四百九話 レイとフォンセの模擬戦
「どちらから向かう……?」
「……先で良いぞ、レイ。剣は先に向かう方が有利だと思うからな」
「そう? けど、だったら遠慮無く……!」
鞘に納めた状態の剣を握ったレイは踏み込み、フォンセに向けて駆け出した。
一方のフォンセは魔力を込め、宇宙に存在するエレメントに干渉する。戦闘というものは、基本的に先に仕掛けた方が有利に運べる。早い段階で自分のペースに相手を誘導出来れば勝利したも同然だ。
しかし、魔術は元々近距離用の戦闘方法では無い。近距離ならば剣相手に不利だが、遠距離からの攻撃はリーチの差から優位に運べる。レイの攻撃とフォンセのカウンター。それらを都合良く運ぶのが二人の勝利の鍵となるだろう。
「やあ!」
「"土の壁"!」
加速と同時に距離を詰め、速度に重さを乗せて放たれた勇者の剣。対してフォンセは土の壁を造り出し、それを受け止める。金属音のような音が響き、周囲には火花が散った。岩よりも硬い壁にぶつかったレイの剣は弾かれ、レイの手に剣から伝った痺れが走る。
レイの一撃に対して放たれたのは守護を目的とした壁という事から、両者ともに先ずは様子見のようだ。
弾かれたレイは飛び退き、フォンセから距離を取る。フォンセはそれを狙い、刹那に土の壁を消し去って魔力を込めた。
「"炎"!」
「……!」
鞘に納まった状態の剣を構えるレイに放たれた炎魔術。レイは炎に包まれ、フォンセの視界から姿が消える。
傍から見れば炎によって骨も残らず焼き尽くされたように見えるが、次の瞬間に放たれた斬撃によってそれは無いと断定される。
「はあ!」
「……っと」
正面からやって来る、飛ぶ斬撃。フォンセは横に逸れてそれを躱し、軽いステップを踏むようにレイを見やる。炎が消え、姿を現したレイは笑っていた。
「アハハ……、魔術師相手に距離を取るのは間違いだったね。お陰で死角から斬撃は放てたけど、簡単に躱されちゃった……」
「ふふ、私も油断していた。そう言えば、レイは剣士ながらも遠距離に対応出来るんだったな……。レイのみならず、力のある剣士は皆そうだった」
レイに釣られ、フォンセも笑みを浮かべる。これは模擬戦。レイの力を引き出す以外にも互いに戦い方を学び、敵の剣士や魔法使い・魔術師の対策を見出だすべき為のものでもある。なので自分の駄目なところを見直し、次に生かすのも学ぶべき事という訳だ。
「まだ距離はあるな……"風"!」
「……!」
風魔術によって生じた突風が吹き抜け、レイが怯む。風によって髪が靡く。それだけならば怯む理由にはならないが、風の影響で目の水分が乾かされ、一瞬の瞬きと共に思わず目を綴じてしまった。
戦闘に置いて、一瞬の隙は命取りとなる。フォンセはその隙を見逃さず、続いて魔力を込める。
「"水"!」
「……ッ!」
勢いよく放出される水魔術。それを受けたレイは吹き飛ばされて背後の木に叩き付けられ、肺から空気が漏れる。収まると同時に膝を着き、咳き込みを見せた。
「まだまだ行くぞ! "土の槌"」
「……! やああっ!!」
土魔術を先端が平らな細長い岩に変化させ、数十のそれを蛇のようにうねらせながら放つフォンセ。対し、森を断つ斬撃を用いてそれらを斬り防ぐレイ。
正面から来るものは縦に切り裂いて反らし、左右から来るものは刀身を用いて弾く。上下から来るものはその場から離れて避け、上下の土をぶつけて相殺させる。そして避けると同時にフォンセの元に駆け出した。
「ハッ!」
「っと、素早いな。流石だ」
瞬く間に詰め寄り、剣を突く。フォンセはそれを躱し、次いでレイは剣を横に薙ぐ。跳躍して剣を避け、空中にて魔力を込めるフォンセ。
「"雷"!」
「……!」
同時に霆か降り注ぎ、勇者の剣でそれを防ぐ。霆に触れては消し去り、触れては消し去りを繰り返す。身体が殆ど常人と同じであるレイは雷一つを受けるだけで大ダメージを負ってしまう。なので何とかそれを防いでいるのだ。
しかし辛うじてとはいえ、雷速で降り注ぐ霆に反応出来るレイが常人というには少々差違があるかもしれない。
「……ッ、やあ!」
「そう来たか……!」
自分に向かって降り注いだ霆を躱し、近くの木へと跳躍して木を踏みつける。その反動で更に高く飛び、フォンセとの距離を詰めるレイ。同時に剣を振り抜き、フォンセがそれを躱した隙を突いて鞘を使い、フォンセに叩き付けて空中から引き摺り落とした。
「……ッ、鞘も武器になるか……!」
「うん……!」
全身に打撃を受けながらも下方にて構えるフォンセ。レイは重力に伴って落下しつつ、フォンセに向けて剣を振るう。
