三百八十七話 vsヨルムンガンド
──轟音と共に大地が崩落した。同時に谷が造られ、奈落の底に土塊が落下する。それから少し後、その奈落に向けて巨大な蛇が叩き付けられた。
『グ……クク、何という強さ。星程の大きさはある我を容易く吹き飛ばすとはな。いや、先程から何度も吹き飛ばされていたな。魔王の力を宿しているとはいえ、末恐ろしいものよ』
「そうか。まあ、その攻撃を何度受けても大した傷にならないアンタの方が末恐ろしいな。ヒュドラーといえ、何で魔物は頑丈なんだろうな」
『野生だからな。自然と共に生きるには相応の肉体が必要よ』
「自然がホイホイ惑星を破壊したら大変だろ。自然って枠に嵌まってないな、アンタら」
『お前が言うな!』
うねり、毒を放出しつつ突進するヨルムンガンド。
大地が抉れて割れ、粉塵と共に瓦礫を巻き上げながら直進する。土塊が身体に当たり、弾きながらライの近くへその姿を近寄せた。
『シャァ━━ッ!!』
「そら!」
正面から顎を蹴り抜き、粉砕した大地ごと受け止める。そのまま頭上へ繰り上げ、奈落の底から天へと舞い上がる。
星程のサイズあるヨルムンガンドとヨルムンガンドからすれば砂粒一つにも満たない大きさのライが向き直った。
数秒宙に舞い、重力に伴って落下するライとヨルムンガンド。大きな粉塵を上げる勢いで着地し、次の瞬間には着地地点のクレーターから一人と一匹の姿が消え去っていた。
それから一瞬後、再び爆発のような轟音が辺りに響き渡って恒星サイズの惑星を大きく揺らす。
『ハッ!』
「ラァ!」
同時に土煙を切り裂き、現れた巨大な頭と可細い足が激突した。その足は細いにも拘わらずヨルムンガンドを吹き飛ばし、大地に強く叩き付ける。
吹き飛ばし、吹き飛ばされるというのはもう何度も見た光景なのだが、それが意味する事はつまり、幾度と無く放たれる攻防。それを受けても尚、ライもヨルムンガンドの戦えるだけの力が残っているという事だ。
「はあ、長いな。もう何回殴って蹴ってるんだ?」
『それはこっちの台詞だ。我がお前を何度吹き飛ばしていると思っている? 一撃一撃に惑星が隕石として落下した時以上の破壊力を秘めているんだがな』
「ハハ、理不尽な存在らしいからな。魔王は。理不尽な程の攻撃力と理不尽な程の耐久力を持ち合わせているんだろ」
互いに少し息は早くなっているが、堪えた様子は無い。ヨルムンガンドの一挙一動は巨大な惑星が隕石として落下する程の威力。ライの一挙一動は星や恒星を砕き、生き物の世界を容易く滅ぼせる程の威力。
そのどちらとも、一つが存在するだけで大抵の世界は奪える程だ。にも拘わらず、それを何十、何百、何千、何万受けている一人と一匹は気力も体力も有り余っている様子だった。
「けど、確かに埒が明かないな。今まで戦った魔物の国の幹部に使った力……此処で使うか」
『ほう? やはり手加減していたのか、お前は。何ともナメられたものだな』
「ハハ、悪く思わないでくれ。ホイホイ使っているけど、割りと身体への負担が大きいんだ。逆に、何度も使わざるを得ない状況になってこの国に来てから疲労が完全に取れた事は今まで無かったよ」
自重するように笑い、魔王の力を七割に引き上げるライ。漆黒の渦が深くなり、辺りに禍々しい空気が流れる。
ライも魔王を完全に操れるのなら始めから全力で挑むつもりだが、現実は甘くない。魔王の力を使えば使う程、身体への負担が大きくなり痛みなどの不調が生じるのだ。
一割から六割ならあまり負担無く使える魔王の力だが、七割以上となるとそうもいかない。少なからず何らかの影響が表れ、後に必ず報いが訪れるだろう。
魔物の国に入って、最初の幹部と戦ってから数日。敵が幹部なので魔王の力を使わなくては勝てず、頻繁に力を使っていた。
それもあって、ライは疲労が激しかった。本人の力が強いので大きな影響はまだ出ていないが、それも時間の問題だろう。
『それがニーズヘッグとヒュドラーを沈めた力か。成る程、手強い。小さきお前が発しているとは思えない威圧。我が小さければ、恐怖に震え動く事すら儘ならなかっただろう』
