三百九十三話 魔物の国・四人目の幹部
『ようこそ、自分の故郷を象った街へ』
「何だって……?」
人間の姿から巨人の姿へと変えた幹部が、仰々しく巨腕を広げて綴る。それと同時にライたちは耳を疑った。此処は幹部の街を象った街。──つまりこの幹部こそが、消滅した世界の住民だったという事だ。
「アンタ……元々この世界に居なかったのか?」
『ああ、そうだな。この世界で言う、外の世界から来た住民だ』
即答だった。しかしその目から嘘は吐いていないと窺える。この魔物は、正しくこの世界とは別の世界から来た者という事だ。
だが、不思議とライはあまり驚いていなかった。言葉を疑いはしたが、この世界に異世界があると知っているのでこんな事もあるのだと分かっているからだ。
次の言葉を待ち、口を閉ざすライたちを前に、魔物の国、四番目の幹部は口を開く。
『自分の名は"スルト"。世界を滅ぼした張本人だ』
──"スルト"とは、火の国の入り口を護る門番である巨人だ。
その見た目は従来の巨人族らしく人間・魔族を巨大化させたような巨躯。腰には武器となるであろう剣を携えていた。
スルトの居た宇宙がまだ小さかった頃から存在しており、故郷である炎の国を護り続けていたと謂われている。
神々の聖戦である"終末の日"に参加し、最後まで生き残った暁には世界を焼き尽くして終わらせるらしい。
炎の国を護っていた炎を操る巨人、それがスルトだ。
「まさか、自分の故郷を自分で焼いたというのか……!?」
スルトの言葉にいち早く反応を示したのはフォンセ。
フォンセは一度力に取り付かれ、世界を滅ぼそうとした。故にスルトの行った所業へ反応を示したのだろう。
『ああ。そうしなくては収集が付かなかったからな。自分の居た場所にあったのは九つの世界。それら全ては無理だったが、大多数を焼いて消し去った』
「……っ」
スルトが居たのは"世界樹"の上にあるという、九つの世界のうちの一つ。そのうちの大多数を焼き払いライたちの居るこの世界へやって来たとの事。
何とも恐るべき力を宿している事だろうか。世界を滅ぼした巨人がライたちの相手を勤めるという事だ。前に世界を破壊して創造するというシヴァと出会ったが、スルトにはシヴァとはベクトルが違う威圧感である。
『さて、御託は要らぬだろう。自分たちが相手を勤める。無傷で終われると思わない方が良い』
「ハッ、そんな事はこの国に来た瞬間から分かっている。軍隊も連れずに魔物の国を攻めているんだ。相応の覚悟は決めているさ」
『それを聞いて安心した。退屈な戦闘にはならなそうだ。ニーズヘッグ、ヒュドラー、ヨルムンガンドを打ち倒したその力を見せてみろ!』
腰にある大木並みの大きさを誇る剣を抜き取り、輝く銀色の刃を向けるスルト。
抜いた瞬間に剣が発火し、熱と共に炎を纏って紅い街に反射する。渦巻く炎が剣の刃を燃やし、焰を散らす。
「いいぜ。止めろと言っても止めねえからな?」
【よっしゃァ! 俺の出番って訳だな!】
片手を横に薙ぎ、同時に漆黒の渦が身体全体を包み込む。それによって時計塔が大きく揺れ、ボーンボーンと重低音を鳴らす。魔王の圧に押され、内部の機械が反応を示したのだろう。
『それが魔王の力か。側に居るだけで感じる恐ろしい力だ。魔王の噂は数千年前、自分の世界にまで届いていた。自分の世界でもその恐ろしさは伝わっているからな。一瞬にして多元を含めた全ての宇宙を消滅させられると聞く。行くぞ』
「ハッ、さっさと来いよ。さっき来るって言っただろ?」
『その余裕、何時まで持つかな?』
ライたちの居る時計塔よりも巨躯の身体を持つスルトは炎の剣を振るい、立つ者たちに向けて斬り付ける。ライはそれを跳躍して避け、レイ、フォンセ、リヤン、孫悟空、ドレイクの五人と一匹も時計塔から飛び降りた。
それと同時に時計塔が斬り落とされ、紅い街に降り注いで建物を砕く。
「オイオイ、破壊しちゃって良いのか、この街?」
『ああ。この世界へ来た時、懐かしさ半分で造って貰った街だからな。自分に破壊する力はあるが創造する力は無い。故に、他の幹部にはある創造の力を使い、頼んで造って貰ったに過ぎない。造作も無い事らしいからな。ある程度破壊しても無問題だ』
「そうかい。そりゃ良かった……な!!」
ライは落下しつつ瓦礫を蹴り、スルトに向けて吹き飛ばす。
蹴られた瓦礫は第一宇宙速度程で直進し、散弾銃の如くスルトへ向かう。最も、この散弾銃は一つ一つが隕石並みの破壊力を秘めているが。
『下らない』