そして二人は同じ場所にて激突し、数十メートルの範囲を衝撃のみで吹き飛ばした。砂塵が辺りに舞い上がり、外野でそれを見ているライたちの視界が見えなくなる。次の刹那に砂塵は消し飛び、二人の姿が明らかとなる。
「……」
「……」
フォンセの喉元に剣尖を突き立てるレイと、レイの顔に四大エレメントを纏ったフォンセの姿が、だ。
「……。引き分け、かな?」
「互いに一撃ずつで、互いに相手を追い詰めた……。ああ、引き分けだな」
剣を鞘に納め、フォンセに尋ねるレイ。フォンセは魔力を消散させ、その質問に答えた。
これは悪魔で模擬戦。レイの力について、何かヒントとなる事があったかは不明だが、二人の戦いは引き分けとなったようだ。
*****
「……で、どうだ? 何か掴めたか?」
「うーん……どうだろう……。本気じゃない戦いだったからね。一応当たれば大怪我させちゃう事は覚悟して挑んだけど……」
「ああ、私も本気では無いが大怪我させるつもりでいた。当たれば致命的なダメージを負う技を多くしたからな。しかし、レイはレイが思うよりも強いぞ。私が保証する」
「えへへ。ありがと、フォンセ。フォンセも強かったよ」
「ふふ、そうか。互いに有意義な戦闘だったらしい」
模擬戦を終え、互いの事を話し合うレイとフォンセ。この戦いはレイの力を引き出すのが目的。しかしフォンセは魔王の力を使わなかった。使えば最後、この森のみならず惑星が消滅してしまう事は確定だからだ。
実践に近い形での戦闘なので、レイの経験にはなったのだろうがイマイチ勇者の力について掴めていなさそうである。
「お疲れ様、レイ。どうだった?」
「うーん……。戦闘自体はとても為になったし、学ぶ事は多かったかな。けど、フォンセにも言ったようにどうか分からないな。元々ご先祖様について知ってる事は本とか御伽噺で読んだり、お祖父ちゃん聞いた程度だし……もっと勇者に詳しくならないといけないのかな」
戦闘が終わったのを見計らって近付いてきたライの言葉に対し、どっち付かずの意見を返すレイ。
勇者としての力の有無を差し置いても、レイ自身が勇者に詳しいという訳では無い。それもあって自分は上手く扱えないのだろうとライに話した。
知らないものを説明しろと言われても無理なのが当然の事。しかし祖先の事ならばフォンセとリヤンも詳しく知らないのだろうが、二人は扱えている。考えれば考える程に謎が深まるとはどういう事か。いや、それが普通なのだろう。
かつて勇者、魔王、神が存在した時代から数千年。この場に居る者の中では、エマと孫悟空、そしてライに宿る魔王しかその時代を知る者は居ない。
「言われてみれば、私もご先祖様に詳しい訳じゃないかな……。この世界を創ったって言うけど、本人に会った事が無いから……」
「私は……まあ一応ライによって会った事はあるな。飄々とした奴が先祖っぽかった」
「数千年も隔てば性格も大きく変わるって事だね。私のご先祖様はどんな性格だったんだろう……」
各々で話す、先祖が伝説になっている三娘。
確かにレイたちからすれば不確かで少な過ぎる情報しか無いので先祖の事が気になるのだろう。自然と三人の視線がライ、エマ、孫悟空の方を向き、フッとした微笑を浮かべるエマと孫悟空はレイたちの方に向けて返す。
「そうだな……勇者の奴は結構明るい奴だった。魔王は会った事は無いが、悪い噂はこれでもかと言う程聞いた事がある。詳しくは知らないがな。神は……まあ、私のような木っ端吸血鬼が会えるような存在では無かったな。昔から天界で神仏を勤める斉天大聖の方が詳しいだろう」
『ま、確かに俺も下界で噂になっていた勇者や魔王。そして天界の最上位の場所に居た神の事は耳に入ってきていた。神の事なら俺の方が詳しいだろう。だが、今聞きたいのは勇者の事。勇者なら、俺よりも詳しい奴が居るじゃねえか』
そして二人とレイたちの視線は、その世界で伝説となっている本人を宿すライに向けられる。
見つめられ、苦笑を浮かべるライはレイたちに向けて口を開いて提案をする。
「ハハ、確かに気になるな。じゃあ、一時的にこの世に顕現化させるか?」
【お、外の世界に出られんのか? 夜更けから景気が良いなオイ! だったらいっちょ、俺の可愛い子孫に噛ましてみっか!】
(何をだよ。身体を貸すけど、余計な事はするなよ? 孫悟空は味方だけど、イマイチ分からないところもあるからな。孫悟空に限らず、魔王ってのは危険人物なんだからな。リヤンとニュンフェやドレイクは初御披露目だし、くれぐれも言動には気を付けるように!)
