四百七話 五回目の幹部会議
──時刻は夜更け、暦の季節に相応しい中秋の名月が照らし付ける森の中。そこにある一つの木の上にて、黒を基調とした金色のラインの入る薔薇模様の傘をクルクルと回している、見た目は幼い少女の影があった。
鼻歌混じりに傘を見やり、御機嫌そうな幼い少女。実年齢が分からなければ年相応にも見える彼女は中秋の名月を眺めていた。
「ご機嫌だな、エマ。傘が直ったのがかなり嬉しい様子だ」
「ふふ、当然だ。この傘には世話になってるからな。直って良かった」
「ハハ、それは何よりだ」
少女、エマ。実年齢は少女と呼ぶにはかなり食っているが、見た目だけならば少女である。
その様子を見たライはフッと笑い、エマと共に中秋の名月を眺める。深い闇に包まれた夜更けの森を照らす月は明るく、月の明かりだけで葉の色が判別出来る程だった。
「秋という季節は空気が澄んでいる。乾燥した空気が空中の水分を掻き消すからな。だから空が他の季節よりも美しく見える。秋や冬という季節は、寒いのが苦手では無い私にとっては中々心地好いものだ」
「成る程ね。確かに秋の空は綺麗だ。明るい月が浮かんでいるのにその月が星達の邪魔をしていない。見てて落ち着けるものだな」
エマの言葉に納得したように話すライ。
ライも美しい景色というものは嫌いではない。連戦に次ぐ連戦が日々行われる日常だからこそ、一時の休息や美しい自然の光景で疲れを癒しているのだ。
「ライー? エマー? 何してるのー?」
「「……!」」
そして、月を見ながら談笑する二人に話し掛ける一つの影。腰には剣の鞘を携えており、その鞘には剣も収まっていると窺える。携えられた剣が歩みによって揺れ、カチャカチャと音が鳴る。
「レイ。いや、折角の月夜だからな。少し月を眺めていたんだ。レイもどうだ?」
「うん、賛成。ライとエマが良いならだけど」
「私は構わんぞ。一人で夜空を眺めるのも悪くないが、談笑するのも悪くない」
「俺が誘ったんだ。断る訳ないだろ?」
剣士、レイに向けてフッと笑って話すライとエマ。手頃は石に座り、ライとレイが並ぶ。木の上に居たエマも飛び降り、ライ、レイ、エマの順で並んでいた。
輝く星と明るい月を眺めつつ、ふとレイは何かを思い付き、ライとエマに向けて言葉を綴る。
「あ、そうだ。ねえ、ライ、エマ。一つ聞きたい事があるんだけど……良いかな?」
「……? ああ、別に構わないけど」
「私も構わぬ。何だ?」
何かを聞きたいと言うレイの言葉に反応を示し、視線を夜空からレイの方へ向ける二人。その様子を確認し、レイは言葉を続ける。
「ライとエマに見せてはいないんだけど……私って、大怪我を負うと身体が軽くなって力が強くなるんだ。だから大きな戦闘の後は基本的に動けなくなっちゃうんだけど……何とかしてこの力を上手に扱えないか相談したいの」
レイが言いたい事。それは戦闘に置いてレイが本来ならば動けない程の傷を負った時、逆に動きが活性化してレイ自身でも驚く程の力を発揮する事について。
その力は敵の主力クラスと互角以上に渡り合う事を可能にし、レイ自身の身体が持てば無類の強さを発揮する事だろう。
だからこそ、その力を自由自在に操る事が出来ればライたちの力になれると考えたのかもしれない。
「成る程。レイの話が本当なら、確かにかなりのものだ。いや、恐らく本当何だろうな。レイは毎回深手を負っているけど、敵は確実に打ち倒せている」
「ああ。確かにその力を操る事が出来れば、レイが怪我する必要も無くなるというの事か」
「私だけじゃない。どちらかと言えば、私以外の皆を護りたい……!」
力強く告げたレイの言葉。それに対し、ライとエマはピクリと反応を示す。
"私以外の皆を護りたい"。つまり、自分が打ち砕けたとしても、他の者たちを護り抜きたいという意味だ。
「いや、護るならレイ自身もだ。俺が言えた口じゃないけど、自分を無下にするのは頂けない」
「ああ。ライと私も同じ考えだ。自分を犠牲にして仲間が助かるから良いが、仲間がそれを言うと気に掛かる……」
事故犠牲の精神。他の動物達にもある、自分は傷付いても良い。だから自分達が成すコミュニティの者達を護りたいという心意気。
