三百九十六話 生物兵器の完成品
『『『ギャアアアァァァァッ!!』』』
「はあッ!」
数匹の魔物兵士達と妖怪達。数人の生物兵器の兵士達が一斉に飛び掛かり、エルフ族のニュンフェを狙う。
ニュンフェはレイピアを握り締め、二体の兵士達へ斬り付ける。魔物兵士や妖怪達は殺さぬように、生物兵器には容赦無く。斬り付けた瞬間にレイピアを放り、上空の魔物兵士へ突き刺して落下させる。レイピアが落ちてくる前に弓矢を構え、同時に数本の矢を放ち魔物兵士達の足を射抜いた。
敵の動きを止めると同時に前方へ跳躍し、弓矢を背に携え倒れている飛行兵士からレイピアを抜いて生物兵器達の脳天を貫く。生物兵器の兵士達は即座に再生するだろうが、それも想定の範囲内。寧ろ少しでも足止めが出来るならばそれで良いと思ってしまう程。
『やはり生物兵器と普通の魔物、妖怪では相手にならぬか、エルフよ』
「さて、どうでしょう。兵士達はまだまだ沢山おりますし、貴方も居るので常に警戒しなくてはならない状況……正直兵士達ですら少し疲弊します」
『少しか。なら、疲労を感じさせずに殺してやろう』
「断ります」
刹那、完成品という生物兵器の兵士がありとあらゆる武器を顕現させ、ニュンフェにその先端を向けた。それを見たニュンフェは即座に駆け出して進み、その武器から狙われぬように疾風の如き速度で完成品の死角へ回るように進み行く。
『速いな。しかし俺にとっては遅い』
余裕のある態度。いや、生物兵器には感情が無いので目的を遂行する為だけに淡々としているのだろう。
構わず完成品は顕現させた武器を見えない力によって銃弾や矢のように飛ばす。
「これは……"サイコキネシス"……!?」
『ああ。完成品の俺はありとあらゆる力を使える。それは純粋な武術に魔法・魔術だけじゃなく、超能力や妖術、呪術に錬金術。その他にも様々な力を使える』
「……。バラしてしまっても良いのですか? 自分の使える力を戦闘相手に教えるとは、少し無謀ではありませんかね……」
『いいや、そんな事は無い。当然のように俺は不死身だ。そして俺が使える多種多様の力。知られたところでお前如きでは対処のしようが無いからな』
「少々腹立たしい言い方ですね。感情が無い分、思っている事を素直に話してしまうという事ですか……」
瞬く間に完成品と距離を詰めたニュンフェは弓矢を放ち、完成品の頭を射抜く。
完成品の脳天と目玉。首元に矢が刺さり身体の機能を一時的に停止させた。
「一気に消滅させます……!」
『…………』
声を出せず目の見えなくなった完成品に向け、気化させる程の炎魔法を放つニュンフェ。生物兵器の倒し方は再生する速度よりも早くに気化させる事。完成品と言えど、その理屈は同じだろう。
『(エルフって馬鹿なんだな。見えず話せずとも、超能力を使える俺には会話する事も出来て何処にお前が居るのか分かるというのに)』
「……ッ!?」
瞬間、ニュンフェの脳内に完成品の声が響き、ニュンフェの放った炎魔法を容易く躱すと同時にニュンフェの太腿へ剣が突き刺さった。それに怯み、片膝を着くニュンフェ。
"テレパシー"。数ある超能力の一つで、声を出さずに会話を成立させたり相手の思考を読む超能力。完成品が使えない訳が無く、それによって位置を特定し顕現させた剣を突き刺したのだろう。
ニュンフェの脚からは真っ赤な鮮血が流れ、皮膚と肉の間に冷たい鉄の感触が走る。完成品が放ったのは切れ味のある剣なので、刃の感触には確かな激痛があった。
少し動く度に刃が食い込み、更に肉を裂いて出血して行く。ダラダラと流れる血液を見、歯を食い縛りながら完成品を睨み付けた。
『痛みを感じるのは生者の特権だ。しかし不便の他ならない。痛みを感じなければ様々な不調が起こるというのも不便だろう。身体を砕かれようが、痛みも感じずに再生するこの身体。俺達のリーダーが目指す世界は良さそうだろ?』
頭、目、首元に刺さった矢をズルズルと鮮血を散らしながら抜きつつ、淡々と言葉を綴る完成品。抜いた瞬間に傷が塞がり、早速言葉を話せるようになっていた。
「……ッ。そんな……事、どうでも良いです……! 私には回復魔法もありますからね……!」
『ならば腕を使えなくしよう。切り落とすには少し時間が掛かる。手短に使えなくする』
「……ッ!! ああ……ッ!!」