【テメェは俺の親か。けどまあ、分かった分かった。さっさと出してくれよ】
(本当に分かってんのかね、コイツは)
呆れたように言い、魔王に身を委ねるライ。何時ものように纏うのでは無く、今回は魔王を外の世界に出すのが目的。漆黒の渦を己の身体から放出し、纏まったところで精神を魔王に譲った。
「……。ライ……さん?」
魔王との会話から少し無言のライ。ニュンフェは怪訝そうな顔をしており、ライの出方を窺う。レイたちもライを見ており、雰囲気が変わったと確かに分かった様子のライが口を開いた。
【よう。久々だな、勇者の子孫に魔王の子孫とヴァンパイア。確か、神の子孫とは初対面か? いや、会ってるって言う括りならコイツの力を見せた時点で全員と会ってるな。で、テメェらがエルフにドラゴンの息子。そして斉天大聖サマか。クク、豪勢な方々が勢揃いって訳だ】
「……!?」
『『…………』』
ライの見た目で話す、ライとは全く違った性格の者。ニュンフェ、ドレイク、孫悟空は即座に理解した。今現れた者こそ、かつて世界を支配していた魔王だという事を。
「……貴方が魔王ですか。私はナトゥーラ・ニュンフェ。宜しく御願い致します」
【おう、宜しくな。クク、中々イカした見た目じゃねェか。エルフってのは昔から容姿端麗。どうだ、今から人目の付かねェ所で楽しまねェか?】
「……っ。ライさんの見た目でその様に品の無い事を言わないで下さい……!」
【品の無い? クク、ナニを想像したか知らねェが、俺ァ品のねェ事なんか一言も……「言動に気を付けろって言ったろ!」……チッ、しゃーねー。悪かったな、エルフ】
エルフに対する魔王の態度を見、ライが内側から叱り付ける。本当の身体の持ち主には流石に精神だけで勝てない魔王は渋々ニュンフェへ謝罪を行った。
『御初に御目に掛かる。お前が魔王か。噂通り品の無い、己の為だけに生きている者のようだ』
【ククク……いきなりヒデー言い様だ。テメェのクソ親父を彷彿とさせやがる。アイツは今も性懲りもなく生きているのか?】
『フッ、我が父を気に掛けるとはな。今も元気でやっている』
【ハッ、そうかよ。長寿の種族って聞いていたが、化け物だな、ありゃ。後、一つ言っておく。俺は別に気に掛けた訳じゃねェって事だけは忘れるな】
『ああ、そういう事にしておこう』
ニュンフェと変わり、ドレイクは優位的に魔王に立っていた。ドラゴンは勇者と魔王、神の時代から生きていたので魔王も気に掛かったのだろう。
【んで、残るはちょっと力の強い猿か。神様……いや、神猿だな】
『俺は仏だ。お前は一々食って掛からなきゃ気が済まないようだな、元・魔王。昔の俺ならキレてたかもしれないが、丸くなった。ちょっとした挑発じゃ勝負は買わねえよ』
【ケッ、お高く止まりやがって。つまらねェな、斉天大聖も。これがかつて天界を落とす為に様々な悪鬼羅刹を従わせて攻め行った奴の現在かよ】
『ありゃ若気の至りって奴だな。この世の全ては上手く行くと思ってたからな。いやー、若かった若かった』
魔王の挑発に対し、軽く流す孫悟空。純粋な年齢ならば孫悟空は魔王よりも数千歳以上年上である。故に、簡単な挑発には乗らないのだろう。
「うぅ……。挑発に乗ってしまったのが私だけなんて……御恥ずかしい……」
一方で、顔を紅潮させながら俯くニュンフェ。その容姿から異性に求められやすいニュンフェだからこそ、警戒して挑発に乗ってしまったのだがそれも仕方無い事だろう。
【まあ、何を話して欲しいのかは聞いていた。勇者の事だろ? 俺の場合は敵対関係にあったから基本的に殺意を持ったアイツしか知らねェが、それでも良いなら教えてやるぜ】
「うん、構わない。寧ろ、戦闘の時の話を聞いた方が今後の役に立ちそうだから……! 私には経験が少ないんだと思う……!」
【クク、上等だな。勇者の子孫。それくらいの覚悟があるなら教えてやっても良い】
クッと笑い、レイに返すライの形をした魔王。レイが祖先の悪い印象も聞くかも知れないのだが、それでも構わないとの事。
魔王がこの世に留まる事の出来る時間は前よりは長くなっているが少ない。なのでサクサク話を進めるみたいだ。
【だが、まあ今は──】
「面白そうだね。その話、私たちにも聞かせてくれないかな?」
【──一先ず刺客を打ち倒した後からだろうな」
そしてライに戻り、中秋の名月を背後に木の上へ姿を現した白髪の男性へと話し掛ける。
男性の白い髪は月に照らされて輝きを見せ、次の瞬間に影の姿が増える。それと同時に空が雲とは違う闇に覆われ、一つの巨大な生物が姿を現した。
「こんばんわ、次の主力の皆さん」
「フフ、ライ。君はそんな性格だったっけ?」
不敵に笑う白髪の男性率いる魔物の国、数人数匹の主力達。
夜も更けた深夜の時間帯。姿を見せた主力達。聞けば遠方から足音のようなものが聞こえる。恐らく兵士達だろう。
勇者の事を聞き出すよりも先に、現れた魔物の国の主力達を前に、ライたちは戦闘体勢に入るのだった。




