三百八十二話 魔物達の目的
──星を砕く二つの攻撃。それを受けた八岐大蛇は、
『ギャアアアァァァァァッ!!!』
『グルアアアァァァァァッ!!!』
『グルギャアアアァァァッ!!!』
『グルオオオォォォォッッ!!!』
『ギィャアアァァァッッッ!!!』
『グオオオォォォォォッッ!!!』
『グルルアアアァァァァッ!!!』
それなりに深い傷を負ったが倒れる事は無く、猛々しい咆哮を上げていた。
大地が再び震動し、土が積み上げられ山を形成する。その山から川が流れ、川は生き物のようにうねり、孫悟空とドレイク。レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェへと放たれた。
槍のような水は山を貫き、土塊を造り出しながら鋭く突き進む。
「"水の護り"!」
放たれた水に対し、水の膜を作り出して防ぐフォンセ。水に水が当たって弾かれ、全ての鉄砲水を吹き飛ばす。
「今──!!」
注意が別方向に向かっている最中、勇者の剣を薙いで八岐大蛇に放つレイ。斬撃は飛び、八岐大蛇の身体に切れ込みを入れた。
「一気に畳み掛けてみるか……!」
「ええ。このままでは埒が明きませんからね……!」
「うん……賛成……」
「注意は私に向ける! 存分に暴れ回ってくれ!」
レイに続き、エマたちが八岐大蛇へ近付いた。
蝙蝠のような翼を広げて空を飛ぶエマが天候を操って雷を落とし、ニュンフェとリヤンがそれに便乗するよう雷魔法と雷魔術を放つ。身体が山であり、豊富な水が流れている八岐大蛇は霆を良く通し、真っ白い光と共に感電した。
遅れてゴロゴロという音が鳴り響き、爆発のような雷音を辺りへ轟かせる。
自然の雷は数億ボルト。リヤンとニュンフェの雷も合わさり、それ以上の威力となっている事だろう。常人ならほぼ即死だが、八岐大蛇は微動だにしなかった。
『ギィィャアアアァァァァァッ!!!』
『グルォォアアアァァァァァッ!!!』
『グリィィギャアアアァァァッ!!!』
『グルヴオオオオォォォォッッ!!!』
『ギィリュアアアァァァッッッ!!!』
『グオオオオォォォォォォッッ!!!』
『グルルルアアアァァァァァッ!!!』
全ての頭が今まで以上の咆哮を上げ、山よりも巨大な足を踏み込む。一挙一動で地割れが起き、山河が砕け散る。咆哮によって天空の雲は晴れ、目映い日差しが辺りを照らした。
「……ッ! 日光……!」
慌ててエマは蝙蝠のような翼を畳み、従来の落下速度や疾風よりも速く滑空して物陰に身を潜める。
エマは鍛えているので日光を受けても直ぐ灰になる事は無いが、長時間受けると話は別。本来のヴァンパイア通り、灰となって風に吹き消されてしまう。なので慌てた様子を見せたのだろう。
レイたちは一瞬エマの方を気にするが即座に八岐大蛇へ視線を戻す。一挙一動で大陸を粉砕し兼ねない八岐大蛇。一瞬の油断が命取りとなるだろう。
『『『『『『『ギィィィヤァアアアアァァァァ!!!』』』』』』』
次の瞬間八岐大蛇は身体に力を込め、八岐大蛇から見た虫よりも小さなレイたちへ近付く。
一歩で数キロ進める八岐大蛇にとっては、レイたちとの距離などあって無いようなものである。即座に詰め寄り、山よりも巨大な足で踏みつける。
「危ない!」
声を上げ、魔術でレイたち事移動するフォンセ。
レイ、エマ、フォンセ、リヤンの速度では数キロの距離を一瞬で進む事は出来ない。
神と魔王の力を使ったリヤンやフォンセなら別だが、今は使えない。なのでフォンセがただの移動とは違う"空間移動"の魔術で全員を転移させたのだ。
『下方が大変そうだな。何とか八岐大蛇の進行を止めなくては』
『ああ。星を砕く一撃でも倒せなかったからな。仮にも神。相応の力を持ち合わせているという事か』
『確か八岐大蛇は酒好きらしいな。かの英雄は酒を飲ませて眠らせて、不意を突いて倒したらしい。その方法ならどうだ?』
『酒がねえ。あったとしても、飲んでくれるか分からねえからな。それに、神話よりも頑丈だ。神話なら剣で頭を切断出来たらしいからな』
『ふむ。剣と言えば、あの八岐大蛇の尾には神造の剣が眠っているのか? 英雄は八岐大蛇から取り出した剣を上層の神に差し出したらしい』
『分からねえな。アイツがまだ生きてるならあるんじゃないか? 何はともあれ、もうちょっと強めに行かなきゃならないって訳だ』
『同感だ、斉天大聖殿』
八岐大蛇の背にて、その伝説から色々策を講じる孫悟空とドレイクだが、伝説に出てきた八岐大蛇よりも遥かに力が強い現在対峙している八岐大蛇。支配者クラスの実力を持つ孫悟空とドレイクでも、それなりに苦労しそうなものである。
