四百六話 休息の時
スルトとの戦闘を終えたライは腕の火傷に応急処置を施し、レイたちの姿を探しながら赤い建物の上を飛び交っていた。
それなりの速度を出しているライだが、余計な破壊は避ける為に踏み込んだ瞬間にはそれ程の速度を出さず、空中にて空気を蹴って加速する。
この街は数十キロ程。音速程度でも出せれば十分に捜索出来る距離だった。
「さーて、毎度毎度の事ながら……戦闘後にレイたちを探すのも大変だ。エマとニュンフェは街の外で待機しているだろうし……」
辺りを見渡し、様子を窺う。あちこちに倒れている兵士達の姿はあるが、レイたちの姿は見当たらない。
恐らく無事なのだろう。そしてライもレイたちならば問題ないと信じているが、戦闘で別れて音沙汰無しというのは不安になるのだ。
心配しているという事に変わり無く、また一歩踏み出し、赤い建物の上を駆ける。
「……! あれは……」
そして、眼下に映る数人と一匹の姿。それを見たライは、レイ、フォンセ、孫悟空、ドレイクと気付きそちらの方へ降り立つ。
降り立つと同時に三人と一匹に駆け寄り、横になっているレイを気に掛ける。
「レイ……!」
「……! ライ! 良かった、ライも無事だったか……! レイなら大丈夫だ。かなり酷い怪我だったが応急処置を済ませ、表向きの傷は完治させた。後々目覚める筈だ」
「そうか、良かった。けど、こんなに傷を負うなんて……此処に居ないエマたちも心配だ……」
紅い街の外に繋がる道を見やり、この場に居ない者たちの心配をするライ。
外での勝負が終わっているのならば既に戻っていてもおかしくないのだが、姿が見えない事から何かあったか、エマが居るので外で休憩しているのかのどちらかだろうと推測する。
「取り敢えず、行ってみるか」
「ああ、そうだな。けど、レイは暫く安静にする必要があるから私は残ろう。いざという時は魔術で解決する」
「そうか。任せた、フォンセ。フォンセが居るなら問題無さそうだ」
「ふふ、褒めても何もでないぞ?」
「ハハ、人を褒めて見返りを求めるのは好ましくない。信頼しているのさ、フォンセの事をな」
「そうか。信頼されるというのは悪い気はしないな」
この場をフォンセたちに託し、外に向けて駆け出すライ。一瞬にして音速に到達し、外目掛けて加速する。一先ずライはエマたちを探す為の行動に移った。
*****
『帰るぞ。シュヴァルツ、大天狗。今回の戦闘も自分たちの敗北だ』
「……。少し休ませてくれねェか? 笑い疲れて喉がカラカラだ」
『うむ。笑い云々はさておき、休ませて頂きたいと述べるシュヴァルツ殿に同意だ。お主は無事やも知れぬが、我らは敵の側から離れ、休養を取るので精一杯だ』
巨躯の身体で二人を持ち上げ、帰る事を促すスルト。大怪我を負っているシュヴァルツと大天狗は苦笑を浮かべている事から、ほんの数百メートル離れるだけでかなりの労力を消費する程に弱っている事が窺えた。
しかし相手が相手故に、それも当然の事柄と言える。ライとスルト、フォンセ、ドレイクと兵士達を除いた戦闘は全てが引き分けに近い形となって終わりを迎えているのだから。
『休んでいる暇は無いな。お前たちの傷を見れば分かる。自分らの中で唯一完全に近い形で治療する事の出来る大天狗ですら妖力が尽き掛けているようだからな。シュヴァルツの魔力を使い、多少の応急処置は済ませているみたいだが、それでは直ぐに傷が開くだろう』
シュヴァルツと大天狗の言葉に対し、淡々と述べるスルト。
様々な力を使える大天狗ならば治療を施す事も可能だが、それすら出来ない状態となっている。故に、このままでは危険なのだろう。
「……じゃ、連れてってくれや。兵士達も回収しなきゃならねェし、まだまだ仕事はあるな……」
『うむ……。戦闘は面白き事だったが、如何せん疲労が抜けぬ……。兵士達が無事ならば、兵士達に乗る事も可能だ。スルト殿、主が我らを残った兵士達の元へ連れて行ってくれぬのならその後の事はどうにかしよう』
力無く項垂れ、肩で息をしながら話すシュヴァルツと大天狗。動く事すら儘ならないので比較的傷の少ないスルトを頼り、後は四足歩行の魔物や妖怪達などに乗って戻ろうと考えているようだ。
二つの言葉を聞き、ため息を吐いたスルトは持ち上げた二人を己の肩に乗せ、ゆっくりと歩を進めた。
*****
「エマ! リヤン! ニュンフェ! 何処だ!?」
ところ代わり、未だ行方知らずのエマたちを探すライ。街の外に出て名前を叫ぶが、返事はない。ならばと次は気配に集中させ、外にある気配から探す。
生命力が無くなり掛けているのならば感じられる気配も小さくなっているのだろうが、どういう訳か先程まで大量に転がっていた兵士達の姿が無くなっていたので僅かな気配を感じるだけで見つけ出す事が出来る事だろう。
「……! 遠方に二つ……一つ……! これか……!」
そして感じ取った、三つの気配。かなり弱っているようだが、気配を感じられるという事は気配の主が生きているという事。
生きているのならば見つけ次第応急処置を施し、治療する事が出来る。まだまだ未熟なライの回復魔術だとしても、無いよりはマシだろう。
(……けど、エマやリヤン、ニュンフェが居るのに弱っている気配しかないって事は……かなりマズイ状況って事か……!)
