三十八話 エマvsキュリテ・決着
「……イ……オイ……オイ大丈夫か……!?」
──雨が降る森の中、一つの声によってレイは目を覚ました。
鎧越しに自分の肌に打ち付けられる雨は冷たく、気持ちの良いものだ。
耳に聞こえる雨の音と、背中を伝わる土の感触を味わいながらレイはゆっくり目を開け、その声の主を確認する。
「……フォンセ……?」
「……どうやら無事だったか……良かった……」
レイが声を出し、ホッと安心したかのような表情をしているフォンセ。
レイは痛む身体を起こし、近くできを失っているザラームを横目に言う。
「私……勝ったんだ……」
レイは改めて勝利を実感する。殆ど運で勝てたような物だが、確実にレイより格上の相手に勝てたのだから御の字だろう。
「ああ、そのようだな。……だが、お前の身体を見る限り死闘だったのだろう。改めて治療するから鎧と服を脱いでくれ」
「あ、ありがとう……」
レイの言葉に頷いて返すフォンセは、"改めて治療するから"と言った。
つまり、レイが起きるまで鎧や服の上から治療魔法・魔術を使い、傷を治していてくれたのだろう。
レイは服を脱ぎながらフォンセに感謝をする。
ザラームは霆のダメージとレイの剣によるダメージがある為、生きていたとしてもそう簡単に目覚める事はないだろう。
早く治療し、エマとライの安否を確かめる為に行動を起こすレイとフォンセだった。
*****
キュリテは念力を纏い、身体能力を強化してエマへと向かう。エマはそんなキュリテの動きを窺い、それに合わせるように動き出す。
「フフ……!」
「……!」
そしてキュリテは薄く笑いながら"テレポート"で移動し、エマの背後へ回り込む。
死角を突くのは戦闘の基本。高確率でガードされる攻撃よりも、確実なダメージを与えられた方が有利だからだ。
「これでどう!」
「まだだな!」
そして背後に移動したキュリテは強化した拳でエマを攻撃を仕掛け、それを読んだエマは腕で強化されたキュリテの拳を防ぐ。そんな二人の腕と拳がぶつかり、近くの木々を揺らした。
「やるわね……」
その刹那、再びキュリテの姿が消え去る。それを見る限り、どうやらキュリテは消えては現れ、消えては現れを繰り返して隙を生み出そうとする作戦なのだろう。
狙いが定まらなければ相手も苛立ちが募り、的確な攻撃を出せなくなってしまう。
こうなってしまえば、これ程戦いやすい相手は居なくなるだろう。何処に攻撃を仕掛けてくるか、読みやすくなるからだ。
「小賢しい!」
しかし長生きのエマは苛立つ事もそうそう無く、その対処方も知っているので無問題。
一先ず自分の身体を霧にし、辺りに自分の身体を撒き散らすエマ。
「え!? ちょっと!! 何で!?」
エマの死角に移動していたキュリテは声を上げ、エマの姿を探す。キュリテはさっきのように"テレパシー"で探ろうとしたがどういう訳かエマの思考が一つでは無く、至るところから拾ってしまっていた。
なので仕方無くその視力で姿を探していると、霧が話しかけてくる。
「フフフ……この霧は全て私……。つまり、私に"テレパシー"を使って思考を拾おうとしても、至るところから拾ってしまい、混乱するだろう?」
フフフ……と声を反響させ、キュリテの不安を煽るエマ。
ライには失敗した手だが、今の状況なら成功する可能性の方が高いだろう。
"テレパシー"を使って姿を探ろうとするからこそ、キュリテの脳内に入る音声情報が激しくなるからだ。
「……っ! だったら、纏めて吹き飛ばしちゃえば……!! ……え?」
キュリテが念力を辺りに放ってエマの霧を消し去ろうとしたその時、何かがキュリテの背中に何かが乗っかった。
その重みを感じ、集中力がキレて念力を放てなかったキュリテ。
「一つ言っておこう。私の身体が変化した霧は一瞬で集め、一瞬で形を作る事が出来る。……つまり、霧の近くに居たのならば貴様を捕らえる事も容易に出来るんだ」
そんなキュリテの背中にのし掛かって話すエマ。
キュリテは正面を向きながら、背中に乗っているエマに向かって言う。
「ふぅん……? ……だから何? 私の背後に回ろうと、"テレポート"で私が移動したり、"アポート"で貴方を移動させたり、"サイコキネシス"で貴方を吹き飛ばすことも可能なのよ?」
対抗する術はまだあると告げるキュリテ。
それを聞いたエマはそうか。と呟き、美しいながらも、見るものを不安にさせるような笑顔で言う。
