三十六話 フォンセvsオスクロ・決着
──ライとリヤンは森の奥地に居た。
至るところから風の音や金属音、そして落雷の音が聞こえる。
思った以上に戦いは激しくなっているらしい。
ライは一刻も早く傷を治し、仲間の元に駆けつけたかった。
「……着いたよ……?」
「お、おお。サンキュー……。……!?」
リヤンの言葉によってライの意思は目の前に移る。
そしてそれを見たライは息を飲み、目を見開いた。
──曇天の空模様を前にしてもキラキラと光を反射している青緑色の湖。
それを覆い尽くさんとばかりに深碧色の木々と苔の生えた岩が囲っている。
ブクブクと音を立てて、泡が広がっているところから水が溢れだしているのだろう。
青と緑と少量の鈍色。その三つしか大まかな色はないが、それでも尚色鮮やかだと錯覚するほどだ。
「スゲェ……」
思わずライの口から感嘆の言葉が漏れる。
腕の痛みなど忘れてしまうほどの光景が広がっていたのだから仕方の無い事だろう。
「来て……」
「あ、おう」
そしてその光景に目を奪われていたライは、リヤンに腕を引かれて湖の方へ歩み寄る。
「近付くとまた違った凄さがあるな……こんな状況じゃなけりゃ暫く眺めていたい気分だ」
湖に近付くと、反射した光がライに当たりライ自身の身体が青く光ったような錯覚を覚える。
しかしその光は目に痛いモノではなく、逆に目を包み込むような優しい光だ。
「この湖の水を傷口に浸せば数分で傷が治る。血が通ってなかったり、腕が死んじゃってたら治らないけど……多分ライの傷口は治ると思う」
「そうか、ありがとう。……ッ!」
曰く、この水には不思議な効果があるらしく、傷を浸すだけでその傷が治ってしまうとの事。にわかには信じ難いが、疑心暗鬼になっている暇は無い。リヤンの話を聞き、ライはお礼を言って包帯を取る。
包帯を取ったときの痛みによって顔をしかめるライ。
「……!」
その傷口を見たリヤンは思わず目を反らす。
所々赤黒く、一部が変な方向に曲がっているライの傷口。
内側から砕けたのだから当然だろう。骨は少し間違えれば皮膚を貫き、白い物が腕から飛び出していた事だ。
フォンセの応急措置のお陰でそのような事は起こらなかったが、実を言うと魔王(元)が少しずつ力を与える為、多少痛みが抑えられていた。
魔王(元)の力が無ければ痛みによって動けない状態になっていた筈である。
魔王(元)の力を使ってるとはいえ、それでも動くだけで鋭い痛みが来るだが、ライの精神力でそれを堪えていたのだろう。
「これってそのまま浸すだけで良いのか?」
「え……? ……あ、うん……」
目を反らしていたリヤンに向け、ライは尋ねるように質問した。傷口に直接付けても良いのかは分からないが、その事が疑問になったのだ。
尋ねられたリヤンはライの傷を見れなかったが返事をし、ライは腕を湖の中に入れる。
「おお……。何だこれスゴいな……!」
そして水に入れてから数秒も経過していないが、ライは湖の力を実感した。
水に浸された傷口は見る見るうちに塞がり、腕の形も普通になる。
それを見たリヤンは初めて顔色を変え、驚愕の表情を見せる。
「……凄い……少し入れただけでこんなに早く……」
「そうなのか?」
ライの傷口は常人なら気絶する程の大怪我だった。にも拘わらず、その傷が瞬間的に治っているのだ。驚くのも無理は無いだろう。
この水の効能を理解しているリヤンだが、どうやらリヤンが思うよりもライの治りは早かったようだ。
「うん……それほどの大怪我ならいくら魔族っていっても数日は掛かる……けど、ライの腕は数分で治りそう……」
「ハハ、なら万々歳だな!」
リヤンの驚愕する心境とは裏腹に、ライは明るく笑って言う。
それでも数分は掛かるらしいが、普通ならば数日間浸し続けなければならないと言うなら、ライにとっては有り難い限りだ。
『『…………!?』』
そしてそんなやり取りの中、フェンリルとユニコーンが突然森の方を見て警戒を高める。この二匹は野生の動物だからか、何かを察する能力が高いようだ。
「……何だろう……これ……?」
「……。何か来るな……」
ライとリヤンもそれに気付き、森の方を見る。
ライは万全の状態ではないが、痛みが少し引いた腕を湖から上げ、立ち上がる。
そしてライとリヤンの前に、再び新たな刺客が姿を見せる。
*****
──オスクロの生み出した強烈な暴風は岩や木々を巻き込み、更に威力を上げて巨大な竜巻へと変化する。
「これを防げるか! 魔族の娘!」
