三百九十四話 魔物の国・四回目の戦闘
『『"妖術・"』』
『"魔天風"!』
『"火ノ鳥"!』
扇を振るった大天狗の風と、炎妖術を鳥のように顕現させた孫悟空の炎が衝突し、辺りに建物を吹き飛ばす轟風と焼き尽くす轟炎が散乱した。
刹那に歩廊が砕け、紅い街の瓦礫が巻き上がる。それと同時に全てが消滅するように消し飛んだ。
『私の相手は主が勤めてくれるのか、斉天大聖よ? 出来れば小僧の成長を見届けたかったが』
『ハッ、妖怪同士何かの縁だ。天界の妖怪と下界に居ながら天上世界を一瞬にして消滅させる事が出来る妖怪。なんか似てるだろ?』
『フン、何処がだ?』
『ハッ、何となくだ』
刀を取り出す大天狗。如意金箍棒を取り出す孫悟空。刀と神珍鉄の棒が火花を散らし、二人が押されてその場から離れる。
片手で如意金箍棒を回す孫悟空は踏み込み、大地を蹴って跳躍した。それと同時に辺りへ赤い粉塵が舞い上がる。紅い街だからこそ起こる粉塵だろう。
『伸びろ如意棒!!』
『そんな棒、容易く防げるわッ!』
亜光速で伸びる如意金箍棒を、刀一つで抑える大天狗。刀身に如意金箍棒がぶつかり、再び火花を散らす。次いで横に薙ぎ、如意金箍棒を振り払った。
『そりゃそうだ!』
伸びた如意金箍棒を回し、旋風のような風を起こす孫悟空。数百メートルはある棒によって街は崩れ落ち、未だ空中に居続ける孫悟空は近くの瓦礫を踏み台に大天狗との距離を詰める。
『だったら力量で押すだけだ!』
『戯け! 私は力もあるぞッ!』
数百メートルの如意金箍棒を振り落とし、大天狗の頭上に放つ孫悟空。大天狗は刀でそれを防ぎ、重さに耐え切れなかった歩廊が砕けて足元に大きなクレーターが形成される。
『ハッ、成る程な! 確かに数トンの如意棒に潰されても無事な訳だ! 流石だぜ!』
『数トン? フン、下らぬ虚言を吐きおって。私を欺くつもりか? 振り落とす勢いから考えて、その数千倍以上は私に負担が掛かってるだろ』
『それを受け止めたから流石って言ったんだろ?』
『そうか。感謝する』
如意金箍棒を弾く大天狗。衝撃で瓦礫も吹き飛び、空に浮かぶ孫悟空へ近寄った。
『"神通力・他心"……!』
『"仙術・後光"……!』
それと同時に神通力を使用する大天狗。孫悟空を映す眼が僅かに変化する。その変化に気付かず、孫悟空は仙術を使用した。一瞬にして速度が光に到達し、その速度で大天狗を狙う。
その気になれば孫悟空単体でも光の速度を超える事が可能だが、今の孫悟空は光そのものになっている。動く度に視界が意味をなさなくなる程の光が放たれ、秒も掛からずに大天狗の眼前に迫った。
『その動き、読めているぞ』
『なにっ?』
次の瞬間、迫った孫悟空の腹部に扇の先を突き付ける大天狗。光の速度で迫っていた孫悟空は勢い止まらず、それによって吹き飛び紅い街の建物を数戸砕いて瓦礫を散らした。
『光の速度を捉えられるのは分かるが……発光していた筈なんだけどな……何で見えた?』
『さあな。敵に力を明かす訳がないだろう。最も、お前も天界に仕える身なら言わずとも分かる筈だがな……?』
『ハッ、そうか。神通力って言ってたし、そのうちの一つだろうな。思い出すのが面倒だ』
『心配するな。思い出す前に仕留める』
『嫌だね』
赤い建物の瓦礫を弾き、身体の汚れを払って立ち上がる孫悟空。汚れはあるが目立った傷は無く、戦闘を続行するに置いて問題が無さそうだった。軽口を叩く余裕もあるので、まだまだこれからだろう。
『ならば宣言しよう、私は今から先程の神通力と剣術のみを使う。今の状態の私ならば、刀で主を相手取る事も容易いからな』
『んじゃ、俺は如意棒だな。近接武器にはそれで迎えてやるよ』
『良かろう。いざ尋常に、参る……!』
『ハハ、何だそりゃ。戦闘前の礼儀。それが武士道とやらか? ハッ、良い心構えじゃねえか?』
刹那、赤い瓦礫を吹き飛ばす勢いで駆け出した孫悟空と大天狗の持つ如意金箍棒と刀が衝突する。
歩廊は砕け、周囲の建物を巻き込んで砂塵が舞い上がる。神に等しき二人の大妖怪が、天変地異に値する力を振るう戦闘を始めた。
*****
赤い建物が轟音を立てて崩れ行く。連鎖するように轟音が辺りに響き渡り、それによって生じた振動が周囲を揺らす。同時に小さな影が蹴りを放ち、建物の破片を第四宇宙速度で吹き飛ばした。
