴァイスも目的の為なら手段は選ばない性格だし……今、僕が参加するかどうかは関係無い事だよ。優秀な生き物の選別。それは勝っても負けても分かる事だからね。だから僕は様子見をする」


 再び壁に背をもたれ、ケラケラと軽薄に笑うグラオ。

 そんなグラオの言うヴァイスの目的、優秀な生き物を選別し生き易い世の中を創造する事。その為に手段を選ばないというのは、生物兵器を創り出したりレヴィアタンとベヒモスを眠りから起こした時点で明らか。

 それらによって相手が優秀と分かるのならば、負けても構わないと言うのがヴァイスの考えである。つまり、本腰を入れて取り掛かるのなら勝つつもりで行くが今の段階では勝ちに行く必要は無いとの事。


「それが参加しないという理由か。参加の有無には全く関係無いように思えるが。気紛れと見ても良いか?」


「ハハ、良いよ。僕は気が向いたら動くからね。参加しない一番の理由は気紛れだね」


「そうか。ならばそういう事にして置こう。神の考えというものを理解しろという方が難解なものだ」


「それで良いさ。色々探られるのはいい気分じゃないからね」


 ヴァイスは基本的に魔物の国と似たような考えだが、グラオが様子見をする理由にはならなそうである。しかし深く追及しても意味が無いので、ただの気紛れという事にして置く魔物のリーダー。グラオもそれで構わなさそうだ。


「して、ヴァイス殿は此処にらぬが……話し合いはどうする? 殆どの事は話したつもりだが、知らぬ事は多々ある。まあ、今の時刻的に会議を行うのはおかしいがな」


「そうだね。なら、リーダー代理を勤めて僕が話し合いを進行しよう。そもそも、君たちのボスである支配者や百鬼夜行の主であるぬらりひょんが参加していないのに、僕たちのリーダーであるヴァイスが参加していたというのはおかしな事なんだ。話すだけなら僕たちで十分だからね。寧ろ今は……あまり睡眠を必要としない僕たち二人だけでも良さそうだ」


「そうか。ならば先を進めよう。魔王の情報も多少は集まりつつある。纏める時間も必要だ」


 開いた窓から秋の風が入り込む。二人の髪と衣服が揺れ、外から入り込んできた砂埃が空中を漂う。

 時刻は夜更け。大抵のものは寝静まっているが、混沌を司る原初の神であるグラオと此処に居る魔物のリーダーは基本的に睡眠を必要としていない。

 ライたちの戦闘が始まった夜更け、魔物の国支配者の街では互いの組織に置いて最強を謳われる二人の話し合いが始まった。

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