三百七十八話 三回目の幹部会議・天界
──"魔物の国、支配者の街。幹部達の会議室"。
暗雲立ち込めるような、禍々しい雰囲気の場所。二人の幹部が侵略者たちに倒された事で、この場所は何時も以上にピリピリしていた。
「まさか……向かったヒュドラーと酒呑童子殿、マギア・セーレ殿が敗れるとはな。侵略者達は我らの予想を遥かに上回る力を有しているという事か」
「ああ、言っただろ? かなりの強敵だってな。俺がタイマンで返り討ちにあったんだ。力や数で押すんじゃなくて、もう少し作戦をしっかりと立てた方が良いぜ?」
「自信満々に言うな、ニーズヘッグ。しかしまあ、純粋に戦闘能力の高いニーズヘッグとかなりの耐久力を持つヒュドラーが倒されたとなると、確かに厄介なものだな。ドレイクのみならず、他にも支配者クラスの実力者が向こうに居るのか。魔王を宿した少年……だったか」
「ああ、そのようだ。知っていた事だが、改めて目の当たりにすると堪えるものがある」
「……で、傷の方は良いのか、ヒュドラー? かなり手痛い攻撃を受けたらしいが」
「うむ。回復力には自信がある。あの者には毒で一矢報いたが、果たしてどれ程効いたかは分からぬがな」
幹部達六人。六匹では無く、全員が人化しているので六人だ。六人はニーズヘッグに続き、頑丈なヒュドラーが倒された事もあってかなり険悪な雰囲気だった。
険悪といっても幹部達同士の仲が悪いという訳では無く、この国へ攻めて来ている侵略者に対してそうなっているという訳だ。
予想以上の力を見せたので、自分達の支配者が気に掛けているのも頷ける様子である。
「ふむ。異能や物理の無効化だけでも厄介だというのに、それに加えて銀河系を破壊する程の力か。うちの支配者さんが目を付けたとなると、単一宇宙は砕けそうだ。流石に多元宇宙を砕くのは無理だと思うが……」
「しかし、分からないぜ。多元宇宙を砕けても何ら不思議では無い力を有していたからな。俺に使ったのは精々六、七割程度だと思う。実力は未知数って訳だ」
「成る程。警戒するに越した事は無い、か。支配者クラスの幹部を二匹倒したのは事実。酒呑童子やリッチも相応の力はあったからな。ますます厄介な侵略者となりそうだ」
侵略者の実力を考慮する幹部達。侵略者たちの力は戦った幹部達によってある程度知られていたが、予想を遥かに上回る力を秘めていた。故に、緊張が張り詰めているのだろう。
「そこで本題だが、次は誰が行く? 相手の実力からすれば、全員で攻め込むという手も作戦の上位に上がってくるだろう。それ程の力を有しているからな」
「ああ。まあ、負けた俺が言うのも何だがフクロにするのは少々いけ好かねェな。それが作戦なら乗るが、決めるのは俺たちのリーダーだ」
「リーダーか。フッ、私は消去法のリーダーだがな。出来る事ならば好き勝手暴れたいものだ。それが私の性だからな」
「暴れれば良いさ。如何なる知恵を持とうと、我ら魔物の本質は変わらないのだからな」
「フッ、お前は良いな。その性格」
「お前が考え過ぎてんだよ」
幹部会議は難航していた。全員で攻める作戦も浮上してくるのだが、それを気に入らない者も多い。ニーズヘッグを始めとし、殆どの幹部はやりたくないようだ。
リーダーと言われた者も悩み、苦笑するように話した。消去法のリーダーらしいが、この様な事態に直面した事は少なくどう対処すれば良いのかイマイチよく分からないようだ。
「ふむ、ならば我が行こう。ぬらりひょん殿らの仲間とヴァイス殿らの仲間を連れて行く。勝てるかは分からないが、このままグダグダ会議を続けるよりは良いだろうからな。相手には我らを殺すつもりが無いらしい。ならば苦痛を味わう事を除けば問題無い」
「……。そうか。しかし、お前は少々巨大過ぎる。私が専用の舞台を創造しておこうか?」
「それは助かる。この星は狭くて敵わない。常に人化、もしくは他の動物にならなくてはならない程にな。広い場所で戦闘を行えるのならそれに越した事は無い」
「よし分かった。お前専用の舞台への転移装置を縮小化して渡す。戦闘が始まったら、もしくは始まる前に使うが良い」
「ああ」
名乗り出た、一人の幹部。誰が行こうが、特に問題は無いので他の幹部達からは反対の意見が出なかった。
今は人化しているこの幹部だが、どうやら本当の姿はこの星が狭く感じる程巨大なようだ。なので幹部達のリーダーは一つの星を創造し、それを託すと告げる。
