三百八十五話 勘違い
『ギャアアアァァァァァッ!!!』
『グルアアアァァァァァッ!!!』
『グルギャアアアァァァッ!!!』
『グルオオオォォォォッッ!!!』
『ギィャアアァァァッッッ!!!』
『グオオオォォォォォッッ!!!』
『グルルアアアァァァァッ!!!』
八岐大蛇達が吠えると同時に、蛇のようにうねる水柱が孫悟空とドレイク。レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェの元へと放たれた。
八岐大蛇は妖怪だが、山神や水神としても扱われる事がある。
大地を無から生み出し、山を形成するのは山神の力。水を無から生み出し、変幻自在に操る力は水神としての力である。
言わば四大エレメントのうち、水と土の強化系。宇宙に干渉する事で生まれる四大エレメントだが、二大エレメントの具現化した神。それが八岐大蛇なのだ。
土が形を変えて槍となり、水が蛇、もしくは龍のように不規則にうねる。そして、八岐大蛇と敵対している者たちへ降り注ぐ。辛うじて躱す孫悟空たちとレイたちだが、その余波は想像を絶する威力を秘めており余波のみで地形を変える。
『『『…………』』』
「本っ当にもう、しつこい!」
八岐大蛇のみならず、不死身にして鬼並みの力を持つ生物兵器の兵士達も居る。大した相手では無いが、レイは決定打の放てる攻撃が出来ないので倒しようが無かった。
足を切断しても直ぐに再生するので、レイの苛立ちはキープに達していた。
「やあ!!」
その鬱憤を解放するよう、勇者の剣で一気に薙ぎ払うレイ。
そのまま土柱と水柱を切り裂き、八岐大蛇の身体を傷付ける。同時に砂埃が舞い上がり、レイの視界を染めた。
『ギャアアアァァァァァッ!!!』
『グルアアアァァァァァッ!!!』
『グルギャアアアァァァッ!!!』
『グルオオオォォォォッッ!!!』
『ギィャアアァァァッッッ!!!』
『グオオオォォォォォッッ!!!』
『グルルアアアァァァァッ!!!』
咆哮を上げ、それによって生じた風圧で舞った砂塵を吹き飛ばす八岐大蛇。
砂塵を吹き消す風と共に水が放たれ、大地を割り砕きながらレイたちの元へ向かう。というか、大地その物が向かっていた。直進する大地と水は、
「"土の要塞"!」
魔術で要塞を造り、フォンセが防いだ。
要塞に当たった水は弾けるが、土は止まらない。要塞を砕き、そのまま直進して行く。土にも拘わらず波打ち、大地を震動させて要塞を粉砕した。
「今だ!」
「うん!」
「ええ!」
要塞が崩落した瞬間、フォンセ、リヤン、ニュンフェが"空間移動"の魔法・魔術を使って八岐大蛇の近くへ移動した。
どうも普通の地面では八岐大蛇が有利である。それに加え、厄介な生物兵器の兵士達も居る。なので場所を変えたのだ。
八岐大蛇の身体に移る事が出来れば、少なくとも地上のように逃げ惑う必要は無くなるからだ。
「此処が八岐大蛇の背か。普通の山と何ら変わり無いな。大きさは普通の山よりあるから、寧ろ広いフィールドに移ったみたいだ。純粋な広さなら恒星サイズの星の方が巨大だが、範囲的な意味でな」
「うん。見れば木も草も、花もあるし……自然が豊かな背中だね、八岐大蛇」
八岐大蛇の背に降り立ち、見たまんまの感想を言うエマとレイ。
八岐大蛇は豊かな自然を宿しており、生態系も形成されているようだった。戦闘によって動物達は隠れているが、孫悟空とドレイクも気付いているようである。
山を砕く一撃や星を砕く一撃を受けても身体は砕けていないが、何らかの影響は生じそうだ。
そして分かった。孫悟空たちが本気で八岐大蛇を破壊しないのは、動物達を気遣っての事であると。
「ふふ、優しいのですね、孫悟空さんとドレイクさんは」
「ドレイクの炎で動物達が無事なのはおかしい気もするがな」
「まあ、仮にも神様ですし、八岐大蛇は。信仰しているところもあるようですよ」
「けど、こうなると殺すに殺せないな。何とか意識を失わせるだけに出来ないか……」
