四百八話 相談
「成る程な。レイの持つ本当の力についてか。確かに私やリヤンは土壇場で魔王や神の力を覚醒させたが、レイが覚醒出来るのは身体を犠牲にした時だけだ……」
「うん。私たちも身体に大怪我を負ったりしたけどその後身に付けた……。レイは私たちより頻度が多い代わりに自分の意思では使えないみたい……。何でだろ……?」
レイから相談を受け、最初に話したのがフォンセとリヤン。二人は魔王の子孫と神の子孫で、違う形ではあるがレイと共通点があった。
先祖がかつての世界に大きな影響を齎した者で、"英雄"と"悪"と"神"という三竦みだった者達。
だからこそ、血縁者が偉大であるレイの相談に乗りやすいのだろう。
「ねえ、フォンセとリヤンはどうやって自分の力を引き出しているの? 前までは使えていなかったけど……」
気になった事。それはフォンセとリヤンの力について。
フォンセとリヤンは神や魔王の子孫としての力を自在に扱えている。かなり強力な力なので多少の負担はあるのだろうが、基本的に自分自身が力によって傷を負う事は無い。
フォンセは一度力に飲まれ、ライたちを傷付けようとしたがそれも克服し、今では飲み込まれずに扱えている。
つまり、自由に力を扱える二人から何かアドバイスがあればレイも参考になるかもしれないという事だ。
「そうだな……自在に扱えなかった時は感情が昂ると使えるようになった。今は多少慣れたが、気持ちを高めれば使えるようになっているな」
「私は……どうだろう。気付いたら使えるようになっていたなぁ……。偶然が重なって使えるようになったのかも。あ、でもやっぱり感情が左右するかもしれないね……」
「感情……気持ちかぁ。うーん……私の力は何か違う気がするなぁ……」
「まあ、確かにレイは違うみたいだな」
「うーん……何なんだろう?」
フォンセとリヤンの意見は感情の変化によって力を使えるようになったとの事。しかし身体が傷付く事で戦闘能力が高まるレイにはどうもしっくり来ないらしい。
確かにそれは一理あると、答えた二人も頷く。怪我を負って土壇場で力が活性化する事は三人に共通しているが、レイは特別感情が昂っているという訳では無い。
弱りきった中で、敵の動きがゆっくりと見えたり身体が軽くなったりするという、感情。いや、意識が薄くなった時にのみ発せられるのだ。
つまりフォンセ、リヤンの力とは根本的に違うという事である。
「やっぱり私がまだまだ未熟だからなのかなぁ……。孫悟空さんから借りた天叢雲剣が無ければ大天狗に勝てなかったかもしれないし……」
小さく笑い、孫悟空から借りた天叢雲剣を月の光に照らして見やるレイ。月の光に照らされ、翠色に輝く天叢雲剣は中秋の名月も相まって美しく見えた。
神造の剣。それに相応しい輝きを見せるそれは、魅力的なものがある。
「……。そういや、それって返さなくて良いのか?」
「うん。孫悟空さんが持っとけって……」
未だに持っている天叢雲剣。それが気になったライが小首を傾げてレイに尋ねるが、レイが言うに孫悟空が許可したらしい。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェ、ドレイクの視線が孫悟空の方を向き、孫悟空は軽く笑って話す。
『ああ、得物って意味なら俺は如意棒を使うが、剣術は使えない。だからこの中で一番剣術に長けている女剣士に渡したんだ。聞けば勇者の子孫とも言う。これ程の適性はいないからな』
孫悟空は、レイたちが何かしらの血縁者であるという事を知っている。しかし、ニュンフェやドレイクへと説明していた時その場に居なかったので、一応知らないと言う体で進めていた。
しかしながら、この場に置いて然り気無く明かされたのでもう隠す必要がなくなり勇者の子孫と告げる。
