四百四話 vs大天狗・決着
「やあッ!」
『遅い。その程度ならば神通力を使わずとも躱せるぞ?』
「……ッ!」
勇者の剣を振るい、大天狗に仕掛けるレイだが大天狗には全てを容易く躱されてしまう。
縦斬り、横斬り、一瞬下がって威力を付け、加速して放つ。しかし大天狗は全てを見切り、刀を使わずとも一太刀も浴びずにいなしていた。
『それが勇者の子孫の実力か。祖先の勇者もさぞ嘆いている事だろう。己の血を受け継ぐ者がこの程度の実力しかないのだからな』
「……っ」
退屈そうな表情をし、勇者の剣を足蹴にする大天狗。同時に刀を抜き、レイの顎下へ刀を振るった。レイはそれを仰け反って躱し、顎を掠る程度の負傷で済む。
しかし先程斬られた箇所が幾つかあるので、十分に動けているのかと問われればそうではないと答えるしかない状態であった。
『フンッ!』
「……!」
力強く振り下ろされる刀。咄嗟に剣で受け止めるレイだが、即座に大天狗の足先がレイの腹部に刺さって吹き飛ばす。
吹き飛ばされたレイは瓦礫に突っ込み、辺りに土煙を上げた。次の瞬間にレイは飛び出し、勇者の剣を振り翳して大天狗へ迫る。
『肉体はそれなりに頑丈なようだ。何度も死に直面した事があるのだろうが、その度に力を付けているようだ。私もそれなりの修羅場を潜っているが、死を身近に感じた事は少ない』
「……。妖怪は半分不死身みたいなものだからね……!」
『そうだな。だが、妖怪も傷を負って死ぬ事もある。不死身という訳でもない。どちらかと言えば不老不死だ』
レイの剣と大天狗の刀がぶつかり、火花を散らす。剣を当て、弾く。刀をいなし、距離を置いた瞬間に詰めて再び勇者の剣を振り下ろす。
互いに鬩ぎ合いを織り成し、目にも止まらぬ速度で剣と刀を振るう。大天狗は何処にレイの剣が来るのか理解しているのだろうが、敢えて剣と刀で攻防を広げる事で力量を測っているのだろう。
『やはり実力不足が目に見える。その程度の実力で、如何にして酒呑童子を破ったのか分からぬな。以前会った時よりは遥かに力を付けているが、酒呑童子に到底敵わぬ気もする……』
「……! 今日、調子が良かったのに……」
容易にレイを相手取る大天狗は、酒呑童子を破った事が信じられなさそうな表情をしていた。今のレイからは、それ程の力を感じられないのだろう。
レイ自身、今日。というか今は調子が良く自信もあったのだが、天上世界を一瞬で滅ぼせる大天狗にはまだ遠く及ばず、身体能力も届かないので苦戦を強いられていた。
『酒呑童子。さては彼奴……油断していたな? 油断故に隙が生まれ、破れ去ったという事か』
「何を言っているの?」
『いや、何でもない』
攻防を織り成しつつも思考を続けそれを言葉として口に出す大天狗に向け、怪訝そうな表情をしながら返すレイ。大天狗は私用を挟む事は無粋と理解しているので何も言わずに返した。
『フッ』
「……!」
扇を振るい、先程よりは軽い暴風を起こす。それによって怯むレイ。次の刹那に刀が近付き、レイの隙を突いた刀が眼前を掠る。顔に傷が作られたが、ギリギリで躱せたので顔の肉が削がれる事はなかった。
『ハッ!』
「……!?」
刹那に峰を打つ大天狗。レイの頬を打ち、次いで頭を打つ。一秒も掛からずに放たれたそれによってレイはまた怯み、大天狗が刀の鞘でレイの顎下を打って仰け反らせる。
『そこ……!』
「……ッ!」
一瞬で詰め寄り、大天狗は掌をレイの腹部へ当てる。そして妖力を解放し、レイを遠方に吹き飛ばした。
妖力に煽られたレイは成す術なく瓦礫の山へ突っ込んだ。辺りに粉塵と土埃が舞い上がり、それを扇で吹き飛ばす。レイの姿が露となり、大天狗が再び迫り追撃した。
『どうした? 斉天大聖から託された割りには手応えが無いぞ。もっと力を見せてみろッ!!』
「……! あぁ……ッ!!」
腹部を蹴り付けられ、レイは吐血する。肋も折れたのだろう。肋が肺に突き刺さり、呼吸するのも苦しそうな状態で膝を着いて踞る。
その上から更に踏みつけ、レイを中心に小さなクレーターが造り出される。それによって更に吐血し、痙攣に似た感覚でレイの身体が揺らぐ。
『特に変化は無し。トドメを刺すか』
これ以上やっても無駄と悟り、刀の刃を翳してレイの首元に近付ける大天狗。
『止めておけ、斉天大聖。主とは次に相手になってやる。今は腕を生やすのに専念しておけ』
