三十九話 ライvsダーク
「無事だったか。二人とも」
エマがレイとフォンセを見つけ、その様子を見て安堵したように言う。
エマはレイたちを探していたのだが、思いの外あっさりと見つかったのだ。
レイとフォンセはエマの方を確認し、頷いて返す。
「うん。まあ、怪我しちゃったけどね……」
「だがまあ、既に私が治療を施して置いた。だからレイが無理をしなければ問題は無い筈だ」
そうか。と、無事を知って再び安堵したエマは頷いてレイのフォンセの言葉に返した。
そしてレイはエマの方を見て、思い付いたように言う。
「あ、そういえば……ありがとう、エマ。エマのお陰で私、助かったの」
「?」
エマはレイから唐突に出た感謝の言葉にキョトンとする。レイとエマは今合流した。なので助ける事など出来ない筈なのだが、レイは助けられたと告げたのだから困惑したのである。
「えーと、敵に斬られそうになった時ね……空から雷が降ってきて助かったんだ……多分エマが呼び寄せた物じゃないかな……って」
「……そういうことか。それは良かった。確かに私が敵を炙り出すために使った技だが、役に立ったのなら素晴らしい事だ」
そんなエマを見兼ねて説明するレイの話を聞き、納得したエマは笑顔で言った。そんな二人を横に、フォンセは遠方で土煙が上がっている方を見て言う。
「あとはライか……」
「……そうだな」
「……うん」
フォンセの言葉に頷いて返すレイとエマ。この三人はライが負けることは無いと思っているが、怪我の事もあるので心配だったのだ。
*****
「オラァ!」
「……!?」
ライは声と共に大地を粉々にし、ダークに向かって踏み出した。そんなライが魔王を纏い、大地を粉砕する拳を放つ。
ダークはライの拳を防ぎ切れず、何かがぶつかったような鈍い音と共に轟音を立て、木々や山を砕き、貫通しながら吹き飛んだ。
そんなダークを見、ライは直ぐに吹き飛んでいくダークのあとを追う。
「あー……面倒臭え……!」
岩や木の残骸からムクリと起き上がり、頭を掻くダーク。
ダークは吹き飛ばされたにも拘わらず気だるそうな感じだ。
しかし、そんなダークの様子は明らかに変化していた。
気だるそうに下がっていた目はつり上がり、ガシャガシャと頭を掻く手の力は強くなっている。しまいには近くの木を殴って消し飛ばした。
「……どうだ? 少しの本気じゃ駄目って事が分かっただろ?」
雰囲気の変わったダーク。そんなダークにに追い付いたライはしたり顔をしながら挑発的な目でダークを見る。
その態度と力。それはダークの思考を変えるのに十分なモノとなる。
「ああ、そうだな……。面倒臭ェ……超面倒臭ェ……! イラつくぜ……クソガキ……!!」
先程とは全く違った射抜くような眼を光らせ、ライを睨み付けるダーク。その目には溢れんばかりの闘争心が出ていた。
"普段大人しい者がキレると怖い"。とはよく聞く事だろう。まさに今のダークがそれだったのだ。
先程までの様子から豹変したダークはライに向き合う。
「本当の意味で殺してやるよ……」
「そうか、それは良かった。要するに、『やっと本気を出してくれる』って事だろ?」
その二言だけを交わし、ライとダークの姿が消える。
その速度は音速を軽く超越していた。二人の移動だけで近くの木々や岩が粉砕し、クレーターを次々生み出す。
その衝撃は、振動を立てて崖などが崩れ落ちる程だ。
「オラッ!」
「ダリィ!」
先程の場所から数キロほど離れた所で二つの拳が激突し、それによって近くの山々が崩れる。土塊が降り注ぐ中、ライは周りを軽く一瞥してダークに話し掛ける。
「オイオイ、魔族の国からは大分離れたぞ? 此処まで追ってきて良いのかよ?」
「あ? 問題ねーだろ。そもそも、魔族の国ってだけでここらの山脈地帯には入りたがらない奴らが殆どだしな」
先程とは打って変わり、流暢。というか、乱暴な話し方になっているダーク。
魔族の男性というものは全員が全員、根本的はこんな性格なのだろうか気になるところだ。
「それも……そうだな!」
「ああ、そうだよ!」
お互いの脚をお互いの脚で弾き、山に落下するライとダーク。二人は二つの山にクレーターを造り上げ、粉塵を巻き上げた。
