三百六十四話 魔物の国・二匹目の幹部
「おはよーライ、フォンセ、ニュンフェ~」
「おはよう……三人とも……」
「ああ、おはよう、レイ、リヤン」
「ふふ、朝は慣れないようだな」
「お早う御座います、レイさん、リヤンさん」
レイとリヤンの目が覚めた第一声は眠そうな目を擦りながら交わした挨拶だった。
ライ、フォンセ、ニュンフェはフッと笑いながら二人に返し近くの岩に腰掛ける。あとはエマとドレイクが来るのを待つだけだが、
「お、皆起きたのか。おはよう」
『昨晩はよく眠れたか?』
ライ、フォンセ、ニュンフェが来てから数分。早くも一人と一匹が現れた。
エマはお気に入りの傘をクルクルと回しており不敵な笑みを浮かべている。ドレイクは大きな翼を羽ばたかせて降り立ち、辺りに強風を起こした。
ライ、レイ、フォンセ、リヤン、ニュンフェはそれによって髪が揺れ、エマは傘でそれを防ぐ。
何はともあれ、この場所にライたち一行は孫悟空を除いて全員が揃った。
「さて、全員起きたし取り敢えず朝食にするか。この国でゆっくり過ごすのは無理そうだし、食べながらこれからについて話そう」
「うん、それが良いね。お腹空いたし」
「うん……お腹空いた……」
「ええ、少々」
「なら、私は見張りをして来よう。いつ何時獣が来ても対処できるようにな」
「そうか、任せた、エマ。けど、近くの木で見張りをしてくれ。話し合いもするらしいからな」
「ああ、分かったぞフォンセ。話し合いにも途中で参加する」
『じゃ、俺もボチボチ何かを探してくる。龍族は結構食うからな。ライ殿たちの食事が減ってしまう』
「そうか、気を付けてくれドレイク」
『うむ』
それだけ良い、降り立ったばかりで再び翼を広げて空へ行くドレイク。
レイ、フォンセ、リヤン、ニュンフェの四人は朝食を摂る事に賛成し、エマは食事を摂る必要がまだ無いので見張りをするようだ。
そして各々で朝食の準備を整える。フォンセが魔術を応用して木を創り出し、それをレイの剣やフォンセ、リヤンの風魔術で切ってテーブルと椅子を造る。それは魔力の塊なので、自然的に悪影響は無いだろう。
重い物の移動は主にライが行う。純粋な力ならば、魔王を纏わずとも上昇しつつあるのでテーブルと椅子を移動させる程度、文字通り朝飯前である。
続いて見掛けより多くの物が入る鞄から飲料水に肉や野菜と果実。チーズにパン、調味料などを取り出す。直に入っていた訳では無く、丁寧に包装されており氷魔術によって冷凍保存されているので細菌などの心配も無い。もし何かあったとしても、大抵の事は焼くか回復魔法・魔術で応用すれば何とかなるので熟便利なものである。
それらを並べ、ライたち全員は慣れた手付きで調理して行く。調理せずともそのまま食べられる物だが、やはり調理した方が旨いのでそこは譲れない。調理にはエマも手伝い、ライたちよりも慣れた手付きで次々と作業を塾す。血や生気が主な食事のヴァンパイアにも拘わらずライたちよりも料理が出来るとは、流石は数千年生きていると素直に感心出来る。
瞬く間に調理は終了し、木魔術から造られたテーブルの上には秋の冷えた朝に丁度良い温かな料理が並んだ。
「ハハ、三ヵ月も旅すれば慣れるもんだな。まあ、元々数年間は一人暮らしだったから割りと人並み以上には慣れていたけどな」
「あー、私は一人で暮らす事は無かったかな……料理は趣味だったから基本的に好きだったけど。主に剣術を習わせたからね」
「ほう、興味深いな。私は旅に出て初めて一人で料理というものをした。三ヵ月経つが、イマイチ上手く作れないんだ……」
「頑張って、フォンセ」
「心配するな。料理をする必要の無い私が料理を出来るんだ。必要のあるフォンセならば問題無いだろう」
「ふふ、私は肉類は料理した事ありませんね。基本的に果実と水で生活してきましたから」
料理を並べつつ、談笑しながら互いの料理の実力を話すライたち。これからの事について話すつもりだったが、料理を作っている最中と作り終わった今はまだ真剣な話はしていなかった。
しかしこれも一興。食事は楽しい方が良いという者も多いだろう。食事前から良好な雰囲気ならば、口にする食事の味も向上するような気がする。
そんな事を話しているうちに料理が並び終え、湯気が立ち上ぼり空腹のライたちの鼻腔を擽る。大多数が保存食とはいえ、しかと調理された物は普通よりも美味となる。ライたちは座り、食事前に軽く交わしたその後、食事にあり付く。
「さて、マナー違反かと思うけど、これからについて話し合おう。多分幹部達は昨日のように攻めてくる事もあると思うけど、基本的に昨日より複雑なパーティになっている可能性が高いな」
