四百三話 vs大天狗
『『『伸びろ、如意棒!!』』』
『『『ギャッ……!!』』』
孫悟空たちの持つ赤い神珍鉄から造られた如意金箍棒が伸び、強化された状態で群れを成す兵士達を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた兵士達は散り散りになって離れ、紅い街の建物に激突して粉塵を巻き上げた。
『『『ギャアアアァァァァッ!!』』』
しかし収まる事無く、敵の兵士達は距離を詰める。爪を、牙を、自身の肉体を使い、止まる素振りすら見せずに直進した。大天狗の術によって身体が強化されているが、恐らく半ば意識の無い状態なのだろう。
厳密に言えば意識はあるのだろうが、溢れる力を制御し切れていないという事である。
『厄介だな』
『面倒だな』
『億劫だな』
孫悟空の分身たちは各々で言い、改めて如意金箍棒を構える。面倒臭い事なのだろうが、本体とレイが主力と戦っているので足止めをやめるつもりは無さそうだ。
『まだまだ来る魔物の群れ』
『妖怪の群れ』
『生物兵器の群れ……』
『纏めて片付けるか』
孫悟空の分身たちは跳躍し、再び兵士達を薙ぎ払う。此方の足止めは、順調そうに進んでいた。
*****
「やあ!」
『伸びろ、如意棒!!』
『フン。かなり速 いが……私にとっては遅い……。取るに足らんな』
レイと孫悟空が大天狗に仕掛けるも、神通力の一つである"天耳"を使用しており、ありとあらゆる常人には聞こえない音すら聞き分ける大天狗は次の動きを理解しているかの如く躱していた。
"他心"と違い、相手の考えを読める訳では無いが今の大天狗は"他心"と"天耳"を両立させている。故に、レイと孫悟空の次の動きを理解しつつ、次の次の動きすら読む事が可能な様子だった。近接メインの戦闘方法であるレイと孫悟空には、中々面倒な相手となっている事だろう。
『女剣士よ。我らの幹部である酒呑童子を破った事からかなり腕の立つ者と見受ける。故に、稽古を付けてしんぜよう』
「……? 何を言っているの? 私は──」
『──"貴方を本気で倒すつもりで仕掛けている。そんな事に付き合っている暇は無い"……か。フッ、肝の座った娘だ』
「……!!」
レイが言い切るよりも前にレイの言おうとした言葉を言い終える大天狗。相手の考えを読めるという事は、次に何を話そうとしているのかも読めるという事。言いたい事を阻止されるというのは、それだけで気が散りそうである。
「……」
『"ペースを乱されるから、もう余計な事は言わない"か。それが良いだろう。その方が戦闘を行うに当たっても都合が良い』
「……! ……。はあ!」
大天狗に向けて駆け出し、勇者の剣を振るうレイ。大天狗はヒラリと舞うように躱し、下駄で剣の側面に立つ。それに気付いたレイは剣を振り上げ、大天狗を引き離した。
剣が振り上がると同時に大天狗は空を飛び、烏のような翼を広げて不敵に笑う。
『フッ、何処が隙だらけなのだ?』
『……!』
翼を羽ばたき、背後から亜光速で近寄っていた如意金箍棒を軽く翻って躱す大天狗。
大天狗が発した誰も言っていない言葉は、孫悟空が内心で隙だらけだと考えたのでそれを否定する為に発したのだろう。伸び続けた如意金箍棒は、貫いた遠方の建物を粉砕しながら縮んだ。
「……ハッ!」
『ほう、人並み外れた跳躍力を見せる』
赤い歩廊を蹴って跳躍し、空を舞う大天狗に近寄るレイ。大天狗は人でありながら人を逸脱した跳躍力を見せるレイに感心した面持ちで告げ、一度翼を羽ばたいて躱した後近くの建物に移動した。
「……! 届かない……!」
