三百九十一話 紅い街の散策・四回目の幹部会議
「魔術を纏っても、街の景観から熱を感じてしまうな、此処の街は。紅い色だけならばこんなに熱気を感じる筈が無いんだが……」
「うん……。何だろう……意図的に温度を上げているのかな……何の為に……?」
「妥当な線なら野生の魔物を近付けさせない為だが……住んでいる者一人か一匹も見当たらない。確認のしようが無いな」
「そうだね……」
暑さで汗を流して顔を赤く紅潮させながら進むレイとフォンセは、紅い街の目が痛む程に輝かしい街道を歩いていた。
フォンセの水魔術や氷魔術で身体の温度を下げているが、それでもじんわりと響く暑さがあった。自然な暑さならばこの魔術の膜だけで多くは防げる筈なのだが、纏っても暑いのは変わらない。
つまり、この街も魔法・魔術。または別の何かによって気温が上げられているという事だ。しかしその理由が分からないレイとフォンセ。簡単に考えるのなら野生の魔物を寄せ付けない為だが、腑に落ちないところがある。
「まあ、分からぬ事を考えて時間を潰すのは勿体無い。街の様子を見て回れば自ずと見えてくるだろう」
「ふぅ……」と一息吐き、笑みを浮かべてレイを見やるフォンセ。このまま考えていても意味が無い。なので探索を続けようと提案したのだ。
「アハハ、そうなったら良いね。分からない事だらけだもん」
「ああ。美しいが、謎多き街だ。調べ甲斐がある」
「うん、見るだけなら悪くないからね」
ライとリヤンに劣らず、好奇心が旺盛な二人。謎解きは嫌いでは無く、この街の探索も暑さを除けば楽しめている。
逆に言えば暑さに参っているのだが、それはまあこの街に着いた時から感じていた事なので気にする必要も無いだろう。レイとフォンセは探索を再開する。
「建物は人間・魔族の国にあるのと同じような造り方だな。違う点と言えば日光を反射させる塗料が塗ってあるくらいか」
「それが暑さの原因だね。それだけじゃこうはならないと思うから、他にも何かの力が作用しているのかもね」
「ああ、天候を変えるのは魔法・魔術を使えば出来るが、持続させるならエマくらいの力は必要だ。けど、魔物の国の強力な魔物ならばエマと同じように天候そのものを持続させた状態で変える事も出来るかもしれないな」
数時間程度ならば、天候を変えるのは強い魔法・魔術が使えれば出来る。しかしこの街のように常に持続させるには、エマ程の力は必要である。それ程の実力者が造った街ならば、魔物の国の主力の街という可能性もある。
何はともあれ、この街の者が只者ではないのは確かだろう。この暑さの中生活出来るとなると、並大抵の魔物には不可能だからだ。
「観光もしたいけど、常に警戒しなくちゃならないかもね……」
「そうだな、暑さも相まってかなり疲弊するだろう。敵対する者と出会わなければ良いけど」
「八岐大蛇の事もあったし、話せる相手なら話してみよっか」
「それが良いな、賛成だ。勘違いする前に話を聞かなくてはならないからな。無関係な者は巻き込まないのがライのやり方だ。人間・魔族・幻獣・魔物問わずな」
美しい紅色の光を醸し出す道を進む二人。二、三日前に八岐大蛇を勘違いして攻撃してしまった事があるので、ここの街に住民が居るのならば話し合いから試みると誓った。
本来の侵略者ならば無差別に攻める者だが、ライたちは違う。余程の事が無ければその命を奪う行為はしないのだ。
「しかし、美しい街なんだがな。此処は。生物の気配が無いのはどういう事なのか気になるな」
「うん。街に入ってから姿が見えないね。私たちが帰るまで姿を現さないつもりならそれでも良いけど、居なさ過ぎて逆に気になっちゃう」
辺りの建物を一瞥する。赤と黄金の塗料が塗られており、派手な見た目で豪華絢爛な装飾が施されている。
建物一つ一つが赤いだけでなく豪華なのだ。これを造り上げた者は余程の金持ちか、派手な物が好きなのだろうと窺える。
別の理由があるのかもしれないが、それは分からないまま。思い付かないので、派手な物好きという事に決め付ける。
「さて、さっきも言ったが分からない事を考えて時間を潰すのは勿体無い。誰も居ないならのんびり探索を続けるとするか」
視線を赤い建物からレイに移し、フッと小さく笑うフォンセ。レイも笑って返す。
「そうだね。あの時計塔が一番目立っているけど、他にも名所とかありそう」
「そう言えば、時計塔はあるんだな。あれを見れば、この街に生物が居る可能性がグッと高まる。レイの言ったように、他にも何か無いか探してみるか」
「うん、それが良いよ。もしもの事を考えなくちゃならないのは━魔物の国《この国》じゃ仕方無いけど、考え過ぎも良くないからね」
レイの言葉に頷くフォンセ。警戒するのはいつ命の危険があるのか分からないので仕方無いが、それによって折角取った疲れをまた溜めてしまっては元も子も無い。
レイとフォンセは多少の警戒をしつつ、紅い街の探索を続ける。