『小賢しいな』
それを片手で防ぎ、一歩踏み込んでそれだけで距離を詰める巨人──スルト。スルトは炎剣を握り締め、小さな影──ライに向かって振り降ろした。
「ああ。近付くのは割りと危険って分かるからな。得策じゃないだろ?」
『その力を纏いながらそれを言うか。聞けばあらゆる魔法・魔術。そしてある程度の物理攻撃を無効化するというらしいからな』
「それでも食らわないに越した事は無いだろ? 服や身体が汚れたりするからな」
『フッ、まだまだ余裕だな』
軽く笑い、炎剣を縦に振り降ろすスルト。振り降ろされた剣が同時に発火し、炎も相まり数キロの長さとなって紅い街に炎の刃が降り注ぐ。
炎は街を斬り裂き、更に伸びて数キロから数十キロが被害に合う。よって、遠方にある数座の山を焼き払った。直線に炎が広がり、そこを中心に紅蓮の炎が燃え上がる。天まで届く炎は黒煙を放ち、視界が黒く染まる。
「ハハ、かなりの炎を放つ剣だな。一振りで数キロの範囲を大火事にするのか」
スルトの持つ炎剣の威力を見たライは笑い、手で軽く扇ぐ。それによって爆発的な風が吹き荒れ、数十キロに渡って広がる炎を消し去った。
『フン。称賛されようが、お前の力の方が強い。褒め言葉では無く皮肉のようにしか聞こえないな』
「そうか? 悪気は無いんだ。挑発はよくするけど、今回は普通に称賛しただけだよ」
『まあそれはどうでも良い。自分はお前を打ち倒すだけだからな。まだ一太刀も浴びせていない故にどれ程通じるのか分からないが、やれるだけやってみるさ』
「そうか。けど、まだ一撃も加えていないって言うのは俺にも共通する事だ。やれるだけやってみるのは同じだよ」
フッと息を吐くように笑うライ。
ライとスルト。この二人は両者共に相手にダメージを与えていない。なので自分の攻撃がどれ程通じるのかは未知数である。
「て事で、そろそろ攻めて行くか……!」
『良いだろう。迎え撃つ』
歩廊を踏み砕き、跳躍してスルトに向かうライ。一瞬にして第六宇宙速度。即ち光の速度に到達し、スルトの頬へ拳を放つ。対するスルトは、剣を持たぬ方の拳を構えていた。
「オラァ!!」
『フンッ!!』
大きさが百倍以上違う二つの拳が衝突し、紅い街を大きく揺らした。余波によって天と地が振動し、上空の雲と赤い歩廊の下に存在する大地は消し飛ぶ。
連続するようにやって来た衝撃波により、その砂塵が吹き飛んだ。勢いに押され、少し飛んだライは赤い建物の上に着地してスルトを見上げる。スルトもライに視線を向け、自分の腕を見て呟くように話す。
『ふむ。今の拳は互角か。両方とも本気では無いが、本気でないのなら自分にも相殺出来る』
「ハッ、そうかよ。悪いな、本気出さなくて。この程度で十分と思ったのさ」
『嘘だな。魔物の国の幹部を打ち倒す程の力。連続して使えば身体が砕ける。本気を"出さない"のでは無く、"出せない"が正しいだろう。二、三日休んだといっても負担はかなりあるようだ』
「ハハ、そりゃどうかね。案外ピンピンしてるかもよ、スルトさん?」
『口だけは達者だな』
「どうも」
ライの立った建物に拳を振るい、建物を粉砕するスルト。ライは跳躍して躱し、スルトの腕に乗って駆け上がる。
『猪口才な』
「小さい奴にも小さい奴なりの戦い方があるってもんよ!」
腕を勢いよく下ろし、ライを空に投げ出す。もう片方の手に握られている炎剣を構え、空中で身動きの取れないライへそれを薙いだ。
「"風"!」
その剣が通り抜けるより早くに風魔術を使い、空中で移動するライ。炎剣は空を薙ぎ、灼熱の轟炎を横の範囲に大きく広げた。遠方にあった森や山は焼き切れ、先程よりも威力の高い大火事を起こす。
「自然破壊はオススメしないな!」
『お前が言うな。この国に来て戦闘を行う度に森や山河を消し飛ばしているだろ』
「出来る限りなら再生させているからセーフだ! そうしないとニュンフェが悲しむからな!」
『ならば自分も後で直す』
「仲間がだろ?」
『ああ。さっきも言ったように、自分に創造する力は無いからな』
「そりゃ便利な御仲間だ!」
続けて風魔術を使い、スルトの方へ方向転換するライ。向くと同時に空気を蹴り抜き、光の速度に加速してスルトの眼前へ再び迫り行く。
