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三百九十話 紅い街

 ──ヨルムンガンド達との戦闘から数日が経過した。

 数日と言っても二、三日程度だ。刺客となる魔物の国の幹部や兵士、そして野生の魔物に遭遇する事も無くライたちは比較的ゆったりと過ごせていた。

 何故孫悟空と合流したのにさっさと行かないのかと言うと、単刀直入に言えば魔物の国で溜まった疲労を回復する為である。野宿とはいえ、戦闘が少なければそれなりに休めるからだ。

 そして謎に包まれた"天叢雲剣あまのむらくものつるぎ"は今もまだ孫悟空が所持しており、調べていない。ある程度の収集が付いた時に調べるつもりなのだろう。

 因みに八岐大蛇ヤマタノオロチだが、八岐大蛇ヤマタノオロチは神なので一度天界へ送って様子を見ている。八岐大蛇ヤマタノオロチの出身国である神群も天界に居るので、大まかな事は任せられるのだ。

 そして再び歩みを進め、森を歩くライたちは開けた場所に辿り着いた。そこにあったそれを見、ライは感嘆の声を上げる。


「へえ、まさか──魔物の国の奥地に、街があるなんてな。道も整備されているし、建物は木だけじゃない材料も使われている」


「うん。道中には建物なんて無かったのに。この場所だけ他の国と同じみたい……」


「ああ。魔物の国(この国)も野生以外の文化があったという訳か」


 そこにあったのは炎のように"紅い街"だった。

 建物には赤や黄金色の装飾が施されており、日の光に反射して整備された道まで赤く染まっている。

 高い建物によって閉ざされているが、確かに見える地平線の彼方には黄昏時を彷彿とさせる赤と黄金色が彩られていた。天に存在する太陽が真上にもかかわらず、夕刻の時を示すような街並みは何とも奇っ怪で美しいものだろうか。

 その見た目通り、街全体は秋である魔物の国にも拘わらず高温で、立っているだけで汗が止まらない。建物から建物へ不規則に反射している日の光が全体の気温を上昇させているのだろう。春夏秋冬問わず、一年中この気温を保っていると見て問題無い筈だ。


「赤くて"熱い"街だな。物理的に」


「うん。赤いね……暑いね……熱いなぁ……」


「ああ、日の光が反射しているから、私にとっては何とも居辛い……。随分と居心地が悪いな……」


「見るだけなら美しいのだがな。如何せん暑過ぎる。私の服は割と薄着なのだが、それでも汗が流れてくる程だ」


「うん、暑いね」


「ええ……かなり暑いですね……この暑さでは、自然の植物たちも枯れてしまいます……。実際、街には草木や花々がありません……」


 ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤンが続けて話す。初見の印象は赤くて綺麗な街。しかし植物が無く、気温が異常なまでに高かった。

 肉体が常人。いや、常識離れしているライや熱に強い幻獣・魔物の性質を持っているリヤンは涼しそうな顔をしているが、身体の構造は普通の人間であるレイと日光そのものに弱いエマ。そして常人離れしている身体ではあるが熱は感じるらしいフォンセ。植物と共に生活するエルフ族のニュンフェは暑そうな表情で項垂れている。


『ふむ、確かにかなりの気温だ。この街が魔物の国にある森の真ん中にも拘わらず残っていた理由、大方検討はつくな』


『ああ。この熱帯地方よりも遥かに高い気温が野生の魔物を寄せ付け無かったんだろう。この街で生まれ育った者以外この街で生活する事はほぼ不可能に近い』


 暑がるレイたちを横目に、この街が魔物の国にある危険な森にあったにも拘わらず消えずに残っていた理由を推測するドレイクと孫悟空。この熱が自然の守護となって野生の魔物達を近付けなかったのだろう。