ライとエマにも似たような節はあるが、仲間がそれを言うと落ち着けないのだろう。
ライ、レイ、エマは暫し真剣な顔付きで互いを見やり、少し経った後で口元を緩めた。
「プッ、ハハハ!」
「ふふ……」
「アハハ!」
何が可笑しかったのか、三人は月夜の下で笑い声を上げる。
一頻り笑い終えた後、改めて自分の仲間たちの顔に視線を向けて口を開いた。
「皆、同じ考えなんだな」
「ああ、皆事故犠牲の精神を持ち合わせている。これでは元も子もないではないか」
「そうだね。私たちって仲間だもんね。私やライ。エマ、フォンセ、リヤン、ドレイクさんに孫悟空さん。皆が皆の為に力を合わせれば解決する事だったよ」
護るべき対象が全員事故犠牲を厭わない。それでは何の意味も無かった。
仲間だからこそ、互いを信頼し、互いの為に互いが行動する。そういう決まりでライたちの会話に区切りが付いた。後はレイの力をどうするかという事だけである。
「ふふ、どうした? 皆で笑っていて。楽しそうだな。良ければ私たちも話し合いに入れてくれ」
「うん。楽しそうだった」
「ええ、何やら賑やかでした」
『ハッハ! 俺ァ面白い事は好きだぜ? 何かあるなら教えてくれよ』
『そういう事では無いと思うが……まあ、丁度暇だったから何かあるなら参加しよう』
「フォンセ、リヤン、ニュンフェ、孫悟空、ドレイク。丁度良いや。レイから少し相談があるんだ」
「「…………?」」
『『…………?』』
「相談……ですか?」
笑い声に誘われて姿を現すフォンセたち。それならば丁度良いとライが言い、その言葉に四人と一匹は小首を傾げる。
秋の肌寒い夜長。中秋の名月が照らす森にてライたちは楽しげな話し合いを行っていた。
*****
──"魔物の国・支配者の街"。
秋の肌寒い夜。薄い雲に隠れた朧月が多数の建物を照らし、不気味に映る魔物の国にある支配者の街。
そこに置いて、数度目となる幹部会議が行われていた。
何時ものように人化した姿の幹部達と、支配者の側近。そして味方となっている百鬼夜行の幹部とヴァイス達。
「さて、愈々だな。愈々侵略者達が此方の街に近付いて来ている。幹部も半数以上返り討ちに合い、残るは私と一匹のみだ」
第一声は魔物の国、幹部達のリーダー。三匹と一人の幹部が敗れても尚、リーダーは悠然とした態度を崩さずに構えていた。
流石のリーダーと言ったところだろうか。ちょっとやそっとの事では動かず、魔物の国が追い詰められていても冷静だった。
「今は人化してんだ。一人と括ってくれ。まあ、それは置いといて。いやはや、後は俺とお前だけか。敵はかなり強大な実力者のようだ」
「ああ、そのようだな。ニーズヘッグ、ヒュドラー、ヨルムンガンド、スルト。こうなれば果敢に戦い、死んでしまった彼らの仇を……」
「まだ生きてるだろうが。しかも普段使わねェ彼らって表現も止めろ。お前が言うと何かゾワッてくる」
「何だ。ゾワッというのは。擬音を話す必要無いだろう。失礼な奴だな」
軽薄に笑い、ニーズヘッグの言葉に返すリーダー。他の幹部達は苦笑を浮かべており、普段の幹部リーダーらしからぬ言動にマギアが反応を示す。
「リーダーさんって案外茶目っ気があるんだ……。常に厳格なイメージだったけど……意外……」
「常に気を張っていては疲れるだろう。それが敵地なら分かるが、此処は我ら魔物の領域。裏切り者でも現れぬ限り警戒する必要は無い。最も、裏切り者が居るのならば始末するのは容易いが」
軽薄に笑う幹部のリーダーによって告げられる物騒な言葉。その軽薄さが故に、得も言えぬ威圧感があった。しかしこの場に居る実力者達は何れも気圧されず、先の言葉を待つ体勢のままである。
「まあ、多分大丈夫だろう。さて、本題に戻るとするか。幹部が殆ど倒された今、私とお前。どちらが侵略者の元に向かうかという事だが……」
「"お前"って言い方は無いんじゃないか? 一応幹部という括りでは同じ立場なんだからな」
「フッ、冗談だ。昔から親しきお前だからこそ言えるのだ」