剣では無く腕を振り、瓦礫を消し去るスルト。もう片方の手で炎剣を握り、ライに向けて振り降ろした。
「っと!」
ライの身長の数十倍はある剣を蹴り飛ばし、そのまま重力に逆らわず落下するように着地するライ。
レイたちも紅い街の歩廊に着地しており、周囲は魔物兵士達が取り囲んでいた。
『『『ガギャアアアァァァァッ!!』』』
声にならぬような轟音で鳴き、一斉にライたちへ攻め行く魔物兵士。ライ、レイ、フォンセ、リヤン、孫悟空、ドレイクは向かって来る兵士に構え同時に駆け出して相手をしてゆく。
『伸びろ、如意棒!!』
『『『グギャア……!!』』』
一方では神珍鉄を使った伸縮自在の如意金箍棒が魔物兵士を打ち抜き、亜光速で吹き飛ばす。
『邪魔だ……!!』
『『『ガギッ……!!』』』
一方ではドレイクが翼を羽ばたいて突進し、炎で焼き払いながら進む。
「ごめんね、皆……!!」
『『『ギリャア!!』』』
一方では魔術を使うリヤンが竜巻を起こして魔物兵士達を天高く吹き飛ばす。
「"水の手"!」
『『ゲギャア……!!』』
一方では水魔術を両手に纏ったフォンセが変幻自在の水で魔物兵士達を紅い街に叩き付ける。
「やあ!」
『ギッ……!』
「はあ!」
『グッ……!』
「ハッ!」
『ギャア……!!』
一方で、フォンセたちのように纏めて吹き飛ばしては周りに被害が行ってしまうレイは、流れるような剣捌きで意識を奪う。
突進する魔物兵士を紙一重で躱して剣を斬り付け、飛び掛かる魔物も躱して斬り裂き、前後から来る魔物に合わせて跳躍し、魔物兵士同士を激突させる。
普通の兵士達では、ライたちの相手など勤まらないという事だろう。
『フフ、そうでなくては面白くない。その力、特と試してみるが良い!!』
「……!」
スルトとは別方向から声が聞こえ、強風が吹き荒れる。ライたちと魔物兵士達はその風に煽られ、魔物兵士達の方は吹き飛んで行く。
堪え、飛ばされなかったライたちが空を見上げるとそこには、長鼻を生やして片手に扇を持った下駄を履く者が空を飛んでいた。腰には刀を携え、鋭い目付きがライたちを睨む。
『悠久の時を経て、ようやく私が赴く事となった。久し振りだな、小僧』
「悠久の時って……ほんの数週間程度だろ、大天狗殿?」
『フン。相変わらず生意気な目付きだな』
その者、天上世界を一瞬にして焼き尽くす事の出来る力を秘めた大妖怪。力の強い天狗達を収める長にして、様々な武術・剣術と神通力に長けた者──大天狗。
九つの世界の破壊者と天上世界を容易く破壊出来る、二人の破壊人がこの場所に来たという事である。
「ハハ、向こうさんも本気になったって事か……」
苦笑混じりの笑みを浮かべ、スルトと大天狗に構えるライ。
紅い街にて、ライたちとスルト達の戦闘が始まろうとしていた。
*****
「……? 何だか、向こうが騒がしいな。何かが崩れる音が聞こえたような……」
「本当ですか……? エマさん?」
ピクリと耳を動かし、遠方にある紅い街を一瞥するエマ。五感の鋭いヴァンパイアだからこそ何かを感じ取ったのだろう。
対し、力は強いが特別耳が良いという訳では無いニュンフェが小首を傾げてエマに問うた。それに反応を示し、紅い街から視線を移したエマは言葉を続ける。
「ああ。確定はしていないが、確かに物音が聞こえた。建物が崩れる音と、硝子の割れる音だ」
「つまり、街中でライさんたちに何かあったという事ですね……」
「可能性は高いな。ライたちならば心配は要らないだろうが、やはり気になる……。少々辛いものがあるが、一旦あの街へ行くか」
「はい!」
音が聞こえたかもしれないというだけなので確定はしていない。だが、ほんの少しでも疑惑があれば向かう必要がある。なのでエマは、苦痛を感じるがその街に向けて歩みを進めようと──
「ハッ、テメェらも既に標的になってんだけどな?」
「……! ……。成る程、そうか」
「何時の間に……!? はっ、不可視の移動術ですか……!」
──した時、近くにあった木の上から話し掛けてくる声と、遠方から姿を現す生物兵器の軍隊が出現する。敵の主力、シュヴァルツがエマとニュンフェの前に姿を現したという事だ。
「御名答。不可視の移動術なら、大人しい小娘以外には見れないからな。奇襲を仕掛けるには持って来いって訳だな」
「……。攻める前に名乗ったら意味が無いんじゃないか? 馬鹿か、貴様」
「いやいやいや。俺は決して馬鹿じゃねェ。元々、柄じゃねェってだけだよ。不意討ちってのはな。簡単に言や、正直者って事よ」
「成る程。馬鹿正直という事だな」