 しかししっかりと整備された建物や道や、見るだけならば美しい街並みを一望する限り此処で生活している者は居そうである。


「まあ、かなり暑いけど、久しぶりの街だな。魔術で涼しい膜でも創って街を少し探索しよう。それなら熱中症になる事も無さそうだ。常に飲料水は持ち歩いているしな」


 紅く、熱い街を眺めて提案するライ。

 魔物の国に乗り込む前、拠点としていた街以降にあった初めての街。このまま通り過ぎるのでは無く、好奇心が旺盛なライは少し街を見てみたいのだろう。

 くどいようだが、見るだけならば紅く美しいこの街。少し観光してみたい気持ちも分からなくは無い。


「うん……かなり暑いけど、私も街の様子は気に掛かるな……」


「ああ、ライの言う通り、魔術で熱避けを創れれば多少はマシになるだろうからな。何もこの街に停滞する訳じゃないんだ」


「うん。この街に住んでいる魔物、気になる……!」


 珍しく目を輝かせるリヤンと、ライに賛成したレイ、フォンセ。

 彼女たちも好奇心がある。特にリヤンは幻獣・魔物問わず様々な動物に興味を持っているのだ。この様に過酷な環境で暮らす魔物の姿を見てみたいという気持ちがあるのだろう。


「私はパスだ。立つだけで苦しみを覚えてしまう……この街の外にある森で休んでいるとするよ……」


「あ、じゃあ私もお供しますエマさん。自然もありませんし、私自身が弱りそうですから」


「そうか? まあ、確かにエマは日中に弱いし、一人にするのも不安だからニュンフェが付くなら良いけど」


 逆に今回は行くつもりの無さそうなエマとニュンフェ。興味が無い訳では無いが、エマにとっては環境が悪過ぎる。そして、そんなエマを一人にするのも問題なのでニュンフェが同行する事にライは反対しなかった。


『俺は行こうではないか。世界を見て回ったつもりだが、俺はこの街を初めて見た。どうやら知らない事はまだまだ多くあるようだ。暑さには強いから、問題無く行動出来る』


『俺も行くぜ。此処は一応敵地の街だからな。罠じゃないって可能性が無いとは言い切れないんだ。後、"赤"って言葉には興味を引かれる。俺自身が赤い衣装を纏って赤い如意金箍棒にょいきんこぼうを使っているからな』


 最後に話すのは一人と一匹。ドレイクと孫悟空だ。

 ドレイクは世界を旅してきたが、この街はまだ寄った事が無い。此処に住む者達の暮らしに興味が引かれたらしい。

 そして孫悟空だが、孫悟空は此処が敵地である事と個人的に赤という存在が気に掛かるので寄ってみるらしい。


「よし、じゃあ街の外で待機するのはエマとニュンフェ。街の中を探索するのが俺とレイ、フォンセ、リヤン、ドレイク、孫悟空って事で決定だな」


「「うん」」

「「ああ」」

「ええ」

『そうだな、それで良い』

『右に同じく。結構興味深い街だ、この場所は』


 組分けが終わったところで、ライがレイたちに最後の確認をしてそれに返す六人と一匹。異論、反論は無く、いざこざなども無く組分けが済んだので良しとする。

 ライ、レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェ、ドレイク、孫悟空の七人と一匹は決められたチームで街を探索するのだった。



*****



「それで、ライ。何処に行くの?」


「ん? ああ、そうだな……リヤンはこの街に住む魔物を見たい、俺は適当に探索したい。つまり、リヤンの自由で良いぜ。リヤンに着いて行けば街の探索も出来るからな」


「ホント!?」


「あ、ああ。勿論だ!」


 リヤンは普段の様子からは想像し難い、熱っぽい表情で目を輝かせてライに迫る。

 ライは珍しい態度に苦笑を浮かべ、肯定するように頷いた。

 今現在、魔物の国にて見つけた街でライとリヤンは、赤い街道を歩いていた。

 決まったチームはライとリヤン。レイとフォンセ。孫悟空とドレイク。外ではエマとニュンフェが待機している。元々七人と一匹のメンバーだったので、均等に分かれる事が出来ていた。

 その様に決まったチームで、ライはリヤンと共に居る。今のところ生物は一匹も居ないので、探索しつつこの街に住む者を探すという事に決まっていた。


「けど、見れば見る程赤いな。深紅って言葉がピッタリと当て嵌まるような赤さだ。まあ、所々に黄金色にも染まっているから色に飽きるって事は無いけどな」


「うん、何でこんなに赤いんだろう。この街の偉い人が赤色を好んでいるのかな?」


「さあな。けど、その線はあり得るな。飽きないような工夫も施されているし、この気温が無かったら普通に観光地にも出来た筈だ」


「おかしいね。街を紅く染めただけで気温も上がるなんて」


「暖色に反応した脳の錯覚……って思ったけど、建物に日の光を反射させる塗料が塗られているんだろうな。何を思ってそうしたのかは分からないけど」


「うん、ほんの少しだけど……普通のペンキとは違った匂いも混ざっているよ。ライの言ってる事は正しいかも」


「ハハ、そりゃ良かった。てか、相変わらず凄い嗅覚だな、リヤン」


 談笑しつつ、紅い街並みを見て回るライとリヤン。この街は広さもそれなりで、ゆっくりと見て回れば一日二日では全てを見れなそうである。

 元々は観光地を目指していたのか、この街が造られた意図は不明だ。よりにもよって野生そのとのである魔物の国でそれをする理由が分からなかった。

 この場所が森の真ん中でなければおかしく無いのだが、人が寄り付かなそうな森の真ん中にて造られた理由が不明なのである。


「けどまあ、綺麗な街って事に変わりは無いな。目の保養にピッタリだ」


「少し刺激が強過ぎるかもしれないけど……」


「それは、アレだ。敢えて刺激の強い色合いを見る事で逆に良い感じになるってな。多分、恐らく、きっと。十中八九は」


「ふふ、変なの。ライにも分からない事があるんだ」


 ライの適当な言葉に笑みを浮かべるリヤン。基本的に人見知りをするリヤンだが、既にライたちとは気兼ね無く話せている。仲間という存在には安心感が備わるのだろう。


「ハハ、知らない事があるのは当たり前さ。全知じゃないからな。だからこそ好奇心が刺激されるんだ。……そういや、出会ってから数ヵ月だけどリヤンも結構俺たちに慣れたな」


