三百六十三話 雑談・幹部会議再び
朝露が葉から落ち、乾ききった大地に癒しを与える。しかしそれはほんの水滴。森にある全ての木々へ癒しを与える事は叶わないだろう。
「最近、この国には雨が足りていないようですね。秋雨というものが降らないとは、木々の皆様もさぞ空腹でしょう。私が魔力を使い、あなたたちに癒しを……!」
レイピアを振るい、小さな雲を創って雨を降らせる者、ニュンフェ。
ここ数日、魔物の国では雨があまり降っていなかったらしく、森の木々から元気が無くなっていたようだ。なのでそれを見兼ねたニュンフェが魔法で水分を創り、木々に与えているという事である。
魔法というものは、魔術と違い生身で放出するのは難しい。魔法は言わば触媒が必要なのだ。無論、それが無くとも魔法を使う例はあるが杖や別の物質に魔力を込めた方が精密な動きや純粋な力が高まるのである。
ニュンフェの場合、魔法使いが使う杖をレイピアで代用しており、レイピアに魔力を込めて宇宙に存在するエレメントのうちの水を呼び出し木々に与えたという事。魔力の込められた水なので普通の水よりも上質であり、中々雨が降らない日だとしても十分に栄養は行き渡るだろう。
「ふふ、美味しいですか? 良かったです♪」
傍から見れば独り言のようだが、ニュンフェは確かに木と会話をしていた。その証拠に、木々は風もないのに葉と枝を揺らしていた。それに共鳴するよう、足元の草花も楽しそうに揺れている。
「あら、ライさんにフォンセさん。おはよう御座います」
「おう、ニュンフェ。おはよう」
「ああ。おはよう、ニュンフェ」
ニュンフェが水やりをしている最中、朝目覚めた時既に近くへ居なかったライとフォンセが姿を現す。川から今戻ってきたのだ。
フォンセの体調が悪かった事やライとフォンセが何処に行ったのかは分からないニュンフェだが、深く追及せず挨拶を交わす。それに応えるよう、ライとフォンセも挨拶をした。
それから少しの間ニュンフェは木や草花と話していたがそれが終わったのか、ライたちの方へ向き直り歩みを進める。それに続き、ライとフォンセも拠点に足を運ぶ。
「それにしても、随分と早起きなのですね御二人方。まさか私よりも早く起きるとは」
「ハハ、何だか最近早く目が覚める事が多くてな。夜にする事も無いから、早めに寝ているってのも理由の一つなんだろうけどな」
その道中、無言で歩くのも退屈なのでニュンフェはライとフォンセに他愛もない会話を向ける。
エルフ族であるニュンフェは基本的にかなり早起きだ。植物と共に睡眠を取り、植物と共に起きる。今日はたまたま少し遅めだったが、今の時間もかなりの早朝。気になったのは飛び起きたフォンセと違い、特に夢なども見ておらず、ニーズヘッグとの戦闘で疲労している筈のライが早起きだった事である。無論ニュンフェはフォンセが悪夢で起きたとは知らない。なのでライとフォンセの二人に早起きの理由尋ねたのだ。聞く必要も無い事だが、話す内容がイマイチ思い付かないので仕方無い事だ。
それに対してライは、最近体調が良く疲労も取れた状態で目覚めるとの事。それによって疑問が浮かぶのはフォンセ。
「ふむ、私たちは基本的に疲労で長時間睡眠を取るが……ライはあまり疲れていないのか? 私たちの中で一番前線に出ているのはライだからな。一番疲労が溜まっていてもおかしく無い程だ」
それはニュンフェと同じような疑問で、ニーズヘッグと戦闘を行った筈のライが一番元気という事。体調が優れているのならそれに越した事は無いが、良過ぎるのが問題だった。
「あー、そう言えばそうだな。何で俺はあまり疲れてないんだ? (お前の仕業か、魔王?)」
己の身体に起こる大抵の疑問。それは基本的に魔王(元)が関係している事が多い。なのでライは一番可能性のある魔王(元)に向けて尋ねた。
【ん? ああ、そうだな。俺が原因だ。強敵と戦う時、お前は大体俺を纏うだろ? その時だけでもお前は俺に身体を委ねているんだ。勿論動きや戦闘方法はお前自身の意識で行われてるが、身体に俺を纏うって事はつまり、身体の一部は俺って事だ。疲労やその他諸々の事は俺も請け負ってっから、お前に出る影響は半減されてるって事よ】
やはり魔王(元)が原因だったようだ。曰く、ライが強敵と戦闘を行う時は魔王(元)を纏う。それによって身体への負担が半減され、疲労などのものが少しだけで済むとの事。
(成る程な、そういう事か。熟便利だな、お前の力は)
【あたぼーよ。自分で言うのも何だが、俺は理不尽の擬人化っ言っても過言じゃねェ存在だ。所謂ご都合主義ってやつ? あらゆる事柄は俺に向けて良い方向にのみ働くんだよ。謂わば俺は、概念すら超越した存在って事だな。普通の奴は概念を砕けねェが、俺に掛かりゃ時間や諸々の概念を破壊する事が出来る。異次元や、別の空間もな。本来なら干渉出来る筈のねェこの宇宙とは別の宇宙に広がる空間も破壊出来るんだ。お前の疲労を消し去る事なんか朝飯前よ。ま、俺は何も食わねェ、食えねェけどな】