言い終え、パンを千切って一口食すライ。食べながら話すと言っても、口に物を入れたまま話すという下品な行動を起こす訳では無く、口にする合間に話すという事だ。
流石に物が入っている状態で話すのは少々アレなのでこんな風に話し合いを進めていくようだ。
「うん。編成も変えてきたり、幹部達が手を組む可能性もあるね。まあ、元々幹部同士は仲間だけど」
「ああ、協定を結んでいるヴァイス達や百鬼夜行の手を借りないという可能性は低いだろう。私たちの危険度が知られれば、それなりの軍隊で攻めてくるかもしれぬな」
「レイとエマの言う通りかもしれない。相手の出方は分からないが、昨日よりも力を入れてくる筈だ」
レイが飲み物を一口飲み終えて言い、木の上で見張っているエマが補足を加えるように可能性を推測する。肉を一齧りして噛み、飲み込んだフォンセは二人に同意するよう頷く。彼女たちの考えでは、敵がより精密な軍隊で来たり力の強い者を連れて来る可能性が高いと見ていた。
「うん。相手は野生の魔物……五感も優れていると思うから編隊を組まれたら厄介そう……」
「そうですね。個人戦という訳では無く、団体戦を想定とした方が良さそうです」
パンと肉を両手に持ちつつも上品に食べて話すリヤンと、甘い果実を一齧りして同調するニュンフェ。
全員の意見は一致しており、相手は真っ直ぐ正面から攻めるのでは無く編隊を組み、翻弄するように現れると推測していた。
『ああ、恐らく間違いでは無いだろうな。魔物を纏めるのは些か面倒だが、纏める事に成功すればかなりの強さ厄介さとなるだろう」
翼を羽ばたかせ、降り立ちつつ人化するドレイク。その手には骨付き肉が持たれており、ライたちの声が聞こえていたかのような素振りで話し掛ける。ドレイクもレイたちと意見が一致しているので、進み方はそれに合わせた方法が良さそうだ。
「じゃ、満場一致で相手の軍隊に警戒する、か。まあ、常に警戒はしているけど何時も以上に警戒が必要って事だな」
出た意見を纏め、再びパンを口にするライ。この意見はまだ一つ目なので、他にも色々と策を練っていなくてはならない。なのでライたちは食事と話し合いを進める。
「まあ、敵が何処から攻めてくるかも分からないし、早めに食べ終えて先を急ぐか」
話し合いと食事を続けながら策を練るライたち。しかし相手の出方が分からない以上、待って迎え撃つという作戦しか思い付かない。此方から攻めたとしても敵に支配者クラスがかなり多いのでライたちだけで戦える相手も限られている。
元々、ライたちは国に攻めているつもりだが、刺客が送られその刺客と戦闘を行う事が多い。なので多くの場合迎え撃つ形で戦闘する事が増えているのだ。
敵も奥の手を進んで見せる訳が無い。万が一に備えて裏の裏の裏まで考えている事だろう。なので一体ずつ攻めてくる刺客は多いが、主力同士で一気に攻めてくる事が少なくなっている。それは都合の良い事であるが、今回の敵は魔物。今までとは違う攻め方をしてきてもおかしくない。常に警戒を解く事は出来ない現状、嫌でも慎重になってしまう。
何はともあれ、様々な事柄を話しつつ作戦を練っていたライたちは食事を終わらせた。
*****
「さて、痕跡も消したし先に進むか。先に進むに越した事は無い」
土魔術で造った石造りの壁を消し去り、木のテーブルと椅子。その他諸々、ライたちの痕跡になりうる物は全て消した。匂いなどは風魔術で分散させ、足跡や寝跡なども消したので五感の優れている魔物ですら簡単に見つける事は困難だろう。最も、魔力の気配を感じられる魔物ならば話は別であるが。
一先ず痕跡は消したのでライたち一行は森の中を進み直す。夏や冬ならば森を歩くのも一苦労だが、今の季節的に過ごしやすくはあった。
「そういや、孫悟空が来るまではゆっくり進むって事だけど……そろそろ合流してもおかしくないな。その時はどうする? 一気に攻め込むか?」
「そうだな、確かに最終的には魔物の国の全勢力と戦闘を行わなくてはならないだろう。全ての幹部が支配者クラス。それが六匹だから、それだけでも十分驚異的だ。それプラス、二つのチームが手を組んでいる。その中にも支配者クラスの実力者が居る……か。斉天大聖殿が加わったとして、俺たちだけで勝てるか分からないな」
ライたちは今、ゆっくりと進んでいる。それは天界へ行き情報伝達などを行っている孫悟空を待つ為だ。
魔物の国は支配者クラスの実力者が数多く居るという他の国とレベル差が違い過ぎる国。とてつもないパワーバランスだ。既に崩壊しているといっても過言では無いだろう。支配者のみが上に存在し、その支配者の座に近付く幹部が多数居るのだから。
「だが、俺は着いて行くと決めた。斉天大聖殿が来たら支配者の街へ一気に進むつもりだ」