*****
──"魔物の国・支配者の街"。
此処は支配者の街にある会議室。ここ数日で既に三回行われている会議。それもあって辺りには重い空気が流れていた。
本来は重要な事柄に対してのみ開かれる幹部会議だが、それがたった数日のうちに三回。今回を含め、四回も開かれる事など言語道断。あってはならない事である。
しかしそれが現実になってしまった今、支配者の街では張り詰めた空気が流れている。
その空気の中、何時ものように人化した幹部達が話し合いを進めていた。
「ヨルムンガンド。まさかお前までやられてしまうとはな。此処まで来た奴らだ。星を砕く一撃など容易く行えるだろうが、柔な星よりも頑丈なお前まで倒れるとはな」
「うむ……こればかりは我が悪いな。ニーズヘッグとヒュドラーを倒した逸材。しかし我の巨躯故、油断が生じたのは否定できない」
「まあ、仕方ねェだろうよ。アイツら、見た目はただのガキだからな。俺も負けたんだ、何もヨルムンガンドだけを攻める必要は無いだろ」
「ああ。私の護りを貫く奴ら、ニーズヘッグの言う通り見た目だけならば軽く捻れば死に至る存在にしか見えない」
「纏めると、見た目はそれ程でも無いが力が強い、か。魔王の力だけでそれ程まで強くなれるのか疑問だな」
「それ程になると、本人に何かの力があるという事だろう。強過ぎる力は身を滅ぼす事がある。それが無いという事は本人の力もかなり強いという事だ」
その話題は侵略者であるライの強さについて。魔王を宿している事は既に全員が理解しているが、それを踏まえても強さが謎だった。
宇宙を破壊する力を持ちながら、異能と物理を無効化する力。その両立はおかしくないが、それを宿す主──つまり、ライの身体が砕けないのかという事。
己の限界を超えた力。それを使う為には自身の身体を犠牲にする必要があるのだが、それが無いのが不明だった。
再生力の高い身体を持っていればおかしくないが、幹部達から見たライの身体は特別な再生力も宿していないように見えるからだ。
「そうだね、彼の身体は謎が多い。魔物の国の幹部たちの前では無いけど、時間的な意味で前にも同じような事を言った。そして此処までの言葉も前と殆ど同じだ。それ程までに謎めいている」
「そうだな、アイツは破壊をも打ち砕く。俺も破壊魔術を逆に破壊されたからな」
「まあ、謎めいた人なら私たちの仲間にも居るけどね? グラオ?」
「ハハ、謎めいてなんか無いさ。僕はただの混沌。色んな事柄が織り混じって何が何だか分からないだけだよ」
「それが謎めいていると言うんですけど、グラオさん」
「細かい事は気にしなくても良いんだよ、それもどれも関係無いさ」
そして今回で初となるヴァイス達や百鬼夜行がこの会議に参加していた。
この会議では、主にライたちの行動やその強さ、次は誰を派遣するかという事を話し合う。それによって次に向かう者が決まり、ライたちの元へと行くのだ。
魔物の国は、当然ながら魔物の幹部達の本拠地。ある程度の行動パターンは予測・推測が出来、的確にその位置へ迎えるのだ。
「それで、次は誰が向かうんだい? 残った幹部達は何れも強力。ライたちもかなりの実力者だけど、確実に疲弊させているからね」
ライの力の秘密とグラオの存在についての事はさておき、今度は誰を向かわせるのか尋ねるヴァイス。ニーズヘッグ、ヒュドラー、ヨルムンガンド。マギア、ハリーフ。酒呑童子に八岐大蛇。今まで向かわせた者達は悉く返り討ちに合い、今に至る。残った幹部達の実力からして、より熾烈を極める戦闘が行われる事だろう。
「だったら自分が行こう。今侵略者が居る街には少々所縁がある。その街に居るという事自体も何かの縁。自分が一番の適正だ」
「そうか。もうお前が出るか。しかしまあ、残った三匹の幹部は他の幹部よりも頭一つ抜けている。誰が出ても、変わらないだろう」
「ハッ、はっきり言うぜ。ま、事実だけどな」
名乗り出た、一人の幹部。残った幹部達は、全員が他の幹部から群を抜いている実力者。ニーズヘッグが苦笑を浮かべるが、かなりの実力を宿している事に違いないので軽く笑うだけだった。
「じゃあ、私たちからもこの者を送るよ。共に戦ってきてくれ」
「うむ。ならば儂ら百鬼夜行からはこの者を同行させてしんぜよう。まあ、誰であろうと何れも強力な幹部たちだ。足を引っ張るという行為は無いだろう」
「オーケー。んじゃ、行ってくる」
『ああ、久方振りの戦闘か。フッ……楽しみだ』
魔物の国の幹部が名乗ると同時に、ヴァイスとぬらりひょんが己の仲間を差し出す。本人達もノリノリなので、魔物の国の幹部達から否定の声も上がらなかった。
紅い街を探索するライたちと同時刻、魔物の国の主力達が飛び出した。
*****
『紅い街。見覚えはあるか?』
『む? いや、無いな。そもそも、俺が此処を探索している理由は見た事の無い街だったからだ。知的好奇心を刺激される、実に面白い街だな』
