四十話 ライvsダーク・決着
衝撃を撒き散らし、至るところを砕きながら行われるライとダークの戦いは、更に激しさを増していた。
「オラァ!」
「……!」
ライが拳を放ち、ダークがそれを受け止める。先程から何度も行われている事だが、二人の身体能力によって繰り出されるその動作は一撃一撃が莫大な破壊力を生み出していた。
ちょっとした幻獣・魔物ならば一瞬で粉々にされる程だろう。
事実、山に生えている大木が一瞬にして木っ端微塵になっている。
「ダラッ!」
それによって生み出された粉塵を吹き飛ばし、ライは蹴りを放つ。
「……!!」
その蹴りに対しダークは、身体を横に反らして躱した。
それを見計らい、ライは蹴りを放った方の脚とは逆の脚を重心とし、回転して流れるように裏拳を放つ。
「……ッ!」
勢いを増すライの攻撃にダークは防ぐのが精一杯だ。
その様子を見たライは軽薄な笑みを浮かべ、ダークに向けて言う。
「オイオイ……どうした? 動きが鈍くなっているぞ? 体力の限界か?」
「フッ……抜かせ! まだまだだよクソガキ!!」
ダークは口で言うが、精々ライの動きに着いていくので手一杯だ。
ライもライで自身の変化に驚いていた。
──そう、『自分の動きが、明らかに良くなっているのだ』。
(一体どうしたんだ……俺……。さっきまでは魔王の力を二、三割くらい使って互角だったのに……)
半分以下の力とはいえ、ライは魔王(元)を纏って戦い、それに食らいついて来たダークだが、そんなダークが今のライにはそれほど強敵と感じていなかった。
そんなライを見て、笑うように話し掛ける魔王(元)。
【クク……何度も言っただろ? お前の力はどんどん強くなってんだよ。その力は今より圧倒的に強くなり、いずれは俺を抜かすって事だ。なんら不思議じゃねえ。お前は魔族の中でも上位の潜在能力があるんだ。実際、俺では防げねえ物理攻撃の斬撃を防いだしな。多分今のお前の力は、数週間前だが……昔のお前が魔王を纏った時よりも強い筈だぜ? ま、精々俺の二、三割程度だがな】
ククククク……と高笑いのような声を出し、ライに言った魔王(元)。
ライもその事には驚きを隠せなかった。
魔王(元)の話を聞いていると、目の前にダークが迫って来る。
「急に止まってどうした? 隙だらけだぜッ!!」
「……ぐっ!」
そしてライの隙を突き、ダークの拳がライの顔を捉える。
ライは勢いに負け、山を貫通しながら吹き飛んだ。
「まあ、今のは油断した俺が悪いな……」
「ああ、戦いは一瞬の隙が命取りだぜ? お前が魔族じゃなけりゃ死んでいた。まあ、お前は普通の魔族よりは圧倒的に強いがな」
口を切って少し吐血した口元を拭い、呟くように言ったライへ返すダーク。
今更だが、ダークも相当な腕の持ち主だろう。
「そうだな、油断は禁物だ。(魔王、取り敢えず今はアイツを倒すからな)」
【へいへい。わーったよ】
魔王(元)に言い、魔王(元)を静かにさせるライ。
にわかには信じがたいが、確かに自分は強さが増しているらしい。
「さあ、続きといこうか? さっきも言ったように、仲間が心配なんでな」
「クハッ! さっさと終わらせるってか? 上等だよクソガキ!」
気だるそうなダークは完全に消え去り、戦闘狂と化したダーク。
そしてライとダークは向き合い、改めて構えるのだった。
*****
「よし……と、これで良いのか?」
「ああ、ご苦労様」
「まあ、念には念を入れなきゃね」
フォンセが言い、エマが返す。
レイ、エマ、フォンセの前にはフォンセの束縛魔術で捉えられたオスクロ・ザラーム・キュリテが居た。
三人は生きており、ブツブツと文句を言う。
「オイオイ……これは酷くねえか? 俺は今ズダボロなんだが……骨も結構折れてるぜ? ぶっちゃけ超痛ェ……」