「魔族の娘、魔族の娘と! 貴様も魔族だろ!」
オスクロの言葉に返すフォンセ。
言葉では余裕がある様子だが、内心はそんなに余裕があるという訳でもない。
オスクロが生み出した風はそれほど強力なのだ。
「クハハァッ! 吹き飛べェ!! "巨大竜巻"」
そしてオスクロは手を振り下ろすように向け、フォンセの方へその竜巻を向かわせた。
放たれた竜巻は威力を上げ、木々や岩を浮かせて真っ直ぐ進む。その衝撃だけで大地が揺れて抉れるのだから凄まじいものだった。
「くっ……! "炎"!!」
ただ見ているだけでは意味がない。なのでフォンセは、取り敢えず近寄せない為に魔術で応戦してみる事にした。その炎魔術は空気を焦がして進み、森の草木に引火する。
竜巻に近付いたその瞬間、フォンセが放った炎は文字通り風にまかれて消え去った。
それと同時に草木に引火した炎も消え去り、炎の痕など一つも残らない。
「ならば……! "風"!!」
続いて風を放出し、風に風をぶつける。風は渦を巻き、オスクロの創り出した竜巻へと進んで加速する、
しかしそれも、容易く消される。
「ハッハッハァ!! 無駄だ!! この風は俺が出せる最大威力!! その程度で防げる訳なかろう!!」
その二つを見たオスクロは高笑いし、勝ち誇ったように話していた。
それからフォンセは"水"・"土"と、四大エレメントを全て見せたが、それらも消え去る。
「本当に四大エレメントを全て操りやがるのか……。ハッ! やるじゃねえかよ!」
オスクロは余裕があったが、全てのエレメントを扱った事にやや驚く。
しかし竜巻はその全てを弾き、フォンセに向かってくるのだ。
なのでその竜巻を迎え撃つべく、魔力を高めるフォンセ。
「……目には目を……歯には歯を……だったら、竜巻には竜巻をぶつければ……!!」
そしてフォンセは、高めた魔力を風魔術に注ぎ込んだ。その魔力が集まり、フォンセの掌で風が創り出される。そしてその風は先程よりも大きく渦を巻いた。
「"大竜巻"!!」
その刹那、創り出された竜巻をオスクロの竜巻に向けて一気に放出するフォンセだったが、フォンセによって放出されたものは小さな球体だった。それを見たオスクロは笑い声を上げる。
「ハッハー! 一体どうしたんだァ? そんな小さな玉で俺の竜巻が破れる訳ねェだろう!? 大ってのは名前だけかァ!?」
「それはどうかな?」
「あ?」
オスクロの言葉にフォンセは小さく笑い、一言だけ返す。そんなフォンセが出した球体はオスクロの竜巻に吸い込まれる。風に風をぶつけた場合、大きい風の方が小さい風を吸い込んでしまう。つまり、今回の竜巻はオスクロに負けた──そう思った次の瞬間、異変はそこで起きた──
──『内部から大竜巻が現れ、オスクロの巨大竜巻がその大竜巻に飲み込まれたのだ』。
「何だとォ!?」
オスクロは驚愕の表情を見せ、叫び声を上げる。完全に消し去ったと思った竜巻が蘇り、逆に自分の竜巻が飲み込まれたのだから当然だろう。
そんなオスクロは驚愕の表情を見せつつ、言葉を続ける。
「一体どういうこった!? 何で俺の竜巻が飲み込まれたんだァ!?」
そんなオスクロの様子を見たフォンセは、何でもないように笑いながら返した。
「ふふ……簡単な事だ……『巨大竜巻の隙間に私の創った魔術の塊を入れ、内部でそれを発動することによって巨大竜巻を中心から破壊した』……。ただそれだけだ」
「んな馬鹿なアアアァァァァッッッ!!!!!」
オスクロは叫びながらフォンセの創り出した大竜巻に身体が飲み込まれた。
それなりに頑丈そうだから生きている可能性もあるが、もし生きていたとしても数ヶ月は動くことすら儘ならないだろう。これによって、フォンセvsオスクロの戦いは終着したのだった。
*****
──次の刹那、森が切断された。
二つの金属凶器によって。
「……つ、強い……!」
「ハ、ハハハ……やるなあ……人間の分際で……!」
此方は戦い始めてから数分しか経っていないが、両者は肩で息をしているほど疲弊していた。
お互いに小さな切り傷や土の汚れはあるが、大きな怪我や致命傷に成りうる傷は無い。
しかし、相手の刀(剣)を捌き、自身の剣(刀)を当てようとする、それだけで心身ともに疲れが表れるのは事実。そう、二人が剣(刀)を扱う手練れだからだ。
これが意味する事はつまり、両者共に一瞬の油断が致命傷に成るだろうという事。
それこそ一太刀だけでもまともに食らってしまったら五体満足では無くなる程だ。
