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三百九十八話 エマvsシュヴァルツ

「"連鎖破壊チェイン・ディストラクション"!!」


「ふふ、当たらぬぞ?」


 その名が示すよう、連鎖するように周囲の空間が砕けて行く。その破壊の連鎖と欠片を縫うように避け、シュヴァルツに詰め寄るエマ。

 エマを追うように空間が砕けて行くが、エマの速度に追い付かず破壊魔術は空間のみを砕いて行く。


「ハッ、テメェ本体は元々ダメージねェだろ! 周囲の木やテメェの傘を狙ってんだよ!!」


「随分と姑息な方法だな、敵の主力よ?」


「テメェが砕けねェからだろうがッ! 本当にヴァンパイアの不死性は厄介この上ねェな! んの野郎! いい加減にしやがれってんだ!」


「……。言葉とは裏腹に、口元が緩んでいるぞ?」


「クク。つまりは簡単に終わらねェ戦闘が続いているって事だからな? 自然と浮き足立っちまうんだよ!」


 笑みを浮かべながら周囲の空間を砕くシュヴァルツ。口では悪態を吐いているが、その態度からエマとの戦闘を楽しんでいるという事が窺える。

 実際、基本的に当たればその時点で勝利が確定したも同然の破壊魔術だが、再生力が生物の領域から逸脱しているヴァンパイアが相手なので幾ら砕こうと再生する。

 戦闘を楽しみたいにも拘わらず、大抵の戦闘が簡単に終わってしまうシュヴァルツだからこそ楽しんでいるのだろう。


「そうか、どうでもいいな。貴様が楽しみたくとも、私は淡々と貴様を仕留めるだけだからな」


「それで構わねェぜ。簡単に終わらせられる奴が相手じゃ、俺的にもつまらねェからな。楽しんだもん勝ちだ」


「一理あるな」


 刹那、エマが手を掲げて天空からいかづちを落とした。シュヴァルツの纏う破壊魔術にいかづちが降り注ぎ、青白い光の欠片となって辺りに散った。


「だろ? それと、もうさっき見てェに感電はしたくねェんで気は抜かねェようにするんでそこんとこ夜露死苦」


「ふん。常に破壊の鎧を纏っているようだが、それを剥ぐ方法など幾らでもある。気を抜かなくとも、貴様の敗北は確定しているのだからな」


「それを決めるのは俺自身だ……! "破壊ブレイク"!!」


 硝子のようにヒビが入り、そのまま割れる空間。先程の破壊と合わせ、シュヴァルツが砕いた空間は多数。それはつまり、エマから逃げ場を奪ったという事だ。

 気付けばエマとシュヴァルツの立つ土地のみが隔離されており、森から切り離されて独立していた。辺りには黒いとも暗いとも覚束無い、吸い込まれるような闇の空間が広がっていた。


「成る程な。攻撃が当たらぬのならば逃げ場を減らしてしまえば良いと考えたのか」


 砕けた周囲を見渡し、隔離されたような空間でも余裕のある態度でたたずみながら呟くエマ。ヴァンパイアは俊敏な動きを行える。つまり、それを容易くは実行出来ぬ空間を創り出してしまえば良いという事だろう。

 シュヴァルツは獰猛な笑みを浮かべ、両手を仰々しく広げて返す。


「ああ。因みに余談だが、この砕けた空間の闇に落ちたらどうなると思う?」


「何だ、余談と言いつつ質問するのか。面倒だ。さっさと言え。もう既に貴様の頭上にはありとあらゆる天候を創り出した」


「ハッ、短気だな。もう少し楽しもうぜ? っとまあ、それはさておき……答えは戻れなくなる、だ。俺のような空間に干渉する力を持つ者以外はな?」


「……」


 空を一瞥したあと回りを見渡し、エマにも視線を向けるシュヴァルツ。空間の砕けた穴に入り込めば、二度と戻れなくなるらしい。それだけでも十分な説明だが、詳しく知りたいエマは次の言葉を待つ。その横でシュヴァルツは言葉を続ける。


