三百六十九話 剣と刀・魔法と魔術
『どうした? もう終わりなのか、娘よ』
「はぁ……はぁ……」
剣を握り、肩で息をするレイ。対する酒呑童子は依然として悠然と構えており、余裕のある態度でレイを見ていた。
所々に掠り傷のようなものはあるが、鬼である酒呑童子にとっては傷と言えない傷。対するレイ。刀による傷は掠り傷程度だが、拳や脚を巧みに扱って仕掛けてくる酒呑童子によって打撲のような傷は目立っていた。それでも直撃は避け、戦闘を続行出来る体勢は整えられている。十分戦えるだろう。
「ま、まだ……!」
疲弊しているが踏み込み、加速して酒呑童子の所ヘ向かうレイ。剣を構え、刀を持つ酒呑童子と肉薄する。
『それで良い。退屈な戦闘だけは避けたいからな』
「はあ!」
そのまま剣を切り伏せ、酒呑童子へと仕掛けるレイ。酒呑童子はそれを受け止め、刀で弾いてレイを吹き飛ばす。
弾かれたレイは着地し、眼前に迫る酒呑童子に剣を突き出した。酒呑童子はそれを躱し、跳躍しつつ刀を振り下ろす。今度はレイがそれを紙一重で躱し、剣を刀の刀身に当てていなした。
「はっ!」
『フンッ』
レイはいなした瞬間に酒呑童子との距離を詰め、剣を横に薙ぐ。酒呑童子は仰け反って避け、バク転の要領で背後に進み距離を取る。その瞬間にレイは詰め寄り、再び剣を突く。酒呑童子はその先端を刀身で受け止め、二つの金属から再び火花が散る。
『筋は良いが、人間は軽き者よ。我ら鬼にとって人間は軽過ぎる』
「……!」
次の瞬間、剣を弾かれ、レイの頬に酒呑童子の足が迫り来ていた。それ気付いたレイは慌てて、
『吹き飛ぶが良い』
「……ッ!」
防ぐ前に、酒呑童子に蹴りを入れられその場から消え去った。次の瞬間に幾数の木々が砕ける音が響き、数百メートル先にて爆発のような音が響く。
『ハァ!』
それと同時に刀をその場で横に薙ぎ、斬撃を飛ばす酒呑童子。それによって無事だった木を含めて数十本の木が切断され、森が更地と化す。
『……!』
そして斬撃が酒呑童子の横を通り過ぎ、背後の森を切断した。これはレイが放った斬撃と、直感で理解する酒呑童子。いや、考えなくとも分かる事だろうか。
『ほう、あの娘も森を断つ剣技を操るか。面白い、強者はより強い方が楽しめる』
木の切断面を見、クッと笑う酒呑童子は刀を握り直し、ゆっくりと歩を進めた。
*****
(何て強い力なんだろう……鬼としての力も凄いけど……刀の扱いも達人以上。まあ当たり前なのかな……百鬼夜行の幹部だったっけ。……さっき剣を振るったけど、多分当たってないよね……)
砕けた木々に囲まれ、息を潜めるように様子を窺うレイ。刀によって生じるような目立った傷は無いが、脚によって何度か吹き飛ばされている。常人ならば既に粉砕骨折していてもおかしくない鬼の蹴りだが、レイは何とか堪える事が出来ていた。
それでもかなりのダメージであろうが、痛みが強過ぎる故に感覚が麻痺しており、行動する分には大きな支障は無い。
「……」
息を飲み、辺りに集中する。動く事でホルモンが分泌されており、興奮状態となっている事で痛みを抑えているのだが相手の出方を窺うにして身体が冷え、鈍い痛みが身体を伝わってしまう。結果として、あまり感じずに出来ていた痛みを感じてしまうという事だ。
恐らく痛覚が戻れば鋭い激痛がレイを襲う。それこそ、動けなくなる程に。だからこそレイは早めに決着を付けたがっていた。
「炙り出すしか無いかな……」
剣を握り、改めて周囲を見渡す。このまま待っていても、相手が来ない可能性もある。なので疲労が溜まっているが少々無茶をして酒呑童子を炙り出そうと試みる。
『その必要は無い。我は鬼だが侍だ。正々堂々、正面から迎え撃とう。暗殺は忍びの仕事だからな』
