三百九十七話 神通力
『そーら……!!』
孫悟空は如意金箍棒を巧みに操って大天狗を狙う。
亜光速で伸ばして連続で突き、薙ぎ払い、旋風を起こして建物を粉砕する。
『フフ、全て見えておるぞ、斉天大聖よ』
対する大天狗は持ち前の飛行能力でヒラヒラと躱し、伸び切った如意金箍棒の上に下駄を乗せて立つ。まるでそれは、孫悟空の動きを全て見抜いているかのようだった。
『何だか、俺の考えが全て読まれているみたいだな……。先程の神通力……"他心"。それは俺の思考を読む神通力か?』
『さあ、どうだろうな。神通力は万物に干渉するものだ。中には過去未来などの全てを見通すものや敵の動きがゆっくりに見えるようになるものもある。無論、思考を読むものもな。ヒントを与えるのなら、その何れか……という事だ』
『知られたところでどうしようもない。だからヒントを与えたのか?』
『ああ』
瞬間、如意金箍棒を縮めて大天狗に肉迫する孫悟空。ヒントを与えられたのなら、そのヒントから何故自分の攻撃が読まれているのかを推測するのみ。実に楽な作業である。
大天狗の言った事が全て嘘の可能性もあるが、当然それは考慮している。考慮した上で攻め続けているのだ。
『まあ、それがどうあっても、追い付かない攻撃を仕掛けりゃ無問題だ……!』
『神に等しき、そして神と同等になったお主がどれ程の力を有しているのか底は分からぬが、相応の術は持ち合わせているだろう』
『当然』
軽くステップを踏み、一瞬間を置いて正面に攻める孫悟空。如意金箍棒を突き刺し、躱されれば横に薙ぐ。それも躱されればラッシュのように連続で攻め行く。速度は先程よりも上昇しており、大天狗はそれらを紙一重で避け続ける。
『ハッ、避けるしか出来ねえか、大天狗!』
『フン、そんな挑発には乗らぬ。その程度の事、お主程の実力者ならば分かるだろう斉天大聖』
『まあ、乗って来ないか!』
大天狗が紙一重で避けている理由。それが孫悟空に反撃出来ないからではないと言う事は、孫悟空自身が理解していた。
余裕があるからこそ大天狗は敢えて紙一重で避け、孫悟空に仕掛けず様子を窺い続けているのだ。
何が目的かは分からないが、余裕故に遊び半分で戦闘を行っているのだろう。性格的には遊び半分でも真面目なのだろうが、揶揄っている様子も多少はあった。
『そろそろ仕掛けるか……!』
『……!』
グンッと速度を上げ、一歩歩くと同時に孫悟空の側へ近寄る大天狗。ギラリと輝く刀の刃が孫悟空の首元を捉え、孫悟空は如意金箍棒を即座に振るって刃をいなす。金属音が辺りに響き、その余波で周囲の建物が切断された。
『ようやく真骨頂を見せてくれるか……!』
『まあそれに近いな。だが互いに、まだまだ本気は出せぬだろう?』
『そうだな。この星が砕けちまう』
刀と如意金箍棒が衝突し、火花を散らして切断された建物の瓦礫を吹き飛ばす。二つの力に押された孫悟空と大天狗は背後へ弾かれ、大天狗の方が烏のように漆黒の翼を使って加速する。
刹那に刀と如意金箍棒が鬩ぎ合いを織り成し、一撃一撃によって生じる衝撃で瓦礫を粉微塵に粉砕して行く。
しかし孫悟空の操る如意金箍棒は何れも大天狗に当たらず、刀でいなさぬものは紙一重で躱されていた。大天狗の刀で受けるという行為も、挑発を交えた宣戦布告のようなものなのだろう。
だが、既に戦闘は始まっているので宣戦布告という言葉には些か差違が生じるものであるが。
『チッ、相変わらず全て見通しているように避けやがるな……! 一応光に近い速度なんだけどよ……!』
『それが原因だろう。主ならば光の領域など容易く超越出来る筈だ。しかしそれを実行しない。実行しなければ、永遠に私には当たらぬぞ。永遠……即ち永久にだ!』
『ハッキリ言いやがるが、否定出来ねえのが悔まれる。実際テメェのやり方の候補は幾つか上がっているが、イマイチ確信出来ねえっ言うか』
『フン。自身が神仏となりて自身が上層の神仏に仕える身ならば、ある程度の神通力は知っておくべきだ。お主の使う仙術と同等のものだからな』
神通力はこの世のありとあらゆる事柄を実行する為の能力。そして仙術は妖力などのような一部の力の完成形。つまりそれは、非なりて似ている能力なのだ。