振るわれたレイの剣は虚空を斬り、本人は重力に伴って落下する。危な気なく赤い歩廊に着地したレイは、即座に大天狗の方を見上げた。
『惜しいな。人の中で、魔法使い・魔術師ではない者は殆ど飛べぬ。空へ行けば大抵躱せるな』
『なら、空を移動出来る妖怪ならどうだ?』
『無論、対処するのは容易な事よ』
觔斗雲に乗り、如意金箍棒を振り回しながら大天狗へ近付く孫悟空。大天狗はそれも見切り、紅い建物から跳躍して扇を振るう。刹那に暴風が吹き荒れ、建物ごと孫悟空の觔斗雲を吹き飛ばした。
『伸びろ如意棒!』
『ほう? その体勢で仕掛けて来るか』
觔斗雲から落とされ、空中で逆さになりながらも如意金箍棒を伸ばす孫悟空。
消えた觔斗雲の心配をしていない理由は、元々觔斗雲が孫悟空の仙術だからだ。吹き消されたとしても、問題無く新たに創り出す事が可能なので気にせず如意金箍棒を放ったのである。
しかしそれも大天狗には当たらず、大天狗は扇を仕舞い腰に携えた刀を取り出す。
『しかし、空では身動きが取れまい』
『ああ、知ってるぜ』
翼を一回だけ羽ばたかせ、一瞬にして孫悟空の前に姿を現す大天狗。孫悟空は軽薄な笑みを浮かべて如意金箍棒を地に刺し、その反動で距離を置き建物に着地した。
「やあっ!」
その瞬間にレイが斬撃を飛ばし、空を飛ぶ大天狗へと斬り付ける。勇者の剣は、未熟なレイですら一振りで森を消し去る力を持つ。故に、斬撃を飛ばして遠距離を狙うのは容易いのだ。
力のある剣士は微かな魔力などを使って斬撃を飛ばせるが、レイの場合は違う。剣その物に特別な力が宿っているのだ。その数は定かでは無いが、かの魔王を討ち滅ぼした勇者の剣。全能に近い術を剣が宿していても何ら不思議では無い。
『その動き、読めてるぞ……!』
抜いた刀を使い、飛ばされた斬撃を弾く大天狗。"他心"で心情が分かり、"天耳"で動きが分かる大天狗の前では、隙を突いた一撃だとしても苦にならず防がれるのだろう。
『伸びろ如意棒!』
『それもだ』
レイの斬撃を防いだ大天狗に向け、亜光速で放たれる如意金箍棒。軽く身体を動かし、大天狗はそれを躱す。同時に再び孫悟空との距離を詰め、その首元へ刀を近付ける。
『動きを読めても、俺の戦闘速度は神速だッ!』
『つまり、先を読まれたとしても身体能力で圧倒出来ると?』
『あれ? そう言わなかったか?』
『流石は妖怪の時から神に等しかった斉天大聖だ。傲慢で図々しい』
『ありがとよ』
体勢を変え、刀を躱した瞬間に如意金箍棒を突き付ける孫悟空。大天狗はそれを躱し、次の刹那に如意金箍棒は大天狗の顎下に来ていた。
『成る程、速いな』
『伸びろ如意棒!』
如意金箍棒は顎下から亜光速で天に上る。大天狗はそれを仰け反って避け、如意金箍棒は雲まで突き抜け上空の雲に大穴を空けた。
『ハッ!』
『ラァ!』
如意金箍棒が天に上り、隙が出来た孫悟空に刀を向ける大天狗。だが孫悟空は何時の間にか如意金箍棒を縮めており、大天狗の刀に当てて防ぐ。
「そこ!」
『同時でも無駄だ』
跳躍と同時に大天狗と孫悟空の居る建物に姿を現すレイ。大天狗は神通力でそれを見極めており、扇で勇者の剣を防いだ。それと同じタイミングで刀を弾き、扇を仰ぐ。それによってレイと孫悟空は建物の上にて距離を置かれてしまった。
『これでも駄目か。相手の思考と動きを完璧に把握しているとなれば、かなり面倒臭い敵って訳だ』
「うん、どんなに不意を突いても不意を突けないって事だからね……。何処から攻めても、全ての場所が把握出来てるみたいだから……」
大天狗を挟むように囲うレイと孫悟空は、大天狗の厄介さを話す。こっそり話しても意味が無いので堂々と話しているが、打開策はまだ見つからなそうである。