『ハッ、そうかい。しかしまあ、いつ何時魔物の国の主力達が来るか分からねえ。探索も良いが、常に警戒はしておけよ?』
『無論だ。こうして飛んでいる間も周囲の警戒は怠っていない』
バサッ。と、赤い翼を羽ばたかせて空を飛ぶ龍と、並行して移動する黄金の雲──ドレイクと孫悟空が共に空を進んでいた。
紅い街を見下ろし、高温の中を突っ切る一人と一匹。常人やそうで無い者にとってかなりの暑さを放つこの街だが、火山地帯に生息している者も居る龍族と神仏である大妖怪の前では無意味だった。
『そう言う斉天大聖殿はどうなのだ? 聞けば、天界から下界を見下ろしていたと言う。この街についてもある程度は分かっているのでは無いか?』
『……。ま、少しはな。全知って訳じゃねえから全ては分からないが、この街についてはお前たちよりは詳しいだろうよ』
誇る事無く述べる孫悟空。天界から下界の様子を眺められる孫悟空ならば知っているのでは無いかと考えたであろうドレイクだが、どうやらそれは合っていたらしい。
確実に孫悟空は、この街の事を知っている。流石に全ては分からないようだが、全ての情報が"無"であるよりは良いだろう。
それを理解したドレイクは今一度翼を羽ばたかせ、更に続ける。
『ならば教えてはくれぬか? 美しい街だが、妙な気配が漂っている。光や熱とは違うナニか。別の気配だ。それが気になって仕方無い』
五感が優れている龍族のドレイクだからかそ、この街に違和感があるという。
孫悟空は『流石の龍族だな』。と笑い、ドレイクに向けて質問に返した。
『この街は元々別の世界にあった街をモデルに造られていてな、本物の街の云わばレプリカだ。本物の街は此処とは比にならないくらいの高温で、その街で生まれ育った者しか生きる事すら出来ないって云われていたんだ』
『なんと。この街よりも遥かに過酷な街がこの世界の何処かにあるというのか!?』
『いや、"この世界の何処か"じゃねえ。"別の世界"だ。世界線そのものが違う場所だよ』
『……ッ!?』
ドレイクは絶句した。この星のある宇宙。そこの何処かにある街かと考えていた様子のドレイクだが、世界線そのものが違う。即ち異世界に存在する街がモデルだったという事実に驚愕したのだ。
『つまり、異世界か?』
『まあ、そうとも言えるな。厳密に言や結構違くて、異世界は異世界でも"この世とあの世"。"現世と天国・地獄"みたいな、直接的な関わりは無いが確かに存在する世界って事だな。そこに行く為には……この世からあの世に行くように、魂と肉体を分離させるか異世界に干渉できる奴が必要だ』
『地獄の一つか?』
『いや、それも違う。この街のモデルになった街とあの世は関係無い。絶対とは言い切れないが、基本的にな』
これ程の暑さを誇る街のモデルとなった所ならば地獄と思ったようだが、それは違うらしい。
しかし、確かに存在している街ではあるようだ。となると、孫悟空が言った事あるのか気に掛かる。
『……。その街は今も栄えているのか?』
『いや、滅びた。世界そのものがな』
即答だった。確かに孫悟空は今、紅い街のモデルとなった街が滅びたと述べたのだ。益々理解が追い付かないドレイク。
悩むドレイクを見、孫悟空は真面目な表情を一転させ、軽薄な態度を取って先の内容を話す。
『まあ、この街があった世界は"終末の日"が起こった世界線でな。それに巻き込まれてパッと消滅しちまったんだ』
『むぅ。流石に異世界の事柄までは頭が回らないな。その世界は"終末の日"によって消滅し、その世界にあった街と似たような街がこの世界に造られたという事か……』
『そんな所だな。もしも俺たちの世界で"終末の日"が起こっていれば、俺たちの世界がそうなった可能性もあるって事よ』
此処にある紅い街は、かつて"終末の日"で消滅してしまった街をモデルに造られた街だった。
となると、滅びた世界の住人がこの世界に干渉したという事だろうか。それを聞いたドレイクだが、孫悟空はかなり昔の事なので分からないと述べる。
実際、数万年は生きている孫悟空だが、この星ですら数億年は宇宙に存在している。星の歴史ならば、知っている事よりも知らない事の方が多いだろう。
後は殆どが分からないとの事なので、これにて会話は終了を迎えた。
『滅びた世界の街を型どった街か。ライ殿たちにも教えた方が良さそうだな』
『ああ、そうだな。アイツらはかなり強くて頭が良い。新しい謎に直面すりゃ、嬉々として参加するだろうからな』
一息吐くと同時に笑みを浮かべて話すドレイクと孫悟空。ライたちもこの街が何なのか気になっていたので、ヒントになるか分からないが謎解きには丁度良い筈だ。
他愛ない会話を続け、紅い街を見下ろしながら空を飛ぶ孫悟空とドレイク。
ライたちと孫悟空たちが探索する中、魔物の国の主力達も近付いていた。