しかしうだうだ考えていても意味が無いので、取り敢えず攻撃を仕掛ける事にした。
『炎が駄目なら──』
『妖術が駄目なら──』
『『──物理的に攻めるか!』』
先程放って無駄だった事を踏まえ、ドレイクは身体。孫悟空は妖力を纏わない拳で八岐大蛇の身体に叩き込む。
『『『『『『『ギャアアアァァァァ!?』』』』』』』
拉げて岩石の砕ける音が耳を劈いた。悲鳴のような声を上げる八岐大蛇。背部が大きく陥落し、辺りに岩石を巻き上げる。悲鳴の規模から、全体を狙った攻撃より、一点に集中させた力の方が効果的らしい。
『ようやくダメージを受けたみたいだな。まあ、さっきもそれなりに効いたみたいだが、反応が段違いだ』
『ああ。だが、表面を少し砕いただけに過ぎない。このままこの攻撃を続けるのはジリ貧にしかならないな』
『そこが問題だ。伝説よりも強くなってる八岐大蛇。まあ、長生きした幻獣・魔物の魔力や妖力が高まるように、伝説のように退治されなかったら必然的に能力が高くなっているんだろうが……それを踏まえてもちょっと成長が早い気がするな』
『生き物が成長するのは良い事だが、それを敵に回すとこうも厄介になるのか』
ため息を吐いて苦笑を浮かべる孫悟空とドレイク。
自分たちが予想していたよりも力や妖力が強い八岐大蛇が相手では、色々と思うところがあるのだろう。
『長期戦、ほぼ確定だな……』
『ああ。面倒だ』
最後にもう一度ため息を吐き自身の肉体的な力を込める一人と一匹。レイたちのサポートがあるので、思ったよりは楽に戦えそうだがそれでも長期戦は免れないだろう。
その直後に水柱が上がり、八岐大蛇が高く吠える。長期戦覚悟の戦闘は、まだ続いていた。
*****
「オラァ!!」
『グッ……!!』
一瞬にして数万の拳が放たれ、ヨルムンガンドの身体を粉砕した。
鮮血と共に肉片が辺りに散らばり、大きな赤い湖を作り出す。血液特有の鉄臭い匂いがする事を置いておけば、ただの赤い湖にしか見えない程だ。
先程までヨルムンガンドの体内を流れていた血液。それもあって、まだ固まっていなかった。
「行くぞ……!」
『……ッ!』
大地を踏み込み、血液の湖を空中に撒き散らすライ。同時に加速し、ヨルムンガンドの身体を貫く。山程のサイズである肉片を吹き飛ばし、空気を蹴ってヨルムンガンドの方を振り向く。
『シャァ!』
「……!」
同時に尾が近付いて来ており、ライの身体が強打されて地面に叩き落とされた。砂埃が上がり、大地が震動する。そこに畳み掛けるよう、地面に静まるライの身体を押し潰すヨルムンガンド。惑星、仮にライたちの星ならばその重さは五〇から六〇垓t。
それ並みの重さを誇るヨルムンガンドに押し潰されたのでは、常人ならば骨すら残らないだろう。恒星サイズの惑星に大きなクレーターを造ったヨルムンガンドは、更に力を込め、締め上げるようにライを包む。その重さは、五〇から六〇垓tの数十倍に跳ね上がる事だろう。
「────ラァ!!」
『何ッ!?』
そしてその胴体をライは、腕力のみで解いた。驚愕して声を上げるヨルムンガンド。当然だろう、まさか惑星以上の重さに潰されても平気とは普通考えないのだから。
しかしライは、惑星の重さの数十万倍はある恒星を光以上の速度で叩き付けられても平気だったのだ。今更惑星程度の重さなど、大した問題では無いのである。
『まさか、これ程までとはな。我はこの巨躯故に殆ど動くだけで敵を倒せてしまっていた。しかし、お前はこの巨躯を物ともせず、戦い続けられるというのか!!』
「ああ。巨大生物なら、大陸並の奴や惑星以上の奴、その他にも色々見ているからな!」
『……! 惑星以上……? そんな者が居れば我も気付く筈だが……。まさか、前に出現した謎の影。それは生物だったのか!?』
「ああ。バハムートって言う巨大な魚だ」
ヨルムンガンドは更に驚愕する。前に空へ現れた巨大な影。それが生き物。しかもバハムートだったとは、夢にも思わなかったのだろう。
そしてバハムートと知り、ある疑問がヨルムンガンドに浮かんだ。
『待てよ。バハムートは本来、二匹が一匹となって生まれる怪物。前に目覚め、世界中に情報が広まったレヴィアタンとベヒモスの封印が解かれたという事か?』
「ああ。まあ、封印を解いたのもバハムートを復活させたのも今アンタらが同盟を結んでいる奴等なんだが、聞いてなかったのか。意外だな」
『む? そう言えばそうだな。まあ、元々我らが親しく話す事は滅多に無いからな。お前に宿る魔王の事もヴァイス殿らやぬらりひょん殿らに聞かず、我々だけで推測した。これを機に、会話してみるのも良いかもしれぬ。支配者殿は知っていた可能性があるがな』