向かおうと試みる幹部はそれに快く了承し、縮小化された移動用の魔法道具を受け取った。
魔物の国にて、三人、いや、三匹目の幹部が今支配者の街を後にした。
*****
日が昇り、照らされた紅葉と共に肌寒い朝が訪れる。
風除け用に張られた土魔術の建物から寝息が聞こえた。その中で一つの影が動き、ゆっくり起き上がる。影は軽く身体を動かし、土魔術の建物から外に出た。
「ふぅ。少し寒いな……」
呟く影の主、ライ。
ライは背伸びをし、肌寒い秋朝の日を全身に浴びる。今日も快晴。旅を続けるには絶好の日和だった。
鳥が囀り、真っ赤な紅葉が風で揺れる。その他にも緑、黄、茶と色が変わった物。枯れ掛けている物と多種多様の葉が視界に写る。ザァと吹き抜け、ライの髪を揺らして紅葉が舞う。それによって思わず目を綴じるライだが、朝露と秋の香りで心地好い気分だった。
(寒いけど、悪くない気分だな。空気は澄んでるし、清々しいや)
【クク、俺には分からない感覚だけどな。だがまあ、基本的に野生の国は自然が豊かだな。棲み家を加工する必要が少ないってのもあるんだろうが、本能が自然を望んでるんだろうよ。生き物と自然は切っても切れねェものだからな】
(ハハ、まさかお前からそんな言葉が出るとはな。お前と共に居てから数ヵ月。たま━━に戦闘以外の事も言うんだよな、お前は)
【ハッ、生物の本能が自然なら俺は戦闘だ。より強ェ奴との戦闘を望む。俺と戦闘は切っても切れねェものだからな】
先程言った生物云々の言葉に被せるよう、クッと笑ったような声音で話す魔王(元)。魔王(元)が戦闘好きという事はライも知っているので心中で苦笑を浮かべていた。
『目覚めたか、ライ殿。良き朝だな。秋風が鱗に染みる』
「おはよう、ドレイク。毎朝早起きだな。うん、気持ちの良い朝だ」
『フフ、古来より龍族は長時間の睡眠を取るのが好きだが、いざという時は常に起きる事も出来る。いざという時の為に長い睡眠を取っているからな。この国では主力のライ殿たちが安心して過ごす必要がある。その為ならば睡眠時間を削っても支障は無い』
「ハハ、ありがとな。ドレイク。出会って数日だけど、此処まで気を使わせてさ」
『なに、幻獣の国の為に戦ってくれたライ殿たちに少しでも恩を返せるのなら安いものだ。長い旅の中で寝溜めしていたからな。数年は不眠不休で行動可能だ』
「今更だけど、龍族って不思議だな」
『フフ、この世に不思議では無い生物なんか存在しないさ』
苦笑するライと、フッと笑うドレイク。秋風に撫でられる一人と一匹。秋特有の静けさは心を落ち着かせ、残っていた眠気も吹き飛ばした。
「ふふ、朝から黄昏ているのか、ライとドレイクよ。特にライ、お前は少し目を離すと大体黄昏ているな。子供なら子供らしくすれば良いものを」
「ハハ、前にも似たような事を聞いた気がするな、エマ」
軽薄な笑みを浮かべ、ライに向けて話し掛けるエマ。
ライは以前何処かで聞いたような言い回しに苦笑を浮かべ、日が当たらぬよう葉に囲まれた木の枝に座るエマを見やる。
「そうか。恐らく魔王にでも聞いたのだろう。ふふ、年老いると気になってしまう。老婆心というものだな」
「その見た目で老婆心か。エマって基本的に幼い姿のままだよな。力が同じなら軽い方が良いって言っていたけど、不便は無いのか?」
「ああ、無いな。世には幼い姿の私よりも小さな生き物が居る。それに比べれば、この姿も巨人よ」
「この世界では大小の差が激し過ぎるけどな。目に見えない微生物から宇宙サイズまで様々だ」
「ふっ、宇宙も生き物。大小様々なのは必然的にそうなったのだろう」
『宇宙は生き物か。フッ、流石ヴァンパイア。世界を見る目が違う』
「ふふ。まあ、お前の父親の方が年齢は上だけどな」
世界の大きさを始めとした他愛の無い会話を続けるライとエマ。ドレイクも混じえ、二人と一匹は暫し談笑を続ける。
大した事の無い会話だが、一時の平穏を味わうには十分過ぎるものだった。
一歩動けばそこは敵の領地。野生の魔物も蔓延んでいるので、休む暇など無い。土魔術などで造った頑丈なこの拠点でしか休息は取れないのだから当然だろう。
全員が目覚め、朝食などを終えてその他諸々の準備を整えたら直ぐに歩み出さなければならない。この時間はライたちにとって重要な時間だった。
「さて、そろそろレイたちも起きるかな? 俺たちも拠点に戻るか」