「ハッ、そうかよ。どうでも良いな。アンタは恐怖なんぞ微塵も感じていないだろ? 仮に大きさが小さくても、臆する事無く向かって来ていた筈だ」
『フッ。評価してくれているようだな。我の事を』
「ああ、事実だからな。力が弱くなろうと、大きさが小さくなろうと、それくらいの度胸が無ければ前線に立つ幹部になんかなれないだろうからな」
七割の力を纏い、一時的に疲労を忘れたライは余裕を見せる。今後が問題だが、今は取り敢えず目の前に悠然と佇むヨルムンガンドを何とかするという事に違いはない。
『フン、生意気な小僧だ。しかし、そうかもしれぬな。今この時、決着を付けようでは無いか』
「端からそのつもりだ、ヨルムンガンド。俺はアンタを倒すつもりで力を引き上げたんだからな?」
『フフ、面白い。いや、そうでなくてはつまらない。ニーズヘッグとヒュドラーを打ち破ったその力、特と見せてみろ!』
猛々しく吠えるヨルムンガンド。蛇なので大きな声は出せないが、放つ威圧感がただならぬモノだった。
流石の幹部、此処からが本領発揮と言ったところだろう。先程までとは打って変わった雰囲気と気配。それには七割の力を纏ったライも警戒せざるを得ない状況だ。
「見せてやるよ!」
『……ッ!!』
一言返し、大地を踏み砕く勢いで跳躍する。それによって星の表面が抉れ、その表面が光の速度を超えて宇宙の彼方に吹き飛ぶ。
刹那にヨルムンガンドの眼前に迫り、その拳を勢いよく叩き付けた。
殴られたヨルムンガンドの顔は陥没し、一瞬遅れて身体全体が吹き飛ぶ。秒も掛からずに太陽の十倍はあるこの惑星を一周し、背部を蹴り付けられた。
『速くて、重いな。先程とは比にならぬ力だ……!!』
「それを受けてもまだ話す余裕があるアンタが問題だな。これでも一応それなりの力何だけどな?」
『フッ、下らぬ。その力、まだ全力では無いだろう。全てに置いての全力という事では無く、今使っている力と限定した場合の全力だ』
「ハハ、そこまで気付かれているか。まあ、正解だけどな。全力を出すのも負担なんだ。言うだろ、強過ぎる力は己を滅ぼすってな?」
ライは先程、七割の力を纏った。しかしそれは全力の七割では無く、七割の中に置いての半分程の力。
それでも恒星を打ち砕く力は秘めているが、巨躯で頑丈なヨルムンガンドが相手では少々決定打に欠ける。しかしそれも仕方の無い事で、それ程までに魔王の力は強大という事だ。
常人や一般的な魔族ならば一割の力を纏うだけで精神は崩壊し、魔王の力が己の身体を蝕んでしまうだろう。ライが元々優れた魔族だった故に、大きな負担は掛かるが魔王の力を十割纏う事も可能だったのだ。
七割と言えど負担は多く、簡単に扱えない。もしも始めから全力を出しても何の負担も無いのならばもっと早く戦闘が終わっていただろう。
幾つかの過程を踏んで身体を慣れさせ、適応させた時始めて魔王の力を自由に操れるようになるのだ。
『リスクを背負うというのは至極当然だ! リスク無しに幹部を倒されたら国の恥よ! 全身全霊、幹部という一角を崩されぬように攻め行くのみ!!』
「ハッ! そいつは大した心意気だ! 流石は世界を取り巻く大蛇! その信念に敬意を表してやる!」
『上から語るな齢百にも満たぬ若造がッ!! 数ヵ月前に偶々強力な力を得ただけで強くなった気になっているのではない!!』
「そりゃごもっともだ! これは俺としての力じゃねえ! 所詮は偶然の産物だ! それのお陰で敵と戦えるんだからな! だからだ! だからこそ、この力を使って魔物の国を征服するつもりだ!」
加速し、互いに鬩ぎ合って敵を狙う。背部を蹴られたヨルムンガンドは尾を使ってライを吹き飛ばし、全体重を乗せて押し潰す。それを受けたライは堪え、持ち上げて天空へと吹き飛ばす。
天に舞ったヨルムンガンドが動くよりも早く頭上に移り、踵落としを放って地に打ち落とした。
落下した箇所は陥落して大きく拉げ、粉塵と共に大陸サイズの土塊を巻き上げる。その大陸を砕きながら追撃するライはヨルムンガンドの背に着地し、何度も何度も何度も踏みつけて更に大地を沈める。足踏みをする度に放射状の亀裂が生まれて大地は砕け、砂塵、粉塵、砂埃が周囲を覆う。
『シャァ━━ッ!!』
「オラァ━━ッ!!」