魔法・魔術とは干渉している力からして別物だが、神の力と神に等しき仙人の力である神通力・仙術は干渉する力は違えどかなり近いもの。それらの力には、神としての格が宿っているのだ。
宇宙に干渉して四大エレメントを創造する魔法・魔術と違い、次元に干渉して通常では出来ない力を扱うもの、それが神通力と仙術。
要するに、孫悟空は神でありながら神仏に仕える者なので、神通力についても多少は知って置かなくてはならないという大天狗からの説法という事である。
『ハッ! 仮にも天界で神仏の側近やってる俺に御説法か! そりゃ悪かったな、大天狗! 確かに気を抜いている事が多かった!』
『フッ、そうか。己の間違いを認め、次に活かそうと言う姿勢には好感が持てる。流石は斉天大聖、その点についても弁えているな』
『皮肉にしか聞こえねえよ!』
如意金箍棒と刀が再びぶつかる。連続するように突き続ける如意金箍棒を振るう孫悟空の速度は更に高まり、目にも止まらぬ速さで神珍鉄の赤い棒が大天狗を狙い行く。
対する大天狗は余裕のある態度で躱し、いなし、弾いて避ける。その速さには少々手間取っているが、どういう訳が孫悟空の動きを完璧に見切れているので問題無い。どれ程かと問われれば、如意金箍棒が振るわれた瞬間にその地点を読み取り孫悟空が動くよりも速く動ける程。まるで何処に来るか分かっている様子だった。
『他心か……。動きを見る限り、大体分かってきたぜ、大天狗。他心ってのは文字通り、"他人"の"心"を読み解く神通力だな?』
『……。御名答、正解だ』
孫悟空に言われ、躊躇い無く告げる大天狗。使っていた神通力が相手の心を読む他心。だからこそ孫悟空の攻撃は悉く防がれていたのだ。
孫悟空はその名と大天狗の動きから他心がどいうものかを理解し、力を見抜いた。
そして、見抜かれたならばと大天狗は余裕を消さずに凛と佇む。先程までの激しい攻防など無かったかのように静まり返るその空間に、一迅の風が吹き抜けた。その風が孫悟空の金髪を揺らし、大天狗の白髪を揺らす。
カラカラと瓦礫が落ち、小さな瓦礫から連続するように大きな瓦礫へと移り代わり、大地に赤い瓦礫が落下して辺りに大きな音を響かせる。それと同時に、孫悟空と大天狗は駆け出した。
『伸びろ如意棒!!』
『フッ!』
『そらァ!!』
如意金箍棒を伸ばし、亜光速の神珍鉄が大天狗に迫る。大天狗はそれを躱し、孫悟空は躱した方向へと薙いで周囲の建物を巻き込みながら狙う。しかし当たらない。
『伸び切った如意金箍棒を使っていると周囲への被害が尋常では無いな、斉天大聖よ。破壊しても誰も居らぬので問題無いが、仮にも仏なのだからもう少し慈悲を与えたらどうだ?』
『御生憎様、俺は元々悪の大妖怪だ。天界に喧嘩を売る程のな。慈悲の心なんか他の神仏に比べりゃほんの僅かしか持ち合わせてねえし、その僅かをテメェに向ける程寛大じゃねえ』
『そうか。ならば私も慈悲を無くし、刀だけでなく扇、妖術、神通力をフルに使って攻めよう』
『問題無い。生身もぶつかり合いも良いが、全て躱されるんじゃストレスが募るってもんよ』
刀を腰に収め、扇を広げる大天狗。孫悟空は如意金箍棒を縮め、腕を天に掲げて棒を回転させる。
刹那に踏み込み、扇を広げる大天狗に肉迫した。
『ぬらァ!!』
『……!』
同時に扇を振るい、爆発的な暴風を引き起こす。周囲の建物と瓦礫は天空へと吹き飛び、天空の雲すら吹き飛んで快晴の青空が無理矢理覗き込んだ。正面からその風を受けた孫悟空の勢いも収まる。
それはさながら、風によって生まれた大砲や爆弾に匹敵する力だった。いや、それよりも遥かに強い風。数百億トンはある山ですら吹き飛ぶ程だろう。大天狗が範囲を広げていれば、この街そのものが吹き飛んでいた筈だ。
『芭蕉扇みたいだな……いや、それよりも遥かに強力な力……』
『当然だ。我ら天狗は時として神と崇められる事もある。扇一つで大嵐を起こす事など容易い所業よ』
『大嵐なんかよりも遥かに強力な力みたいだったけどな』
風が吹き去り、髪が乱れた孫悟空は苦笑を浮かべながら呟く。芭蕉扇とは、大天狗の持つ扇のように一振りで強風を起こすもの。山火事などを消し去る事も可能だ。