「ああ、それが良い。木陰に隠れているとはいえ、日光はキツいモノがあるからな。土魔術の建物の方が日を遮断出来るだろう」
『場所が場所だから建物は安易な物だが、その気になれば城レベルは容易く造れそうだな。魔法使い、魔術師というのは便利な物だ』
遠方にある飾り気の無い建物を見、軽く笑って話すドレイク。簡単に造った建物にも拘わらずかなりの強度がある。それが気になっているのだろう。
惑星サイズの土魔術を操る者も居るが、一部が特別なだけで本来は一つを極めるのに一生掛かっても出来ない者が殆どのこの世界。改めて、それを容易くやってのける者が敵と味方に居るのが興味深いのだろう。
龍というものは好奇心も高い。故に知能を得た者が多い。一部を除いて魔力は無いが、他人の術を見る分にもこの旅は有意義なのである。
そしてライたちは一旦拠点としている土魔術の建物へ向かって行った。
*****
──"天界・無色界に位置する空無辺処"。
此処はライたちの住む星や宇宙から遠く離れた別の次元、天界。そこに位置する最高位の場所の一つ、無色界に位置する空無辺処。
無色界は欲界・色界・無色界の三つ存在する天界のうち、最高部だ。
最後部には空無辺処を始めとし、他に四つある。他の三つは此処よりも更に上へ存在しており、最高部の中の最下部という場所が此処である。
最下部と言っても他二つの天界よりかなり高貴であり、名のある神仏ですらそうそう立ち入る事の出来ない場所という事である。
広さは無限であり、終わりの無い。景色は天空を彷彿とさせる青い空、白い雲。おかしな点をあげるのなら、上と下に大空が広がっているくらいだろう。無限の広さである此処は地上など無い。肉体も無く、魂のみが存在している。
この場へ呼ばれた者はこの世界では珍しく形のある肉体を持っており、虚空に向けて膝を着きながら何かを話していた。
『……って事で、報告は以上です。魔王を宿した少年も暴れる気配は無し。もう一人懸念されていた様子見で野放しにしていた魔王の子孫ですが、我を失ってもその少年が止め、事無きを得ました。今のところ世界征服を目標にしている事を除けば無問題。至って健全です』
──……、…………、……?
『はい、少年の仲間である勇者の子孫や神の子孫。そしてヴァンパイア。彼女らも問題を起こす事は無いかと。まあ、仮に暴れられたとしたら、少々骨が折れる相手ですからね。最悪、敗北する未来もあります。このままの状態で旅を続ければ問題無いと思いますが……彼らの年齢的に皆が不安定ですね。唯一年齢の高いヴァンパイアが居ますから、彼女の精神力でもしもの時は抑えるよう頼んでみます』
──……。…………、…………?
『ええ、彼らは信頼してますよ。幻獣の国を護り、俺……いや、私と協力してくれましたからね。アナタに逆らうつもりはありませんが、微塵の心配もしていません』
──……、…………。……………………。
『はい、任せてください。引き続き調査はしますが、恐らく彼らと争う事は無いと思います故』
──虚無と話していた者、斉天大聖・孫悟空。
妖怪にして神や仏に等しい力を持ち、本人がそれらに成った者。不穏な会話だったが問題無く、魔王を宿しているライたちと天界が争う事は無さそうだった。
──……、…………?
『地獄の事? いえ、全く分かりませんね。バアルが何かをしようとしているのは天界から見た地獄の景色で分かりますが、まだ下準備の段階のようです』
──……。…………、…………。
『はっ、失礼致しました』
虚無に言われ、その場から下がる孫悟空は飛び降りた。
そしてそのまま觔斗雲の術で呼び寄せた觔斗雲に乗り、空無辺処から発つ準備をする。準備と言ってもこの地には持ち込める物が殆ど無いので、觔斗雲に乗るだけで準備は完了した。
既にこの場に先程の虚無は居らず、何処までも続く天空と孫悟空しかいない。準備を終え、一気に加速して進む孫悟空。
觔斗雲は宙返り一つで一〇万八〇〇〇里、即ち約四二四一四五キロを進むと謂われている代物。光の速度を優に越えるのである。それ程の速度が無ければ天界には行けぬ、天界から戻れぬのだ。
『さて、アイツらは何処まで進んだかな』
呟くように言い、加速して一秒も掛からず光の領域を飛び出した。目指すは下界、魔物の国、ライたちの居場所である。
加速は止まらず、永遠に続く大空を抜ける孫悟空。
魔物の国で幹部達が会議をし、ライたちが目覚めた時、孫悟空も魔物の国へと向かって行く。