「うん、そうだね。幻獣・魔物以外の仲間って存在は初めてだったけど、私、嫌いじゃない」


 力強くグッと手を握るリヤン。ライたちの中からこの街への疑問は薄れていた。目の前にある街の美しさは、街に対しての不可解な事柄を差し引いても目が奪われる美しさだったからだ。

 紅と金。その二つしか使われていないからこそ余計な刺激が無く目に痛い色でも落ち着ける。透き通った紅色と金色なので目に優しいのだろう。


「成長するのは良い事だな。何時か旅が終わったとして、リヤンが親しい者以外の人間・魔族と初対面でも話せる日が来るかもな」


「そうなったら良いなぁ……。けど、ライたちと別れるのは辛いかも……」


「そうだな、別れるのは辛いさ。けど、旅が終わっても会いに行くよ、リヤン」


「うん、待ってる。まだ旅は終わっていないけどね」


 夕刻を彷彿とさせる色合いの静かな街道にて、黄昏時の寂し気な景観と雰囲気からか先に待つであろう旅の終わりを考えてしまうライとリヤン。

 まだ始まって数ヵ月。目的の半分は達成されている。確実に終わりは近付いて来ているのだ。それ故に、ライとリヤンには容易にその想像が出来てしまっていた。

 別れは寂しいもの。何時か会えるとしても、その何時かが何時になるのか分からない。今日か明日か明後日か、それともずっと先か。今は当たり前となっているライたちの旅。いつか終わりが来るのだ。別れの経験が少ないリヤンだからこそその後の事は不安となっている。


「皆、一緒に暮らせたら良いのにね……」

「……え?」

「……! ううん、何でもない……!」


 ボソリと、本音が口から漏れてしまっていた。ため息を吐くように言った言葉なので周りの様子を見るのに忙しいライには聞こえていないが、リヤンの本心で違いない。慌てて否定してしまったリヤンだが、色々と思うところはあるようだ。

 その雰囲気に気付いたか気付いていないのか定かではないが、ライは目の前を指差して口を開いた。


「あ、ほら。見ろよ、リヤン! あの高い時計塔。一際目立つ場所にあるし、この街のシンボルか何かかもな!」


「え? あ、うん。本当だ……大きいね、あの時計塔。魔物の国でも時間を知りたい魔物が居るんだね」


「そうか、生活している魔物が居るから時計塔があるんだな。整備されているだけの廃墟って線は無くなったな。あの時計塔はまだ動いている」


 何気無く指した、他の建物と同じく紅と黄金色で装飾が施されている時計塔。それがあるという事は、今魔物達が見当たらないだけで存在しているという事を決定付けるものだった。

 人間・魔族や知恵のある動物達が近寄らなさそうなこの場所に、綺麗な状態で動き続けている時計塔があるのは不自然だからだ。動き続けているという事は、誰かが"時"を必要としているという事。廃墟になって数日しか経っていないからまだ動いているという可能性もあるが、何かの生物が居る可能性が出てきたのでライとリヤンは俄然やる気になる。


「じゃあ、何処に居るんだろ。普通に考えたら建物の中かな?」


「ああ、普通に考えたらな。まだ昼間だし、食料を調達する為に狩りに行っている可能性もある。もしも建物内に居るなら、俺たちが歩いていれば興味を示して出て来るかもしれないな」


 生き物が住んでいるのならば、建物の中に居るか街の外におもむいているかのどちらか。前者の場合なら外からの客人に興味を示す可能性も少なからずあるだろう。後者ならば散策をしていれば帰ってくる可能性がある。

 そのどちらでも無ければどうなるか分からないが、この街を散策するのはライの目的でもあるので問題は無かった。


「じゃ、行こっ。ライ! 私……この街も少し気になる……!」


「ああ、行こうか。リヤン!」


 手を差し出すリヤンと、出された手を握るライ。魔物の国にある街という事で、普段のリヤンらしからぬ行動をする。自ら手を差し出すなど、かなり稀少だ。しかしそれも悪くないと、ライは笑顔で返す。

 ライとリヤンの二人。そしてレイたちと孫悟空たちは、炎のように紅いこの街を散策するのだった。

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