「……!」
剣と刀がぶつかり合い、辺りに再び火花を散らす。宣告して攻める。それが酒呑童子のやり方。酒呑童子も一応妖怪の兵士達を連れているが、レイと戦っている最中の時、妖怪兵士達を使っていなかった。決闘の時は悪魔で正面から、堂々と攻めるのが酒呑童子のポリシーなのだろう。
「なら、やり易いかもね!」
『ほう、剣速が少し上昇した。弱れば弱る程に力が強くなる……やはり話に聞いた通りだ』
「その余裕の態度、いつまでも持つか分からないから!」
『それで良い。それこそが強者の在り方だッ!!』
一閃、瞬間的に放たれた剣と刀は計数千回。一秒間に百を超える速度で二人による鬩ぎ合いが行われていた。
薙ぎ、弾き、突き刺し、躱す。
切り伏せ、避け、切り上げ、いなす。
単調に見えるそれらの作業が瞬間的に行われ、一瞬後には二人の体勢が変わり次の瞬間にまた変わる。圧倒的に研ぎ澄まされた集中力により、目で追えず感覚で追う立ち会いが人間と鬼によって織り成されていた。
「はあ!」
『成る程、速度が上がっている』
集中力は極限の領域へと踏み込み、傷だらけであるレイの身体が軽くなり次の一手が複数に分岐する。一秒間に数回の体勢変換を行い、突き、薙ぎ、切り上げ、切り伏せ、飛び退いて踏み込み、再び加速して正面へ向かう。それを酒呑童子は刀で抑え、蹴りを入れる。
しかしレイは蹴りに当たらず、紙一重で身体を横に捻って躱し、酒呑童子の脚の上に跳躍して乗り、駆け出し、酒呑童子の正面へと到達する。
酒呑童子は脚を上げ、脚の上に居るレイを払う。空中に浮かんだレイはそれでも手と脚を止めずに進み、地に居る酒呑童子は上空のレイへ刀を構えた。
「やあ!」
『フッ!』
刹那に剣と刀はぶつかり合い、金属同士が当たる事で生じる音が響き渡った。その音は先程よりも重く、剣を受け止めた酒呑童子の足元が砕けクレーターが造り出される。
そのクレーターは深くなり、土塊を舞い上げて更に陥落した。二人は弾かれ、クレーターから飛び退く酒呑童子と空中で身を翻して距離を置くレイ。
『まさか……我が弾かれるとはな。娘、それがお前の底力という奴か?』
「……? さあ、そんなの知らないよ。今の私は、ただ貴方を倒す事だけを考えているから……!」
『良い眼だ。良い構えだ。良い心掛けだ。それでこそ戦り甲斐があるというもの。今一度娘を強者とし、改めて宣戦布告する。我は本気を出してしんぜよう』
「そう、興味ない。私は始めから、全力で貴方を倒すだけ!」
大地を蹴り、音速を超えて加速する酒呑童子。レイはそれを目で追い、次の一手を推測しつつ迎え撃つ体勢に入る。
レイと酒呑童子の戦闘は、終盤へと足を踏み込んだ。
*****
「"炎"!」
「はあ!」
「"炎"!」
炎魔術と炎魔法。そしてもう一つの炎魔術。三つの炎は衝突し、周囲に並みのような熱の塊を放出した。
その場の気温は一気に上昇し、常人ならば立っているだけで死に至る程の温度だ。
「そこ!」
「あら?」
炎同士がぶつかっていた次の瞬間、マギアの上から落雷が降り注ぐ。エマが天候、雷を操ってマギアへと放ったのだ。それによって集中が逸れたマギアへフォンセとニュンフェが畳み掛けるように炎を放ち、雷に打たれたマギアは二つの轟炎に焼かれる。
「"風の爆発"」
そして、炎と雷にに向けて圧縮した風を放ち、爆発させて消し去るマギア。身体には雷で打たれた事で生じる放射状の痣があり、炎によって服と皮膚が焼けた爛れている姿でその場に姿を現す。
「もお、毎回毎回服を破壊しないでよ。一応女の子なんだからね、私は。露出趣味は無いのに」
「ふっ、どうせ羞恥心も持ち合わせていないだろ」
「む? 心外だよ、エマ。私だって一応スースーするなぁ……って感覚はあるんだからね? て言うか、エマこそ羞恥心は無いじゃない」