「ハハ、いやー悪い悪い、人間だと思って油断していた。今まで人間を斬った事は何百、何千回とあるが、どいつもこいつも弱いやつらだったからな。……まあ、何人かは強い奴らもいたし、俺が死にかけた事もあったけどな」
「…………何が言いたいの……?」
突然自分語りを始めたザラーム。それは今までに戦ったという人間について。どのような敵、どのような達人。剣士であるレイも多少は気になる事だが、今回の戦いには関係の無い事。
それを聞いたレイは訝しげな表情で聞くように言い、ザラーム笑いながら言葉を続けて返す。
「ああ、だから……『今から油断するのを止める』つもりだ……!」
「…………!!」
ゾクッ! と、レイの背筋に悪寒が走る。それと同時に冷や汗が流れ、本能が身の危険を知らせた。
その感覚は初めてのモノで、これから起ころうという事柄が、レイにとって良くないという事が本能によって知らされたのだ。
「さあ……やろうか?」
「──っ……!」
ザラームの言葉に再び剣を構えるレイ。その見た目は変わらないが、雰囲気が違う気配を醸し出す。これが意味する事はやはり一筋縄ではいかないようだ。
「やあっ!」
そして、レイは駆け寄り、森を断つ剣をザラームに振るうった。
その斬撃は空気を切り裂き、周りの木々や草花を巻き込んで直進する。
「ラァッ!!」
そしてザラームは、森を断つ斬撃を山を断つ斬撃で正面から防いだ。その二つがぶつかり合った所には巨大な亀裂が生まれ、土埃を上げる。
そしてその土埃に紛れ、ザラームは踏み込む。
「ウラァッ!!」
「くっ……!」
ガキィン! と、ザラームの刀とレイの剣が再びぶつかり合い、金属音が響き渡った。
ザラームが踏み込んでから一秒も経っていない。それ程の速度でザラームはレイとの距離を詰めたのだ。
「ソラッ! ウラッ! オラッ!」
「……っ!!」
それに続き、畳み掛けるようなザラームの連続攻撃。
レイも何とか剣で凌げているが、魔族の方が人間よりも力が強いため、防戦一方だ。
そんなレイの様子を見たザラームはニヤリと笑い、
「オラァ!」
「……かはっ!」
レイを蹴り飛ばした。
レイの肺から空気が漏れ、その衝撃によって吹き飛ぶ。魔族の力で蹴られたのだ。鎧を纏っていなければ骨が砕けていた事だろう。
そのまま吹き飛んだレイは木々を砕き、少し離れた所で土埃が舞い上がる。
「……ハア……ハア……」
それを受け、何とか立ち上がったレイは息を切らす。そして少し吐血した。口元の血を拭い、身体を走る痛みを堪えて視界を妨げる汗を拭き取る。
そんなレイに向け、ザラームは追撃を仕掛けていた。
「ハッ! なんの力も持たない普通の人間が、魔族に勝てる訳無ェだろォ!!」
叫びながらレイに刀を振り下ろそうとするザラーム。何とか立ち上っていたレは剣を構え、それを迎え撃とうとする。
「たった一発の蹴りでボロボロのお前が、今の刀を防げるかァ!!」
ザラームは跳躍し、大太刀をレイに振り下ろした。
「私だって……! ご先祖様の血が流れているんだから……! そう簡単に倒せるなんて思わないでッ!」
そして、二つの金属が巨大な音を出してぶつかる。
それによって周りの木々や岩は切断され、爆風が巻き起こった。その風は世にも珍しい、切断力のある風。ただの斬撃が勢いと威力を増してこうなったのなら、もう既に常人が立ち入って良い空間では無かった。
しかしそれでも、雷雲から雷の響く森にてレイvsザラームの戦いは終着に向かおうとしていた。
*****
──エマとキュリテは、同時に跳躍した。
「ハァッ!」
「タァッ!」
ヴァンパイアの力を持つエマと超能力で肉体を強化したキュリテがぶつかり合う。
激突の際に生じた爆風によって大地が抉れ、木々が砕ける。そして次の瞬間にはキュリテの姿が消え去った。
"テレポート"で移動したのだ。
「フフフ……そっちがその気なら……」
キュリテが移動した時、エマの姿が消える。こちらはヴァンパイア固有の能力、透明化だ。
結果としてマとキュリテ、二人の姿が見えなくなっていた。
しかし、エマは透明化だがキュリテは"テレポート"つまり移動術だ。
よって、キュリテは姿その物が消えた訳では無くその姿は何処かで見えている状態である。
「もう! 何で姿そのものを消すのよ!!」
木の影に移動していたキュリテは、苛立ち交じりに声を上げた。敵の姿が見えなくてはどうしようも無いのが普通。
そんな悪態を吐くその声によって、エマはキュリテの居場所を掴んだ。
(……そこか……!!)