ライとダークはそれぞれで体勢を立て直し、山から飛び出して一瞬で互いの距離を詰める。
「オ──」
「──ウ……」
「「……ラアッ!!」」
二つの声に合わせ、再び激しく激突する二つの拳。その衝撃波は山全体に広がり、地震の如く大地を大きく振動させた。
その振動によってライとダークの真下にあった山が音を立てて砕ける。
野生の幻獣・魔物などは二人の気配を感じて逃げ出していた為、それに巻き込まれる事は無い様子だ。
(へえ? やるじゃねえか……)
ライは半分以下とはいえ、魔王の力を使っているのにも拘わらず、その拳を正面から受け止めたダークに感心していた。
ダークはライの様子を一瞬だけ窺い、蹴りを放って距離を取る。
ライとダークは離れて地面に着地し、着地した場所で改めてお互いに向き合う。
「……アンタ、やるじゃねえか。正直、ここまでやれるとは思っていなかったぞ?」
「お前はそれを俺に向かって言っているのか? それは相当な自惚れだぞ? 俺は魔族の国でそれなりの地位と力を持っていると言っただろ?」
ライが素直な感想を言い、ダークがライに返す。
しかしライの言葉はダークの癪に障ったようだ。少し苛立ちながらライへ言う。
「俺の力はこれからが本番だ!」
刹那、ダークの姿が消える。移動したのだろうか、音も無く目の前から消えた。
そこには無駄な破壊が無く、漂うように土煙のみが舞っている。
「ダラァ!」
「おっと……」
次の瞬間、ダークは背後からライへ殴り掛かった。ライは振り向き、ダークの拳を受け止める。
その衝撃のみで背後に地割れが起こったが、意に介している暇は無い。
「アンタの力が本番ってどういう事だ?」
「そのまんまの意味だ。俺たち監視組四人衆はそれぞれに特化した能力を持つ」
「お前"達"の事は聞いていないが……アンタの能力を説明するには必要な過程なのか?」
尋ねるライは腕を払ってダークとの距離を取り、ライは警戒を解かずに構えながら再びダークへ聞く。
一概に能力というが、その能力は様々。純粋な身体能力から魔力を使う魔法・魔術などだ。
ライはダークはそれらのどれに入るのか。そして、その能力を説明してくれるのか複雑なのかが気になっていた。
しかしダークの仲間の持つ力を話してくれるかもしれないという事は、ダークの力を知る為に必要な過程なのだろうか気になるところである。
「ああ、まあそんなところだ。お前のお仲間も気付いているだろうぜ。俺らは全員が違った戦闘方法を使っているってな」
「へえ? その戦闘方法は教えてくれんの?」
その返答に対し、飄々とした軽い態度でダークに質問するライ。気になる事が多いので質問しているライだが、ダークは考える素振りも見せずにライの質問に応える。
「ああ、構わない。それを知ろうが知らなかろうが、どのみち俺によってお前は始末されるんだからな?」
「ハッ! そいつは怖ェな」
軽口を叩いて笑みを浮かべるライ。ダークはそんなライを気にせず、自分達の戦闘方法を説明するように告げた。
「まず、始めにお前を襲ったオスクロは"四大エレメント"のうち、風魔術を中心に扱う。次に襲った二人組は、男のザラームが刀、女のキュリテが超能力を使う」
「へえ……。まあ、オスクロって奴とザラームって奴は見たら分かるし、俺の仲間なら超能力ってのもあっさり見破るするだろうな」
ダークが綴る言葉に返すライ。
因みにライとダークは、他のメンバーの勝負が決まった事をまだ知らない。
しかしライは、仲間を信じそう簡単に負ける訳が無いと確信していた。それは勘では無く、確かな信頼からなるものだ。
「そして俺の戦闘方法はシンプル且つ単純明快な……"身体能力"を使った方法だ」
「……へえ? 身体能力ねえ……? それはつまり、小細工無しの力づく……いや、力押し……って事か」
ダークの戦闘方法は遥か昔から行われている、自身の肉体のみを使った戦い方という事。
どちらかといえば野生動物の攻撃に近いが、その強さは野生動物とは比べ物にならない程だろう。
ダークは古来から続く方法だからこそ強い。という理論にでも達したのだろうか。
だが、ライも魔術を扱えるとはいえ基本的には魔王(元)を纏った物理攻撃が主体だ。