『ハッ、バレてたか。"他心"……本当に厄介だ……』
そして向けた瞬間に後ろから如意金箍棒が伸びてきたが、一瞥も向けずにそれを躱す。同時に如意金箍棒を蹴り、大地に突き刺して動きを止めた。
『うむ、しかしそれはどうでも良い。して娘……このまま動かなければ死ぬぞ?』
「……っ」
呼吸がし難く、話す事も儘ならない様子のレイ。大天狗に慈悲は無く、刀を何時でも振るえる体勢となっていた。遠方からそれを見る孫悟空だが、腕を生やす為に集中しており動けなさそうである。
無理に動いても良いが、それよりも確実に大天狗の刀がレイの喉に到達する方が早そうだ。
『去らば……』
「──ッ!!」
『む?』
──その瞬間、身体がボロボロで動く事すら儘ならなかった筈のレイが剣を振るい、大天狗の刀を弾いた。それに対して訝しげな表情をする大天狗だが、疑惑を確かめる為に再び刀を振るう。速度、威力に申し分無く、常人ならば。いや、達人レベルですら当たれば即死の剣技。それをレイは──
「……ッ! やあ!!」
『ほう?』
──またもや弾いた。
同時に地に着いていた片手を軸に、地を蹴りレイが大天狗へと回し蹴りを放ちつつ立ち上がり、距離を置いて構える。
先程まで動けない程の重症を負っていたレイがこの様に俊敏な動きをするなど、大天狗の興味を引くには十分過ぎる程だった。
「私はまだ……負けない!!」
『……。フッ、目の色が変わった。物理的にでは無く、その雰囲気に変化が訪れたという意味だ。成る程、佇まいにも変化が生じている。先程よりも遥かに力が上昇しているのだろう。酒呑童子を倒した力はそれか……』
「……」
ほんの少しの情報からレイの変化を感じ取った大天狗は、これならば酒呑童子を倒せたのも合点が行くと頷いていた。
レイはライたちの中で一番華奢な身体をしている。それはレイが、限りなく人間に近い存在だからだ。しかし、時折見せる自身の全力を遥かに凌駕した力。それがあったからこそ、今まで戦って来れたのだ。
「……」
そんなレイは無言で一歩踏み込み、
『……ッ!? なにッ!?』
──刹那に大天狗の背後へ移動し、烏のような翼を斬り落とさせた。先程舞った孫悟空の腕のように翼が鮮血を散らしながら落ち、辺りに赤い水溜まりを形成させる。
その動きは、"他心"と"天耳"を使用してる大天狗ですら見抜けない程の速度だった。
『……ッ。何だ……この力……。これが死に掛けていた娘の成せる力か……?』
「身体が……痛くない……。さっきより……軽い……!」
この状態のレイは一時的に痛みを忘れる。そして身体能力が遥かに向上する。孫悟空と光速の領域で戦闘を行っていた大天狗が反応し切れない程の速度となれば戦闘速度は光速領域を超越していると見て間違いないだろう。
今までの瀕死状態の時よりも遥かに高い身体能力。それには今日、レイの調子が良いと言う事が深く関わっている事だろう。力に力が上乗せされ、自身の限界の向こう側へ無限に向上し続けるという事である。
『面白い! 見せてみろ、その力!!』
片手に刀、片手に扇。それらを構え、舞を踊るように姿勢を変える。依然として"他心"・"天耳"は使用したままだが、今のレイには関係無かった。
「やあ━━ッ!!」
『ハアッ!!』
瞬間、勇者の剣と刀、扇が鬩ぎ合う。
大天狗が刀で突きを放ち、その刀の先端を剣の先端で突くように防ぐレイ。数ミリにも満たぬ幅にてピタリと止まり、次いで刀を剣から離して放たれたのは山を吹き飛ばす暴風。レイはその風の隙間を見定め、縫うように躱して行く。瞬く間に距離を詰め、勇者の剣を振り被った。
『それならば見極められる!』
「……!」
振り下ろされる剣。大天狗は横に避け、レイは流れるように剣を薙ぐ。それをも躱し、アンバランスな下駄で瓦礫の上に立つ大天狗。それも束の間、次は飛ぶ斬撃が無造作に放たれた。
『舞いでも舞っているような美麗な動きよ。美麗ながらも、その一つ一つに確かな殺意が込められている。良いぞ、これこそ私が望んでいた若者との戦闘だッ! 成長し続ける若者の成長を身に感じられるというのは何とも面白き事よ!』
笑って躱し、片翼の大天狗は空を舞う。だが片翼のみなので長時間飛行する事は出来ず、数秒程で落下する。
しかし、大天狗ならば数秒飛べるだけでもかなり有利に戦闘を運べる事だろう。
