三百九十五話 雷と破壊魔術
「ライたちは?」
「さあ、何処だろう……多分敵の主力と戦闘を行っているんじゃないかな?」
「うん……ライの匂いが遠くからする……」
『空から見ていたが、一部の場所から炎が上がっていた。恐らくそこだろう』
『『『グルル……』』』
兵士達を相手取るレイたちは、いつの間にか居なくなっていたライと孫悟空を気に掛けていた。しかしそれを感じる者たちの意見によって大まかな居場所は分かったので特に気にしている様子は無かった。
そして、今にも飛び掛かりそうな魔物兵士達は、
『『『ギャアアアァァァァッ!!』』』
今、飛び掛かってきた。唾液を垂らし、喉から唸るような声を出す。知能のある魔物兵士も居るのだろうが、大多数は闇雲に攻め行く者のみ。戦闘経験が数ヵ月で蓄積されたレイたちならば簡単に相手取れるものだ。
「先ずはコイツらだな……」
呟くように話、魔力を両手に纏うフォンセ。消滅させるしか対処法が無い生物兵器とは違い、魔物兵士達は自我もあるので力の差を見せつければ野生の本能で動きを止める者も居るだろう。故に、それを実行する。
「"落雷"!」
『『『…………!?』』』
轟音と共に迸る閃光が魔物兵士達の中心へと落下した。刹那に瞬き、振動が紅い街を走り抜ける。
落雷。野生の生き物は落雷に問わず、爆発的な轟音が苦手である。雷・炎。その他にも色々あるが、分かりやすい野生の天敵であるそれら。それを放つ事で、殆ど野生と変わらない魔物兵士達を牽制しているのだ。
『『『ガギャアアアァァァァ!!』』』
一部の魔物はフォンセの放った落雷にて停止する。しかし止まらぬ者も多く、やはり戦闘は避けられないようだ。
それは当然と言えば当然なのかもしれない。魔物達を引き連れるのはスルトなどのような主力達。たかが天災程度の驚異など、世界を滅ぼす力を持つものの前では無力である。
世界を滅ぼせそうな隕石などでも星そのものを粉砕する事は難しい。星の寿命を待たずに星そのものを消滅させる力となれば、高温の恒星に飲み込まれるかブラックホールの重力に押し潰される、宇宙そのものが崩壊するくらいしかない。
それに等しき後ろ楯がある魔物兵士達は、雷や炎でも本当に臆病な者くらいしか止まらないだろう。
「やるしかないか……」
ため息を吐き、再び魔力を纏うフォンセ。魔王の力はまだ使わない。本来の力のみで容易くいなせる相手だからだ。
しかしながら、本来の力と言うのならば本来の力こそ魔王の魔術であろう。ライのように魔王を宿している訳では無く、本当に魔王の血縁者なのだから。だがその力を使えばこの星など消え失せてしまうだろう。なので魔王とは関係の無い、自身で磨いた力を使うのだ。
「"火球の爆発"!!」
次の瞬間、魔物兵士達の群れに向かって火球を放つフォンセ。その火球は不規則に変化しながら進み、着弾すると同時に大爆発を起こした。
それによって吹き飛ぶ魔物兵士達。普通ならば死んでもおかしくないが、頑丈な魔物兵士ならば致命傷に近いダメージは受けるだろうが命まで消失する事は無いだろう。
『『『グギャアアアァァァァッ!!』』』
爆発から逃れた魔物兵士達が爆炎の中を縫うように進む。本来の野生ならば爆発から逃げる筈だが、支配者や幹部という圧倒的な存在が居る故に恐怖心が少なくなっているのだろう。
「私も……!」
近寄る魔物兵士達を前に、近接的な戦闘しか行えないレイが駆け出す。赤い街道を踏み込み、群れ成す魔物兵士達の中へ突き進む。
レイは群れの中へ入った瞬間に人間離れした跳躍力を見せ、一匹の魔物兵士の脳天へ鞘に収まった剣を叩き込み意識を奪う。
そのまま気を失った魔物兵士の上に立ち、踏み込んで他の兵士達を狙うレイ。地に降りると同時に一気に剣を振るい、囲んでいた魔物兵士達を吹き飛ばす。数百キロから数トンの重さはあるであろう魔物兵士達は空を舞い、畳み掛けるようにレイが魔物兵士達を吹き飛ばして行く。
「レイ……凄い。前よりも強くなってる……」
『ああ。あの娘は比較的普通の人間だった気がしたが、あの身のこなし。相当の身体能力が無ければ実行する事が不可能だ。……ただの人間で収まるものでは無い』
人間でありながら魔物兵士達に対して一騎当千の力を見せ付けるレイを見、リヤンとドレイクが感嘆の声を上げる。
人間という種族の達人や支配者などに勤める者達は世界的に見てもかなりの力を有しているが、常人は容易く死ぬ。そんな人間だった筈のレイがこの力を持つのだからドレイクは驚きが隠せない。
(何だろう……今日、調子が良い……!)