「ついでに戦闘でボロボロになる予定のアンタも治して貰いな!」
『フッ、面白くない冗談だ。失笑しか出てこない』
光速のライを捉え、炎剣を振るうスルト。ライは焼ける刃に乗り、刀身を砕く勢いで加速する。だが、残念ながら剣は砕けなかった。光の速度で動けば大陸。もしくは星そのものが粉砕する威力があるが、どうやらスルトの剣はそれ以上の強度を誇るらしい。
「だったら本体に直接攻撃を仕掛けるか!」
『簡単に受けて堪るか……!』
刀身を蹴り、大きく跳躍するライ。スルトは眼前に迫ったライを片手で受け止め、勢いよく手を閉じる。常人ならばそれだけで潰れたり圧死したりしてしまうが、ライは無傷だろう。なので閉じた方の腕を掲げ、投げるように地面へ叩き付けた。
小さなライは赤い歩廊に激突し、歩廊が大きく砕けて陥落する。次いで巨大なクレーターが造り出され、赤い粉塵が再び舞い上がる。
『フッ!』
続けて跳躍し、勢いを付けてライの落下した穴に踏み込むスルト。その衝撃は街全体を揺らし、その後にクレーターが数キロの大きさとなる。
踏み込んだ瞬間に連続して足踏みし、粉塵と共にクレーターを広げてゆく。数百メートルはある穴が形成され、トドメと言わんばかりにクレーターの中へ全てを焼き切る炎剣を突き刺す。刺さった瞬間に業火が噴き出し、紅い街を更に赤く染め上げる。
黄昏時を彷彿とさせていた紅い街の色合いは変わり、燃え盛る赤を形成する。直径数キロ。深さ数百メートルのクレーターは、火口のように燃え盛る穴と成り果ててしまった。
「ハハ、すげえ暴れっぷりだな。本気じゃないのにこの破壊力。流石だな」
『そうか。しかし、確かにお前は攻撃力も恐ろしいが、耐久力も高いようだ。ついさっき穴から抜け出したばかりだろ』
「まあな。まあ、俺じゃなくて魔王の耐久力だけど」
『フッ、お前自身もそれなりの耐久力を秘めているだろ? 大部分はお前自身の力で防いだものだ』
クレーターから抜け出したライが、依然として燃え盛る穴の近くにある高い建物からスルトを見上げる。高い建物に立っているのだが、スルトがそれ以上の巨躯を誇っているので見上げざるを得ないのだ。
スルトはライが無傷というのを理解していたので、特に驚きもせず淡々と返す。
『確かにダメージを与えるのは難しいな。惑星破壊の攻撃でようやく掠り傷と聞いた。どういった身体の構造をしているのか、非常に気になるな』
「ハハ、前は惑星破壊の攻撃を受けたら腕が砕けていたんだけどな。成長に連れて身体が適応し始めているんだろうな」
『"成長"の一言で片付けられる事態か? 特別な血縁者という可能性もあるんじゃないのか?』
「知らないな。子孫は魔王の側近だった奴らしいけど、特別な力があるとは伝わっていない。実際、俺の血縁者は俺以外普通だったからな」
『成る程。突然変異のイレギュラーという事か』
「そういう事にしてくれ」
建物から跳躍し、スルトの前を風魔術で飛行するライ。闇雲に迫っては再び掴まり、地に叩き付けられる事を理解しているからだ。
それでも大したダメージにはならないが、連続攻撃を決められれば時間が掛かってしまう。なので飛行しつつ相手の出方を窺っているのだ。
『ならば自分もイレギュラー的存在だ。この世界とは別の世界から来たんだからな。異世界の自分と、この世界で生まれ育ちながらも逸脱した力を持つお前。まあ、この世界は宇宙から見てもかなりの実力者が多いけどな。何はともあれ、共通点が多い自分達。イレギュラー同士、どちらが上か確かめてみようか』
「ハハ、上も下も無いだろ。生き物にはな。確かめる必要なんか無いさ。この戦いは上下を決めるものじゃないからな」
『成る程。お前はそういう考え方か。一理ある。ならば純粋にお前に勝利しに行こう』
「その方が良い。余計な御託や会話は必要無いからな。どちらかが勝って終わる。それだけで十分だ」
『しかしそれだけでは単調でつまらぬだろう。時折会話を挟むのも悪くあるまい』
「そうか? けどまあ、決着付けるのは変わらない」
『当然だ』
次の瞬間、ライが立っていた建物が一気に崩れ落ちて粉砕した。瓦礫の中からライが姿を現し、光の速度でスルトに飛び掛かる。
ライとスルト。孫悟空と大天狗。その他兵士達とレイたち。魔物の国四回目の戦闘今開始した。