「全てを切り離した虚無の空間。空間が無くなった空間っていう矛盾した場所が穴の奥に続いているんだ。俺も何度か行った事はあるが、何処までも何処までも黒くて暗い空間だった。色んな道具を使って数光年先の場所まで行ったが、そこにも何も無い。だから奥には何も無いと結論を出した」


「ほう。破壊魔術を扱う本人でも詳しく分からない空間か。それは落ちたら大変だな。気を付けなくては」


「ああ、気を付けな。逃げ場が無くなったテメェ自身がな」


 僅かな足場を踏み込み、加速してエマに肉迫するシュヴァルツ。全身に破壊魔術を纏っているので少ない空間が更に削れて砕ける。

 通常ならば破壊された空間は、大きな入れ物からコップ一杯の水をすくった時に周囲の水がその穴を埋めるように、周囲の残った空間が埋めるのだが、シュヴァルツの破壊魔術は周囲の空間が縮小せず砕けたままで残り続けるものである。

 つまり、"無"という事柄が永遠に留まるという事だ。本来ならば有り得ない事だが、シュヴァルツはそれを実行している。本人もその空間へ入った事があるらしいが、やはりというべきか"無"なのだから何もなかったらしい。

 落ちたら最後、死なないヴァンパイアだからこそ永遠に無を彷徨さまようという死よりも退屈な事となってしまうだろう。


「ハッ!」


 そうならない為にも、近付くシュヴァルツに向けて天空から落雷をけしかけるエマ。いかづちは破壊魔術の鎧にぶつかって再び消え去り、欠片が辺りに飛び散る。閃光と電流がほとばしり、シュヴァルツの周囲に霧散した。


「貰ったァ!! "破壊ブレイク"!!」


「……!」


 シュヴァルツはそのまま近寄り、エマの首に手を掛けて破壊する。首を砕かれたエマの頭と胴体は離され、糸の切れた人形のようにエマの身体が膝を着く。


「危ない危ない。傘を離していたら死んでいたな」


「ケッ、頭一つからでも再生か。ま、俺たちの生物兵器がそうだから当然っちゃ当然だわな」


 首から身体が再生し、元の身体が持っていた傘をさすエマ。元の身体は日に照らされて灰となり、頭から再生した身体のエマのみがそこに残る。


「しかし、そうだったな。ヴァンパイアでも脳が指令を出して動いている。傘や傘を持っている手だけじゃなく、頭が離されても死んでしまう可能性があった。頭が取れた程度では死なないが、日除けの傘が離れてしまうからな」


「ま、首が砕かれた瞬間に頭の着地点を推測したテメェが傘を放った所為でテメェを殺す事は出来なかったけどな。咄嗟の判断力にゃあ称賛を与えてやらァ」


「結構だ」

「冷てェな」


 刹那、エマとシュヴァルツが互いに向けて駆け出した。一歩踏み込んだ瞬間にエマは霧となり、破壊魔術を纏うシュヴァルツは数少ない空間を破壊して行く。

 霧状のエマがシュヴァルツを囲むように纏割り付き、シュヴァルツは闇雲に破壊魔術を仕掛ける。霧は砕かれ、集合する。砕かれて集合するを繰り返して数分。一向に減る気配の無い霧へ苛立ちが募るシュヴァルツ。


「霧になっても再生力は持続されんのか。砕ける範囲も狭ェし、マジで面倒だな、ヴァンパイア!!」


「ふふふ。苛立ち、集中力を切らし、焦りを見せるが良い。冷静さを欠き、私の手中に収まるんだシュヴァルツとやら」


「クソッ! 挑発って分かってんだが、それでも苛立つぜ!!」


 蝙蝠こうもりが超音波で周囲を確かめるように、声を超音波に乗せ反響させるエマ。相手に不安を与える、エマ自身が何度も行っている事だが効果はあるようだ。

 特に、短気な者には効果的だろう。さっさと決めたいという思考が流れ、我先にと焦りを見せるのだから。


「さて、空間の欠片というものは便利だな。貴様の間合いに侵入する事に成功した」


「なにッ? ……ッ!」


 エマは破壊魔術を纏っているシュヴァルツに触れ、ヴァンパイアの怪力で殴り飛ばす。返そうとしたシュヴァルツは成す術無く殴られ、数十メートル先の場所にまで吹き飛ばされた。


