三百七十六話 魔王との邂逅
──魔物の国、支配の街。
「成る程。この国の幹部達にはそんな理由があったなんてね。共通点……か。確かに様々な伝説を持っている魔物なら幹部に相応しい。それだけじゃなく、その共通点が無い幹部も普通の戦力となっているのは大きいな」
「ハッハ、そうだろ? 何でその共通点を持つ方々を集めたのかは分からないが、基本的に幹部さん方は自分でどうにも出来るからな。支配者さんも幹部に任せっ切りとか無いし、ちゃんと支配者としての仕事はしている。だから情報としては少なかったけど、どうよ?」
「フフ、良いんじゃないか? それが聞けただけで十分さ。ゼロよりはイチの方が良いだろう?」
「ああ、そうだな。て事で、アンタたちの事も少し教えてくれや」
ブラッドから幹部達の共通点を聞いたヴァイスはフッと笑って返す。
その共通点によって大きく何かが変わるという事は無さそうだが、魔物の国の支配者がどのような戦争を仕掛けるつもりなのかは分かった。
幹部達の事を教え終えたブラッドは、次いでヴァイス達に質問する。
「そうだね。知っているかもしれないけどハリーフの立場。そしてそこに私の仲間が死んでいる理由でも話そうか?」
「おお、そうしてくれ。ずっと気になってたんだが、何でアイツは死んでるんだ?」
「実は────って事さ」
「ほう? 裏切った幹部の側近が二人死んで、一人は地獄が居心地好いから残るって事か。変わった奴も居るもんだな。多分俺なんか、地獄に落ちたら聖なる十字架に張り付けられて水銀を飲まされた挙げ句、延々と日光を浴びせられるぜ。ヴァンパイアはしぶといからな」
自嘲するように笑い、自虐するように話すブラッド。実際ヴァンパイアの不死身性は自負しているので本当にそうなると考えているようだ。
ヴァイスの話は簡単に纏められたものだったが、ブラッド本人の理解力が高いのかおおよその事は理解していた。
「それくらいかな。秘密はまだまだあるけど、君の与えた情報と等価なのはこれすらいかな? 数的にも私たちの方が少ない。これ以上の情報を与えたら割りに合わないだろ?」
「ああ、構わねえぜ。これも天命。天がこれ以上話さなくてもやって行けるって事を告げてんだ。ま、俺も新米だから、そんなに詳しいって訳じゃねえんだ。割りに合う事は出来ねえ」
「ま、僕は別に教えても良いけどね。知られたとしてどうにかなるって訳じゃない程だから、僕は。自分で言うのも何だけど、この世界の支配者、全てと戦っても負ける気はしないよ」
「フッフッハッ。何とも傲慢な御方だ。かなりの大物って事が分かったぜ。んじゃ、改めて宜しく頼みますわ。俺はブラッド、しがないヴァンパイアだ」
手を差し出し、改めて名を告げるブラッド。この場に居るヴァイス、シュヴァルツ、グラオ、ハリーフも手を握り、四人と一人は不敵な笑みを浮かべた。
魔物の国支配者の街にて、親交を深める者達だった。
*****
周囲は既に、形が残っていない。太陽の千倍はあるという広大な惑星だったのだが、この三人にとってはそれでも狭いくらいなのだろう。
何故なら、既にこの恒星、これと同じような恒星は何十回と砕けているのだから。
一番心配なのは、近隣の星に置いたというエマとニュンフェの事だった。
「はぁ……はぁ……。クッ、まだ倒れないか……!!」
「ハ、ハハ……それは俺の台詞だ……!!」
「フ、フフ……私の体力と魔力も無尽蔵じゃないんだからね……!」
肩で息をし、かなり疲労が溜まっている様子のライ、フォンセ、マギアの三人。何度も恒星を破壊する程度ならばそれ程疲労は無いのだが、支配者クラスの実力者三人が自分以外の二人を敵として戦闘している事が問題なのだ。
一人でも自分が死に至るかもしれない程の実力者。全員が敵対していると言っても、二人を相手にしなくてはならない事は変わらないのでその分の疲労も溜まるという事である。
「……。けど、何度かぶつかり合ったお陰で大体理解した。フォンセ、お前……今朝に見た夢の事について何か思い出したんだな?」
「……ッ!?」
ライに言われ、見て分かるように動揺の色を見せるフォンセ。目は虚ろになり、その目付きで虚空を眺める。身体は左右にゆっくり揺れ、少し後退って膝を着く。
大袈裟過ぎる程に大きな反応を示したフォンセは、ライの方を睨み付けた。
「違う……!」
「つまり是って訳だ。失う怖さを知った事から、何か大切なモノを失った夢……」
「違う……」
「もう何も失いたくないから自分を偽り、血縁者である魔王に成りきっている……ってところか……」
「違う……違う違う違う……!! 世迷い言を!! そうか、まだ貴様が生きているのは私に迷いがあったからか!! ならば話は早い。迷いを切り捨て、完膚無きまでに討ち滅ぼしてくれよう!!」