大天狗が扇一つで大嵐を起こせるのは確かだろうが、先程の風は自然現象などよりも遥かに強力なものだった。
自然で山を吹き飛ばす風など、絶対とは言い切れないが天文学的数値で起こらないものだろう。恐らく、芭蕉扇ですら不可能だ。
『ありとあらゆる術に達人並みの体術。そして山を吹き飛ばす風……こりゃ、ちょっと本気を出さなくちゃならねえな……』
乱れた髪から数本の毛を抜き、息を吹き掛けて変化させる。それにより、髪の毛は数人の孫悟空と化した。
『"妖術・分身の術"……!』
『全て読まれるのならば数で攻める作戦か。フフ、面白い!』
『余裕で居られんのも今のうちだ』
如意金箍棒を折り、分身の孫悟空たちに渡す本体の孫悟空。分身はそれを受け取り、各々で体勢を決めて構える。
『ならば私も、次の神通力を使おう……"神通力・天耳"……! ……む?』
孫悟空の行った分身に対し、新たな神通力を使用する大天狗。それによって何かを感じたのか、ピクリと反応を示す。
『『『どうした、何かあったのか?』』』
『フフ……いや、新たな刺客が来たようだ。それは私にとっての刺客だがな』
『『『…………?』』』
反応を示した大天狗に対し、孫悟空の分身たちは本体を含めて全員が小首を傾げる。
孫悟空が知っているかは分からないが、天耳はありとあらゆる"音"を聞き分ける力。それは人が聞こえぬ音すら聞き分け、感じる事が出来る。つまり、孫悟空には聞こえない何かの音を聞き、大天狗の敵となる者が来たと告げたのだ。
そしてその者は、魔物の国主力達の部下兵士を吹き飛ばしながら姿を現した。
「あ、孫悟空さん!」
『『『お前は……勇者の……じゃなくて、女剣士……!』』』
兵士達が吹き飛び、天を舞う。ボトボトと落下し、纏められた美麗な長髪を揺らしたレイが孫悟空と大天狗の方を向く。
『女剣士よ。何故此処に? お主の力では私には勝てぬだろうに』
「そんな事無いよ……! 貴方達の幹部を一人倒したし……今の私なら行けそう……!」
『ほう。そう言えば、酒呑童子を倒したのは娘か。確かにその力ならば私には勝てずとも多少は楽しめそうだ』
「……」
勇者の剣を構え、大天狗を見やるレイ。大天狗は孫悟空たちに加え、レイの乱入なも動じず悠然と構えていた。
「孫悟空さん、ゴメン。横槍入れるみたいだけど、私も手伝いたい……!」
剣を構えつつ、分身し数を増やした孫悟空を一瞥して話すレイ。個人の戦闘に横槍を入れるのは野暮な事と理解しているが、理解しているからこそ断りを入れたのだ。
凛とした顔付きで澄んだ目を持ちつつ、その目で孫悟空を見るレイ。孫悟空はフッと笑った。
『良いぜ、別に。天界に喧嘩吹っ掛けた時も何人かの妖怪で攻め込んだ。多数での戦闘にはなれている』
「ありがとう!」
軽薄に笑う孫悟空だが、確かに真剣な目付きでレイを見ていた。レイは一瞬笑顔を浮かべ、即座に大天狗へと構える。
『フム、一対二か。それは厄介だ。斉天大聖一人でも苦労するというのに、酒呑童子に勝利した娘が相手では分が悪い"妖術・治癒の術"加え、"妖術・肉体強化"』
『『『…………!!』』』
数の不利を感じとる大天狗はレイが吹き飛ばした魔物兵士、妖怪兵士、そして生物兵器の兵士達を治療し、身体能力を向上させた。
魔力を宿す魔物や妖力を宿す妖怪達は己の力を分け与える事でそれらを可能にしたが、生物兵器は魔力を秘めているが根本的な部分が違うので特に手を加えない。
しかし、不死身の生物兵器ならば何をせずとも問題無いだろう。
結果として、その場にはレイ、孫悟空たち。大天狗、魔物兵士、妖怪、生物兵器の兵士達が揃う事となった。
『今日のお前は自信あり気だ。期待してるぜ?』
『ああ、雑魚共は俺たちに任せときな。主とお前だけで大天狗には勝てるだろ』
「うん。ありがとう、孫悟空さんの分身さんたち!」
『分身は分身からも増やせるし、アイツらに任せとけば雑魚兵士に構う必要は無いな』
孫悟空たちがレイと孫悟空に言い、力強く頷くレイと本体である孫悟空。分身の力が半分以下と言えど、少し強化された程度の兵士達は相手にならないだろう。
レイも加わり、孫悟空の大天狗の戦闘は後半戦へと縺れ込むのだった。