当のレイ本人もそれを感じており、身体が軽く思うような動きが出来ていた。一番驚いているのは遠方から見る者では無く、文字通り身を持って実感しているレイの方だった。
『ブオオオォォォォッ!!』
「……!」
そんなレイに向け、剣を翳しながら走って来る魔物兵士。そう、なにも魔物兵士は四足歩行の者達だけでは無い。当然のように、二足歩行で武器を扱う物も居るのだ。
『ギャオオオォォォッ!!』『グオオオォォォォッ!!』『ギャラアアアァァァァッ!!』『キュオオオォォッッ!!』
そして、その魔物兵士達は一匹では無い。その数は複数存在する。各々が手に剣や槍、斧。弓矢に銃などを持っており、それが全てレイに向けられていた。
フォンセたちはレイよりも遠くにおり、レイが一人で群れの中に攻め込んでいるので兵士達はレイを狙っているのだろう。
(今の私なら……大丈夫……!)
何故か能力が向上しているレイは、数多の武器を持った多数の兵士達を前にしても全く怯んでいなかった。それは、力が強くなっているので自信が溢れているからだろう。
「やあ────!!」
──一閃。目の前の魔物兵士が持っていた剣を切り落とし、魔物兵士の意識を刈り取った。同時に銃弾と矢が放たれてレイの方へ近付くが、それらを剣の腹で弾いて防ぐ。銃弾などを斬る事も可能だが、それでは二つに別れた欠片が進むだけなので意味が無い。なので剣の腹を使ったのだ。
『グオオオォォォォッ!!』
『ギャラアアアァァァァッ!!』
一匹の意識を刈り取ったレイに向け、斧の刃と槍の先が放たれる。
「……。なんか、遅いね」
『『……ガッ……ギャ……ッ!?』』
その二つの鉄を切り砕き、二匹の意識を奪うレイ。全ての動きがゆっくり見える、レイの覚醒。前にも何度か同じような事があったが、それは死に掛ける程のダメージを受けて初めて身に付いた力だった。
しかし今回は、全くといって良い程にダメージを受けていない。つまり、無傷で限界を超えた力を引き出しているという事だ。
「この力なら……皆の役に立てる……!」
理由が不明であるレイの力の向上。しかしそれならば好都合と、髪を揺らしながら次々と魔物兵士達を打ち倒し先に進むレイ。
背後ではフォンセ、リヤン、ドレイクが戦闘を行っているが、レイは主力を探す為に別の場所へと向かう。主力達の力量を知っているからこそ、ライたちに追い付けそうな自分ならば力になれると考えたのだろう。
紅い街で行われる魔物兵士の退治は、キリが無くまだ続いていた。
*****
「"破壊"!!」
「ふふ……」
空間と共にエマの身体を砕くよう狙うシュヴァルツ。傘を中心に狙っているが、エマ自身はまるで躍りでも踊っているかのようにヒラリヒラリと優雅なステップを踏んで躱していた。
エマに当たらなかった破壊魔術は空間に放射状の亀裂を生み出し、数秒後に硝子片のように崩れ落ちる。
キラキラ輝く空間の欠片は美しいが、戦闘中にその様な事を考える暇など無い。シュヴァルツが畳み掛けるのを止めないからだ。
「チッ、薄紙のように避けやがって……!」
「貴様が遅いだけだろう。……しかし、身体に触れれば問答無用で砕けてしまう。私から行える攻撃方法は限られるな」
「お前は躱す。俺は防ぐ。ハッ、ジリ貧覚悟な戦闘だな?」
「ああ。全く、面倒なものだな」
シュヴァルツから距離を置き、その頭上に暗雲を作り出すエマ。暗雲からは稲妻が迸り、閃光が隙間から漏れていた。その雲にあるのは、見て分かる霆だった。
「という事で、私は天候を使って貴様を相手取ろう」
「ハッ、やってみろ」
瞬間、シュヴァルツの頭上から雷速の霆が降り注ぐ。
爆撃でもあったかのような轟音を鳴らし、音のみで大地を激震させる。周囲には雷の欠片が散り、空間の欠片に反射して光っていた。
「成る程。霆も砕くか。一番ダメージのある天候だが、貴様の前では無力らしい」
「ハッハ。常に周囲を砕く状態だからな。一挙一動で空間が砕けてんだ。今の俺なら、概念も多少は砕けんじゃねえの? ま、無理なものもあるけどな」
「ふん。空間を砕いている時点で概念を砕いているだろ。後は時間でも砕くのか?」
「どうだろうな? 空間は砕けても、止まる事の無ェ時を砕くのは無理じゃね?」
「そうか、残念だ」
シュヴァルツの頭上にあった雲を移動させ、シュヴァルツの周囲に作り出すエマ。近過ぎれば雲が砕けてしまうのでシュヴァルツの範囲外に生み出していた。
それと同時に冷風が吹き抜け、秋の気温も相まって周囲の温度が一気に下がる。
「雷の次は……雪か?」
「さあ、どうだろうな?」
薄く笑い、シュヴァルツの推測を確定させないエマ。気温が更に下がり、遠方にある紅い街の熱気が湯気となって漂う。