「つー事で……行くぜ?」
話を終えたダークは大地を蹴り砕き、砂埃を巻き上げて土煙を巻き起こしながらライとの距離を一瞬で詰める。
「そうこなくちゃな?」
そしてライは、そんなダークの攻撃を正面から防いだ。その衝撃によってライが少し後ろへ動き、背後のモノが粉砕する。
「「…………」」
ライとダークは一瞬顔を見合わせ、直ぐにその場を離れて距離を取る。そして再び大地を蹴り砕きつつ踏み込んで互いへ向かう。
「オラァ!」
「ウラァ!」
拳が交え、ライとダークの足元が砕け、巨大なクレーターが形成された。
「ホラッ!」
ライは拳の勢いを利用し、身体を大きく回転させてダークへ蹴りを放つ。
「……ッ!」
ダークは蹴りを防ぐが、勢いに負けて身体が後ろへ押される。辺りには再び何かが舞い上がり、視界を一瞬消し去った。
ライはダークが押された隙を突き、体勢を低くしてそちらに向かい、
「ラァッ!」
「うぐ……!」
アッパーカットで顎を捉え、吹き飛ばした。顎を殴り付けられたダークは短く呻き声を上げ、空に打ち上げられる。
「…………」
それを見上げ、ライも大地を砕きながら跳躍してダークを追い越す。
「食らえ!」
「…………!!」
そして自由に動けないダークの腹部に肘を打ち込み、叩き落とした。
ダークが落ちたところへ爆音と共に粉塵が舞い上がり、新たなクレーターを造り出す。その様子を高い木から眺めるライ。
「イ──テェんだよ!!」
ダークは苛立ちを交えた表情で近くにあった木を引っこ抜き、空中のライへ投げ付ける。
その木は音速を超える速度で飛び、空気を貫きながら直進した。
「こんなもの!」
そしてターゲットとなっているライはその木に向かって手を横に振る。それによって生まれた衝撃で飛んできた木が砕け散る。
しかし、その小さな欠片でライの視界が少しだけ見え難くなった。
「……」
それを見たダークは地面を蹴り、クレーターを造りながら跳躍して木の上に居るライの元へ近付き、
「ダラァ!」
ライに向かって拳を放った。
「うおっと……」
ライはそれを腕で受け、辺りには鈍い音が辺りに響き渡る。それと同時にライの立っていた木がメキメキと音を立て、木その物が大地の方へ埋まり行く。
「まだだァッ!!」
「……っ!」
そしてダークは自分の拳を防いだライの腕を掴み、流れるように回転して地面に投げ付けた。
力に逆らうことが出来ずにライはそのまま投げ飛ばされ、木から落下する。
ライがぶつかったであろう所には爆発のような土煙が巻き起こり、轟音が全体に響く。
「イテテ……やっぱ他の三人よりはアイツの方が強いんだな……」
高い木から凄まじい速度と勢いで叩き付けられたにも拘わらず、無傷の様子であるライ。
ライは先程まで居た木から見下ろすダークを見上げ、呟くように言った。
「取り敢えず今度はアイツを下ろすか……」
「……?」
近くの石ころを拾いつつ、木に居るダークを見上げるライ。そんなダークは、石ころを拾うライを見て訝しげな顔をしている。
それもその筈。戦いの最中に石ころを拾う。そんな光景を見れば"?"も浮かぶだろう。
「お前もさっさと……降りてこい!!」
そして、ライは魔王の力で石ころを投げ付けた。
その石ころは"第三宇宙速度"から"雷速"に近い速度で空気を揺らし、砂埃を上げながらダークに向かって突き進んでいく。
「そういうことかァ……!」
ダークは音速を超越した石ころを『目で確認する』。そしてライの意図を理解し、木から飛び降りた。
先程までダークが居たところに石ころはぶつかり、木は粉々になる。
「ほら、お望み通り降りてやったぜ?」
「そうかい、どーも」
ダークの着地と共に砂が舞い上がる。
ゆっくりと顔を上げ、ライの方を見たダークはライに言い、ライは返すように相槌を打った。
そして再び構えるライとダーク。
「「オラァ!!」」
同時に声を上げ、拳を放つライとダーク。
爆音と共に粉塵が舞い上がる。そして次の刹那には二人の動きが変わり、ダークが横に蹴りを放ち、ライが脚でそれを防いでいた。
二人の戦いは山河を砕き、天空を割り、壮絶な衝撃を巻き起こして続く。
しかし、その戦いはもうすぐ終止符が打たれるのだった。