その塵と砂を吹き飛ばし、一人と一匹が姿を現す。依然として勢いは収まらず、激しさを増すばかり。拳と足。頭と身体。それらがぶつかり、その衝撃で恒星が揺れる。
一挙一動で表面が抉れ、宇宙に放たれる。それは新たな隕石となって宇宙を巡り、近隣の星に激突した。同時に一人と一匹は地に降り立ち、互いの姿を見つめ合う。
『どうした? まだ全力を出せぬのか小僧?』
「ああ、そうみたいだな。だが、それでも押されてるのはアンタみたいだぜ、ヨルムンガンド?」
『フン。少しお前の方が手数の多いだけだろう。我の再生力を持ってすれば、不死身とまではいかぬが多少のダメージを防ぐ事が出来る!』
「だから厄介なんだな。不死身なら倒せるけど、純粋な再生力ってのが問題だ。つまりアンタは、首を刎ねられたり致命傷を負えば死ぬけど、生きているなら再生出来るって事だからな」
『さあ、どうだろうな? 自身の力を明かす奴は少なかろうに。余程の自信家か本当に馬鹿なだけだ』
ライがヨルムンガンドに手古摺った理由、それはヨルムンガンドの不死身とは違う再生力が原因だった。
再生力が高いだけと不死身というのは根本的な性質が違うからだ。
不死身は頭を潰されようが首を刎ねられようが、心臓を砕かれようが生きている者の事を言う。しかし再生力が高いというのは、頭を潰されたり首を刎ねられたり、心臓を砕かれては死んでしまう。
即死の攻撃でも"死なぬ存在"と"死ぬ存在"、それが"不死身"と"再生力"の高い者の違いである。
不死身の場合は不死身という性質その物が宿っているのでライ。もとい、魔王ならば打ち消す事が出来る。しかし再生力が高く体躯の範囲が広ければ、どうしても即死の攻撃は与え難い。一ヶ所を消し飛ばしても、特殊な力とは違う従来の生物が持つ再生力があるからだ。
ライに殺す気が無くとも、そういう訳で意識を刈り取る事が出来ないのだ。
不敵に笑うヨルムンガンド。傍から見れば追い詰められているのはヨルムンガンドの方だが、イマイチ決定打に欠けるので戦う相手としてはライも苦戦していた。
「考えていても仕方無いか。アンタの言う通りだ。"俺の力はこれだ"。と明かす奴は少ないからな。ジリ貧覚悟で身体を慣れさせて、渾身の一撃でアンタを倒してやるよ、ヨルムンガンド」
『減らず口を。その余裕、何時まで保てるかな? 魔王を宿した少年』
「アンタが倒れるまで」
『やってみろ!』
大地を再び踏み砕き、陥落させて加速するライ。互いの距離が一瞬にして縮まり、一手早かったライのの拳がヨルムンガンドの顔を打ち抜く。そのまま落下し、大地に大きな亀裂とクレーターが形成された。倒れ込むと同時に尾を放ったヨルムンガンド。ライはそれを受けて吹き飛び、近くに聳え立つ複数の山を崩す。
『シャッ!』
「……!」
そしてヨルムンガンドは崩れた山に食い付き、地を抉り山ごとライを飲み込んだ。
先程まで山があった箇所には枯れた海を彷彿とさせる巨大な穴が空いており、ライたちの住む星ならば収まりそうな程だった。
『……ッ!』
飲んだ瞬間、唐突に苦しみ出すヨルムンガンド。のたうち回って暴れ、地を揺らしながら何かを吐き付けた。
吐かれたものは穴の底に落ち、土の壁を貫いて粉塵を上げた。
「ハッ、俺を食ったら腹壊すぞヨルムンガンド!」
『フン、本当に壊してしまった。致命傷では無いがな』
吐かれたのは先程食われた筈のライ。食われた瞬間に体内で暴れ、掻き乱して吐き出すように誘ったのだ。
目論見通り吐き出されたライは勢いよく地に激突したが、傷は無く少し土によって汚れた程度だった。
『つまり治るという事だ!』
体内にて活性化した細胞同士が即座に付着する。内部の傷ですら即座に治療されるヨルムンガンドの身体構造。不死身では無い分、ライにとっても面倒な相手である事に変わり無い。
「治るって事は、また何度も壊されるって事だろ!」
『フッ。その言い方、まるで破壊を楽しんでいるようだな?』
「……! そんな事はねえぜ、ヨルムンガンド!!」
うねる巨躯と駆ける小さな身体。体躯の差など無いように行われる鬩ぎ合い。
ライとヨルムンガンドの戦闘は、終盤戦へと持ち込まれた。