「俺の中に侵入しやがった……!?」


 吹き飛ばされながら体勢を立て直し、エマの方へ視線を向けるシュヴァルツはようやく焦りの雰囲気を出していた。破壊魔術を纏っていたのならばどれ程頑丈なものだろうと砕け散る。にも拘わらず、触れられた事に驚愕するシュヴァルツ。エマは笑ってつづる。


「何があったのか分からないという顔をしているな。ふふ、先程と同じさ。魔力の欠片となった空間の破片を使わせて貰った。霧となっているから、少しの隙間からも入り込む事が可能だ」


「ハッ、そういう事かよ。鎧を纏い続けるのも考えようだな」


 歯によって口内が切れた事で生じた口元の血を拭い、獰猛な笑みを浮かべるシュヴァルツ。エマは先程、シュヴァルツの破壊魔術の内側へと侵入してシュヴァルツを感電させた。

 その時に破壊魔術の魔力の欠片を使ってシュヴァルツの破壊魔術を打ち消した方法を応用し、破壊魔術の鎧の内側へと侵入したのだ。

 内側ならば攻撃が通る。なので拳を放ちシュヴァルツを吹き飛ばせたのである。


ー事で、破壊魔術の鎧を解除して改めて挑むぜ。俺は素の身体能力もかなりあるって自覚している。ま、当然破壊魔術は使い続けるけどな」


「そうか。だが私は遠慮無く体術以外の技を使おう。ヴァンパイアは人を騙し食らう生き物。相手に合わせる筋合いは無い。まあ、生き物と言えるのかは分からないがな。産まれた時からヴァンパイアだった私は元々死人だ」


「ハッ、生まれついての死人か。そりゃ……ややこしいな。別に卑怯たァ言わねェよ。相手の戦闘方法に卑怯どうこうって言う奴ァ自分の弱さが分からねェ奴だけだ。不意討ちだろうがハンデを背負わせようが、強けりゃ問題無ェ事柄だからな」


 それがシュヴァルツの戦闘に対する姿勢。弱肉強食。幾ら力が強くとも、不意討ちなどで敗れてしまえば強者の立場から没落する。それも作戦ならば、何も卑怯では無い。故に、相手がどの様な手段で来ようと正面から己の扱う破壊魔術のように破壊させるのがやり方だ。

 周囲に暗雲が立ち込めり、雷音と風雨が吹き抜ける。それらが破壊魔術によって打ち砕かれ、辺りに天候の破片が舞い散った。


「さあ、ろうぜ? ヴァンパイアァッ!!」


やかましい奴だな、貴様は?」


 刹那、暴風雨と落雷がシュヴァルツを狙い打つ。それをシュヴァルツは正面から砕き、大地を粉砕させる勢いで加速してエマの正面へと躍り出た。


「"破壊ブレイク"!!」

「当たらぬぞ」


 それと同時に周囲を砕き、元々狭い足場を更に削ってエマを狙う。それをかわしたエマは軽くバックステップを踏み、霧となって砕けた空間の隙間を抜けて広い足場へと移動する。


「場所を変えたかッ! 確かに霧になりゃ、砕けた空間の隙間に触れなくても移動出来るなッ!」


「本当に喧しい奴だ。一々叫ばなくては話せぬのか貴様?」


「ハッ! テンション上げりゃ、脳のリミッターが少し解除されるらしいぜ? だから本気でやる為に叫んでんだよッ!!」


 砕けた空間を飛び越え、エマの後を追うように攻め行くシュヴァルツ。着地と同時に破壊魔術の纏った拳を放ち、エマの脇腹を抉り取る。

 抉られた箇所は出血し、赤く白い何かが一瞬見えたが即座に再生した。


「五月蝿い、少し頭を冷やせ貴様」

「ぬあッ……?」


 暗雲を呼び込み、シュヴァルツに向けて豪雨をぶつけるエマ。まさしくバケツをひっくり返したような雨を受け、シュヴァルツの全身がグッショリと濡れる。それによって素っ頓狂な声を漏らすシュヴァルツ。