図星を突かれ、奮い立たせるフォンセは魔王の力を最大限に高め、ライに構える。追い詰められると人間・魔族・幻獣・魔物問わず何をするか分からない。
精神的に追い詰められたフォンセは、内心の事などどうでも良いと考えているようだ。
「もう! また私を無視して! 良いよ! だったら私も本気を出しちゃうから!!」
怒るフォンセの近くで、話に入れて貰えないマギアもムッとして構える。
本人の性格から、除け者にされるというのは気に食わない事なのだろう。
本気を出す。つまり、そのまんまの意味で先ず間違いは無さそうだ。そしてそれは、フォンセも同じ事である。
「──"腐敗の女王"……!!」
「──"魔王の世界"!!」
腐敗臭と、不穏な気配が辺りに漂った。
鼻腔を貫く悪臭に存在するだけで不快感が強まる気配。それらが合わさり、精神的に苦痛を与える。
放出している二人は分からないが、悪臭は異能と違うので臭いを感じてしまうライ。少々嫌な気分だった。
「ハッ。こんな世界、滅んだ方が良いとでも思っているんだろうが、ただの我が儘だろ? この世界に置いてもかなり年下の俺だが、大体分かる! 俺は子供だからな。不平不満は世界に多々ある!」
「だからどうした!! この空間では私の力は跳ね上がる!! 何千何万何億倍にもな!! その屁理屈を言い終えるよりも前に、貴様を仕留めてくれよう!!」
「"だからどうした"……か。ようやく認めたな。フォンセは本心から世界の破滅を望んでいないってな?」
「……ッ!」
口を噤むフォンセ。そう、ライは図ったのだ。フォンセが本心ではそうしたくないと理解しているからこそ、その心境を突いた。
如何に悪役を演じようと、本心は変わらない。そこを攻め入れば、フォンセの悩みが分かり解決策も見出だせる可能性があるという事。
「消えて……無くなれ!! "破滅の魔王"!!」
魔王の空間を突き抜けるよう、繰り出された新たなる空間。その空間に色は無く、何もない。ただの"無"のみがそこに存在していた。
自分で創った魔王の世界を飲み込み、マギアの創った腐敗臭の強い空間も飲み込む。しかし、空間の役目は既に終了している。フォンセとマギアは自分の魔力から力を手に入れたのだから。
「なら私は、全てを生み出そうかな? "女王の創造"」
消えた空間を埋めるよう、創り出される新たな星。それは恒星サイズの惑星では無く──『平らな世界』だった。
周りを含め、大多数が消え去った場所に現れたのがその平らな世界。何処までも地平線が続いており、自然が豊富。ライたちから見た視界だけならば普通の惑星と変わらないが、宇宙から見れば有り得ない形をしている事だろう。平らな惑星など、重力の関係で創られる訳が無いのだから。
その惑星もフォンセの魔術が侵食する。しかしそれとは裏腹に、平らな惑星が広がっていた。
それは最早、小さな枠で収まるような戦闘ではなかった。支配者クラス同士が戦闘を行うと宇宙の危機が訪れるのはシヴァとの戦闘で理解しているライだが、改めてその事の異常性を理解した。
「まあ、俺もそうなんだけどな……」
フッと笑い、誰にも聞こえないような声で呟くライは拳を握り、二つの世界に構える。この世界のサイズは恐らく恒星並み。何故なら先程からマギアの創ったステージとなる星を砕く度、マギアは何度か再生させた。その時、砕かれぬような大きさを創るのでは無く全てが恒星サイズだったのでそう理解したのだ。
フォンセの力もまだ完全では無い。なのでこの二つの魔力空間は恒星サイズと推測出来た。
簡単に言えば、今からこの空間を破壊する事でライの勝利が確定するという事だ。全てを消し去ろうとするフォンセと、あらゆる物を生み出そうとするマギア。その力は相反し、先程から行われている戦闘も相まってかなり疲弊している。なので互いに、あと数撃で体力は尽きるだろう。
「はあ!!」
「"超新星爆発"!」
破滅の魔王と、創造された恒星の爆発。それはフォンセとマギアでは無く、ライにのみ向けて放たれた。
二人が始めた戦闘だが、今最も警戒すべき敵はライという事になったのだろう。
光の速度を超える、二つの破壊はライに向けて迫り来ていた。
「さて、持つかな……俺の腕……」
呟き、その破壊に構えるライ。
腕は此処に来た時、銀河系破壊の威力を誇る魔術を消滅させた時のダメージと、此処に来る前ヒュドラーとの戦闘でボロボロだった。後にも先にも、この二つを消滅させる為には八割以上の力が必要だろう。
(魔王、俺は九割纏う! 砕けるかもしれないが、フォンセとマギアを相手に出し惜しみは出来ない!!)
【クク、良いぜ。だが、そんなボロボロの腕で九割纏ったとして、耐えきれんのか?】
(後の事は、後で考える……!!)