『会話している暇などあるのか?』
『無いな』「無いね」
勇者の剣と如意金箍棒を構え、大天狗に肉迫する二人。大天狗は刀と扇を構え、同時に二人を相手取る。
勇者の剣を次は刀で受け止め、横から放たれる如意金箍棒は扇を使っていなす。二つを躱した大天狗は妖力を纏い、烏のような翼を使って空を飛ぶ。そして上空にて、レイと孫悟空へ狙いを定めた。
『"妖術・火雨"』
同時に放たれる炎の雨。レイと孫悟空は転がるように避け、己の武器を使って炎を薙ぎ払う。そのまま移動して大天狗を見、二人は跳躍した。
「やあ!」
『ハッ!』
『フンッ!』
空中で織り成される戦闘。剣と刀がぶつかり合ってレイが弾かれ、如意金箍棒が扇にいなされる。
二人を一瞬でも離した瞬間に大天狗は更に上空へと行き、高々と扇を掲げた。
『フッ!』
同時にそれを振るい、爆発的な暴風を引き起こす。山を吹き飛ばすというそれは、一振りでレイと孫悟空の立っていた建物を吹き飛ばした。
『やっぱ芭蕉扇よりも遥かに威力は高いな。まあ、その扇の場合はアンタ自身の力を上乗せさせて強化しているんだろうけどな』
『そうだな。だが、この扇は戦闘に置いてもかなり使える。一振りで敵を打ち倒せるからな。便利なものだ』
『そうかい』
着地するレイと孫悟空。大天狗は翼を広げたまま不敵に笑ってその様子を眺める。確かにあれ程の力を宿す扇ならば群れる敵や個人の敵だとしても十分に戦えるだろう。
『そうだ、忘れていた。娘に稽古を付けるんだったな』
「……!」
扇と刀を構え、レイの前に降り立つ大天狗。瞬間的にレイの首元へ刀が向けられ、予想以上の速度で放たれるそれを辛うじて躱す。
『避けたか』
「やあ!」
躱した瞬間にステップを踏みつつ移動し、剣を振るって薙ぐレイ。大天狗はそれを容易く避け、刀で剣を弾いてレイの腹部に蹴りを入れる。
「……ッ!」
蹴られたレイは吹き飛び、建物の瓦礫を打ち崩しながら粉塵を巻き上げる。まだ戦闘続行可能だろうが、瓦礫を退かす作業と再び距離を詰める作業で数分は掛かるだろう。
『さて、今のうちに敵の一人を打ち倒しておくか』
『ハッ、出来るのかよ』
『何度言ったか分からぬが、もう一度言おう。──無論だ』
『……ッ!』
大天狗の言葉に反応し、近付いていた孫悟空が棒を伸ばした。大天狗はそれを脇に挟んで受け止め、身体を横に動かして伸びた状態の如意金箍棒を持ち上げる。そのまま回転し、如意金箍棒を掴む孫悟空を赤い建物に激突させた。
思考、次の動き。全てを見えているからこそ、大胆に動く事が出来る。建物を巻き込み姿が見え難くなったとしても何処に現れるか分かるのだ。
『あの一瞬で棒を離したか……!』
『ああ、如意棒は増やせるからな』
背後から亜光速で近寄る如意金箍棒。大天狗は軽く横に反れて躱し、棒を踏みつけ棒の上を駆け行く。
『ハッ、随分と身軽なもんだな』
『ああ、よく言われる』
如意金箍棒を上げ、駆ける大天狗を天に飛ばす孫悟空。同時に如意金箍棒を放ち、それをヒラリヒラリと蝶のように躱す。空中で体勢を整え、再び扇を振るった。
それによって暴風が生じ、孫悟空に向けて叩き付けるような風が吹き抜ける。大砲よりも強大な力を持つ風のみでクレーターが造られ、深さ数百メートル程の穴が開く。
『重い風じゃねえか……!』
『だろうな。山を吹き飛ばす風が叩き付けられれば、隕石並みの破壊力はあるからな』
凄まじい風量の風を受けつつも、ダメージ無く姿を現す孫悟空。如意金箍棒を回しており、勢いよく大地を踏み込んで跳躍した。
風の重さで押さえ付けられているが、斉天大聖が隕石程度の風で止まる程では無い。瞬く間に大天狗の眼前に迫り、如意金箍棒を構える。