生態系を見、八岐大蛇に攻撃し続ける事をフォンセは躊躇う。魔王の力を使って一度は全ての生物を滅ぼそうとしたフォンセだが、その事もあってより躊躇うのだろう。
魔王の力に飲まれてしまった為、生物を殺すという事が簡単に出来なくなってしまっているのだ。元々好んで殺生を行っていないフォンセだが、敵である存在ですら傷付けるのを躊躇ってしまう。
『よぅ、お前たちも来たか。俺たちが八岐大蛇を倒すに倒せない理由、分かったろ?』
「ああ。何とか全ての動物を避難させたいが、この星に放つ訳にもいかないからな。此処では一旦意識を奪い、元の世界に生き物達を帰してから封印するという事くらいしか思い付かない」
觔斗雲に乗った孫悟空が姿を現し、苦笑を浮かべながらレイたちに言う。それに返したフォンセは何とかして八岐大蛇を抑えられないか考えていた。
『その方法があれば楽だが、素の耐久力も異次元だからな。星を砕く攻撃、あれは手加減をした訳では無い。もしもの時は……不本意だが、動物達をも葬るつもりで放った』
『ああ。そん時は何とかウエに頼んで、此処の動物達を天国に送る。もしくは星座にして貰うつもりだったからな』
「星座にする? 斉天大聖が付き従っている神仏は星座にする力は無いんじゃないか? その役目は別の神群だった気が……」
『まあ、神仏が不慮の事故で殺しちまう事もあるし、その時は相応の特典を与えるのが役目だからな。星座にするんじゃなく、位を与えて神獣・幻獣に昇格させる。が正しいか』
神として、もしくは神仏に仕える者として、どうしても避けられない事がある。それを実行した場合、対象となった生き物に相応の対価を与えるらしい。なので八岐大蛇を倒すのに必要な犠牲は命を与えた側で解決させるとの事。
「まあ、そんな神仏の斉天大聖ですら解決出来ない悩みか。全く、八岐大蛇は面倒だな」
『仮にも山神で水神の妖怪だ。山に棲む生き物の有無関係無く、苦労する相手だっただろうな。神々が戦えば、一つや二つの宇宙の消滅は覚悟しなくちゃならねえからな』
軽薄な笑みを浮かべて話す孫悟空だが、その様子から孫悟空の言葉に嘘偽りや誇張など無いとハッキリと分かった。
神々が戦えば、一つや二つの宇宙など容易く消し飛んでしまうのだ。
『そして八岐大蛇だが、アイツも自分に棲む動物達に遠慮して本来の力を使っていねえ。もしも動物が居なくなれば、八岐大蛇自身もかなり強くなる』
「……。成る程な。互いに全力では無い戦闘。そうだったな、八岐大蛇は神。本来は生き物を護るべき存在だった」
八岐大蛇が本気では無い。それは理解している事だった。天地を創造する側の存在である八岐大蛇。それがこの程度の力など、そんな訳が無いからだ。
そしてそれを知ってしまうと、益々以って相手し難くなってしまう。
「なら、どうする?」
『そうだな、酒でもありゃ眠らせて終わりなんだが、酒はねえ。あったとしても、簡単に飲んでくれるか分からねえからな。力ずくって手しか無いな』
「そうか。……ん? そう言えば、八岐大蛇は操られているって訳じゃ無いんだよな?」
『ん? ああ、そうだろうな。もしも操られているなら棲んでいる動物何か気に掛けず戦闘を行っていただろうからな』
"?"を浮かべ、フォンセの質問に返す孫悟空。八岐大蛇の封印が解かれた時、もしも操られていたなら縦横無尽に暴れていた筈である。暴れなかったという事は、意識があるという事。
恐らく八岐大蛇は、突然目覚めさせられ混乱しているので暴れるしか出来ていないのだろう。
「なら、正気に戻せば暴れないんじゃないか?」
『……! そうか、それもそうだな。突然目覚めさせられて攻撃されたんじゃ、どんなに温厚な奴でもキレる。つまり話をすれば良いのか』
フォンセに言われ、ハッとする孫悟空。そう、八岐大蛇は始めから混乱していただけなのだ。目覚めさせられ、一方的に攻撃された。怒り狂うのも至極当然の事柄だった。
先に仕掛けたのは自分たち。吠えただけの八岐大蛇を敵と見なし、襲ってしまった。こうなってしまったのは自分たちの自業自得なのだ。
『悪い事しちまったな……初対面で殺すつもりだった奴を許してくれる訳ねえよな』