エマ、リヤン、ニュンフェの三人はライたちのパーティの中でも屈指の回復術の使い手である。
ヴァンパイアのエマはその血を少し分けるだけで対象の傷口を消し去り、リヤンは触れるだけで完治させる。様々な魔法を使えるエルフ族のニュンフェは言わずもがな。
このような者たちが揃っていながら回復していないという事が意味するのは、大変危うい状況になっているという事だった。ライの焦りは募り、更に加速してエマたちを探す。
「……! 居た! あれは……リヤンとニュンフェか……!!」
数分街の周囲を駆け、見つけ出したリヤンとニュンフェの姿。遠方から見ても分かる程にボロボロであり、意識が朦朧としているのが窺えた。
「オイ、リヤン! ニュンフェ! 大丈夫か!?」
「……。…………ライ?」
「ラ、ライさん……良かった、御無事でしたか」
「ああ、俺は問題ない。けど……二人みたいな実力者を持ってしてもこのダメージ……敵はかなりの強敵だったみたいだな……」
「うん。でも……勝ったよ」
弱々しくもニッコリと笑い、ライに話すリヤン。一先ずライは覚えたての回復魔術で応急処置を施し、次いでリヤンが自分とニュンフェの身体を完治させる。二人の顔色は良くなり、事なきを得た。
「後はエマだな……」
「エマさんもまだ見つかっていないのですか?」
「ああ。エマ、リヤン、ニュンフェの三人以外は集まっているんだ。レイもかなりのダメージを負っているみたいだけど、フォンセが治療してくれたから大丈夫だ」
「そうですか。大事にならなくて良かったです」
「じゃあ、エマを探すんだね?」
「ああ、そのつもりだ。日差しが強くなってきた。エマが心配だ……!」
リヤンとニュンフェについては解決した。後はエマを見つけるだけである。
ヴァンパイアのエマならば大抵の傷はあって無いようなものだが、空から照らす日差しが問題だった。
ヴァンパイアの最も有名な弱点である日差し。それが強く照り付ける現在。エマが無事ではない可能性も出てくるという事である。
「探そう!」
「うん!」
「ええ!」
傷が治ったリヤンとニュンフェを連れ、ライは再び駆ける。傷が治ったばかりの二人に気を使いつつ、エマの捜索に乗り出した。
*****
「エマ! 大丈夫か!?」
「……ん? ああ、ライ。おはよう。私ならば大丈夫だ……傷は殆ど治った。少々睡眠を取ったからな……」
「良かった……。けど、この日陰じゃ、少し不安じゃないか?」
「ふふ。まあ、戦闘によって日陰が消えてしまったからな。辛うじて多少の日差しは避けられる此処に入ったが……やはり傷の治りが遅い」
見つけたエマは、寝ていた。
何でも、日差しによって傷の治りが遅くなっていたので睡眠を取る事で再生を促進させたとの事。
目の覚めたエマは普段のように軽薄かつ不敵な笑みを浮かべており、リヤンやニュンフェ程の重傷という訳では無さそうだった。
「けど、そのままじゃ戻れなさそうだな……いつも持ってる傘はどうしたんだ?」
「ふふ、残念ながら壊れてしまったよ。修繕は可能だろうが、私では傘の隙間から差し込む光ですら苦痛だ……」
エマにしては珍しく、悲しそうな目付きで傘を見る。大切な物が壊れたという事はそれ程に悲しいのだろう。
「……。そうか。じゃあ、一旦傘の隙間だけ埋めて、後で何とか再生させよう」
「ああ、そうしてくれるとありがたい。この傘はお気に入りだからな」
ライの言葉を聞いたエマは悲しそうな目付きを一変させ、パァと明るい表情になる。
傘に穴が空き、大部分は焼け焦げているが魔力によって通常の傘より頑丈に作られているからこそ、フォンセたちの力を借りれば修復可能なのだ。
「じゃ、エマも見つかった事だし、傘にも応急処置をして皆の所に戻ろう。フォンセたちも心配している筈だからな」
「ああ、そうしよう。日差しが少しでも避けられるのなら問題無いからな。穴を塞ぐだけでも街に行くのならば耐えられる。街がボロボロになっているから、日差しを反射させる建物も少なくなっている」
ライの言葉に返すエマは、今ならば太陽光を反射する造りの建物が砕けているので問題無いと告げる。
エマが街に入れない理由は、彼方此方から太陽の光を反射する街の造りにあった。その枷が無くなった今ならば、受ける影響も少なく済むという事だろう。
「さて、行くか」
確認を取ったライは歩みを進め、エマ、リヤン、ニュンフェもそれに続く。
全員の無事が分かった今、ライたちはフォンセたちの待つ紅い街へと向かった。
*****
「オーイ! フォンセたち!」
「ライ! エマ! リヤン! ニュンフェ! 皆無事だったんだな!」
紅い街に戻り、レイ、フォンセ、ドレイク、孫悟空と合流したライ、エマ、リヤン、ニュンフェの四人。