そして、レイに剣を託した理由は孫悟空自身が剣のような類いを扱えないという事と、レイが一番適性と判断したからだった。
確かに勇者の子孫にして剣士であるレイならばこれ以上に無い適性者だろう。大天狗との戦闘に置いても二刀流を巧みに扱えていた。才能はあるので、慣れればかなりのものとなる事だろう。
「へえ。確かにレイは剣の扱いが俺たちの中で一番だ。けど、そんな高価な物を一時的でも貸してくれるなんて、中々太っ腹なんだな」
『ハッハ、俺は一応仏に仕える身だからな。恩恵を与えるのは一つの仕事みてえなもんだ。それと、扱えるなら身を護れる武器はあった方が心強いだろ? お前たちの中で、女剣士が一番常人に近い身体だからな』
「ふぅん? 成る程な。けど、レイが常人に近いからといって弱い訳じゃないぜ? 俺の仲間だからな。心身ともに全員が強いさ」
『信頼してるんだな。だが、信頼出来る仲間が居るのは良い事だ。その気持ちを忘れんじゃねえぞ』
「当然」
孫悟空がレイに天叢雲剣を託した理由。曰く、身体が一番華奢なレイだからこそとの事。
レイ以外の者たちは、全員人間ではない。故に、人間よりも肉体的に頑丈な者が多いのだ。
この世界は大部分が人間の領域となっているが、人の中の常人は他の種族より力も弱ければ魔力も低いのである。
しかしそれを補える、成長速度が他の種族より優れているのだ。この世界の人間に置いて、一般人は大した事ないが達人クラスならば英雄や神並みの力を誇る者が居る。常人ですら、鍛えれば神格クラスに匹敵する力を持つ事が出来るのだ。
その成長速度故に、全ての種族の中でも世界で一番の力を有してあるのである。
「えーと……結局レイの力を引き出す方法は分からないままだよね……?」
「『ああ』」
区切りを見、幼くも端正な顔付きのリヤンが小首を傾げながら尋ねる。それに対して即答で返すライと孫悟空。
レイの肉体に流れる勇者の血。それは確かにあり、時折片鱗も見せている。しかし、自由に力を引き出せるとなると話は別だ。
何かしらの要因が加わって初めて引き出せる力。人特有の成長速度で力量が上昇しているといはいえ、レイにはまだまだ扱えていない。
結局のところ、力の引き出し方と扱い方は誰も分からないままだった。
「アハハ、ありがとね。皆。相談に乗ってくれて。そろそろ拠点の準備をしなきゃ」
「ああ、そうだな。月の位置から今は深夜帯。敵が来るかもしれないし、早く休んだ方が良さそうだ」
「ふふ、普段ならば寝ている時間だが、何だか今日は中々寝付けないからな。月が綺麗だからだろうか」
「ハハ、先日の幹部との戦闘から少し経ったけど、それ以降キツイ戦いはしていないからな。歩くだけでも体力はそれなりに使うけど、普段に比べて休められているからだろうな」
時刻は夜更け。普段のライたちならば寝ている時間だが、今日は誰も眠くなさそうである。
ライは連戦に次ぐ連戦が終わり、十分に身体が休めたからだろうと推測する。準備が出来ているのなら魔物の国の支配者の街に乗り込んでも良さそうだが、疲労回復の時間を取る為にゆっくりと進んでいる。それを差し引いても、残る幹部はごく僅か。向こうが攻めて来るのならば此方から向かわずとも問題無いからだ。
「さて、取り敢えず完全に疲れを取るため拠点を造っておくか。危険な魔物は昼夜問わず沢山居るからな」
「そうするか。眠らなくとも、休憩するに越した事は無いからな」
会話を終え、ライたちは拠点作成に取り掛かる。土魔法や土魔術を駆使し、風避けと魔物を避ける為の壁を造るだけなので手間は取らない。
月明かりの照らす森の中、ライたちは着々と作業を進めて行き土魔法・土魔術の壁の形を造る。それらの作業を終え、拠点が完成した。
「よし、今日の拠点はこれにて完全だな。時間は真夜中を回って一、二時間って言ったところか」