ベリ。と、ニュンフェの指から爪の剥がれる音。根本から爪が剥がれ、指先から鮮血が流れる。続いて爪のあった箇所に小さな針を顕現させて突き刺し、爪が剥がれ針の刺さっている指を踏みつけ、完成品は更にニュンフェを出血を起こさせる。その様子を眺め、冷め切った目付きでニュンフェに話す。
『ダメージは少なかったか。指を切り落とすつもりだったが爪しか剥がれなかった。思ったよりも頑丈な身体をしている。だから針を刺してみたが、まだレイピアを握れそうだな』
「……ッ、この……程度……!」
『心配するな。直ぐに殺す。その後は周りに居る兵士へ与えるか、俺達のリーダーに与えて実験台となって貰うか』
続いて完成品はニュンフェの周りに剣、槍、斧、モーニングスターなどを顕現させて漂わせる。その表情は依然として無表情であり、慈悲の欠片もなかった。
「……っ。やあ!!」
『……』
片手の防がれたニュンフェは太腿に刺さったままの剣を無理矢理引き抜き、完成品の頭に突き刺す。一時的に緩んだ隙を突いて翻り、転がるように距離を置いた。
「痛……ッ!」
その衝撃で肉が抉れた太腿の傷口に土が入り、肉の内側で砂が転がる。その痛々しい足を何とか押さえるニュンフェ。見れば爪が無い方の指は縦に裂けており、先程まで自分の居た場所を見れば肉の付いた真っ赤な針が突き刺さっていた。恐らく移動した衝撃で指を裂き、地面に刺さったままの針が離れたのだろう。
苦痛に歪むが目は死んでおらず、何とか無事な手とどさくさに紛れて拾ったレイピアを使って爪が剥がれ針が刺さっていた指と、肉が抉れるように切れた足を回復させる。
『咄嗟の判断で隙を突いたか。隙が生まれるようでは、俺も生物兵器の完成品としてはまだまだのようだ』
頭に刺さった剣を抜き、それも"サイコキネシス"で操って天に漂わせる完成品。
複数の武器に紛れる、ニュンフェの血液が付着した真っ赤な剣は妙な不気味さがあった。それは自分の血液だからこそ感じるものだろう。しかし治療を終えたニュンフェは、もう先程のような激痛を感じていないので思うように動く事が出来た。
『『『ギャアアアアァァァァッ!!』』』
「……! またですか……!」
立ち上がった瞬間に飛び掛かってくる敵の兵士達。ため息を吐く暇も無いニュンフェは即座にレイピアを構え、弓矢の場所を確認する。
「先は長そうですね……!」
走り出し、舞うように兵士達を斬り裂いて行く。正面の敵にレイピアを刺した後で跳躍し、上空から炎魔法を使って未完成の生物兵器を気化させる。同時に弓矢を構え、数本の矢を一斉に放つ。下方に集まる兵士達はそれによって意識を失い、着地したニュンフェは即座にレイピアで後続の兵士達を切り捨てる。
命は奪わないつもりだが、これ程の攻撃を仕掛ければ魔物兵士や妖怪達が死なない可能性も無くなってくる。半不死身の妖怪は無事だろうが、身体が頑丈なだけの魔物兵士が心配だった。
『……』
「……!」
心配も束の間、完成品の"サイコキネシス"によって操られた武器類がニュンフェ目掛けて放たれた。それをレイピアで叩き落とし、いなして弾く。何とも単調な作業だが、それらは"サイコキネシス"によって操られているので弾いても弾いてもキリ無く攻め行く。
時折味方の兵士達をも巻き込みながら次々と放たれる武器は、予測が付かぬので少々苦労していた。
「敵の生死を心配している場合ではありませんか……!」
『そうだ。敵味方が幾ら死のうがそれを気にするのは戦闘に置いて邪魔でしかない。ただ勝つ意思。戦闘に必要なのはそれだけだ』
「……。反論したいですが、身も心も生物兵器である貴方にどの様な理屈で返そうと無意味という事は理解しております。なので、持てる力のみで答えようではありませんか」
『ああ、そうしてくれ』
余計な反論は無駄。だから生物兵器の完成品を消滅させる事で終わらせる。
ニュンフェと生物兵器の戦闘は、思ったよりもキツイものとなりそうである。
*****
『フッ!』
「ラァ!」
燃え盛る炎剣と、漆黒の渦を纏った足が激突する。正しくは靴の裏だが、それは大した問題では無い。
激突し合った二つは弾かれ、巨人によって振るわれた炎剣と腕は背後に引っ張られるように押され、小さな魔族は勢い余って紅い街の赤い建物に激突する。
「まだまだ!」
『面白い、来てみろ!』