「楽しんでいられるのは……今のうちだけだよ?」
『……ほう? 言うな、小娘。ハッタリという訳では無さそうだが、逆に楽しめるというものだ』
距離を詰め、刀と扇を交互に放つ大天狗。刀で斬り掛かり、扇で突く。もしくは扇で風を起こし、刀で突く。レイも返し、弾き、いなし、斬って突く。躱し、躱され、更に突く。突き、防がれ、斬る。弾かれ、斬り躱す。
両者は互いに同じような動きをしつつ単調かつ、かなりの速度でそれらを織り成していた。剣と刀が当たる度に火花を散らし、銀色の剣同士が激突する。
『思考、筋肉の鼓動、諸々の情報で娘の動きは手に取るように分かる……』
「そう」
『分かるのだが……』
「……」
『お主のは少々分かり難さがあるな……!』
「へえ」
二つの神通力を使う大天狗には、自分よりも遥かに力の強い者が相手だとしても対等以上に渡り合える。
しかしながら、レイの動きはその速度のみならず、様々な情報が混雑としていて聞こえ難いらしい。興味無さ気なレイは必要以上の言葉で返さず、大天狗を相手取っていた。
『……。俺が居なくても問題無さそうだな。お陰でゆっくりと再生作業に専念出来るが……傷が完治した訳じゃねえのに何なんだ……あの力は?』
妖力を無くなった腕に纏い、再生作業を続ける孫悟空はレイの事が気に掛かっていた。
話す事すら儘ならない状態だったレイが、何でも無かったように戦闘を続行出来ると思わなかったからだ。
痛みを感じないという事は、身体の危険信号が停止しているという事。つまり、危険な状態が如何程のものか分からないままで戦闘を行っているという事だ。今は有利に戦えているが、いつ危険が迫ってもおかしくない状態だった。
「……!」
『……?』
そして、その時は突然やって来る。大天狗の刀を受けていたレイのバランスが崩れ、片膝を着く。困惑の表情を浮かべる二人だが、何かを理解した大天狗は刀を下げ言葉を綴った。
『成る程。ダメージが消えた訳ではないという事か。身体の状態が一時的に楽になったようだったが、振り返して来るらしい』
「……っ」
大天狗に言われ、歯を食い縛るレイ。前にも戦闘の途中で身体のバランスが崩れ力が抜けた事がある。つまり、戦闘の途中で何処か調子がおかしくなる可能性があるという事は本人も理解しているのだ。
『しかし、この様な状態となっている娘を打ち倒したとしても心残りがある。だからと言って見逃す訳では無いが、何とかならんのか?』
「……」
隙だらけであるレイを前に、このまま倒すのは気が引けると呟く大天狗。正々堂々とした戦闘が望ましいようだが、レイがこの状態では正々堂々というには程遠い。
だが、一度開始した戦闘。途中で止める訳にも行かず悩んでいた。
「気にしなくて……良い……! 私はまだ……やれるから……!!」
『ほう? 見事だ。圧倒的に不利な状況でも立ち上がる心意気。私も返さぬ訳には行かなかろう』
勇者の剣を突き立て、それを支えとして立ち上がるレイ。その様子に大天狗は素直な称賛を返し、改めて刀と扇を構えた。
今のレイに痛みは無いが、本来は感じている筈のダメージがある。フラフラとした覚束無い足取りで剣を構える。
『まだ完全では無いが、戦闘は行えそうだな……』
「当たり前……!」
『フッ、ならば構わなかろう』
即答で返された言葉に笑い、刀を構える大天狗。レイは刀を持っているが、依然としてフラ付いている。しかし、目には光が宿っていた。
『いざ、尋常に──……!?』
──刹那、レイと大天狗の間に向けて一本の"剣"が飛んできた。
飛んできた剣は瓦礫に刺さり、二人はその剣の飛んできた方向を見やる。
『何のつもりだ、斉天大聖?』
『ハッ、テメェは武器二つ持ってんだろ? そんなの不公平だ。だから俺からの差し入れだよ』
痛みを堪えつつ、軽薄に笑う孫悟空。
曰く、大天狗の持つ武器は刀と扇の二つ。しかしレイの持つ武器が剣一本だけとの事で、それは不公平だと差し入れだ。と 告げる。
レイは刺さった剣を見、剣の名を発した。
「……これは……"天叢雲剣"……!」
孫悟空がレイに託した剣。それは先日八岐大蛇の尾から見付かった、"天叢雲剣"。
魔物の国で一段落が付いた時に天界へ持ち帰ろうとしていた剣だが、それをレイに渡したのだ。
『ほう、神造の剣か。一振りで森や草原を薙ぎ払うと謂われている剣』