「ああ、だな。俺も感電して切られた挙げ句縛られるって……。気絶しているときしか休めなかったぞ? 愛刀も取られるしよ」
「そんな事よりも私って本当にヴァンパイアにならないのよね……?」
レイたちによって大きなダメージを受けていたにも拘わらず、文句を言う事が出来るまでに回復した三人衆。
キュリテは相変わらず不安そうな表情で首筋を、僅かに動く手で触れて確かめている。
「大丈夫と言ったろ? まあ、逃げられる物なら逃げても良いぞ?」
「貴女性格悪いって言われない?」
ニヤニヤと笑うエマを睨み付けるキュリテ。
魔術によって生み出された縄は、弱っている状態のキュリテが超能力を使っても抜け出せないのだ。
魔法・魔術と超能力は違うが、自分の魔力によって生み出されたモノという事は変わらない。
なので、相手の魔法・魔術で身動きを封じられた場合、魔力の力が勝っている方が上に立つのだ。
それに加え、ヴァンパイアにならない程度とはいえ、血と精気を吸われたキュリテは力が著しく低下している状態だ。
まあそもそも、エマがヴァンパイアにする気が無ければヴァンパイアになることもなく、条件によっては"グール"・"グーラ"になる事もある。
──"グール"・"グーラ"とは、一応説明しよう。
グールは退色と姿を変えられる、砂漠地帯に棲むと謂われる悪魔だ。
墓をあさり、人間の死体を食したり、幼い子供を補食するという。
変身能力こそヴァンパイアに劣るが、人間に化ける事も出来るらしい。
色を変え、保護色として類似透明化も出来るが、やはりヴァンパイアに劣る。
そして、ヴァンパイアによって血や精気が吸われた場合、男女の交わりを経験したことのある者がグール・グーラになるという。
「性格が悪い……か。確かにそうだな。私はヴァンパイアとして他の生き物を餌としか見ていなかった。まあ、今は大分変わったと自分でも思うぞ?」
「ふーん、そう。私だって油断しなきゃ貴女を簡単に倒せるんだからね!?」
エマは一瞬遠くを見たが、直ぐに気を取り直す。
キュリテはその気になれば勝てたという。
結果的には負けているのだから幾ら吠えようと格好が付かないだろう。
「まあ、後はお互いのリーダー対決の決着を待つとしよう」
「うん。そうだね」
「まあ、アイツなら勝てるだろうさ」
エマは砂が舞い上がっている遠方を眺めるように見て言い、レイとフォンセも同意するように頷く。
「無視しないで! 何か惨めに感じる!」
「もうとっくに惨めだがな」
「ああ、言えてる」
レイたち三人の様子を見たキュリテは吠え、そんなキュリテを見たオスクロとザラームは呆れている。
どちらにせよ、後の勝負はライとダークのみである。
レイ・エマ・フォンセとオスクロ・ザラーム・キュリテはお互いのリーダーが勝利する事を信じて待つのだった。
*****
「……」
リヤンは心配そうに砂煙が舞い上がっている方向を見る。
ライと知り合って数時間しか経過していないが、その腕が負っていた傷はたった数分で完治するほどの軽い物では無かったからだ。
いくら治りが早いとはいえ、あれほどの傷が数分で治るわけが無い。
『クゥーン……』
『ブルフフ……』
フェンリルとユニコーンは訴えるような目でリヤンを見る。
「……でも……私たちが行っても足で纒いにしか……」
『『…………』』
リヤンの言葉に静まるフェンリルとユニコーン。
フェンリルとユニコーンは野生的の勘でダークの強さを知っていた。
リヤンもリヤンで、相手の強さを把握していたのだ。
リヤン、フェンリル、ユニコーンは、ライの傷が開かない事をただ願うしかなかった。
*****
「ゴラァ!」
「……!」
ダークの蹴りによってライが吹き飛ばされる。
ライは腕で防いだが、蹴りの衝撃で後ろに飛ばされたのだ。