赤い瓦礫から無傷の身体で起き上がり、光の速度となって加速する魔族──ライは炎剣を振るう巨人、スルトに肉迫する。
刹那に二つのものはぶつかった──と思われたが、何度も吹き飛ばされていたのでは埒が明かない。故に、ライは炎剣を躱し灼熱の轟炎が燃え盛る炎剣の上を駆け行く。
『下らぬ!』
駆け上がるライを見やり、炎剣を上に振るってライを上空に吹き飛ばすスルト。ほぼ同じタイミングでスルト自身も跳躍し、ライの上へと登り詰めた。
『ハッ!!』
そして虫を叩くかのように、掌を使ってライを叩き落とすスルト。叩き落とされたライは赤い建物を粉砕し、大地に新たなクレーターを造り出す勢いで衝突する。
純粋な大きさのみならば、高度からして先程のクレーターよりも巨大である。しかし先程は地に落ちたライに向かい、スルトが何度も踏みつけていたのでクレーターの大きさが広がっていた。今度はその様な事をせず、紅い街を揺らす勢いで着地しながら即座に炎剣を構えるスルト。
「ハッ、そう簡単に近付いては来ないか!」
『当然だ。そう簡単に近付く訳無いだろう。先程の時点でお前の耐久力は理解したからな。自分が返り討ちに合い兼ねない』
「だったら俺から攻めるか……!」
再び光の領域に到達し、スルトの眼前に迫るライ。先程から迫っているだけで、特に進展は無い。
『芸の無い攻撃だ。同じ事しか出来ぬのか?』
「ハハ、どうだろうな? 敢えて返せる答えなら、"これが一番手っ取り早いから"。だな」
『フン、そうか。しかしそれならば見切るのは容易いぞ!』
スルトの剣を縫うようにスルリと抜け、ライは速度を落とさず迫り行く。
無論、ライも遠距離攻撃が出来ない訳では無いが、少々威力が欠ける。故に物理的な攻撃を仕掛けているのだろう。
だが、仮にも五割の力を纏っているライが思うように攻撃が成功しないというのは、スルトの力量の高さが窺えた。本来ならば幹部クラスですら光の領域は捉え難いのだから。
「ラァ!」
『見切れると言っただろ!』
拳を放つライ。しかしスルトに躱される。即座に空気を蹴って方向転換し、直進して拳を放つがそれも躱された。赤い建物に落下し、砕きながら着地してスルトの方へ視線を向けるライは不敵な笑みを浮かべていた。
「見切れる、当たらない、躱すって事は……俺の攻撃が当たったとしたらアンタもタダじゃ済まないって事の表れだろ? だから俺の攻撃を避けるんだ」
『そうだな』
即答だった。
スルトがライの攻撃を躱し続ける理由、それはライの攻撃が驚異の他ならないからだ。流石のスルトと言えど、大陸や星を砕く一撃は堪えるのだろう。それを受けても戦闘を続行する事は可能だろうが、ダメージを負う事に変わりは無い。
『まあ、今のお前の攻撃ならば自分が拳を放てば相殺出来る。直撃は痛そうだが、今ならば対処法があるって事だ』
「ハッ、それを言われると、今の力を更に向上させて来いって聞こえるんだが……」
『む? 自分はそう言わなかったか?』
「成る程ね」
スルトは、ライの攻撃が驚異だから躱し続けているという訳では無かった。
本当の目的は、ライの力を上昇させる事だったのだ。何故わざわざ自分が不利になるような事を促すのか分からないが、ライの力を見てみたいという好奇心があるのだろう。
「……。良いのか? 好奇心は身を滅ぼす事になるらしいぜ?」
『知らぬな。ならばとっくにお前は身を滅ぼしている筈だ。身を滅ぼす好奇心は将来に役立てる。ならば捨てたものでは無いだろう?』
「将来って……アンタ、何十万歳だっけか?」
『さあな。年など数える必要無いだろう』
「そうかい」と呟くライは、纏っていた魔王の力を引き上げる。ライの身体を渦が取り巻き、血が滾る。闘争心が刺激され、獲物を見るような目付きでスルトに視線を向ける。
「ほら、お望みの次の段階だ……。アンタの好奇心でアンタの身を滅ぼさないよう、気を付けな」
『忠告を受け入れよう。受け入れた上で、お前を倒す。自分の好奇心は自分が砕けるか分からぬがな』
ライの纏った力、六割。六割となれば魔物の国の幹部クラスですら苦戦を強いられる程のもの。今までは最大七割で支配者並みの力を誇る幹部を打ち倒していたのだ。六割ならば、対等以上に戦闘を行える事だろう。
紅い街の外でニュンフェが生物兵器の完成品と戦闘を行う中、街の中での戦闘も勢いを増していた。