『それならお前の持ってる剣と組み合わせても十分に力を発揮出来る筈だ』
「……でも……!」
『なぁに、構わねえよ。仏ってのは生き物に手を差し伸べるものだからな』
孫悟空の言葉に口を噤む。そして剣を抜き取り、大天狗の方へと構えた。
美しい銀色の刃を持つ剣と輝く翠色の刃を持つ剣を両手に収め、改めて大天狗に向き直る。
『会話が終わったならば始めよう……いざ尋常に……参る!』
「……!」
一閃、瞬く間に距離を詰めた大天狗がレイに攻め入り、二つの剣を駆使してそれを抑えるレイ。同時に大天狗の扇が広げられ、勢いよく振られる。
それを見切り、一本の剣で扇を抑えもう一本の剣で大天狗へと迫るレイ。何故かレイの思考は読み難いという大天狗はそれを抑え、二人は弾かれて距離を置く。
「やあ!!」
『……!!』
距離を置いた刹那、先程よりも速度の上がったレイが大天狗を斬り付ける。もう片方の翼が切断され、苦悶の表情を浮かべる大天狗。
次の瞬間に二人が振り向き、剣と剣。剣と扇を互いに交わす。それによって衝撃波が広がり、周囲に残っていた瓦礫が全て吹き飛んだ。
『波ァッ!!』
「やあっ!!」
一瞬後に二人の体勢が変わっており、剣と剣。剣と扇が互いの武器を抑えていた。隙を突いて蹴りを放つ大天狗だが、レイは翻ってそれを躱す。
それによって生じた回転力。それに合わせ、二つの剣を振るうレイ。反応し切れ無かった大天狗は二つを受け、身体と顔に横傷を負う。
『力が増している……!』
「やあぁぁぁぁ!!」
上下左右、縦横無尽に斬り付けて行く二つの剣。全てを受け流す事は叶わず、大天狗の刀が折れ扇が弾かれた。
刀が折れ、扇が弾かれた瞬間に新たな刀を二つ顕現させる大天狗だが、レイは二つの剣を扱い大天狗にバツ印の傷を付ける。
『ぐっ……!』
「……ッ!」
勢いに任せて攻めていたレイ。大天狗にかなりダメージを与えたが、レイ自身の身体に限界が近付いており先程受けた箇所から鮮血が噴き出す。
互いに膝を着き、吐血して体勢を崩す二人。既に互いのダメージが募っており、意識が朦朧としている様子だった。
『フム……そろそろ潮時のようだ……。私も少々疲れた……』
「孫悟空さんの後に私との戦闘だからね……けど、手加減はしないよ……!」
『減らず口を。ならばこれでケリを付けよう……!』
「良いよ……」
妖力を纏わせ、巨大な剣を顕現させる大天狗。妖力によって強化されているそれは、先程の剣よりも高い威力を秘めている事だろう。
対するレイは二本の剣を構え、切っ先を向けて体勢を整える。
レイと大天狗。二人の間に静寂が走り、優しく涼しげな秋風が吹き抜ける。それによって二人の髪は揺れ、その風が止んだ。
「『…………!!!』」
──一閃、一秒も掛からずに二人は二人を通り抜け、正面から向き合っていた姿が背中合わせの姿に変わる。
次の瞬間、大天狗の刀が根本から粉々に粉砕した。
*****
『見事だ……! 若き女剣士よ……!! この戦闘、我が生涯に刻まれた……!!』
「……」
同時に倒れる、レイと大天狗。レイは二本の剣を使い、大天狗の刀と大天狗を斬り付けた。それによって大天狗は確かなダメージを受けたのだ。
二人は動かず、辺りはシンと静まり返る。そこに近付く一つの影。
『どうやら……アイツは意識を失ったらしい。で、アンタはどうする?』
──斉天大聖・孫悟空。生えたての腕を押さえ、フッと笑いながら大天狗に話した。
『……フフ、もう良い。今回はあの娘の勝利だ。若い才能を見るのは素晴らしき事だ。まだ残っている微かな力……それを使って此処から消える……このままでは私も持たぬ……最悪、死に至るだろう……それ程の戦闘だった……』
『そうかい』
何処からか現れた木の葉に紛れ、姿を消し去る大天狗。微かな妖力という事から、本当に限界が近かったのだろう。仏の慈悲か、はたまた片腕を失った自分を狙わなかった事への借りを返したのか、孫悟空は小さく呟く。
孫悟空は目の前に倒れるレイを見、妖術を使って傷を癒す。後は下手に動かさず、その場で待機するのみだろう。
相手の部下兵士を倒している孫悟空たちを待ちながら、赤い歩廊に腰を下ろす。治療したとはいえ、孫悟空自身にとっても楽な戦いでは無かったようだ。
レイ、孫悟空vs大天狗の戦闘。それは二人が倒れ、一人が疲労困憊という形で幕を降ろしたのだった。