「何を言う。私にはあるぞ。相手が格下の場合、こんな奴に服を破壊されたのか。という羞恥心がな」
「それって羞恥心?」
「恥ずかしいなら全て羞恥心だろ」
「裸になっちゃう事は?」
「野生動物は皆裸だ。裸体を嫌う人間・魔族が以上なのだよ」
「分かる~」
服が無くなった事へ不満を漏らすマギアと、それに対して何食わぬ顔で淡々と述べるエマ。
エマとマギアは数千年生きてきたヴァンパイアとリッチ。然程の羞恥心は持ち合わせておらず、別の羞恥心はあるが裸になる事に対しては特に何も思わないようだ。
「うう、私は女性同士ならまだしも、殿方に肌を見せるのは少々気が引けますね……」
「ふっ、まあそうだろう。私はどちらでも構わないが、知らぬ男に見せるのは嫌。という事くらいか。まあ、となると良く知っているライにしか裸体を見せられないという事になるが、それは今関係無いだろう」
「えーと……フォンセさん……それってもうライさんの事を……」
「……? 何だ、ライがどうした?」
「あ、いえ。何でもありません。自覚は無さそうですね」
「……?」
エマとマギアの会話を聞きつつ、少々引き気味のニュンフェ。エルフ族のニュンフェは幻獣の括りであるが、知能が高いので羞恥心も持ち合わせている。
フォンセは羞恥心があまり無いようだが、知らぬ男には嫌らしい。ニュンフェはその口振りに何か思うが、敢えて何も言わず目の前のマギアに集中を高めた。
「兎も角、隙がありますよ!」
油断している訳では無いようだが、ニュンフェから見て隙の多いマギア。そんなマギアへ向け、ニュンフェは魔力を込めた三本の矢を放つ。
矢は本来の矢が出せる最高速度を超越し、瞬く間にマギアの首と脇腹、頭を射抜いた。そこから出血し、辺りには血の海が作られる。
「酷いなぁ。脱がされて常人ならば即死の怪我で血塗れにされるってどうなの? サディストでももう少し自重するよ。まあその手の人達は殺さないで楽しむけど」
「やはり無傷ですか……末恐ろしいものですね、その不死身性。ゾンビのように、頭を粉々にしても直ぐに再生するのでしょう」
「うん、そうだね。私の不死身性は全てのアンデッド系の魔物を遥かに凌駕しているもん♪ 弱点も無いから、大抵の場合長期戦になるかな?」
「面倒です……」
魔力を込めた、通常の矢を超越する威力を持つニュンフェの矢。それを受けても尚、マギアは堪えない。しかしそれは分かっていた事。分かっていた事なのだが、本人は思うところがあるようだ。
「やはり細胞が再生を諦めるまで焼くしか無いか! "不滅の炎"!!」
ニュンフェの矢に気を取られているマギアに向け、新たな炎魔術を放つフォンセ。その炎は渦巻くようにマギアを包み、周りの大地を乾かしながら囲んだ。
「追加だ!」
その炎に向けて風を操り繰り出すエマ。風に煽られた灼熱の轟炎は更に勢いを増し、巨大な火柱となって天空を焼き尽くす。
「ふむ、追加したは良いが……木々が無くなり雲が晴れてしまうと、私にとって少々苦痛だな。早いところ決まってくれれば良いものを」
「"空間移動"。残念だけど、簡単に終わらせる訳には行かないかな。私だって一応主力って名目で此処に来ているんだからさ!」
「やはりあの炎でも無傷……では無いが再生したか。全く。不死身という生き物は気持ち悪い」
「だ・か・ら! エマも不死身でしょ!?」
炎を纏いつつ、空間を飛び越えてエマの前に現れるマギアは身体に付いた残りの炎も消し去り、筋肉の繊維が剥き出しとなる程に焼けた皮膚を再生させて笑う。
そんなマギアを見て気味悪がるエマと、その言葉にツッコミを入れるマギア。エマは真顔でそのような事を言うのだから質が悪い。普段はおどけているマギアですら少々疲弊していた。