『飛べぬお主に空中戦は不利だろう。しかし手は抜かぬぞ』
『上等だ。手加減されるのは気に食わねえからな』
刀と如意金箍棒がぶつかり合い、火花を散らす。二人は弾かれ、建物に激突して粉塵を巻き上げる。
「やあ━━ッ!」
『来たか。知っていたがな』
「……!」
瓦礫に居る大天狗へ向け、瓦礫から抜け出したレイが剣を振るう。
しかしレイの顔へ大天狗が刀の峰を打ち付け、殴られただが吹き飛ばされず次の瞬間に脇腹へ刀の峰が打ち付けられた。レイの骨は軋み、その表情は苦悶に歪む。
『フッ、まだ稽古は終わっていなかったな』
「……ッ!」
脇腹に打ち付けられた刀。それは次にレイの腕と太腿を切り裂き、怯んだレイの首元に近付いた。レイは何とか仰け反って躱す。
『貰った……!』
「……! しまった……!」
そして、躱した方向は大天狗が既に把握している。つまり、躱した事によって隙だらけとなったレイの動きなど、大天狗に掛かれば容易に捉えられるという事だ。
振り下ろされた銀色に輝く刀。それは無慈悲にレイの方へ──
『っと、危ねえなッ!』
「……! 孫悟空さん……!」
──振り下ろされるよりも速く、別の方へ吹き飛んでいた孫悟空が駆け付けレイを庇いながら刀を受けた。
「……! 孫悟空さん……!」
『……ッ! ……ハッ、なんつー速さだ。完全には間に合わなかった……!』
そして天を舞う、一本の──"腕"。
その腕は鮮血を散らしながら落ち、その腕を中心に血液の水溜まりが形成される。空を映す赤い水溜まりは風に揺れ、穏やかに揺らいでいた。
『流石は仏の使いだな。娘を庇って己の腕を落とすか。かつて大戦争を仕掛けた悪逆非道な大妖怪には見えぬ』
『ハッ、ありがとよ。仏の使いとして慈悲を褒められんのは誇りだ。かつての悪党も人を護れるって事だからな』
『褒めた? フッ、世迷い言を。褒めたのでは無く、哀れんだのだ。たかが人間を護る為に己を犠牲にするとはな。この娘が実力者ならば斉天大聖が護らずとも防げただろうに』
『成る程な。まあ、それはいい。女相手に手加減はしろよな?』
『戦闘に置いて女子供は関係無いだろう。此処に居る時点でその覚悟は決まっている筈だからな』
『手加減無しか。ま、らしいっちゃらしいな』
血液の流れ続ける片手を押さえ、脂汗を流しながら苦笑を浮かべる孫悟空。大天狗の刀がそれ程の威力で振り落とされたという事だ。妖力によって強化されているので、軽く振るだけで山河を一刀両断出来る事だろう。
斬られた孫悟空を見たレイは唖然としていたが、ハッとして孫悟空を庇うように前に出る。
「……! 孫悟空さん、下がっててください……私の所為でこうなってしまったのなら……私がケジメを付けます……!」
『……。ハッ、そうか。なら任せた……腕を生やすのには少し時間が掛かるからな……』
「はい!」
力強く返すレイ。此処で自分が名乗ったとしても、片手が使えないのなら足手纏いになると理解しているからだ。孫悟空程の者ならば容易に腕を生やす事も可能。少し経てば戦闘続行可能だろう。
『フッ、それで良い。覚悟を決めているのならば、斉天大聖に庇われる事無く戦闘を行ってみろ。実力だけならば斉天大聖の方が圧倒的に上なのだからな……』
「知ってるよ……! だから、私の所為で怪我したなら私が責任取る……!」
『フッ、面白い』
剣を構え、恐怖を見せずに大天狗へ構えるレイ。その心意気に笑う大天狗は片手に刀を構え、扇を携える。自分の所為で腕を無くしてしまった責任も感じているレイ。だからこそ、より力を込めているのだろう。
レイ、孫悟空と大天狗の戦闘は、孫悟空の負傷によってレイと大天狗の一騎討ちに持ち込まれた。