「ハハ、そうか。推測だけで魔王の事がバレるなんてな。旅の始めに人間の国で魔王の事を明かした事があるけど、それ以降は結構隠していたのにな」
『フッフ。我ら魔物、よく知能が低いと勘違いされるんだが、幹部クラスとなれば多少の知能は持ち合わされる。やり方が正面からぶつかるという事しか知らないから作戦を練っても意味無いが、考える時は考えるのだよ』
自慢気に笑い、話すヨルムンガンド。作戦を練って追い詰めたり囲んだりもするらしいが、基本的に正面からぶつかってしまうのが魔物の性というもの。故に全ての幹部が堂々と目の前に現れるのだろう。
魔族と気質が似ており、基本的に作戦的な不意討ちなどはしないという事だ。
『だがまあ、お前の力を目の当たりにすると、その性格を変えなくてはならないと実感する。成る程、正面からぶつかっても勝てる相手では無い、そう理解した』
「ハッ、魔物の国の幹部殿が俺のような木っ端魔族をお褒めに下さるとはな。魔族として鼻高々だ。いや、俺じゃなく魔王の事を言っているのかな?」
『両方だ。お前が気付いているかは分からぬが、素質はかなり高い。何れ、かつての魔王と肩を並べるやも知れぬ程にな。お前達二人を総評して警戒するに値する侵略者と言ったのさ』
「ハハ、そいつは有り難い。俺も評価されていたって理解したよ」
軽薄に笑うライ。気付けば、ヨルムンガンドの身体は再生していた。蛇特有の生命力。それが活性化され、再生力を促進させているのだろう。
『さて、話を聞いてくれたお陰で我は再生した。第二ラウンドと行こうでは無いか、ライ殿?』
「良いぜ。力は上げないけど、今の状態で十分だ」
『フンッ、舐められたものよ。仮にも"終末の日"に参加した世界を取り巻く大蛇の我にその態度を取れるとはな。こう見えて、昔はとある神と引き分けたのだぞ?』
「昔って何時だよ。別の世界線か? 確か、この世界では"終末の日"が起こっていないって聞いたぞ? 何故か資料はあるけどな」
『フフ、何も知らぬか。それもそうだろう。これを知っているのは"終末の日"に参加した事になっている者達以外知らぬ事だからな。知っている者も、他言無用だ』
あれ? と小首を傾げるライ。
他言無用というのならば、何故ヨルムンガンドは自分に向けてその事を話すのか、それが気になったのだ。
ライの様子からそれを理解したヨルムンガンドはフッと笑い、ライに向け、
『"終末の日"は近い。それが起これば確実に世界中を巻き込む大波乱になるだろう。それはつい最近、此処二、三日で確信が付いた事だ。だから教えたのだよ、参加者の一人となっているお前にな』
「……!?」
ライは驚愕し、絶句した。"終末の日"は神と悪魔や魔物の全面戦争。神でも無く、魔物でも無く、悪魔でも無いライが、何故参加者となっているのか。それが分からなかった。
『神々の戦争というのは、昔の"終末の日"だ。今はもう関係無い。既にこの世界に居ない神も多いからな。見込みのある者は参加させるつもりでいる』
「……? その言い方だと、まるでアンタらが"終末の日"を起こすみたいだな……?」
『フフ、そうだ。何れ分かる事よ。我らは近々、"終末の日"を起こすつもりだ。その為にそれに関係する幹部を集めたのだからな!』
「……。成る程ね」
ライが今まで戦ってきた幹部。ニーズヘッズ、ヒュドラー、ヨルムンガンド。それらのうちニーズヘッズとヨルムンガンドは何れも"終末の日"に関係している。
つまり、ヨルムンガンドの言葉から少なくとも半分は"終末の日"に関する幹部が居るという事だろう。
「アンタら幹部、その殆どは"終末の日"に関係しているって事か?」
『半々だな。関係していたり関係していなかったりだ。だが、全員が"終末の日"を起こすのに賛成している。我ら魔物の目的と言っても過言ではない』
「成る程ね。一概に"終末の日"の魔物って言っても、結構数が居るからな。何はともあれ、それに関係しているって事か」
『ああ』
予想通り、幹部全員が"終末の日"に関した魔物では無いようだ。
何はともあれ、以前行った幻獣の国での戦争。それより遥かに大規模な戦争が起こるというのは確定らしい。
「じゃ、詳しく聞いてみるか。アンタを戦闘不能にしてな」
『フッ、やってみろ』
話を終え、改めて構えるライ。ヨルムンガンドの傷は完治しており、また面倒臭そうな事となった。しかし、情報を得られるのならその苦労も骨折り損では無いだろう。
ヨルムンガンドと八岐大蛇の巨大生物達は、まだ暫く暴れる事となる。