レイは依然として眠っているが、後々目覚めるだろう。
一先ず全員が揃ったところで、自分たちが戦った相手について話し合う事にした。
「私たちが相手にしたのは生物兵器、その完成品です。様々な技を扱い、更に学習し、臨機応変に戦闘を広げる厄介な相手でした」
「私が戦ったのは何度か会った事がある敵の主力、シュヴァルツだ。お陰で大切な傘が破壊されてしまった」
『俺と女剣士が戦ったのは大天狗だ。俺が油断していたばかりに、神通力に翻弄されて女剣士を傷付けちまった』
「私たちの相手は魔物や妖怪の一般兵と生物兵器の兵士達だ。知っての通りの強さだから、議論する必要は無さそうだな」
各々で告げる自分たちが相手取った敵の名。敵の主力も今まで以上の力を付けて来たという事から、相手もそれなりに本気だという事が窺えた。
「成る程な。俺の相手はスルトだけど、全く本気じゃなかった。だから保留してくれて構わない。他にも色々と言いたい事はあるけど……生物兵器の完成品……それが一番気になるな」
「ああ。あの生物兵器兵士達は完成品では無かったという事か?」
ライが、ライたちが最も気になった事。それは生物兵器の完成品というものについて。
生物兵器ならば一般兵を模倣したものから巨人兵士のようなものまで、多くの種類と戦っている。
しかしニュンフェの言った、リヤンとニュンフェが戦闘を行ったという生物兵器の完成品とは何かと気に掛かったのだ。それはライとエマのみならず、フォンセ、ドレイク、孫悟空も気になっている。
「……。それ、私も気になる……」
「……! レイ! 良かった、目覚めたんだな!」
そしてそこに、先程まで眠りについていたレイが起き上がって尋ねる。生物兵器の完成品。ライたちの気を引くには十分過ぎる要素だった。
「うん。起きたのは今さっきだけど……話はライの言葉を途中からしか聞いていない……。生物兵器に完成品が居るの?」
「ええ。なら、説明しましょう。リヤンさん」
「うん。今後必要になりそうだもんね」
レイが気になるのも生物兵器の完成品。それならばと、リヤンとニュンフェが互いの顔を見合わせて説明する。
内容は完成品との戦闘や、完成品が使ってきた技。使わなかったが、使えるらしい能力について。不死身性などは既に理解しているので特に追求せず、一通りの説明を終えた。
「成る程な。確かにかなりの強さを秘めていたみたいだ。あの不死身性に幹部クラスの力と来たら……かなり厄介な敵になるな。しかも生物兵器だから……完成品の軍隊が作られる可能性もあるって事だ」
「はい、可能性は高いと思います。魔物の国が何を狙っているのかは詳しく存じ上げませんが、戦争を起こすつもりならば確実にそれを使ってくるでしょう」
ライとニュンフェの言葉に、周りの者たちは無言で頷いて返す。魔物の国の目的を知る者は少ないが、戦争を起こすつもりと知っている者は多い。だからこそ、相応の警戒をする必要があったのだ。
「さて、少し休んだら行こうか。エマの傘を直す必要もあるからな」
張り詰めた空気を和らげる為、ライは軽く笑ってエマの持つ応急処置のみを施した傘に視線を向ける。それによってレイとフォンセが反応を示した。
「直せるのかな、これ……?」
「多分な。魔力を使って補強されているから、私やニュンフェならば可能だろう」
「あ、それならば手伝います。どういう経緯でこの傘を入手したのかは分かりませんが、大切な物を思う気持ちというのは理解しております故」
「ふふ、ありがとな。フォンセ、ニュンフェ」
エマの傘の修繕作業に移り掛かるフォンセとニュンフェ。他の者たちはそれを見ており、先程までの重い雰囲気は消えていた。
時刻は昼下がりから数時間。紅い街の欠片が日差しを反射し、暖かな紅い光を放出していた。それは戦闘前のように強い光では無く、包み込むような暖かさがある。
エマはライたちが造った壁の影で修繕されて行く傘を眺めており、ライたちは各々の取れる形で休息に入った。
明るく、穏やかな空間。それは居心地が良く、先程まで行われていた戦闘の苦痛を忘れる事が出来ている。魔物の国での戦いも後半へと差し掛かり、一時の休息も無駄には出来ないこの状況。落ち着ける空間に居れるというのはちょっとした幸福だろう。
ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェ、ドレイク、孫悟空の七人と一匹。幹部を三匹と一人倒した彼らの旅は、残り僅かとなった幹部を倒し、打倒支配者の目的を達成するまで終わらない。
後半へと移行した旅路。紅い街の中心近くにて暫し休息の時は続くのだった。
 