誇らしげに、自分の力を嬉々として話す魔王(元)は自分の力に絶対的な自信を持っており、驕っている。
最強というものを思うがままに扱ってきた魔王(元)だからこそ、その自信が溢れ出てくるのだろう。
(ハハ、そうかい。なら、勇者はもっと凄いんだな)
【あの野郎か。確かにそうかもな。何たって俺が生の中で唯一敗北を喫した存在だ。クソ~アイツの所為で封印されたからなコンチキショ~】
(ハハ……まあ、ドンマイ)
ライは魔族だが、魔王(元)では無く勇者に憧れを抱いている少年だ。唯の一人、一本の剣で世界を回り、魔王を倒す為に東奔西走した存在。全ての憧れであり、羨望の眼差しで見られる者。
魔王(元)も勇者の存在は認めており、認めているからこそ悔しさを犇々と感じているのだ。
【ゼッテー何時か聖域に行って勇者の野郎をぶち倒す!】
(えぇ……俺的には戦いたくないな……)
【駄目だ。世界征服すんだろ? となりゃ、聖域もこの世界の一部よ。征服の対象だ】
(……。まあ、聖域に行って勇者に会ってみたいって願望もあるな、勿論。けど、今は魔物の国優先だ)
【分ーってるよ。その後人間・幻獣の国だろ?】
(ああ)
何時か聖域に向かい、勇者にリベンジを果たすと豪語する魔王(元)。ライは勇者と戦いたくないが、会ってみたい気持ちはあるので聖域に行く事自体は反対しなかった。これにてライと魔王(元)の会話が終わる。
「……あの、ライさん? 何故黙り込んだのでしょうか?」
「ん? ああ、ライはたまに自分の世界に入るんだ。気になる事があればそこで解決して出てくるから、そろそろ戻って来る筈だ」
拠点に向かう途中のニュンフェは、フォンセの質問以降ライが黙った事へ訝しげな表情をしていた。
その理由を知っているフォンセは魔王(元)の存在がバレぬよう、適当にはぐらかして返す。
「ああ、ちょっと考え事をな。けど、それは終わったよ」
「あ、そうですか」
そして、それを聞いていたのかどうか分からないがライがニュンフェに応えた。突然言葉が発せられたので少々驚くニュンフェだが、ライ本人が思考は終わったと述べたので深くは探らない。
「さて、土魔術の壁が見えてきたな。レイとリヤンはまだ寝てんのかねえ」
「ふふ、さあな。けどまあ、疲労も溜まっているだろうしそれも良いだろう」
「ハハ、ああそうだな」
暫し談笑を続け、歩を進めるライ、フォンセ、ニュンフェ。そして三人は昨日拠点としていた土魔術の壁の元へと向かって行く。
*****
──時を少し遡り、昨日。魔物の国、支配者の街。
『ワリ、負けちまった』
『ああ、そうか。つまり奴等は我らの予想以上の実力者という訳か』
『ああ、想像以上の力だったぜ。ある程度ダメージは与えたが、全く堪えた様子も無かった。唯一、軽傷だがダメージを与えられたのは星を砕くつもりで放った炎くらいだな。力もそうだが、何より耐久力が常軌を逸していた』
魔物の国の本来の姿をした幹部達が集まり、ライたちについての情報をニーズヘッグが話していた。
内容はライの力の強さと頑丈さ。ニーズヘッグはそれなりに本気の力を使っていた。終末の日の時、世界を焼き尽くす灼熱の業火。それを使っても尚、ライには手応えが無かったのだ。
他の幹部達もその情報を聞き、思わず息を飲む程の緊張が高まる。至極当然、然るべき事柄であろう。幹部同士の実力は、無論幹部達全員が理解している事。星を砕ける者も星の数程居るこの世界だが、その者達の使える技にて一番の大技としてそれを行う者の方が多いのだ。
それを受けて軽傷で済む程の実力者となれば、自然と緊張も高まるものである。
『この状況で嘘を吐くとも思えないな。ニーズヘッグの言う事は真の事と考えて良いんだな?』
『ああ、正直、底無しの強さを感じたな。俺の時は力を七割くらい使ったらしいが、俺は数字何かで表せるものじゃなく、無限の力を秘めていると見ている。比喩的な表現じゃなくて、本当に無限の強さを持っていると確信しているんだ』
『無限……か。それはまた大きく出たな。実感は沸かないが、"人間の国"の支配者は無限を無限に無限段階超え、更なる無限を無限回繰り返して強くなる事も可能と聞く。こんな広い世界、その者がもう一人くらい居てもおかしくないな』
『無限って言葉で頭が痛くなるな。盛っては無いんだろうが、それを聞いてると気が滅入る……』
ライの強さを推測したニーズヘッグと、実感が沸かないなりに思考する幹部。
言った言葉に出た"無限"という言葉に頭を痛くするニーズヘッグだが、それは事実であると知っていた。