「ならば、今すぐ『貴様の血と精気を吸って』行動不能にしなければな?」
「……え?」
キュリテが言葉を返す前にキュリテの首筋に鋭利な牙を突き立てるエマ。
エマの牙はキュリテの首の皮を切り裂き、ブチブチと音を立てる。
「ちょ、ちょっと!! 何してんのよ!?」
それを受け背筋に寒気を感じたキュリテは慌てて超能力を使い、エマを振り払おうと試みる。が、血と精気を吸われ貧血気味に腰が抜けたように膝を着き、超能力を使えなかった。
「ゃ……いや……! ヴァンパイアになりたくない……!」
抵抗しても無駄という事を悟ったキュリテは本気で泣き目になり、赤い涙が頬を伝う。そんなキュリテを見たエマは笑いながら話す。
「ふふ……案ずるな……。初めは慣れないが、時が経つにつれて心地の良いモノになるぞ? ……それに、血や精気を吸われている時はこの世のものとは思えないほどの快楽を味わえると言う。まあ、私は生まれつきのヴァンパイアだから味わった事が無いがな……」
血と精気を吸い、淡々と言葉を続けるエマ。それを聞き、更に不安が募ったキュリテはますます泣き顔になる。
「ゃ、やだぁ……! ……あ……」
ガクガクと身体を震わせ、嫌がりながらも感じてしまった快楽を機に顔を紅潮させ、涙を浮かべながら口元が緩む。そして最後にその意識を失うキュリテ。
エマは舌舐めずりをして言う。
「ふふ……安心しろ。貴様をヴァンパイアにはせぬ。まあ、トラウマは植え付けてしまったかな? まだまだ精神力が足りぬの……魔族の娘よ……。中々旨い血だったぞ」
そう言い、その場を離れるエマ。
ヴァンパイアになるかならないかは、血や精気を吸ったヴァンパイアの匙加減で決まる。
ヴァンパイア本人に隷属させる気が無ければ、ヴァンパイアになる事もない。
何はともあれ、こうしてエマvsキュリテの戦いはエマの勝利で決着が付いた。
*****
──ライが大地を破壊しながら跳躍し、空気を蹴ってダークとの距離を詰める。
「オラァ!」
「あー……」
そんなライは隕石の如く拳を放ち、ダークは心底気だるそうに腕を出して防ぐ。その衝撃によってダークの足元が砕けた。
辺りには土塊が浮き上がり、次の瞬間にはその土塊が粉砕する。
「面倒だな……」
「うおっと……!」
そしてその腕を掴みライを投げ飛ばすダーク。投げ飛ばされたライは湖にある岩に激突し、轟音を立てて岩は砕ける。
それによって新たな土煙が舞い上がったが、ライとダークには関係の無い事だった。
「イテテ……やっぱ中々やるな。さっきの奴らの中だったらお前が一番か?」
「あー……まあそうなんじゃね?」
口では痛いと言いつつライは無傷で起き上がり、汚れを払いながらダークに聞く。
ダークは頭を掻きながら返す。そしてそれを聞いたライは直ぐに向き直り、ニヤリと笑って一言。
「まあ、俺が勝つけどな」
「へー、そう」
どうでも良いかのように適当な相槌を打ったダークは踏み込んで加速し、凄まじい速度でライの元へと突き進む。
「ああ、そうだよ!」
「……!」
そんなダークの突進に対してライは横に反って躱し、そのままの勢いで身体を回転させて拳の骨が浮き出ている部分をダークに叩き付け、弾き飛ばした。
それを受けたダークは地面を何度もバウンドし、遠方に土煙を上げて吹き飛ぶ。
「俺は追跡する。リヤンは此処で待っててくれ!」
「え? ……あ、うん……。分かった」
それを見たライはリヤンの方を見て一言だけ言い、ダークの後を追う。
リヤンは突然の言葉に一瞬考えるが、特に答えも見付からなかったので直ぐに返事をした。
*****
「あー……ますます面倒だ……」
ムクリと起き上がったダークは周りを確認し、ライが来ている気配を感じて立ち上がる。
「まあそう言うなよ? お前って……多分そこまで苦戦した事ねえだろ?」
「あー……まあ、そうなんじゃね?」
ライが言い、ダークが返す。何度もそんなやり取りをしているが、ダークの気だるそうな態度は変わらない。
お互いに吹き飛び、吹き飛ばしたが、ライとダークは両者ほぼ無傷だ。
そしてそれを確認したライとダークは再び構える。そして二人は力を込め、
「オラァ!」
「ダリィ……」
ライが拳を放ち、ダークが直立から蹴りを放った。その拳と足はぶつかり、風圧と衝撃によって周りが爆散して砕け散る。
互いの攻撃によってライとダークは一瞬止まるが、直ぐに次の行動に移った。
「ほらっ!」
「……」