「だから馬鹿は要らねェって。馬鹿にしたいのかのテメェ?」
「ああ」
「よし、殺す」
瞬間、シュヴァルツの周りにあった空間が打ち砕け、硝子片のように辺りに散らばった。破壊魔術を纏ったのだ。それによってシュヴァルツの立っていた木が砕け散り、シュヴァルツが地に降り立つ。
触れるだけで全てを砕く、シュヴァルツのみが使える魔術。前にコピーされたりしたが、自由自在に扱えるのはシュヴァルツという訳である。
「何とも凶悪な魔術ですね……」
「そう、それだよ、それ。その反応が良いんだ。力を見せて驚かれるってのは気分が良くなる。それはつまり、認められているって事だからな」
軽薄な笑みを浮かべてニュンフェ指を差すシュヴァルツ。力を認められる事は嬉しい。破壊魔術に凶悪な魔術という言葉は褒め言葉でしかない。全てを破壊するからこそ、恐ろしい魔術なのだから。
ライと言いエマと言い、リヤンと言い、シュヴァルツの破壊魔術は過小評価されている。今まではそれを砕けるライと、それを受けても再生するエマ。それを真似できるリヤンが相手だったのだから当然だろう。
ようやく相応の評価を貰えたと笑っているのだ。
「そうですか。しかし、貴方御一人とは無謀ですね。生物兵器の兵士達もそれなりに驚異ですが、主力の殆どはライさんたちの方へ向かったという事ですよね? 私たちならば容易く倒せますよ……?」
「クク、やってみなくちゃ分からねェだろうよ。戦う前から逃げればそれで終わりだ」
「尤もだな。何も準備をしていないって訳では無いのだろう?」
「たり前ェよ。代わりと言っちゃなんだが、部下兵士を多く連れて来た。催眠で操られれば面倒だけどな?」
シュヴァルツが返すと同時に、生物兵器の兵士達以外の、魔物兵士と妖怪達がシュヴァルツの背後に姿を現した。見れば生物兵器の巨人もおり、数の暴力という言葉が相応しい事態となる。
「つまり、だ。テメェらは俺を相手取りつつ、この万を優に超える奴等も相手にしなきゃならねェって事だ。大変そうだな?」
「なに。簡単だ。そいつらを仲間に率入れれば良いだけよ」
「それが面倒何だよな。ったく、催眠術って汚ねーの」
「褒め言葉として預かろう」
しかし数の暴力など、エマの前では無力に等しい。力の強い相手が多ければ多い程、ヴァンパイアの催眠で操り味方に加える事が出来るので逆に優位に進められるからだ。
シュヴァルツもそれは予想している一つだから面倒臭そうな雰囲気なのだろう。
「ま、エルフは雑魚共に任せて、俺はヴァンパイアを相手にすっか。要は催眠術を掛けられなけりゃ良いんだからな」
「フッ、来てみろ」
「行ってやるよ!!」
刹那、シュヴァルツは大地を踏み砕く勢いで加速し、纏った破壊魔術をエマに向けて振るうった。エマはそれを紙一重で躱し、回し蹴りを放つ。
「ハッ、無駄だよ無駄ァ!!」
「足が砕けたか。もう全身に纏っているのだな」
「当然! ヴァンパイア相手に余裕かます訳にゃ行かねェだろ!」
片足が砕け、バランスの崩れたエマへ掌を向けるシュヴァルツ。触れるだけで砕けるのならば、エマの傘を破壊して太陽の元に晒すのが一番良いからである。
「私もいます!」
「テメェは雑魚が相手するって言ってんだろボゲェ!!」
エマの手助けに向かおうとしたニュンフェに向け、シュヴァルツが兵士達を差し向けて動きを止める。瞬く間に兵士達が集まった。
『『『…………!!』』』
『乱暴だな、シュヴァルツ殿』
『魔物のお前が言うな』
『妖怪、貴様もだ』
『『生物兵器が喋った!?』』
『ああ。俺は唯一の完成形だ。以後お見知りおきを』
『めっちゃ流暢だな!?』
シュヴァルツの合図と共に集まった兵士達が駆け寄り、ニュンフェとの距離を詰める。前衛を進む生物兵器達は無表情で駆け、後方から詰め寄る魔物兵士と妖怪兵士。そして、初となる完成形の生物兵器が更に続く。
「まさか……! 生物兵器の技術が此処まで……!!」
『ああ。無論、不死身で様々な武術、魔法・魔術を扱える。そして、慈悲も無い』
「ただの兵士と言っても、油断は出来ませんね……!!」
始めに弓矢を放ち、前衛の兵士一体を射抜くニュンフェ。次いでレイピアを抜き、魔力を込めて兵士達の元へ駆け出す。
新たに完成したという生物兵器。その実力は未知数だが、驚異的なものという事に変わりは無いだろう。
ライたちが紅い街でスルト、大天狗を相手にしている時、エマとニュンフェはシュヴァルツ、そして完成形の生物兵器を相手取る。
魔物の国、四度目となる主力との戦闘は、今開戦の合図を告げたのだった。