【上等だ。それでこそ俺が認めた奴だぜ!】
全身に力を込め、シヴァと戦闘を行った時以来の九割を纏うライ。
ライの力も上乗せされ、元々宇宙を破壊出来る九割が多元宇宙の一部を破壊出来るまでに上昇する。
十割で多元宇宙を含めた無限に広がる全宇宙を破壊出来るが、九割にライの力を上乗せされた今の力は二桁に満たないいくつかの宇宙を破壊する程度だろう。しかしそれで十分だ。ただ純粋に、二つのエネルギーを粉砕するだけなのだから。
「ぐっ……オ────ラァ!!!」
「「…………!!」」
九割纏った力を二つの破壊エネルギーにぶつけた。それによってライの腕が悲鳴を上げ、ヒュドラーの毒が全身を巡る。内部から腕は破裂し、骨や血管が飛び出した。
それと同時に大量出血を起こし、熱と衝撃で気化する。次の瞬間、二つの破壊エネルギーはライの拳によって打ち消され、消滅した。
*****
「……ッ! ……?」
──目が覚めたフォンセは、ゆっくりと起き上がって周りを見渡す。殺風景な空間。人気は無く、黒かったり白かったり灰色だったりと、様々な色があって何も無かった。
色があるのに何も無い、そんな空間にてフォンセは立ち上がる。
「……此処は? 奴がまた新たな星を創造したのか? 何故私は……?」
何故此処に居るのか分からず、困惑の色を見せるフォンセ。
先程までは気が立っており、周りの様子が見えていなかった。しかし、何故か今は落ち着きがあり、頭が冴え渡っている。
「確か……ライに向けて魔術を……。……ッ! わ、私は……とんでもない事を……!!」
思い出し、後悔するフォンセ。仲間を失うかもしれない恐怖で覚醒したが、その力によって大切な仲間を消し去ろうとしていた。
それが後悔となって降り注ぎ、フォンセを焦らせる。
「おい! ライ! エマ! ニュンフェ! 居ないのか!? おい! 皆!!」
焦り、慌て、周囲を駆ける。身体が軽く、足取りも軽い。まるで重い肉体が無くなったかのような、そんな気配。
「……?」
ふと見ると、フォンセは服を着ておらず生まれたままの姿となっていた。そう言えば、この空間に来てから身体に纏う布の感覚は無かったと理解するフォンセ。
しかし衣類の事など関係無い。ライ、マギアとの戦闘で負傷していた筈の身体が無傷という事が問題だった。
「何故服が? ……いや、何故身体が……」
此処が何処か知る為、思考しつつも歩を進めるフォンセ。何かに引かれるよう足を進め、何も無い空間に佇む一つの影の前で停止する。
「何だろうか。何だか、懐かしい気配がする。此処に居たい。そんな気分だ」
影を見上げ、呟くフォンセ。暫しその場に佇み、その影をジッと眺める。生き物なのか、そうでは無いのか。何も分からないが、何となくその影に惹かれた。
【クク、お前がそうか。良い女じゃねェか。力もそうだが、身体もな。繋がりがなけりゃ、俺が楽しみたい気分だぜ。ま、俺がナイスガイだから良い女になるのは至極当然の事柄だったな】
「……!?」
謎の影が話し掛けてきた。それならばこの影は生き物なのだろうが、何故か生きているという感覚は無い。混乱が混乱を呼び、困惑するフォンセ。
そしてこの影、自分の欲に正直なようだった。しかしそんな気は無いらしく、純粋に力も評価している様子だ。何より、フォンセはこの者と常日頃から会っているような気がしていた。
「……お前は?」
【おっと、名乗り忘れていたな。俺の名前はヴェリテ・エラトマ。しがない一魔王だ。元だがな】
「……!? まさか……お前が……!?」
【ああ。だが、お前って何だオマエって。一応祖先なんだから敬意ってもんをだな】
その影の正体、かつて世界を支配していた魔王。フォンセの仲間であるライが宿している、フォンセの先祖だ。
フォンセは驚愕し、そんな魔王をマジマジと見やる。何故か姿形は分からないが、確かにそのような空気を感じていた。
「ならば此処は?」
【そうだな、アイツに宿した俺とお前の魔術がぶつかった事でやって来た俺たちの空間。言ーところか。魔王の力がぶつかり合えば、こんな事も起こるんだな】
軽薄にケラケラと笑う。いや、笑ったような声音で話す魔王(元)。フォンセは信じられないが服を着ておらず謎の空間におり、懐かしい気配を感じる事から言っている事が嘘では無いと理解した。
「何故?」
【何故だと? だから言ったろ、二つの俺の力がぶつかったからこの空間に来たんだとな。まあ、時間的にはそろそろ消えるが。ちょっとした偶然がお前を此処に呼び寄せたって訳だ】
「何っ!? な、ならばその前に色々と聞きたい事が──!!」
【駄目だな。この空間ではお前の全ての考えが読めるが、時間が無ェ。時間切れだ】
「何でこんな事に……!! 何でな……!!」
【何れ分かるかも知れねェよ。俺がお前の視界に現れた理由はな】
光が満ち、色の無い空間に色が生まれる。それと同時にフォンセの意識が遠退いた。何が何だか、何も分からない。ただ一つ分かったのは、魔王の声。
何も分からないまま、何も無い空間からフォンセは目覚めた。