「ふむ。普段のお前は軽薄だが、揶揄ってみるのも悪くない。ふふ、中々面白い反応をするじゃないか」
「性格悪いよ、エマ。どちからと言えば揶揄うのは私の役目じゃない?」
「どちらでも良かろう。どの道相手を倒すのが目的だからな」
「んー。否定はしないかな?」
刹那、エマが踏み込み、片手に天候の霆を纏った。対するマギアは魔力を込め、エマとは違う形で宇宙に存在する自然と干渉する。同時にフォンセとニュンフェも駆け出しており、フォンセは空。ニュンフェは左側から攻める。
「ハァ!!」
「"雷"!!」
自然の雷と魔術の雷がぶつかり合い、辺りに瞬く閃光が迸る。その閃光は一瞬で消え去り、それと同時にマギアの方へフォンセとニュンフェも近付いていた。
「二つのエレメントで閉じ込める!」
「ええ、分かりました!」
近距離に詰めた瞬間、フォンセが土を操りニュンフェが水と風を生み出す。土はマギアを囲みながら徐々に鉄へと変化し、水と風が合わさって創り出された雲がその鉄の中を巡る。
「成る程、そういう事か……!」
それを見、理解したエマ。鉄の箱が閉まり切る前に手を掲げ、その箱の上へ暗雲が立ち込める。
「不死身を倒すには細胞一つ残らせずに消滅させるか、その場所から隔離する事。雷で半永久的に感電し続ければ、細胞が再生を諦めるかもしれないな」
「あ、成る程ねぇ。そうい────」
刹那、マギアを囲む鉄の箱に創り出された暗雲から落雷が発生し、鉄の箱へ雷速で侵入した。同時に箱が閉まり切り、密封された閉鎖空間へと化す。
耳を澄ませば、鉄の箱から連続して聞こえる空気が膨張して破裂する事で生じるゴロゴロという音。鉄に閉じ込められた雷は逃げ場が無く、ニュンフェの創った雲によって雲に宿る魔力が枯れるまで駆け巡る。消え掛ければ再生し、再び発行して電気を走らせる物。
そう、エマ、フォンセ、ニュンフェの三人が造り出した物は、魔法・魔術・天候を合わせた事で造り出す事に成功した、不死身を殺す為の檻だった。
「まあ、ただの不死身が相手ならこれで十分だが……今の相手はマギアだからな」
「ああ、エマの言う通りだ。全知全能を謳うリッチ。恐らく簡単に脱出される」
「その時は相手も本気になっている筈……最終局面ですね……」
閉じ込めても、喜びはしない。他の敵ならばまだしも、相手はアンデッドの王であるリッチのマギア・セーレ。全くの本気を出さずともエマたち三人を相手取れる実力者である。
支配者クラスはほぼ確実にあるだろう。だからこそ、この程度で終わる筈が無いと、エマ、フォンセ、ニュンフェの三人は全員が理解している。
「いやー、うん。かなり強いね、皆。このままじゃ私も危ないから……そろそろ攻めようかな?」
「「「…………」」」
突如として、背後から声が掛かった。しかし三人は驚かない。それは覚悟の上だ。覚悟していた事で、マギアの声が掛かったぐらいでは動じなかった。
「なら、この星が無くなる可能性も出て来るって訳だな?」
「そうだね。まあ、ヒュドラーも酒呑童子も本気になったみたいだし、この戦いも終わりに近付いているって事だね」
「そうか、ならば話は早い。行くぞ、マギア?」
「いいよ……エマ。私のところに来て!」
「気持ち悪いぞ貴様。折角真面目に戦おうとしているんだから水を差すな」
「アハハ、ごめんねぇ♪」
────瞬間、周りの空気が重くなった。マギアの口調とは裏腹に、息をするのも苦しさの生じる重圧が掛かった。
エマ、フォンセ、ニュンフェは警戒を最大限に高め、マギアは落ち着きのある悠然とした態度を取る。
ライたちとヒュドラー。レイと酒呑童子の戦いに続き、此方の戦闘も終わりに向かって歩みを進め始めていた。