何度も述べた事だが、この世界に置いて支配者という存在は絶対的な力を持つ。支配者クラスの実力者は多数居るが、カリスマ性を含めた実力者が支配者となる事が多いので組織としては支配者のチームが世界で一、二を争っているのだ。
そんな支配者を含め、世界最強と謳われる種族は人間。人間の常人は力が弱いが、それを抱えても常に最強を名乗るのは支配者の存在が大きく荷担している。
それのみならず人間の実力者を上げるなら神、悪魔、英雄、達人などその他にも多くの様々な者達が存在するというのもあるのだろう。
そんな国の支配者ならば世界一の力を持っていても何ら不思議では無い。そして、それと対に成り得る存在が現れる可能性もあるのは当然の事。
何はともあれそれはどうあれ、幹部達は全員がライたちという侵略者を本格的に意識し始めていた。
『あと、その一行に居る人間の女剣士。アイツの剣には何か秘密があるかも知れねえ。本人の意思で力を抑えていたみてえだが、魔力とも妖力とも聖なる力とも覚束無い何かを感じた。女魔術師も何か気になる。後、どういう訳か幻獣・魔物の力を使う女も居たな』
『"何か"……か。随分と曖昧な表現だが、確かに"何か"はありそうだな。そして他にも強者揃いか』
『それにエルフとドラゴンも居たし。ヴァンパイアも居た。ヴァンパイアはブラッドから聞いてるか。……ま、その殆どから特別な意思を感じる存在が多かったな。特に気になったのが……』
幹部達の知らない情報が明かされて行く。それだけでも十分というのに、まだ説明が足りないのだろう。
幹部達は依然として警戒を解かず、まだかまだかとニーズヘッグの言葉を待つ。
『敵のリーダー、身体は一つだが多分一人で戦ってねえ』
『『『…………』』』
幹部達は声を出さなかった。いや、出せなかった。絶句という言葉が綺麗に当て嵌まる情報。身体は一つなのに一人で戦闘を行っている訳では無いと告げたのだ。無理もない。
本来身体に宿る魂は一つなのだが、ニーズヘッグの言葉からするに一人の身体に二つの魂が宿っているという事だろう。
『それはなにか、身体に精霊や神霊を宿しているという事か?』
『近いな。だが、そんな上等な存在じゃねえ。どちらかと言えば、悪魔に近いな。禍々しい気配だった。身体から漆黒の渦が出た瞬間、何百何千何万倍に能力が向上した』
精霊、神霊とは、死者の霊魂や神の御霊が実体化した存在の事。元が魂なので、それを纏って戦闘を行う者も居る。
しかし魂のみとなったそれは謂わばマイナスの存在。生きている者がプラスの存在だとすると、相反するもの同士という事になる。なので常人なら逆に飲み込まれてしまい、自分自身がそれらに成り兼ねない。
ライの魔王(元)もそれに近いが、存在自体が矛盾した魔王(元)はマイナスにしてプラスの存在。プラスとマイナスになれるのでは無く、両方が両立しているのだ。
だから常人でも纏えるのかと言われればそれは違う。身体の負担が大き過ぎる故、纏った瞬間にこの世から消滅してしまう可能性すらあり得る。
ライが宿しているのは魔王(元)と知らないニーズヘッグだが、精霊や神霊の類いでは無いという事だけは確信していた。
『成る程。……うむ、支配者さんに聞いて置くべきだったな。ぬらりひょん殿から何かを聞いていたようだった……』
『なら、百鬼夜行の者達に尋ねてみるか?』
『ふむ……』
それを聞き、精霊や神霊とは違う存在に納得する幹部の一匹。どうやらぬらりひょんが正体を明かした時近くに居なかったらしく、聞いて置けば良かったと少々後悔していた。するとニーズヘッグとは違う、別の幹部が提案する。支配者に聞いても良いが、最近はまた機嫌が悪くなっているのであまり油を注ぎたくない。だからぬらりひょん率いる百鬼夜行の名を出したのだ。
それに対し、提案された幹部は首を傾げて悩みを見せる。
『いや、止めておこう。今回は悪魔で我らの問題。一時的に協定を結んでいるからと言って、気安く尋ねるのは向こうからしても嫌だろう。恐らく教えてくれるだろうが、何も知らない我らが解いた方が良かろう』
『そうか。まあ、お前がそう言うならそれに従おう。我らのリーダーはお前何だからな』
『フン、そんな偉い身分では無い。所詮我らは支配者殿の手駒よ』
『フフ、そうだな』
これにて話し合いが終わる。どうやら幹部達は、自らで敵の正体を見破る事に決めたらしい。
魔王(元)の事を知られるのは時間の問題だろう。これは昨日に行われた話し合いである。つまり今は──
『分かったぞ。その少年はかつて世界を支配していた魔王を宿している』
『『『…………』』』
──既に解決済みという事である。
魔王を宿した少年、ライ・セイブル。その正体を見破った魔物の国の幹部達は、新たな刺客を送る為に準備を整えた。