ライは次に脚を出し、蹴りを入れる。それを無言で受け止め、その場で軽く跳躍してドロップキックを放つダーク。
「おっとぉ……!」
ライはそれを屈んで避け、掌を地面に着けたあと、身体を持ち上げてダークに向かって蹴りを放つ。
「…………!」
ライの蹴りがダークの頭を掠り、ダークが少し出血する。
「チッ……。傷を治すのも面倒なんだけどな……」
着地してその傷を拭ったあと、文句を言うダーク。ライはそんなダークに向かって挑発するように言う。
「ハッ、そんな傷程度で何言ってんだよ。これからもっと酷い傷を負うんだ。降参しても良いんだぜ?」
「オイオイ……挑発とか止めてくれよ……──イラついたら疲れるんだ……」
ダークはそう簡単には挑発に乗らないが、少しはイラッとしたようだ。しかしまだダメージやら何やかんやが足りないのだろう。本人は面倒という理由で、まだ本気を出さなそうだった。
「じゃあ、有言実行してみるか……」
「俺に大きな傷を負わせるって事か……? 無理だろ」
それだけ言い、ライとダークは再び大地を蹴り砕いて加速を付ける。
それによって生じた土煙はライとダークの動きによって掻き消され、二人の距離が一気に縮まる。
「ほらよっと!」
「そーらー……」
ライは声を出し、ダークは気の抜けるような声でお互いに拳を放つ。
そしてそれによって再び大地が大きく揺れる。ライは魔王(元)の力を使っていないが、ダークもまだ底を見せていない様子だ。
二人の戦闘は奥底を見せぬまま激しくなる。
「ラァッ!」
「……」
拳を止めるや否や流れるように脚で攻撃を仕掛けるライと、それを何も言わずに防ぐダーク。そんなライとダークは一旦離れて距離を取る。
「……」
「……」
二人は黙り、お互いの動きを探っていた。
ライは積極的に攻撃を仕掛けているが、ダークは仕掛けず、ライの隙を狙ってカウンターに近い攻撃をしている。
このままではライの方が体力を消耗してしまうので、攻めるに攻めきれなかったのだ。
暫く見つめ合ったが、少し経ってライは肩の力を抜く。
「あー……もういいや。魔族の血が流れているから戦いが楽しいのかと思ったが……そうでもなかったな……」
「……? 何を言っているんだ……? 黙り過ぎてイカれたのか……?」
ダークは警戒を解かず、急に力を抜いたライへ尋ねる。曰く、戦いを楽しんでみたかったらしい。だがしかし、どうやらライは戦いに面白味を感じなかったようだ。
そんなライはダークに向けて頭を掻きながら返す。
「いや、イカれてねえよ。……ただ、そろそろ終わらせようかなあ……ってな?」
「……へえ……? まあ、面倒じゃなければ別にどうでも良いけど……」
ダークは適当に返し、ライは言葉を続ける。
「まあ、負けることは無いって思ってるけど、俺の仲間たちの事が少々気に掛かってな。お前の仲間達を倒すのも一筋縄じゃいかねえって知っているから……取り敢えずお前をさっさと倒して安否を確認したいんだ」
淡々と言葉を綴るライに向かって面倒臭そうにダークは言う。
「随分と仲間思いだな……いちいち気にしていたら疲れるし面倒だろ?」
「まあ、俺の旅なんかに着いてきてくれる奴は限られているからな。感謝してもし足りないさ」
ライはダークに返すようにそれだけ言い、その後魔王(元)に話し掛けた。
(つー事だ。お前を纏ってさっさと片付けるぞ。魔王)
【やっと出番か! よっしゃー! やってやるぜ!!】
ノリノリでライに纏う魔王(元)。
そして、ライは漆黒の渦に包まれた。力が溢れ、血が沸き上がり、熱くなる。この感覚に包まれると自然に闘争心も出てくる。
それ程行いたくなかった戦いに対する意欲が沸き上がるライ。
「……?」
ダークは漆黒の渦を訝しげな表情で見るが、特に感想というものはない様子だ。
それでも何かは感じているようだが、特に何も言わない事から推測するに、問うた場合面倒になるので指摘しないのだろう。
「さあ、やろうか? まあ、お前が勝つ可能性はゼロだけどな」
「……へえ? 確かに強くなった感じはあるな……──心底超絶糞面倒だ。そろそろ俺も少し本気を出すか……」
雰囲気が変わったライの様子を確認し、ダークも力を込める。
「……少しじゃ足りねえぞ?」
その刹那、ライとダークが醸し出すオーラによって周りの岩や木は浮き上がり、消し飛んだ。
これを見るに、ダークもそれなりの強さを出してくれるのだろう。そうして、ライvsダークの戦いは決着へ向かうのだった。