「水は電気を……よく通す」

「ガァ……!!」


 刹那に落雷を落とし、電流の通し易くなったシュヴァルツの身体へ雷撃がはしる。

 もう一度感電したシュヴァルツは身体が痙攣を起こし、足が震えて膝を着く。しかし獰猛な目付きは変わらず、依然として不敵な笑みを浮かべていた。

 無論、その目は全くと述べても良い程に笑っていないのだが。


「ハッハァ!! 良いぜ良いぜ、良いじゃねェかテメェ!!! もっと俺を楽しま──」


「喧しい、黙れ」


 言葉を続けようとしたシュヴァルツを気に掛けず、竜巻を起こして暴風をぶつけるエマ。石造りの建物を破壊する威力のある風はシュヴァルツを飲み込み、天空へと高く吹き飛ばした。

 天に舞った小さな人影。そこへ幾つかのいかづちが降り注ぎ、黄色く青白い閃光を撒き散らして破裂した。


「そう来なくっちゃつまらねェ……!!」


「……!」


 そのまま地上へ落下し、いかづちを纏いながらエマに触れるシュヴァルツ。そのままエマの頭を砕き、辺りに目玉や脳。肉片を散らして己に掛かったいかづちでエマを焼く。二人の身体は打ち砕け、互いに弾かれて距離を取る。


「あーあ、身体中傷だらけだ」


「……ッ。傘が……」


「おいおい、この状況でも傘の心配か? まあ、傘が無くなったテメェはこの日差しの中じゃ、再生力も少なくなっているだろう?」


 己の心配よりも傘の心配をするエマに対し、呆れたような表情を見せるシュヴァルツ。

 魔力で加工されている傘は頑丈なので布の方は少し破れた程度だが、焼け焦げた痕が酷かった。それを見たエマは鋭く、射殺すような目線をシュヴァルツに向けた。


「……。許さんぞ、貴様……! あの傘は仲間()からの贈り物だぞ……!」


「……。ほう? 初めて感情的な表情を見せたな……。それ程大事な物だったか。そりゃ悪い事をしたな。だが、この国に入った瞬間テメェらは宣戦布告しているようなもん。ぶっちゃけ俺らには全く関係無いが、テメェらにとっちゃ此処は敵地なんだ。大事な物どころか、命を壊される可能性もある。要するに、この国じゃ何が起きても文句を言えねェって事よ」


 先程よりも威圧感の増したエマを前に、依然として飄々とした態度で話すシュヴァルツ。

 そう、此処は敵地。何が起きても文句を言えない。シュヴァルツの言う通りで、攻めているのはエマたちの方。故に、仲間や道具。大切な物は常に失う覚悟が必要なのである。

 それを聞いたエマは鋭い視線のまま、ふう。と一息吐いて改めて睨み付ける。


「そうか、そうだったな。此処は敵地。文句は言えない。傘がこうなったのは私の自業自得だ。その点は反省しよう。……じゃあ、今から貴様を仕留めるのは私の私怨という訳だ……」


 ──瞬間、空には曇天の雲が広がった。雷音が辺りに響き、遠方で赤く光る街に被さるよう、黄色く青白い光が雲を奔る。風が強くなり、ポツポツと雨が降り始めて一瞬後には豪雨となった。

 風雨に照らされ、背後に稲光を映す今のエマ。天変地異を容易く引き起こすエマはまさしく、生物の天敵──怪物・ヴァンパイアと呼べる代物だ。


「クク、それなら仕方無ェ。私怨に殺されねェよう、気を付けなくちゃならねェな。割りとマジで」


「日は閉ざした。仲間から貰った傘の償い、しかとさせて貰うぞ?」


 クッと笑うシュヴァルツに対し、一切の笑みを浮かべないエマ。普段温厚なのだが、珍しく本気のいきどおりを表情に浮かべていた。あの傘はそれ程までにお気に入りの傘だった。基本群れないヴァンパイアのエマだからこそ、誰かに貰うと言う事は無かったのだろう。

 本気になったエマと余裕の表情は見せているが、全く余裕では無いシュヴァルツ。此方の戦闘も、後半戦へと縺れ込んだ。

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