それによって視界が歪む中、エマは周囲の雲を一気に操りシュヴァルツの周りに冷気を放った。
「答えは冷気だ」
「ハッ、雪じゃなくて冷気そのものかよ。確かに形ある雪なら簡単に砕けちまうが、形の無い冷気なら無問題……な訳ねーだろ!!」
──瞬間、シュヴァルツは冷気ごと空間を打ち砕いた。
砕かれた空間と冷気は周囲に霧散し、シュヴァルツから離れた雲のみがそこに残る。
「冷気だけじゃなく、気温も空間の一部だ。その程度のものを砕けねェとでも思ったのか?」
「まさか。空間が砕ければその空間に隣接しているものが砕けるのは容易く理解出来る。冷気の欠片、それが欲しかったんだ」
「あん?」
無論、空間の砕けるシュヴァルツに冷気など効く筈が無い事はエマも理解している。ならば何故そうしたのかと問われれば、それが狙いだったと返すのがエマだろう。
「先程貴様に霆が降り注いだ。そして次に、一瞬だけだが冷気が身体を纏った。そして常に、ここら一帯は紅い街の所為で温暖な気候が保たれている……さて、高い気温と低い気温。プラスとマイナスが雲の中で擦りあった時、何が起こると思う?」
「あ? ……ハッ、雷だろ? んな事は常識……」
「そして、何故私は先程雷を落としたと思う?」
「んなの、普通に攻撃を──」
瞬間、シュヴァルツの周りに暗雲が立ち込める。ゴロゴロという音を鳴らし、稲光が一瞬一瞬の間で移動する。移動する度に空間と共に砕ける雷。その速度は増して行き、轟音のような破裂音が辺りに響き渡った。
「……? 何だ……全身に破壊魔術を纏ってんのに痺れが……?」
それによって全身に異変を感じるシュヴァルツ。全身に破壊魔術を纏っている今ならば、それを無効化出来るものか同じく魔力を使った攻撃しか効かない筈。その魔力の攻撃すら打ち消せる今の状態にこんな不調が起こるのはおかしいのだ。
異変に訝しげな表情をするシュヴァルツを前に、愛らしい唇に手を当てて気品のある笑みを浮かべるエマは言葉を続ける。
「さっき貴様が砕いた空間……ほんのりと貴様の魔力が流れている筈だよな? 同じレベルの魔力がぶつかれば相殺される。そして、私の霆は魔力じゃない」
「……!?」
──その刹那、異変の正体を掴んだシュヴァルツは、エマの放った霆によって感電した。
バリバリと体内を雷撃が巡り、数億ボルトの電流がシュヴァルツの身体を蝕む。破壊魔術を纏った身体から雷が逃げる事は無く、失明する程の光を放ってシュヴァルツを痺れさせた。
「……ッ! があああァァァッ!?」
「魔力同士が打ち消し合い、残った雷撃は表に纏った破壊魔術の所為で外に出る事は無くなった。それでも霆は破壊されるだろうが、全てが消え去るまでに身体の中を電流が巡り続けるぞ」
フッと笑って話すエマの狙いはそれだった。
エマは凍っていたので見ていないが、前に戦闘を行ったフォンセとマギアがそうだったように、同じレベルの魔術同士は互いを打ち消し合って相殺される。
つまり、魔術そのものが消滅するのだ。シュヴァルツは常に破壊魔術を纏っており、全ての攻撃を破壊する鎧のようにしている。魔術同士が一度打ち消し合ったところで、連続して破壊魔術を身体に纏い続けているシュヴァルツの身体には新たな破壊魔術が纏われている事だろう。
ならば、打ち消されなかったエマの操る霆は何処へ行くか。それは容易に想像出来る筈。
──エマが破壊魔術の隙間に向けて雷放った事で、『一瞬の間にシュヴァルツの内側へと雷が移行したのだ』。
正面から操った天候を放っても、外側に纏った破壊魔術によって消されてしまうが、内側に雷が入り込んだのならば血液などのような体内に存在する水分に乗って身体中を駆け巡る。
シュヴァルツの体内でも破壊魔術は形成されているので何れは消滅するだろうが、暫くは感電し続けるだろう。
「……ッ。テ……メェ……。クク、流石のヴァンパイア……。頭もキレるじゃねェか……! 外から攻めても無駄と悟ったなら……内側から攻めるか……!!」
「ほう? もう体内の電気を消し去ったのか。見事だな、破壊の魔術師よ?」
「トーゼン……んなもん気合いで乗り切れんだよ、馬鹿が!!」
「何故バカと言われたのか気になるが、まだ戦闘は続行出来そうだな」
「たりめーよ! 次こそ全て破壊してやらァ!!」
数分間苦しんだシュヴァルツは意識を失わず、その足で立ちながらエマへ笑い掛ける。その様子を見る限り、まだ諦めるつもりは無さそうである。その気力に苦笑を浮かべるエマだが、相手がその気ならばエマも戦闘を中断しない。
紅い街で他の者たちが戦闘を行っている中、エマは紅い街の外でシュヴァルツを相手取る。紅い街近隣での戦闘はシュヴァルツ本人の諦めの悪さからまだ続くのだった。