ライの様子に違和感を覚えたダークはライへ尋ねる。
「オイ、どうした? 急に動きが悪くなったな……? 手ェ抜いてんのか?」
ダークの言葉にライは一瞬考えるが、直ぐに顔を上げてダークへ言う。
「……まあ、そんなところだ。お前もあっさりやられたら他の奴らに示しが付かない筈だろ? 魔族の国でそれなりの地位と力を持っているって言っていたからな」
「あ?」
挑発するように言ったライを睨み付けるダーク。
馬鹿にされたということより、自分の力を侮られていることが気に食わなかったのだ。
「じゃあ、逆にお前を倒してやるよ……!」
苛立ったダークは踏み込み、ライへ向かう。
ライは体勢を立て直し、『片腕で』迎え撃つ構えに入る。
「ゴラァ!」
「オラァ!」
二人はほぼ同じタイミングで拳を放ったが、ライの放った拳により、ダークの拳が押し負けた。
それによってバランスが取れず、体勢が崩れたダーク。
ライはその隙を突き、流れるように蹴りを繰り出した。
「……グハッ!」
ライの蹴りはダークの腹部を捉えた。ダークは内臓が傷付いたのか、口から血を吐いて吹き飛ぶ。
「まだだッ!!」
ライはそれを確認し、直ぐにダークが飛んだ方向へ向かう。
「オラァ!」
「……ガッ!」
そして直ぐダークに追い付き、吹き飛び続けるダークの背部を蹴り上げた。
背部を蹴られたダークは口から空気が漏れ、天高く打ち上げられる。
「これでどうだァ!!」
ライは打ち上げたダークの更に上へ跳躍し、空中で踵落としを放ち、ダークを打ち落とした。
ダークは声を上げる暇もなく、さながら隕石の如く勢いで地面に叩き付けられ、大地が凹んで山の山頂が平坦な道となる。
ライも着地し、その巨大な穴の中心に向かう。
「……やってないか……」
「ああ、まだだ……。痛ェじゃねえかよ……クソガキ……!」
ライが繰り出した連続攻撃でボロボロだが、まだはっきりと意識を保っているダークが穴から出てくる。
その目は血走っており、相当苛立っている様子だ。
そんなダークを見てライは呆れながらも感心して言う。
「本当にタフだな……あの攻撃を受けても意識を失わないって……つーか、普通なら死んでるぞ?」
そう、ライがダークへ仕掛けた攻撃は一つ一つが山や河を軽く破壊できる程の威力を秘めているのだ。
しかしダークは、出血や痣などの怪我を負っているが致命傷ではなかった。
「まあ、身体能力が高いって事は要するに、『肉体が頑丈』って事だからな。いくら強い力を持とうと、身体が耐えなかったら自分の力に殺されちまう」
生き物というモノは、脳から発せられる信号で動く。それは誰でも知っている事だろう。そして、その脳はその意思で身体の力を七割程度に抑えているという。
十割を出してしまうと、身体が追い付かず、怪我などのあらゆる不調をきたすという。
つまり、身体能力が高いということは、それだけの負担を受けられる肉体を持っているという事なのだ。
ダークは言葉を続けて言う。
「だが……どうしたんだお前も。急に焦ったような攻撃だったな……そして片腕を使わないように注意をしていた……。何だ?『何処か痛むのか』?」
「……へえ?」
ライは、ダークの観察力に感心した。
頭に血が上っている状態にも拘わらず、ライの行動からライの状態に気付いたからだ。
ライは苦笑を浮かべ、片腕を見せるようにダークへ言った。
「正解だ。ちょっとした戦いで傷を負っていてな……。応急措置もしてたし、多少無理しても大丈夫かと思ったが……そうじゃなかったな」
そう、ライの傷が開いたのだ。
ライは無理をしたら傷口が開くと理解していたのだが、中々の強敵だった為、少々苦戦してしまった。
ライの傷口を見てダークは笑いながら言う。