「ああ、早とちりだった。魔族の国でアイツと出会っているが、その時も目覚めたばかりで記憶の整理が付かない状態だった筈。……しまった、完璧に私たちが悪役だ」
『どうする? 俺なんか棲む動物達を殺すつもりで炎を吐いてしまった……。動物を護ろうとしていた八岐大蛇と一方的に殺そうとした俺。アイツと同じ龍族として志に反する事だ……』
「……。どうしましょう。私も相手の気持ちなど知るつもりすらありませんでした……」
「私も……。ゴメンね……って言っても聞こえてないし許してくれないよね……」
「私は長生きな分、気付くべきだったな。神話では悪として扱われる八岐大蛇だが、仮にも神。恩恵も齎す存在だというのに」
「……。…………。……………………」
全員が気付き、申し訳無さそうに八岐大蛇を見る。敵が封印を解いた八岐大蛇だが、だからと言って何も確認せずに攻撃したのが間違いだったのだ。
陰鬱そうに俯き、気まずそうに周囲に居る仲間を見渡すレイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェ、孫悟空、ドレイク。傷付けてしまったのは覆せない事実なので、どうすれば良いのか分からないのだ。
「……。取り敢えず、八岐大蛇を治療するか」
フォンセの提案に、全員が頷く。それと同時に迅速に動き出し、八岐大蛇の身体を駆け出した。
回復の力を持っている者たちは傷の手当てに。持っていない者たちは唯一本当に敵対するべき相手、ハリーフを捜索する。
「"回復"!」
「治します!」
「えい!」
「"妖術・治療の術"」
山よりも巨大な八岐大蛇の身体。その全体を回復させるのは一苦労だが、せめてもの罪滅ぼし。フォンセたちは素早く治療を進めて行く。
「……敵は何処かな……?」
『分からぬ。我らは空から探そう、乗れ、レイ殿』
「うん、ありがと!」
「ならば私は下から探す。八岐大蛇には森があるからな。日光を遮断する事も可能だ」
レイがドレイクに乗って空を舞い、エマが地を駆けてハリーフを探す。吹き飛ばされたハリーフだが、根性が強くなっているので既に起き、何処かに潜んでいると考えたのだ。
「……────!」
地を探すエマは常人には聞こえない音を反響させ、場所と位置を調べる。ヴァンパイアは元々蝙蝠の力を多く使用できる。なので超音波の要領で隅から隅まで捜索し、見つけ出そうとしているのだろう。
その一方で、空を飛ぶレイとドレイクは注意深く下方を観察していた。少しでも見過ごせば最後、苦労するのは想像に難しくないからだ。
『分かるか?』
「ううん、分からない。結構気を使って探してるけど、まだ見つかりそうにない……」
『俺もだ。炎で焼いてしまったからな。簡単には見つからない、見つかったとしても死体になっている可能性もある。注意深く探すのに代わり無いがな』
「勿論、放って置けないもんね!」
グッと握り拳を作り、力強くドレイクに話すレイ。
無実の八岐大蛇を傷付けてしまったという懸念があるので、これ以上争わせない為に全ての発端であるハリーフを探すのに力を入れている。野放しにしておけば、八岐大蛇を更に傷付けてしまうと確信していたからだ。
ハリーフは。というより、敵は基本的に野生動物の事は考えない。魔物の国の幹部は分からないが、少なくともヴァイス達はそうだろう。だからこそ、早く見つける必要があったのだ。
「此処の治療は終わった!」
「私の所もです!」
「わ……私も……!」
『俺も終わったぜ。觔斗雲を使えば、一瞬で身体全体を行き来出来るからな!』
そして治療組み。此方は傷付けてしまった八岐大蛇の治療を施していたが、流石というべきかもう既に終わらせたようだ。
これにて、残るはハリーフの捜索のみとなった。概ねの検討は付くので、治療組みが手伝えば簡単に見つかるだろう。
これ以上八岐大蛇を傷付けない為、そして野生の動物を護る為、レイたちはハリーフを探す。
レイたちvsハリーフ、八岐大蛇の戦闘は終わりに近付いていた。