「俺たちってそんなに親しかったか? 似ているというだけの気がするが。仮に親しかったなら、百鬼夜行の奴らに教えて貰ったが、百鬼夜行たちの国では"親しき仲にも礼儀あり"って言葉があるらしいぜ? で、誰が向かうかって話だが……俺が侵略者達の元へ向かうって事で構わないがな」
ムッとした表情で、"お前"と他人行儀で言われた幹部がリーダーに返す。
魔物の国の幹部の仲でも親しいという二人。似ている所があるという理由らしいが、本人は小首を傾げていた。
「そんな言葉があったのか。次からは心得よう。して、向かう幹部は決まった。後はヴァイス殿らと百鬼夜行の者たちだが……どうする?」
侵略者の元へ向かう幹部を決めた後、ヴァイス達と百鬼夜行達に尋ねるリーダー。者達は暫し顔を見合せ、二名が名乗り出た。
「フフ、百鬼夜行の幹部はもう、妾しか残っておるまい。妾が直々に出向こうぞ」
「じゃあ、私が行こう。もう一人は私たちの中では最強だからね。弱い者から行くというのが一番だ」
「あ? それってつまり、俺がテメェより弱いってのか!?」
「フフ、そんなつもりはないさ。だったらマギアを先に行かせはしないだろう?」
ヴァイス達のリーダーと、百鬼夜行の幹部。選出される者が決まった。
先日向かったシュヴァルツはヴァイスの言葉に少し腹が立っていたが、ヴァイスは軽く受け流す。
それらが決まったところで、もう一名が名乗り出る。
「じゃあ、そろそろ俺にも行かせてくれ。俺たち魔物の国では支配者に仕える側近が三人しかいない。そのうちの一人が出ても良い頃合いだろ?」
「うむ。そうだな。元は一人しかいなかった側近だが、二人が加わった事でそれなりの力を付けた。そろそろ側近を向かわせても良さそうだ」
「まあ、最も大きな理由は側近を勤められる強さが問題だったんらしいけどな。それを補える俺たちだからこそ側近に選ばれたんだ。これも天命、あるがままに側近業を勤めさせて貰おうか」
魔物の国に置いて、支配者の側近は元々一人しか居なかった。そんな中、ブラッドを始めとしたもう一人が加わり、計三人の側近が支配者に仕えている。
魔族の国は始めから四人だったが、幻獣の国でも支配者の側近は元々一匹だったように、必ずしも側近が四人。または四匹とは限らないのだ。
よって、魔物の国に居る支配者の側近は三人だけとなる。
だがブラッド曰く、側近が少ないのでは無く天災クラスの力を持つ者が少ないらしいが。
「さて、これにて今回奴らの元へ向かう者たちが決まったな。多くの幹部と主力が敗れたが、それに伴った情報が集まり出している。勝つに越した事は無いが、只の勝利が我らの目的では無い。"終末の日"を実行する為、相応の力で戦闘を行って来てくれ」
最後に告げる幹部のリーダー。魔物の国の目的は世界的な大戦争を起こす事。ただ単に、ライたちに勝利する事では無いのだ。
"終末の日"。そして異世界への侵略。そして、暇潰し。それが魔物達の本来の目的。今はライたちの力を見極め、今後に役立てる下準備に他ならなかった。
魔物の国幹部のリーダーに言われ、名乗り出た者達はその場から姿を消し去る。不可視の移動術を使い、ライたちの元に向かったのだろう。
「まあ、幹部を多数倒している事から、既に強さは理解していると思うけどな。まだ必要なのか、アイツらの情報が?」
「ああ。まだまだ足りないくらいだ。魔王の力を宿した少年はまだ全力を出していない。それに加え、神の子孫に勇者の子孫。魔王の子孫も覚醒の予兆があると聞いた。此方が幾ら対策を企てようと、向こうは我らの想像を凌駕する勢いで力を付けているからな。油断はしていられない。我ら幹部が全て敗北しようと、集めなくてはならない情報がある」
「……。成る程な。なら、俺からは何も言わねェ。俺はもう負けてるからな」
自嘲するように話すニーズヘッグ。
ライたちの情報は十分集まったかと思われるが、幹部のリーダーからすればまだ足りないらしい。
恐らく常識や概念で測れない魔王だからこそ、その強さが混沌を極めているのだろう。魔物の国に魔王の全てを知る者は居ない。多元宇宙を破壊出来る力を持つと謂われているが、それ以上の力を有している可能性もあるのだから。
ライたちがレイの相談に乗る中、魔物の国の主力達。その第五陣が動き始めた。