「おーおー、痛そうな傷口だ……。普通立てねえぞ? ……じゃあ慈悲を込めて……──さっさとお前を殺して楽にしてやるよ」
ゴキッ! と首を鳴らし、身体に力を入れるダーク。
ライも笑って返した。
「そうか……俺も早く傷を治したいし……──さっさとお前を倒すか……」
そして、再びライを漆黒の渦が包み込む。
魔王の力を四割にしたのだ。先程よりも力を増すライ。痛みが少しマシになり、周りの大地が更に凹む。
「これで……」
「終わりだ……」
ライとダークは同時に駆け出した。
二人は大地を蹴り砕き、地面が抉れ、粉塵が巻き起こる。
そして、二つの黒い力がぶつかった。
「「食らいやがれェェェッッッ!!!」」
──刹那、辺りに凄まじい衝撃が走り抜け、近くに生き物が居たのなら鼓膜が砕け散る程の轟音が辺りに広がった。
その衝撃は、二つの拳がぶつかっただけで巻き起こったものであった。
その衝撃は留まる事を知らず、抉れた山を更に抉り、大地が拉げて大きく変化させる。
それによって上空の雲が吹き飛び、澄み渡った青空が顔を覗かせる。
そしてその勝負の行方は、次の瞬間に決まる事となった──
*****
──辺りには何も残っていなかった。
──『二つの影を除いて』……。
「……。……チッ……俺の……負け……か……クソ……ダリ……ィ……」
バタン。と、ダークが倒れる。
ライは視界が霞み、ボヤけていたがハッキリと確信した。
「……俺の……勝ちだ……!」
治り掛けの片腕が再び砕けており、シュヴァルツの時に近い重傷を負っているライ。
しかし、その砕けた腕を天に掲げ、勝利宣言をした。
魔王の力を四割まで出したのだが、それを受けても気絶する『程度』ですんだのならば、やはりダークもかなり強かったのだろう。
「……あれ……?」
次の刹那、ライの力が抜けた。
どうやら脳の出していた危険信号が、腕が完全に砕けた事により限界に達したのだろう。
常人や普通の魔族ならば元々失神している筈だ。それに加え、少々疲労もあった。
酸素が脳まで渡らず、息苦しくなって視界が暗くなり……──
「……大丈夫?」
──ポスッ、と柔らかい物の上にライが倒れる。
それによって意識が少し戻り、ライは顔を上げて自分を受け止めたその者に言う。
「……リヤンか……ああ……悪い……やっぱ……まだ腕がヤバかったらしい……」
「……うん……知ってる……」
リヤンがライを受け止め、地面に倒れるのを防いだ。
そしてライは、リヤンに着いてきていた者たちにも言う。
「レイ、エマ、フォンセも心配したか……?」
「……うん、とっても……。負けることは無いって分かっていたけど……ライは大切な仲間だもん。心配しない方がおかしいよ……」
「そうだな……。が、まあ、まだ話せるだけの力は残っているらしい」
「そこに倒れている奴も連れてくか……あと腕を出せ、応急措置をする」
レイ、エマ、フォンセがライの質問に答え、フォンセがライに応急措置を施す。
応急措置を終えたあと、リヤンは自分の胸に倒れたライをフェンリルの上に移す。
そしてリヤンはユニコーンに座り、横になっているライに言う。
「少し寝てて良いよ……。湖まで送るから……」
「ああ、悪いな……」
ライがリヤンに返し、ライの近くに乗ったレイ・エマと、リヤンと共にユニコーンに乗ったフォンセも言葉を発する。
「生憎、場所が分からず知り合いもいないからな……"空間移動"を使うことも出来ない」
「ゆっくり休んでいて。ライ」
「お前は断るだろうが、私の血液も少し入れておいたぞ。痛みはマシになっただろ?」
ライは申し訳なさを感じつつ、四人の気持ちが素直に嬉しかった。
フェンリルの背に乗せられて、レイ・エマ・フォンセ・リヤンに内心で感謝しながら目を瞑る。
そうして、ライvsダークの戦いはライが勝利を収めたのだった。