しかし、それでも怖じ気付く事無く確かな物言いで告げるドレイク。レイ、エマ、フォンセ、リヤン、ニュンフェも同調するように頷いており、支配者の街へ速度を上げて行く事に反論する者は居なかった。
「ああ、そうだな。各個で撃破していくのも良いけど、本来は国その物を征服する必要があるんだ。人数が少なくても問題無いさ」
『威勢が良いな。よもやこのメンバーで国一つを落とそうとするとは。いやしかし、それも可能かもしれないメンバーだな』
歩きながら話すライたちに向け、木の上から声が聞こえる。昨日のニーズヘッグ戦後、その時もこんな風に話し掛けられたと苦笑を浮かべた。
「……ああ、そうだな。二日連続で大天狗という訳じゃ無いらしい。見たところ鬼みたいだけど、アンタとは初対面じゃない。大きな絡みはなかったけど一応知っているな」
『うむ、そうだな。初対面では無い。しかし、今一度改めて名乗り直そう。お主達とと会ったのは数ヵ月振りであるからな。我の名は酒呑童子。此処より遥か遠き国にて鬼の長として少々名を馳せた。そして今、主らをこの場にて打ち倒してしんぜよう』
刀を抜き、刃を太陽に照らす。日光に反射した刀は銀色の光を醸し出す。
次いで素振りをするように振り下ろし、輝く銀色から軌跡が生まれ風を切る音がライたちの耳へと届いた。
その佇まいから刀に長けている事を見抜くのは容易い。いや、元々百鬼夜行の幹部を勤めているのでそれも当然であろう。存在感と威圧感。常人ならばそれを受けるだけで戦意を喪失し兼ねないただならぬ気配であった。
それを見たライたちは体勢を整え、酒呑童子に向けて己の武器、ライ、エマ、ドレイクならば自分の肉体、レイならば勇者の剣。フォンセならば魔力、リヤンならば幻獣・魔物の力。そしてニュンフェはレイピアを抜き、弓矢を携え魔力を込めた。
一触即発の状況にて互いの様子を窺うライたちと酒呑童子。周りから気配も多く感じるので、先ず間違いなく手下を引き連れて来ているだろう。
『酒呑童子殿。会ってみたかった敵に会えて喜ばしいのは理解出来るが、その言い草ではまるで酒呑童子殿しか主力が来ていないようでは無いか』
『ああ、そうだった。すまないな。今回は協定を結ぶ者同士、手を組んで侵略者一行を撃退するという作戦だった』
「ねえ、それって言っちゃって良いの?」
『……まあ、見れば大体分かってしまうだろう』
『うむ。中々考察力の高い少年達だからな。大天狗から話は聞いている』
「アハハ……アナタたちって変わってるね」
酒呑童子に続いて敵の主力達と兵士達が姿を見せる。魔物の国から派遣された主力は酒呑童子に似ているような性格であり、酒呑童子と気が合っているようだ。
そんな酒呑童子を始めとし、現れたのはアンデッドの王であるリッチ、マギア・セーレ。そして、もう一匹の主力──
『名乗ろう、私の名は"ヒュドラー"だ』
──"ヒュドラー"とは、不死身の頭と猛毒を持つ龍である。
その首の数は多く、五つから百まであると謂われており、胴体も一つではなく九つある。
数多くある首の一つは破壊される度に増える能力を持っており、身体を消滅させたとしてもその頭だけは残ると謂われている。
ヒュドラーの持つ毒は凄まじく、神をも地獄の苦しみに誘える程の猛毒だ。その毒により、かつて神の血を引く十二の功業を成し遂げた英雄が死したと謂われている。
一つから百まである首と神すら殺す猛毒を持つ龍、それがヒュドラーだ。
「成る程な。同盟組みが力を合わせてきたって訳か」
『その通りだ。数なら我らに分がある。しかし敢えて少数で来たという訳だ』
「ハハ、そりゃご苦労様なこった。じゃあ、これから戦闘か?」
『当然』
──刹那、言葉を交わしていた酒呑童子が突然木から飛び降り、高速で刀を振るうった。
「刀が相手なら、私が……!!」
『ほう? 強いな、娘』
その酒呑童子に向け、少女とは思えない瞬発力と加速力で刀に剣を当て、酒呑童子の一撃を防ぐレイ。その一撃により、酒呑童子はレイの力量を把握した。
「久々だな、マギア!! "炎の光線"!!」
「うん、そうだね。フォンセちゃん?」
マギアの姿を見、フォンセは炎魔術を光線のように放つ。マギアは片手を出し、水で壁を創り出して受け止めた。それによって蒸発するような音が響き、辺りに少し水蒸気が広がった。
「なら、俺はアンタと戦るよ、ヒュドラー?」
『よかろう。相手する』
レイとフォンセが仕掛け、それを見たライはヒュドラーへ向けて話す。ヒュドラーは快く挑戦を受け、複数ある首と胴体に力を込める。一方ではエマ、リヤン、ニュンフェ、ドレイクの四人も構え、ドレイクは人化を解きつつある状態。
ライたちは魔物の国にて、二匹目の幹部、そして他の主力達と出会った。