ダッ! と、声の方向に走りよるエマ。見失っているのなら、今が絶好のチャンスとなりうるだろう。向かって来るエマに対し、キュリテはキョロキョロしながら。
「なーんてね♪」
「……!?」
『近付いてきていたエマを念力で吹き飛ばした』。
姿が見えず、視覚が意味をなさない状態のエマを捉えたと言うことだ。
吹き飛ばされたエマは姿を現し、何処かにぶつかるよりも早く停止しながらキュリテに近付いて言う。
「一体どういうことだ……? 透明状態の私を捉えるとは……」
「アハハ、教えるわけないじゃん! わざわざ自分の能力を明かして敵にヒントを与えるなんて、馬鹿のする事よ!」
悪意を込めた笑みをしながら返すキュリテは、敵に情報を与え自分が不利になるような状況を作るほど愚かではなかった。
そして、再び"テレポート"で姿を眩ますキュリテ。
エマは一応姿を消し、思考に入る。
(……確かに能力をそう易々と教える訳ないか……。しかし分からんな……。超能力で姿を捉えたのか……?)
他人から見れば全能とも言える超能力。それによって生み出される様々な可能性。エマがその可能性について思考を続けている時、上空から岩が降ってきた。
(……やはり私の居場所を分かっているみたいだな……。念力で周りを探っているとも考えたが……魔力を感じなかった……)
エマはその岩を躱し、キュリテがどんな術を使って自分の居場所を当てているのかを考える。
そして、思い付かなかったので、一つの結論に至った。
(まあ良いか……考えるのが面倒だ……要するに……)
エマが辿り着いた結論、それは──
「あの女を『倒せれば良い』のだからな」
──纏めて吹き飛ばすということだ。
次の刹那、空気が揺らぎ、空が荒れる。
そう、キュリテがまだ近くにいるのならば、再び霆などで周りを攻撃すれば良いのだ。
降り注ぐであろう霆ならば、相手の姿が見えようと見えまいと関係無いのだから。
「ハァッ!」
エマの掛け声と共に、曇天の空から大量の霆が降り注ぐ。
無論、フォンセやレイ、ライたちには当たらないように気を使いつつ、キュリテ目掛けて霆を降らせる。
「さあ! 出てこい! キュリテよ! いくら超能力者といえど、雷速で降り注ぐ霆を切り抜けるのは辛かろう!!」
次いでエマは、キュリテを脅すように呼び掛けた。しかし当然そう簡単には姿を現さない。
そして霆を降り注がせるという先程は成功した手だが、流石に二度目は──
「いちいち雷を降らせないで!!」
──成功した。
再び静電気によって髪が立っているのでやはりイラついている様子だ。
キュリテも女性なのだろう、髪がダメージを受けるのは嫌らしい。
「だったら貴様も隠れたり姿を消すのを止めろ」
「貴女が言うセリフ!?」
エマの言葉に思わずツッコミを入れるキュリテ。真面目な顔でそのような事を言うものだから、ツッコミを入れてしまいたくなる気持ちも分かる。
何はともあれ、キュリテを誘き出すのには成功し、エマは気になった事を問う。
「で、何故貴様は『今も姿を消している』私の居場所が分かっているんだ?」
「教えないって言ったでしょ!!」
キュリテは即答で返し、岩を飛ばした。眼前に迫り、勢いを増す岩。それをエマは拳で砕き、言葉を続ける。
「まあ、教えたくないのなら仕方ないな。それなら私は……さっきも言ったように貴様を倒すだけだからな?」
「そう! やってみな!」
刹那、エマとキュリテは一旦距離を取り、大地を蹴って加速を付けつつお互いへ向かう。
「ハァッ!」
「何を!!」
再びぶつかり合う、ヴァンパイアと超能力者が持つ二つの力。その威力は大地を震えさせ、粉塵を巻き上げる。
果たしてこの二人の戦いは、終着に向かうのだろうか。