拠点を見、一息吐くライたち六人と一匹。主に行動をしたのは魔法・魔術の扱えるライ、フォンセ、リヤン、ニュンフェで、レイ、エマ、孫悟空、ドレイクは周囲の整理や敵が来ないかの見張りをして過ごしていた。お陰で魔法・魔術に集中出来たライたちがサクサク作業を進める事が出来たのだろう。作業を終え、再びライたちが全員集まる。
「……。なあ、レイ。一つ提案があるんだが……」
「……? なに、フォンセ?」
そしてその時、何かを考えている様子のフォンセがレイに向けて話し掛けた。
"提案"という事は、先程話していた勇者の力に関係する事というのは明らか。それが何の提案か聞き返すレイ。フォンセは言葉を続ける。
「私と実践形式で模擬戦をしないか?」
「え? 模擬戦!? 私とフォンセが戦うって事……!?」
「ああ」
肯定するように、頷いて返すフォンセ。レイは見るだけで分かる程に驚愕し、近くで聞いていたライたちも訝しげな表情でレイとフォンセの方を見る。突然その様な事を言い出したのだ。驚くのも無理はない。
ライたちとレイの視線を感じながら、楽な体勢になってフォンセは綴る。
「私もリヤンの何れも、実践に置いて祖先の力を操れるようになった。聞いた話じゃ、レイも実践でのみ周りの雰囲気が全く別のものに見えると言う。ならば、より実践に近い形式で戦闘を行えば何かの光明が見えてくるのではと思ってな」
曰く、フォンセとリヤンが実践に置いてその力に目覚めたように、レイと実践に近い形で模擬戦を行い何かを掴もうという魂胆なのだろう。確かに何かを掴める可能性があるのならそれが良い筈だ。
「うん。確かにそれは一理あるかも……。模擬戦ならやり過ぎなければ良いし、怪我しても治せる。けど、今から?」
「ああ、いつ何時敵が来るかは分からない。何かを見つけるのならば早い方が良いだろう」
再び肯定するように頷くフォンセ。
敵地に居る以上、ゆっくりとしている暇は無い。善は急げ。善かどうかをさておき、レイの力について何かが掴めるのならば早いに越した事は無いだろう。
寝付けず、眠るに眠れない今。少し身体を動かすのも悪い事では無い。
「……。うん、分かった。一分一秒も無駄に出来ないから……フォンセの言葉に賛成するよ……!」
「後はライたちがどうかだな。模擬戦とは言え、仲間同士が争うという事になる。どうだ?」
ライたちの方を見、ライたちの意見を尋ねるフォンセ。
仲間同士でも戦った事はあるが、互いを傷付け合うという事実に変わりはない。なのでどうか尋ねたのだ。
「俺は別に良いさ。実践に近い形と言っても、互いに恨みを持って戦うって訳じゃないからな。互いを高め合うのは悪い事じゃない。終わってから直ぐに休めば疲労は回復する筈だから休息の方も問題無さそうだ」
「ああ。個人的に興味もある。仲間割れとは違うんだ。気にする事じゃない」
「私も別に良いよ……参考になりそう」
「ええ、構いません」
『右に同じ。眠れぬのなら適度な運動は必要だからな。俺のように多少は眠らずとも行動に支障が無いなら良いが、睡眠不足は大抵の生き物には良くないらしいからな』
『ああ、二つの伝説の子孫。その力量を詳しく見てみたいからな』
ライ、エマ、リヤン、ニュンフェ、ドレイク、孫悟空。皆がレイとフォンセの模擬戦に反対意見は出さなかった。
それを確認した後、互いの方を見やりゆっくりと距離を取る。
「なら、手加減はするが、あまり手加減はしないぞ?」
「アハハ、手加減するのかしないのかどっちなの……。けど、うん、良いよ。私も皆の役に立ちたいから……!」
中秋の名月が照らす森の中。勇者の子孫と魔王の子孫が向かい合う。二人が本気を出せばこんな森消し飛んでしまうが、互いに全力は出さない模擬戦なのでその心配は無いだろう。
魔物の国の主力達が近付く中、闇夜の森にてレイとフォンセの模擬戦が始まろうとしていた。




